文字の大きさ
大
中
小
99 / 595
2.変化
99.夏休み
穂の家は、良い意味で気遣われていなくて、本当に家族みたいに思えて、心地よかった。
お母さんの仕事の資料がテーブルに山積みになっていて、穂が謝ってくれたり。
リビングには誉の漫画が散乱していて、それを穂が叱っていたり。
誉は私に何の遠慮もせず、遊びに誘ってくれる。
穂に接するように、接してくれる。
お客さん扱いしないこの感じが、心地いい。
変に気遣われたりしない感じが、心地いい。
私は時計を見て、立ち上がる。
「じゃあ…そろそろ帰るか」
あの家に。
お母さんが寝ている、あの暗い家に。
「俺、一緒に駅まで行っていいよね?」
私はてっきり玄関でバイバイすると思っていたけど。
穂を見ると、誉の頭を撫でて頷いていた。
「ついでにスーパー寄っちゃおっか。今日の夕飯何にしよう?」
穂が言う。
なにそれ。私も行きたい。
スーパー行って?買い物袋持って?みんなで一緒に帰って?ご飯作って?みんなで食べる?
…なにそれ。ホント最高じゃん。
穂と目が合う。
「永那ちゃん?」
私は俯いて、モジモジする。
誉に顔を覗きこまれて、「どうしたの?」と聞かれる。
思わず、苦笑いする。
「…いや、いいなあって」
「なにが?」
2人がハモって、ちょっと面白い。
「私も、スーパー行きたかったなあって」
「なんで?なんか必要な物あるの?」
誉が眉間にシワを寄せて、首を傾げる。
「ああ。それなら、スーパー寄ってから帰る?」
穂と誉が何も理解していないのが、また心地いい。
私はフッと笑って「いや、大丈夫。そのまま帰るよ」と言った。
どうせ一緒の家には帰れないし、一緒にはご飯を食べられない。
私達は家族じゃないのだから。
胸がズキリと痛む。
2人が駅まで送ってくれて、私は電車に乗り込んだ。
まだ電車はギリギリ混んでいないという感じで、あと1時間もすればギュウギュウになるのだろうと想像できる。
家につくと、お母さんが起きていた。
「永那、おかえり」
優しく微笑んでくれるけど、彼女の肌はとても不健康そうで、笑顔もどことなくぎこちない。
「ただいま」
「学校どうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「よかった」
お母さんには日にちの感覚がない。
私が制服を着ていないことに違和感を抱いても「制服じゃなくていい日なんだよ」と説明すると「そうなんだ。いいねえ、今の学校は」と頷いた。
それでも私が土日になるべく予定を入れたくないのは、前にテレビを見ていたお母さんが「なんで日曜日なのに永那がいないの!」とパニックを起こしたからだった。
帰ったら顔が涙でグシャグシャになっていて、家中の物を散乱させていた。
「また捨てられた、また捨てられた」と泣きじゃくるお母さんを抱きしめて「大丈夫だよ、大丈夫」と何度も言った。
「お母さん」
「なあに?」
「今日、一緒に買い物行く?」
「ええ!」
お母さんの顔がパァッと明るくなる。
「うん、行く。行く!」
何日もお風呂に入っていないお母さんの髪は、皮脂で少しギトギトしている。
お母さんはそんなこと気にならないみたいだけど、矛盾するように、「服何着ていこう?」なんて言っている。
何着か押し入れから出して、体に当てる。
「ねえ、永那?これはどお?」
「可愛いよ」
「そう?…でもちょっと、おばさんっぽいかな?」
もう一着広げると、ワンピースのスカートの裾がビリビリに破けていた。
お母さんの目が見開く。
私はそばに寄って、服を取った。
お母さんはそれを目で追う。
「どっかに引っかかって破れちゃったんだね」
そう言うと、お母さんは悲しそうにしたけど、頷いた。
本当は、お母さんがパニックを起こして破ったんだ。
お姉ちゃんからプレゼントされた服。
お姉ちゃんが出て行って、パニックを起こしたときに、彼女が自分で破った。
捨てたりすると、それはそれで面倒なことになるから、私は押し入れの奥深くに押し込む。
フゥッと息を吐いて、適当な服を出す。
「お母さん、これがいいよ」
「これ?」
「うん、お母さんは赤がよく似合うから」
「そお?」
嬉しそうに笑って、着替え始める。
白の帽子を取って、彼女の頭に被せてあげる。
「行こっか」
お母さんは子供みたいにはしゃいで、私の手を握った。
穂のことを思い出す。
優里が提案して、生姜焼きを作ってくれた。
穂と買い物するのが嬉しくて、楽しかった。
「お母さん、今日は生姜焼きでも作ってみようかな」
「生姜焼き?…いいね!久しぶり!お母さんが作ってあげる!」
お母さんはそう笑顔で言うけど、彼女が作れないことは知っている。
いや、正確には、作れるんだと思う。
でも、料理をしている最中にパニックを起こされて、包丁を振り回されても困る。
父親が帰ると、彼女は楽しそうに料理をした。
でも父親は何かと彼女の料理にケチをつけて、彼女に投げつけることもあった。
父親がお母さんを捨ててから、お母さんは料理ができなくなった。
料理中、突然泣いて“私がだめだから”とうずくまってしまう。
「お母さん、私が作りたいの。だめ?」
お母さんは可愛らしく頰を膨らませた後、笑う。
「しょーがないなあ、いいよ。永那のご飯楽しみ」
お母さんの仕事の資料がテーブルに山積みになっていて、穂が謝ってくれたり。
リビングには誉の漫画が散乱していて、それを穂が叱っていたり。
誉は私に何の遠慮もせず、遊びに誘ってくれる。
穂に接するように、接してくれる。
お客さん扱いしないこの感じが、心地いい。
変に気遣われたりしない感じが、心地いい。
私は時計を見て、立ち上がる。
「じゃあ…そろそろ帰るか」
あの家に。
お母さんが寝ている、あの暗い家に。
「俺、一緒に駅まで行っていいよね?」
私はてっきり玄関でバイバイすると思っていたけど。
穂を見ると、誉の頭を撫でて頷いていた。
「ついでにスーパー寄っちゃおっか。今日の夕飯何にしよう?」
穂が言う。
なにそれ。私も行きたい。
スーパー行って?買い物袋持って?みんなで一緒に帰って?ご飯作って?みんなで食べる?
