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1.恋愛初心者
16.彼女
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放課後になるまで永那ちゃんとは話さない。
それは“彼女”になっても変わらない。
こちらから彼女に話しかける隙なんてないし、彼女も起きていると友人たちに囲まれてこちらに話しかける隙がないみたいだった。
でも、頻繁に目が合うようになった。
目が合うたびに微笑んでくれる。だから私も微笑み返して、2人だけの秘密を共有しているかのような感覚になる。
心なしか、彼女の起きている時間が長くなった気がしてる。
私と付き合い始めたからかなあ?と、少し自惚れる。
私の休み時間は、特に話し相手もいないから、いつも読書の時間になる。
こだわりがないから、図書館の本を片っ端から読むことにしている。
今はちょうど恋愛小説を読んでいる。前までは恋愛に興味がなかったから、「ふーん」くらいしか感想が出てこなかった。
でも最近は何かの参考になるかと思って、真剣に読んでいる。
「永那~」
佐藤千陽さんが永那ちゃんを背後から抱きしめる。
佐藤さんは背が低くて、自然と上目遣いになっている。
目下、私の悩みは彼女だった。
私には“付き合う”ということが、まだあまりよくわかっていない。
恋人になったらどうするのか…例えば、周りの人に公表するのか秘密にするのか、友人とのじゃれ合いをやめるのかやめないのか、どのタイミングで2人きりで話せばいいのか…そんなような取り決めが、どんな風に2人の間で行われるのか。
あるいはそんな取り決めなんていちいちしなくて、自然と分かり合えるものなのか。
恋愛に疎い自分が、今まで誰の話にも関心を向けてこなかった過去の自分が、少しだけ憎い。
私は佐藤さんが永那ちゃんにベタベタと触れるのは、正直嫌だ。
そのことを“告白”の時に永那ちゃんには伝えた。でもその時「私だって、されたくてされてるんじゃない」と彼女は言った。
本人もされたくてされているわけじゃないなら、きっとどうすることもできないのだろう…と、自分を納得させようとするけど、なかなかこれが難しい。
私も佐藤さんみたいに、永那ちゃんに抱きつきたい。
いくら恋人同士になったからと言って、付き合いの長さで言えば、私よりも圧倒的に佐藤さんのほうが永那ちゃんといる時間が長い。
だから、2人のじゃれ合いに割り込んでまで、私が永那ちゃんに触れることなんてできるはずもなかった。それはあまりに不自然すぎる。
誰かの反感を買うようなことは、なるべくしたくない。
しかも、いざ話せる時間がきても…つまり放課後になっても、私は体育祭の準備で酷く忙しくしていた。
授業が終わると、永那ちゃんが話しかけに来てくれるのだけど、まともに話せる時間がなかった。
唯一、私達の関係が恋人同士なのだと実感できる時は、永那ちゃんから毎日連絡がくることだ。
体育祭の準備でヘトヘトになった状態でスマホを見ると「おつかれさま」という文言がいつも最初にある。
たったその一言で心が軽くなるから不思議だ。
「今日もあんまり話せなかったね」と、ひとすじの涙を流している絵文字が添えられる。
「体育祭が終わったら、2人でたくさん話そうね」と言われた時は思わず大きく頷いた。そして「準備頑張るぞ!」と気合が入る。
1日の始まりには「おはよう」と連絡がくる。
まだたったそれだけだけど、それだけのことがたまらなく嬉しい。
1人の時間にそのやり取りを何度も見返しているほどに。
「昨日の夜嫌な夢見て、それから全然眠れなかったの~。なぐさめて~」
佐藤さんが甘えるように言う。
「あれまー、それはかわいそうに」
永那ちゃんは困ったように笑いながら、彼女の頭を撫でた。
見たくないものを見てしまって、つい本で顔を隠す。
でも気になって、やっぱり見てしまう。
佐藤さんが嬉しそうに頭を撫でられていた。撫でられ終えると、撫でられた部分を自分でも軽く撫でて、口をすぼめながら嬉しさを噛みしめるように笑っていた。
目がキュルッとしていて、女の子らしい…と言えばいいのか…。つい守りたくなる存在という雰囲気が溢れ出てる。
私は…あんなに可愛らしくあれないな、と胸がチクリと痛む。
