PiNK

莇 未麻

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 『最後の安息の部屋』での、ユウとピンクの新生活が始まった。結局その妙に意味深な名前の意図は聞きそびれてしまったが、わざわざ電話することでもない。
 部屋には殺風景ながらにも一通りの家具は揃っていたし、一応食材もいくらか買っておいてくれたようで、生活には困らなかった。
 ここまで用意がいいとかえって怪しいような、なんというか。でもここに来てからピンクの笑顔が増えたような気がして、ユウは勘繰るのをやめた。
 
 この部屋の1番の特徴は、部屋の突き当たりにある海が見渡せる大きな窓だと思う。
 肘をかけるくらいの高さにあって、縦にも横にも大きく、ユウとピンクが横に並んでもかなり余裕がある。
 そして窓の下には広めの窓台があって、ピンクはよくそこに窓に沿うような姿勢で座って軽く窓にもたれかかり、海を眺めながら音楽を聴くのが好きなようだった。
 そんなピンクの姿は、美しかった。

 ユウは最初ピンクがそこで寝でもして、窓が外れて外に落ちてしまうんじゃないかと心配でそわそわしていたが、そんなユウを見てピンクは、心配しすぎだよ、と笑った。

 こんな時間が永遠に続けば良いのに、といつも思った。

 ーーーーーー

 「キマが言ってた教会に行ってみたい」

 新生活が始まって数日経った頃、突然思い出したようにピンクが提案した。
 教会…。ピンクはもちろん、ユウもヴェルへミア教の教会しか行ったことがない。本にある教会はもっと神聖で穏やかな場所だったような気がするが、どうしてもあの異様な雰囲気のイメージが抜けないのだ。
 そんな場所にピンクを連れていくというのは気が進まず、ユウはひっそりとこのまま話題に出ないことを願っていたが、やはり彼は忘れていなかったようだ。

 「ねえユウ!行こうよ」

 ユウが考え込んで返事をしなかったことに痺れを切らして、ピンクはユウの腕をつかむような形で体を揺らした。

 「うーーん……教会…なあ…。」

 ここに来てからのピンクは好奇心旺盛で、ユウに窓から見えるものの名前を聞いたり、置いてある本を自力で読みたいと文字の読み方を聞いたりした。
 そんなこともありこのまま自分が粘っても今のピンクなら1人で行くと言いかねないと思ったユウは、

 「わかったよ。行こうか。
 その代わり、しっかり眼鏡を掛けるんだぞ。」

 と、渋々了承した。

 ーーーーーー

 教会は部屋から海側に徒歩十数分の場所にある。
 浜辺に迫り出すように聳え立つ崖の上に建っているので、到着するまで坂道が多かった。周囲には人影も建物もなく、キマが比較的治安が良い場所と言っていたのはこれが原因なのだろう。

 下の崖は自然に削られて形作られたようで、波が打ち寄せる音が絶えず耳に響く。
 ピンクが崖の下を見てみたいとギリギリまで近づいて覗き込むのでユウは肝を冷やした。

 「これが教会?」
 「そうみたいだな。」

 建物自体はそれほど大きくないものの重厚な石造りで、一歩近づくだけで時間の流れが緩やかになるような静けさと威厳が漂っている。
 建物の表面には灰色の石が丁寧に積み上げられ、ところどころ風化しているもののそれが歴史の流れを感じさせる。
 見上げると繊細なステンドグラスが嵌め込まれたアーチ窓があり、日差しを受けるたび色とりどりの光が教会の周囲に反射する。
 高く聳える尖塔には鉄製の小さな鐘が吊るされ、風が吹くたび微かに音が鳴る。
 
 「なんか、思ってたのと違った。……落ち着く感じがする。」
 「ああ。」
 
 ピンクがそうぽつりと呟く。
 正直、ユウも同じ感想だった。
 ーーあんな暗くて血に染まったような異様な雰囲気の教会しか知らなかったらこうなるか。
 目の前にある建物は、いつか本で読んだことがあるような教会の雰囲気そのものだった。