…なにそれ。ホント最高じゃん。
穂と目が合う。
「永那ちゃん?」
私は俯いて、モジモジする。
誉に顔を覗きこまれて、「どうしたの?」と聞かれる。
思わず、苦笑いする。
「…いや、いいなあって」
「なにが?」
2人がハモって、ちょっと面白い。
「私も、スーパー行きたかったなあって」
「なんで?なんか必要な物あるの?」
誉が眉間にシワを寄せて、首を傾げる。
「ああ。それなら、スーパー寄ってから帰る?」
穂と誉が何も理解していないのが、また心地いい。
私はフッと笑って「いや、大丈夫。そのまま帰るよ」と言った。
どうせ一緒の家には帰れないし、一緒にはご飯を食べられない。
私達は家族じゃないのだから。
胸がズキリと痛む。
2人が駅まで送ってくれて、私は電車に乗り込んだ。
まだ電車はギリギリ混んでいないという感じで、あと1時間もすればギュウギュウになるのだろうと想像できる。
家につくと、お母さんが起きていた。
「永那、おかえり」
優しく微笑んでくれるけど、彼女の肌はとても不健康そうで、笑顔もどことなくぎこちない。
「ただいま」
「学校どうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「よかった」
お母さんには日にちの感覚がない。
私が制服を着ていないことに違和感を抱いても「制服じゃなくていい日なんだよ」と説明すると「そうなんだ。いいねえ、今の学校は」と頷いた。
それでも私が土日になるべく予定を入れたくないのは、前にテレビを見ていたお母さんが「なんで日曜日なのに永那がいないの!」とパニックを起こしたからだった。
帰ったら顔が涙でグシャグシャになっていて、家中の物を散乱させていた。
「また捨てられた、また捨てられた」と泣きじゃくるお母さんを抱きしめて「大丈夫だよ、大丈夫」と何度も言った。
「お母さん」
「なあに?」
「今日、一緒に買い物行く?」
「ええ!」
お母さんの顔がパァッと明るくなる。
「うん、行く。行く!」
何日もお風呂に入っていないお母さんの髪は、皮脂で少しギトギトしている。
お母さんはそんなこと気にならないみたいだけど、矛盾するように、「服何着ていこう?」なんて言っている。
何着か押し入れから出して、体に当てる。
「ねえ、永那?これはどお?」
「可愛いよ」
「そう?…でもちょっと、おばさんっぽいかな?」
もう一着広げると、ワンピースのスカートの裾がビリビリに破けていた。
お母さんの目が見開く。
私はそばに寄って、服を取った。
お母さんはそれを目で追う。
「どっかに引っかかって破れちゃったんだね」
そう言うと、お母さんは悲しそうにしたけど、頷いた。
本当は、お母さんがパニックを起こして破ったんだ。
お姉ちゃんからプレゼントされた服。
お姉ちゃんが出て行って、パニックを起こしたときに、彼女が自分で破った。
捨てたりすると、それはそれで面倒なことになるから、私は押し入れの奥深くに押し込む。
フゥッと息を吐いて、適当な服を出す。
「お母さん、これがいいよ」
「これ?」
「うん、お母さんは赤がよく似合うから」
「そお?」
嬉しそうに笑って、着替え始める。
白の帽子を取って、彼女の頭に被せてあげる。
「行こっか」
お母さんは子供みたいにはしゃいで、私の手を握った。
穂のことを思い出す。
優里が提案して、生姜焼きを作ってくれた。
穂と買い物するのが嬉しくて、楽しかった。
「お母さん、今日は生姜焼きでも作ってみようかな」
「生姜焼き?…いいね!久しぶり!お母さんが作ってあげる!」
お母さんはそう笑顔で言うけど、彼女が作れないことは知っている。
いや、正確には、作れるんだと思う。
でも、料理をしている最中にパニックを起こされて、包丁を振り回されても困る。
父親が帰ると、彼女は楽しそうに料理をした。
でも父親は何かと彼女の料理にケチをつけて、彼女に投げつけることもあった。
父親がお母さんを捨ててから、お母さんは料理ができなくなった。
料理中、突然泣いて“私がだめだから”とうずくまってしまう。
「お母さん、私が作りたいの。だめ?」
お母さんは可愛らしく頰を膨らませた後、笑う。
「しょーがないなあ、いいよ。永那のご飯楽しみ」
感想 56
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?