永那ちゃんと佐藤さんは同じ中学出身だったらしい。
佐藤さんが「永那にくっついてきた」と自慢げに話していた。
佐藤さんは、自分が誰よりも永那ちゃんのことを知っている、自分が誰よりも永那ちゃんとの付き合いが長いのだと、胸を張ってよく言っている。
そのたびに永那ちゃんにデコピンされて、「痛い~」と言いながら永那ちゃんに抱きついている。
2人は電車通学組で、毎朝一緒に通っているらしい。
正直、それも羨ましい。
そのことを付き合い始めてから思い出して、2人で遊んだ時に永那ちゃんが私の家まで送ってくれたことを申し訳なく思ったりもした。
それを彼女に言ったら「私が穂と一緒にいたかっただけだよ」と返されて、蕩けてしまいそうになった。
休憩時間の終了が近づくと、永那ちゃんは席についた。隣の席で漫画を読んでいる女子に話しかけている。
その子も私と同じように、友達が多い方ではない。でも永那ちゃんがいろんな話題を振ってくれるからか、楽しそうに笑っている。
私も隣の席だったら…と、何度思ったことか。
永那ちゃんは、誰に対しても分け隔てなく話しかけてくれる。
起きている時間が短いから交流の時間は短いけれど、彼女は相手の好みを理解して会話を紡いでいく。
男女関係なく。
だから彼女はモテる。それに対して抗議するように、佐藤さんが「また永那は人を沼に沈めてる」と頬を膨らませて不貞腐れていた。
そう考えると、なぜ彼女が私を“彼女”に選んでくれたのか、不思議に思えてくる。
他の人と私には、どんな差があったのだろう?と。
たまたま私が思いつきのいたずら(実験)をして、たまたまそれが彼女のツボにハマったから?
自分の魅力に全く自信がなくて「ハァ」とため息が出る。
そもそも私の魅力って何?
そんなことを考えていると、ふいに視線を感じた。そちらを見ると、彼女と目が合った。
優しい笑みを浮かべてくれる。
それが嬉しくて、私も微笑み返す。
チャイムと同時に教室の扉が開き、先生が入ってくる。
それを合図に私達は、せっかく交わった視線をそらした。
彼女は寝る体勢になって、私は教科書とノートを開く。
私達の触れ合いは、これだけ。たった、これだけ。
正確には触れ合いとも呼べない。
ギュゥッと締め付けられる胸の痛みを知らないフリして、授業に集中する。
それは“彼女”になっても変わらない。
こちらから彼女に話しかける隙なんてないし、彼女も起きていると友人たちに囲まれてこちらに話しかける隙がないみたいだった。
でも、頻繁に目が合うようになった。
目が合うたびに微笑んでくれる。だから私も微笑み返して、2人だけの秘密を共有しているかのような感覚になる。
心なしか、彼女の起きている時間が長くなった気がしてる。
私と付き合い始めたからかなあ?と、少し自惚れる。
私の休み時間は、特に話し相手もいないから、いつも読書の時間になる。
こだわりがないから、図書館の本を片っ端から読むことにしている。
今はちょうど恋愛小説を読んでいる。前までは恋愛に興味がなかったから、「ふーん」くらいしか感想が出てこなかった。
でも最近は何かの参考になるかと思って、真剣に読んでいる。
「永那~」
佐藤千陽さんが永那ちゃんを背後から抱きしめる。
佐藤さんは背が低くて、自然と上目遣いになっている。
目下、私の悩みは彼女だった。
私には“付き合う”ということが、まだあまりよくわかっていない。
恋人になったらどうするのか…例えば、周りの人に公表するのか秘密にするのか、友人とのじゃれ合いをやめるのかやめないのか、どのタイミングで2人きりで話せばいいのか…そんなような取り決めが、どんな風に2人の間で行われるのか。
あるいはそんな取り決めなんていちいちしなくて、自然と分かり合えるものなのか。
恋愛に疎い自分が、今まで誰の話にも関心を向けてこなかった過去の自分が、少しだけ憎い。
私は佐藤さんが永那ちゃんにベタベタと触れるのは、正直嫌だ。
そのことを“告白”の時に永那ちゃんには伝えた。でもその時「私だって、されたくてされてるんじゃない」と彼女は言った。
本人もされたくてされているわけじゃないなら、きっとどうすることもできないのだろう…と、自分を納得させようとするけど、なかなかこれが難しい。
私も佐藤さんみたいに、永那ちゃんに抱きつきたい。
いくら恋人同士になったからと言って、付き合いの長さで言えば、私よりも圧倒的に佐藤さんのほうが永那ちゃんといる時間が長い。