 教会の扉まで足元に敷き詰められる石畳を歩く。カタカタと足音が鳴る。
 その周りには風で揺れる背の低い草花が植えられている。
 ピンクは一歩一歩踏み締め、辺りを見回しながら歩いた。ユウはその姿を後ろから眺めていた。

 教会の扉は古びた木製で、周囲の石の壁と美しく調和していた。
 2人はその扉を開き、中へと足を進めた。

 教会内部は驚くほど静かだった。正面の少し見上げたところに大きな窓があり、陽の光が部屋全体に行き渡っている。
 少しだけ高い場所にある祭壇の手前には、木製の長椅子が整然と並び、花々が椅子や石造りの壁などそこここに飾られている。手入れの行き届いた花は青い小さな5弁花をメインにして陽の光を受け美しく輝いていた。
 
 人は数人しかおらず、椅子に座って各々祈りを捧げている。
 2人が感じたことのない安らかな雰囲気に呆気を取られていると、

 「ようこそ。初めてお越しになられましたね?」

 意図せず話しかけられたのでユウはびくっとしてしまった。ピンクも驚いたのか、さっとユウの後ろに隠れてしまった。

 「ああ、驚かせてしまったのならすみません。私はこの教会で司祭をしているローガンと申します。なんだかお困りのようだったので…。」

 男は優しい声色で続けた。歳はユウより10歳は上だろうか。ぴしっと纏めた短い黒髪で、細めの眼鏡を掛けている。その優しい笑顔も、本に出てきた神父そのものだった。
 現実主義なユウですら、自分たちは本の世界に迷い込んだのか?と思ってしまった。

 「す、すみません。ここは自由に入って良い場所でしたか?」

 ユウは自分を無理やり現実に引き戻して訊いた。

 「ええ、もちろんです。よければ、この場所について少し話しましょうか?」

 ユウは自分の知識欲がくすぐられるのを感じたが、一旦ピンクの方を見た。
 ピンクは相変わらず顔は無表情だったが瞳だけはユウよりもはるかに輝かせてローガンの方を見ており、何も聞く必要はなかった。

 「では、お願いしてもいいですか?」
 「…それは、何?」

 ピンクがよしきたと言わんばかりに急に口を開いた。ピンクはローガンの胸元の花の形をした首飾りを指さしている。

 「ふふ、これは私が好きな花を模した首飾りです。教会にたくさん飾っている花も、同じ物です。」
 「へえ…。」

 早くもピンクは興味津々と言った感じでローガンの首飾りを凝視している。
 アクセサリーに興味が出たなら今度なにか買ってやろう、などとユウが思っていると、

 「ここはどうしてこんなに綺麗なの?」

 矢継ぎ早にピンクが質問攻めをはじめた。ユウはローガンの反応が少し心配になって表情を窺ったが、彼もなんとなく嬉しそうな反応をみせていたので安心した。

 「ありがとうございます。ここは見ての通り古い建物ですが、作り手が良かったのか今も昔も変わらず美しいままです。」

 ローガンは陽が降り注ぐ窓の方を見て続けた。

 「どうして…と考えると、ここに来る方々の思いがずっと変わらないからかもしれませんね。この教会は、特定の宗派といったものは存在しないんです。」
 「そんなことがあるんですか?」

 特定の宗派の存在しない教会。ではここに訪れる人々は、何に祈りに来ているのだろうか?
 ユウも俄然興味が湧いてきて、息を呑んだ。

 「ええ。ですので私が司祭というのも、管理者というだけで名ばかりです。
 ここに訪れる方々は、自分が祈りたいもの、信じたいものに祈っています。
 ここに答えを求めに来る方もいらっしゃいますが、答えは結局、いつも自分の中にある。と、私は思います。」
 
 ユウとピンクは自分たちの教会へのイメージとの差異のあまりの大きさぽかんとしていた。
 それを見たローガンは微笑んで、続けた。

 「きっと人が前に進むために必要なのは、何かに赦しを得ることではなく、赦しを与えるのは自分自身かもしれないと、気づくことなんです。」

 「…自分を赦す…。」

 ピンクはローガンの言葉を繰り返した。
 ユウも、なんだか深い話になってきたな、と思考を巡らせた。

 「でも人がそれに気がつくのは、大抵何か大きな出来事があった後です。ここへ来る人たちも皆、何かを抱えています。あなた方ももしよければ、自分と向き合う時間を過ごしてみくださいね。」

