君の行く末

常森 楽

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いちのお母さんは、いつも仕事をキッチリやってて、本当に尊敬するよ。強いお母さんって、羨ましい」

お姉さんと食事をするようになってから、彼女はしきりにそう言った。

父と離婚してから、女手ひとつで育ててくれたことには感謝してる。
でも、私には彼女の言う" 尊敬 "がわからなかった。
ただ相づちをうつことしかできない。

お姉さんの話を聞くと、職場にパワハラ・セクハラをする上司がいるらしく、母はその人に対抗できる唯一の人らしい。
昔から強気な母らしいと言えば、母らしい。
お姉さんはいつも母に守られていると言った。

そして彼女いわく、私は母に似ているそうだ。
自分の考えをちゃんと相手に伝えられる私は、強いのだと言う。

ある夜、お姉さんから着信があった。

「助けて」

電話の向こうで息を切らしながら涙声になってるお姉さんに動揺した。

私は一瞬母の方を見て、下唇を噛んで目をそらした。

「すぐ行くよ」

電話を切り、母に外出することを告げる。

「帰って来なくていいよ」
そんな言葉を背に、私は駆け出した。


部屋に行くと、お姉さんは目を腫らして ボサボサになった髪を整えながら 出迎えてくれた。

「ごめん、急に呼び出して」
「平気だよ」

ドアが閉まると同時に、お姉さんは倒れるように私にもたれた。

真っ暗で静かな部屋。
次第に時計の針の音が聞こえるようになって、お姉さんが嗚咽を漏らす。

私は赤子をあやすように、彼女の背中をトントンと優しく叩いた。

彼女は声を出して泣き始め、すがりつくように 私を強い力で抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫。もう、大丈夫だよ」

ゆっくりと、彼女に響くように 言い聞かせる。

「夜が、怖いの」
肩を震わせながら、小さく呟く。
「怖いよ」

しばらく泣いて落ち着くと、疲れた彼女はベッドに横たわった。
私はそばに座って、彼女のやわらかい髪を撫でた。

「たくさん泣いたね」
私が笑うと、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね、私……大人なのに」
「いいんだよ。頼ってくれて嬉しいから」
「でも」
「こんな時にアレだけど……泣いてる姿も、かわいいなって思ったし」
ニシシと笑うと、彼女も笑った。

「ひどいよ、こっちは真剣なのに」
「私も真剣だよ」
冗談めかして言ったけど、本当のことしか言ってなかった。

彼女は枕に顔を埋めて ゴシゴシと擦ったあと、体の中の空気を全部入れ替える勢いで 顔を上げて 息を吸った。
ゆっくりと吐いていき、寂しげな眼差しを私に向けた。

「私、今までほとんど言ったことがなかったんだけど……父親から暴行されてたの」
「暴行?」
「乱暴……レイプだよ」
ふぅっと長いため息をつく。

「母親は、見てみぬフリ。助けて欲しかったんだけど……父親の言いなりだったから、無理だったんだろうな」

だから、私の母のような強い人に憧れる。

「最近、例の あの上司からのセクハラが酷くてさ、思い出すようになっちゃったんだよね」

静かに涙が流れていく。
私がそれを指で拭うと、彼女は小さく笑みを浮かべた。

「知っての通り、私 あんまり友達もいないし……10歳も年下のいちに頼るなんて、情けないけど」
他に頼れる人がいなくて、と呟く彼女の手が震える。

初夏の暑さなんて露知らず、凍える手をあたためるように 彼女は両手を擦り合わせた。

私はずっと知っていた。
彼女の左手に、いくつもの傷があることを。

そっと左手をとって、私はその傷に口付けた。

彼女は心底驚いたように大きく目を見開いて、また涙を流した。

「ずっと、頑張ってきたんだね」

自分に出来る限りの優しい笑みを作った。
彼女は顔を歪めて、子供のようにわんわんと泣き始める。

叫ぶように、全てを吐き出すように、彼女は一際大きな声で泣いた。

しゃっくりをしながら落ち着きを取り戻したのは、空が明るくなる頃だった。

幸いにも、翌日は土曜日だったから 心置きなくオールできた。

彼女が眠りにつくまで見守って、彼女の寝息が聞こえ始めると 私も睡魔に襲われた。
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