いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
234 / 595
4.踏み込む

233.先輩

夜に寝るとお母さんが泣き叫ぶから、私は、夜に寝なくなった。
「大丈夫、大丈夫」
お母さんの背中を擦る日々。
半年もしないうちに、私は音を上げた。
学校を休んで、お姉ちゃんに連絡した。
お姉ちゃんは会ってくれたけど、ぶっきらぼうだった。
「私がお母さんに離婚届を書かせたんだから、お金を稼ぐ責任があるんでしょう?…だったらあんたが、お母さんの面倒を見るのは当たり前でしょ。お母さんの世話、あんたの世話、それに加えて私に稼げって言うの?ふざけんな」
「高校入ったら、私もバイトするから」
「あんたは働くな。またあんなことされたら、たまったもんじゃない」
あんなこと…先輩のこと。
「しないよ。普通にバイトするよ」
「信用できない。とにかく私が働いて稼ぐから、あんたはお母さんの面倒見てて」
お姉ちゃんはそう言って、勝手に歩き出した。
追いかけようとすると「もうこれで話は終わり。この程度のことで連絡してこないで」と言って、去っていった。

それから私は心を殺して、ただ死んだように生きた。
去年、文化祭に参加したくて、1年ぶりにお姉ちゃんに連絡した。
『1週間だけで良いから、帰ってこれない?』
『無理』
たった、それだけのやり取り。
それだけのやり取りで、私の心は折れた。
“もういいや”って。
“どうでもいいや”って。
なんとなく過ごせば、時は過ぎていく。
誰かに告白されても、中学のときみたいにヤる気も起きなかった。
でも、誰かに“好き”と言われることは、私の心を保つ唯一の支えだったかもしれない。
例え、相手が私の表面しか見ていなかったのだとしても。

“起きないと、いたずらしちゃいますよ”は、久しぶりに、私の心をくすぐった。
私、頭おかしいんだ。
たったそれだけで、ヤりたくなった。
気持ちが、たかぶった。
ただ“気になるな~”、“これって恋なのかな?”なんて軽く思っていただけの気持ちが、一気に昂った。

「お母さん、明日、穂来るって」
「え~!?嬉しい嬉しい!久しぶり!…お母さん、嫌われちゃったのかと思った」
「そんなわけないでしょ。学校あるんだし、穂は生徒会もやってるんだから、忙しいんだよ」
「…そっか。そうだよね」
へへへとお母さんが笑う。
「他の友達も連れて来ていい?」
お母さんの目が輝く。
…私が心を殺してから、お母さんは随分明るくなった。
私の心を殺せば、お母さんが笑えるんだと思った。
「もちろん!…じゃあ、部屋掃除しなきゃ」
そう言って、壁に掛かってる小さな箒を手に持つ。
…でも、心を殺さない方法も…あるのかもしれない。

それでも、お姉ちゃんに連絡しようとすると、手が冷たくなる。
なんて言えばいいか、わからない。
穂が一緒に来てくれたとして、お姉ちゃんが「誰?関係ない人連れてくんな」とか言うところが想像できる。

「私、穂ちゃん好き」
お母さんはしゃがみながら、畳を箒で掃く。
「なんだか、お母さんを思い出すの」
初めて聞く話。
お母さんが、こんなにも穏やかなのは、いつぶりだろう。
「なんでかなあ?…優しい、よね。お母さん、お花も好きだったな…。だからこの前、穂ちゃんがプレゼントしてくれて、嬉しかったの。それで、お母さんがお花好きだったの、思い出した」
穂が買ってくれたビニールの花瓶。
ずっと座卓に置いてある。
穂から貰ったお花が枯れてしまって、お母さんは泣いていた。
だからこの前、一輪のダリアを買ってきて、挿してあげたら、お母さんが喜んだ。
「そうなんだ」
「よく、お父さんと…病院に、お見舞いに行ったな」
お母さんの目から涙が落ちる。
「お母さん、病気になる前は、庭でガーデニングをしていてね、私もよく手伝ったの」

私は、お母さんの家…じいちゃんの家に、一度も行ったことがない。
なんとなく、千陽の家をイメージする。
いや、千陽の家というより、その周りの家。
千陽の家は冷たい感じがするけど、周りの家の中には、たくさん花が咲いている家もあった。
私は興味もなかったけど…良いもの、なのかな。
フゥッと息を吐いて、俯くお母さんを見る。
「ガーデニング、したい?」
「…どうかな?私にはできないかも」
「なんでも、やってみたらいいよ。我慢しないでさ」
お母さんが私を見た。
目をパチパチと瞬かせて、瞳に溜まっていた涙を落とす。
ニコッと笑って、私に飛びついてくる。
「そうだね!」
「穂の家のベランダにお花咲いてたから、教えてもらったら?」
「え~!そうなんだ~!…うん!じゃあ、明日聞いてみる」
「うん」
お母さんが私の生物の教科書を読み始める。
私も隣で勉強して、1日過ごした。

千陽の家のインターホンを鳴らす。
「永那~、おはよ~、ちょっと待ってね~!」
馴れ馴れしくて苦手な、千陽の母親。
抱きしめられるから、苦笑いする。
千陽が出てきて「行こ」と言う。
「行ってらっしゃ~い」
そう言いながら、千陽の母親はもうスマホを見ていた。
昨日の帰りも、今朝も、千陽との間に会話はない。
電車の手すりに、お互い向かい合って立つだけ。
私は窓の外を見て、千陽はスマホを見ている。
穂と付き合う前は、母親みたいに、千陽はベタベタくっついてきていたけど、最近はそれも少なくなった。
感想 56

あなたにおすすめの小説

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! ✽全28話完結 ✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 ✽他誌にも掲載中です。 ✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。 →表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。