【番外編更新予定】酔いどれおじさんは、若き騎士に求愛される

泉あけの

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第1章 酔いどれおじさんと青年

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 ユーティスと出会ってから早1ヶ月。彼との生活は穏やかだった。貴族の出だという彼は炊事も掃除も洗濯も1人でこなす。
 
 朝は寝過ぎてしまうロランを起こしに来てくれるし、ご飯も食べさせてくれる。朝食を終えると準備をして仕事へ出かけていくのだ。
 
 ロランはリハビリの進みが悪く、支えがなければ歩くことさえままならない。そのため働き口を見つけることさえできずにいた。1000万テイルの借金もある身としては、大変由々しき事態だ。

 どうしようもない状況に溜息が出た。今ロランができることといえば、朝の支度をしているユーティスの様子をぼんやりと眺めるだけだ。
 
「ロラン、行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
「何をしていても構いませんが、危ないことはしないでください」

 ユーティスは過保護だ。その証拠に彼は可能な限りの生活作業をロランの部屋で行う。
 
 だが泥酔し貴族の馬車に轢かれかけた自身の行動を思い返すと仕方だがないと納得できる。
 
 保護する側として少し目を離した隙に、問題を起こされてはたまったものではないだろう。
 
「ろくに歩けもしない、目も見えない人間はたいそうなことできないよ」
「またそんなことを言って」

 ロランが自虐的なことを言うとユーティスは拗ねた。言っていることは正しいのだからいいじゃないかと思うが、お気に召さないらしい。

「わかったごめん」
「また子どもを宥めるみたいに......」
「ごめん」

 ボケやた視界を頼りに頭を撫でる。さらさらな髪の毛を触っていると気持ちがいい。
 ロランはすっかり虜になっている。

「まったく。では俺、もう行きますね」
「ああ、行ってらっしゃい」

 2度目の行ってらっしゃいを言うと、最近お決まりの言葉をユーティスは言った。
 
「ロラン、今日こそ俺を恋人にしてくれますか?」
「......しない」
「ちぇ、残念」

 そう言ってユーティスは仕事先へと向かっていった。部屋の扉が閉められるとロランは頬を赤くした。
 恋人にして欲しいと願う甘い声が耳から離れない。

「かっこよすぎる」

 生来恋愛対象が男であるロランにとって、愛の囁きはこれでもかと言うほど効いていた。
 
 恋人になって欲しいと言われるたびに、はいと了承してしまいたくなる。その度に前世で培った理性を使って何とか踏みとどまっているのだ。

 どれだけの時間、ときめきに浸っていたのだろうか、コンコンと部屋の扉がノックされ、驚きながらも返事をした。

「ブスケーさん? 入っても大丈夫ですか」
「はい。どうぞ」
「お邪魔しますね」

 扉を開けて入ってきたのはアリアンヌ・セランだ。医師ジェラリアの妹であり、彼の医院で助手として働く女性でもある。
 
 ジェラリアは医院の診察で日中は忙しいため、リハビリには彼女が来てくれていた。ありがたいことだ。
 
 ユーティスからの信頼も厚く、彼女はこの家の合鍵を渡されている。

「今日の体の調子はいかがですか」
「ちょっと足の調子が悪いかな、気持ち悪いというか。それ以外に変なところはないと思う」
「わかりました。それでは初めに足をマッサージしますね。歩きの練習はその後、様子を見てやるか決めましょう」

 アリアンヌは気立の良い娘だ。しっかり者で気が利く。おじさんのロランに触るのは嫌だろうが、そんな素振りをチラリとも見せない。

「ごめんな。おじさんの体なんか触らせて」
「いいえ、まったくそうは思いませんよ。ブスケーさんは変な匂いもしませんし。不用意に動いたりしませんから」
「ええ? それは普通のことだろう?」
「それが普通ではない人間がこの世には溢れているんですよ」

 うんざりしたように彼女は言った。ロランがアリアンヌを好む理由として、言動がハキハキとしていてわかりやすいというのがある。
 
 視界が常にぼんやりとしているロランにとって、言葉は相手を知る大きな要素のうちの1つだ。

「そうなのか」
「そうですよ。この前なんか、うちの医院にいちゃもんをつけてくるおじさんが来て、1時間も受付に居座って説教をしていたんですよ。その時は、兄が出向いて冷静に対処していましたけど。私はもうイライラが止まらなくて」
「それは大変だな」
「本当にそうですよ! 兄もその場では冷静そのものでしたが家に帰ったらすごい怒ってましたし」
「へー先生が、意外だね」

 アリアンヌはリハビリのためにやって来るたびに土産話を聞かせてくれる。ロランはそれを聞くことが楽しみだった。
 
 自由が効かなくなった体では、外にいくことは難しい(一人でどこかへ行くことは家の中であっても、ユーティスに禁止されている)。そのため娯楽はユーティスとアリアンヌの土産話に限られてしまうのだ。
 
 その後も土産話は弾み、気がつけば足のマッサージが終わっていた。

「どうですか、足の感覚は。少しは良くなりましたか?」
「ああ、だいぶ。少しくらいなら歩くこともできそうだよ」
「それはよかったです。ではリハビリの準備をするので少し休んでいてください」

 この時、ロランは初めてアリアンヌに嘘をついてしまった。マッサージをしてもらったものの、足の気持ち悪さは残ったままだ。良心がズキズキと痛む。
 
 それでも嘘をついた理由はアリアンヌがリハビリ後に聞かせてくれる、ユーティスの話を聞きたかったからだ。

 ユーティス、ジェラリア、アリアンヌの3人は幼馴染である。
 ユーティスが貴族の籍を抜ける以前からの知り合いで、彼女はユーティスの幼少期の話をリハビリを頑張ったご褒美にと聞かせてくれるのだ。

「ブスケーさん、準備できました。リハビリを始めましょうか」
「わかった」

 アリアンヌに支えられながら立ち上がり、部屋の手すりを伝いつつ、言うことをあまり聞いてくれない足を動かしていく。不調な分、いつもより足に力が入らない。
 
「痛っ!」
「ブスケーさん、大丈夫ですか!?」

 部屋を一周したところで限界が来た。右足の腱が脈打つように痛む。
 アリアンヌの必死な声が聞こえる。ロランはぎゅっと目をつむり痛みに耐えた。

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