だから、2人のじゃれ合いに割り込んでまで、私が永那ちゃんに触れることなんてできるはずもなかった。それはあまりに不自然すぎる。
誰かの反感を買うようなことは、なるべくしたくない。
しかも、いざ話せる時間がきても…つまり放課後になっても、私は体育祭の準備で酷く忙しくしていた。
授業が終わると、永那ちゃんが話しかけに来てくれるのだけど、まともに話せる時間がなかった。
唯一、私達の関係が恋人同士なのだと実感できる時は、永那ちゃんから毎日連絡がくることだ。
体育祭の準備でヘトヘトになった状態でスマホを見ると「おつかれさま」という文言がいつも最初にある。
たったその一言で心が軽くなるから不思議だ。
「今日もあんまり話せなかったね」と、ひとすじの涙を流している絵文字が添えられる。
「体育祭が終わったら、2人でたくさん話そうね」と言われた時は思わず大きく頷いた。そして「準備頑張るぞ!」と気合が入る。
1日の始まりには「おはよう」と連絡がくる。
まだたったそれだけだけど、それだけのことがたまらなく嬉しい。
1人の時間にそのやり取りを何度も見返しているほどに。
「昨日の夜嫌な夢見て、それから全然眠れなかったの~。なぐさめて~」
佐藤さんが甘えるように言う。
「あれまー、それはかわいそうに」
永那ちゃんは困ったように笑いながら、彼女の頭を撫でた。
見たくないものを見てしまって、つい本で顔を隠す。
でも気になって、やっぱり見てしまう。
佐藤さんが嬉しそうに頭を撫でられていた。撫でられ終えると、撫でられた部分を自分でも軽く撫でて、口をすぼめながら嬉しさを噛みしめるように笑っていた。
目がキュルッとしていて、女の子らしい…と言えばいいのか…。つい守りたくなる存在という雰囲気が溢れ出てる。
私は…あんなに可愛らしくあれないな、と胸がチクリと痛む。
永那ちゃんと佐藤さんは同じ中学出身だったらしい。
佐藤さんが「永那にくっついてきた」と自慢げに話していた。
佐藤さんは、自分が誰よりも永那ちゃんのことを知っている、自分が誰よりも永那ちゃんとの付き合いが長いのだと、胸を張ってよく言っている。
そのたびに永那ちゃんにデコピンされて、「痛い~」と言いながら永那ちゃんに抱きついている。
2人は電車通学組で、毎朝一緒に通っているらしい。
正直、それも羨ましい。
そのことを付き合い始めてから思い出して、2人で遊んだ時に永那ちゃんが私の家まで送ってくれたことを申し訳なく思ったりもした。
それを彼女に言ったら「私が穂と一緒にいたかっただけだよ」と返されて、蕩けてしまいそうになった。
休憩時間の終了が近づくと、永那ちゃんは席についた。隣の席で漫画を読んでいる女子に話しかけている。
その子も私と同じように、友達が多い方ではない。でも永那ちゃんがいろんな話題を振ってくれるからか、楽しそうに笑っている。
私も隣の席だったら…と、何度思ったことか。
永那ちゃんは、誰に対しても分け隔てなく話しかけてくれる。
起きている時間が短いから交流の時間は短いけれど、彼女は相手の好みを理解して会話を紡いでいく。
男女関係なく。
だから彼女はモテる。それに対して抗議するように、佐藤さんが「また永那は人を沼に沈めてる」と頬を膨らませて不貞腐れていた。
そう考えると、なぜ彼女が私を“彼女”に選んでくれたのか、不思議に思えてくる。
他の人と私には、どんな差があったのだろう?と。
たまたま私が思いつきのいたずら(実験)をして、たまたまそれが彼女のツボにハマったから?
自分の魅力に全く自信がなくて「ハァ」とため息が出る。
そもそも私の魅力って何?
そんなことを考えていると、ふいに視線を感じた。そちらを見ると、彼女と目が合った。
優しい笑みを浮かべてくれる。
それが嬉しくて、私も微笑み返す。
チャイムと同時に教室の扉が開き、先生が入ってくる。
それを合図に私達は、せっかく交わった視線をそらした。
彼女は寝る体勢になって、私は教科書とノートを開く。
私達の触れ合いは、これだけ。たった、これだけ。
正確には触れ合いとも呼べない。
ギュゥッと締め付けられる胸の痛みを知らないフリして、授業に集中する。
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