いたずらはため息と共に

常森 楽

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4.踏み込む

228.疲労

「文化祭、楽しかったな」
私は忙しかったから会いはしなかったものの、誉は友達と行くと言っていた。
「ねー!」
優里ちゃんが笑う。
「私、そろそろ帰るわ」
永那ちゃんが立ち上がる。
「ちょっと待って…。空井さん、これ、昨日の分と今日の分」
千陽に紙をわたされる。
「ありがとう」
千陽が片付けを始める。
「えー、もう2人帰るの?」
「優里は家にいたら?」
誉が言う。
「そうさせてもらおっかな」
私は頷いて、立ち上がった。
永那ちゃんが相変わらず窓のほうを見ているから、顔を覗き込むと、驚かれた。
頭を撫でられて、彼女は笑みを作るけど、その笑みが悲しげで…胸が痛む。

3人で、永那ちゃんと千陽を見送る。
エレベーターを待っている2人を見ていたら、気づけば「私も駅まで行く!」と言って、サンダルを履いていた。
エレベーターに乗っている間、2人とギュッと手を繋いだ。
1階につく前に、永那ちゃんにキスされて、鼓動が速くなった。
「永那ちゃん…」
「ん?」
「明日先生に相談しよう?」
永那ちゃんの眉間にシワが寄る。
「テスト終わったら、修学旅行だし…言うなら早めに言ったほうがいいと…思う」
「言って意味あんのかな?」
…わからない。
でも、誰かには言わないと…何かは、変えないと…何も変わらないのは確かだ。
「前、お姉ちゃんがいろんな大人と話したとき…誰も、何もしてくれなかったって言ってた。むしろ、貶されたり、ただ“頑張れ”って言うだけだったり…結局、誰も、助けてはくれなかった。だから私達だけで頑張るしかないんだって…」

「この話、あたし聞いててもいいの?」
千陽が言う。
私はハッとして、千陽を見た後、永那ちゃんを見る。
永那ちゃんはまっすぐ前を見ながら、無表情だった。
「べつに、お前に特別隠してるわけでもないし…」
覇気のない声音で、何を考えているのかわからない表情で、彼女は言う。
「ふーん」
千陽は左腕を右手で擦った。
「先生には、言いたくない」
永那ちゃんの冷たい声。
「でも…じゃあ、誰か…お姉さんは?お姉さんに、もう一度ちゃんと話して」
「なんて言えばいいんだよ」
殺気とは違う…でも、それに近い…それよりも、冷たい、視線。
「話したよ!もう辛いって、1人じゃ無理だって、話したよ!お母さんが自分のこと包丁で刺そうとしたときも、暴れて殴られまくったときも、油断してカミソリを出しっぱにしちゃって、リスカされたときも!辛いよ…!どんだけ頑張ればいいんだよ!なんで、なんで私ばっか…」
胸をギュッと握りながら、永那ちゃんの瞳から涙が零れる。
ただ、ただ抱きしめることしかできなくて。

「永那はもう…1人じゃないでしょ」
千陽が言う。
「あたしに…何ができるのかは、わからないし…何も、できないのかもしれないけど…」
千陽と目が合う。
彼女の瞳も潤んでいた。
少しずつ、涙が溜まっていく。
その様子を見て、焦る気持ちが、少し落ち着いた。
「我慢しないでねって…永那ちゃんが、私に言ってくれたんだよ。でも…1番我慢しているのは永那ちゃんで、私はそれが、嫌」
永那ちゃんが抱きしめ返してくれる。
ギリリと歯が鳴って、私の肩が濡れる。
永那ちゃんは、声を出して泣かない。
1ヶ月記念日も、お祭りに行けなかった日も、家にお泊まりできなかったときも、声を、出さなかった。
彼女が今までどれだけ、声を殺してきたのか…私には、想像もできない。
「ぁぁ…っ」
ただ、声が漏れ出るだけ。

「お姉さん以外に…頼れる人はいないの?」
彼女を抱きしめながら、聞く。
「…じいちゃんが、いる」
鼻を啜りながら、彼女が小さく答える。
「連絡、取れないの?」
「お姉ちゃんが、連絡してると思うけど…私は、知らない」
「じゃあ…やっぱり、どっちにしても、お姉さんには…」
「無理だよ」
絞り出すように言う。
「会えないの?」
「わからない」
「もし1人で会えないなら、私も一緒に行くから。永那ちゃんの、そばにいるから」
彼女からの返事はない。
彼女が顔をうずめる肩がただ濡れるのを感じる。
「もうこれ以上、我慢してほしくない。…すぐじゃなくて良いから、考えてみて。お願い」

彼女が私から離れる頃には、とっくに日が暮れていた。
「永那ちゃん、明日、家行ってもいい?お母さんに会いたいし」
目の周りを赤くして、永那ちゃんは目を合わせずに頷いた。
千陽はずっと黙ったまま私達を見ていた。
「ねえ…千陽も、一緒にどうかな?」
永那ちゃんが眉間にシワを寄せて、私を睨むように見た。
「ほら、三人寄れば文殊の知恵とも言うしさ」
私が笑うと、永那ちゃんはまた俯く。
「どうかな?千陽」
千陽は目を大きくして「べつに、いいけど…永那が嫌なら…」と伏し目がちに答える。
「嫌じゃ、ないよ…」
永那ちゃんが小さく答えて、千陽は少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
「じゃあ、明日は3人で一緒に帰れるね」

「え!?なにしてんの!?」
優里ちゃんがマンションから出てきた。
「穂ちゃん…遅いからどうしたのかと思ったけど…え、3人ここにいたの?」
永那ちゃんが何も言わずに歩き出す。
千陽はため息をついて、その後に続く。
「ごめんね、優里ちゃん」
私が苦笑すると、優里ちゃんは頭にハテナマークを浮かべる。
「また今度、話すね」
そう言うと、優里ちゃんは心配そうな顔をしつつ「また明日ね」と言ってくれた。
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