 ローガンは微笑みそう言い残すと、祭壇の方へ戻って行った。
 ピンクは何やら考え込んでいたようだったのでユウが声をかけた。

 「せっかくだし、椅子に座ってみようか?」
 「…あ、うん」

 歩みを進めると風に乗って花々の良い香りが鼻を掠めた。2人は、なんとなく遠慮して、1番後ろにある長椅子に並んで腰掛けた。

 「俺が昔読んだ本によれば、祈りを捧げる時はこうやって手を合わせて……」

 ユウが辿々しく記憶を頼りに説明しようとすると黙りこくっていたピンクがゆっくり口を開いた。

 「僕って…ここにいていいのかな?」
 「…どういうことだ?」

 その言葉の意味の考えられるどの選択肢を取ってもユウは反論する気だった。

 「……僕、マリーの仕事でいっぱい人を殺した。…そんな人間が、こんなに綺麗な場所に、いて良いのかな…って。」

 ーー確かに、人殺しは本来の教会の存在意義とは反する行いだとは思うけど…
 ピンクの特殊な生い立ち上、その責任を彼1人に背負わせることは絶対に間違っている。
 でも今ピンクが感じている罪悪感も、彼の成長を意味している。ただの操り人形からの成長を…。
 どうにかして言語化したいが、上手い言葉が思いつかない。

 「…それはお前1人が背負うことじゃない。ずっと一緒にいた俺も一緒に背負うべきことだよ。」

 その瞬間、ユウはふと閃いた。

 「…………名前」

 言葉が自然に口をついて出てきた。

 「…?」

 ピンクは思いがけない言葉にユウの方を見た。

 「俺がお前に、新しい名前をプレゼントするっていうのは…どう?」

 「名前…?」

 ピンクという名前は、その見た目のままマリーがつけたものだと聞いている。それならーー
 ユウはなんだか急に恥ずかしくなってきて、ピンク側の手を自分の頭に置いて肘で顔を隠すような形になった。

 「さっきローガンが言ってた、自分を赦すっていうの、こういうことかなって。
 お前が自分らしく生きられるように…。どうかなって…思ったんだけど……。」

 ユウの声がどんどん小さくなっていき、耳まで真っ赤になり挙句の果てにそっぽを向いた。
 ピンクはそんなユウを見たことがなかったので驚いたが、同時に嬉しくなってきて、そっぽを向くユウの腕を下に下ろして、顔を覗き込んだ。

 「僕、ユウに名前…つけてほしい。」

 その顔には先ほどの思い悩んだ表情は無くなっていた。

 「…よかった。」

 ユウは真っ赤になりながらピンクと目を合わせた。

 名前…。そうは言ったものの、あらかじめ決めてあったわけではなく、ユウは考え込んだ。
 ピンクが自分らしく生きられるような名前。
 純粋……綺麗…………世界一かわいい……
 ユウはピンクの色々な姿を思い出していると、昔読んだ本の、天使の話を思い出した。

 ーーこれだ。

 「………リエル。」

 空気が震えたような気がした。
 ピンクの美しい瞳が大きく見開かれ、何度か瞬きする。瞳がきらきらと輝き何度もその名前を反芻しているのか、時が止まったような沈黙が流れる。

 「え…ど、どう…??」

 ユウはそんな沈黙と自分のネーミングセンスに急な不安を覚えて訊いた。

 「…………い」
 「え??」

 ピンクがぽつりと何かを呟く。

 「僕、リエルになりたい。」

 今まで見たことがない、笑顔。
 その瞳には涙を浮かべているように見えた。
 ユウは、そんな姿がたまらなく愛しくなって抱きしめた。
ーー彼が自分を赦せるように、俺にできることはなんでもする。

 「じゃあ、リエルって呼ぶ。
 俺の全てをリエルに捧げるから。」

 今この瞬間は、人生で一番大切な気がする。


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