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9.移ろい
522.大人
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久米さんが私に近づくように体を傾ける。
びっくりして、永那ちゃんに近づく。
それを見た久米さんが苦々しく笑う。
千陽のお父さんと同じようにお尻のポケットから財布を出す。
尤も、千陽のお父さんはお尻ではなく、チャイナ服のようなブレザーのポケットから財布を出したのだけれど。
1万円札を丁寧に三つ折りにし、永那ちゃんに差し出した。
「永那ちゃん、佐藤さんよりかは少ないけど…誕生日おめでとう」
「え!?いや、そんな…受け取れないですよ…」
「いいんだよ、受け取ってよ。誕生日だったって聞いて、何も渡さないわけにもいかないから」
「じゃあ…ありがとうございます」
ペコリと永那ちゃんが頭を下げる。
千陽のご両親が準備を終えて1階に下りてきた。
服装は変わっていないものの、お父さんの手には皮のボストンバックがあった。
お母さんは肩にショールを羽織って、お父さんの曲げる腕に手を添えている。
纏められていた髪は下ろしたままだったけれど、軽くウェーブがかっていた。
千陽のお母さんなだけあって、“美しい”という言葉がお似合いだ。
「千陽、片付けお願いね」
「うん」
玄関で既に待機していたタクシーに2人が乗り込む。
「じゃあ、穂ちゃん!楽しんで!」
「はい、ありがとうございます」
お父さんが頷き、タクシーのドアが閉まる。
タクシーが走り出したところで、そばに立っていた久米さんが口を開く。
「永那ちゃん、車で家まで送るよ」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「遠慮しないで。僕、この後用事ないし、家近いんでしょ?」
「いや、本当に大丈夫です」
「…わかった。じゃあ、千陽ちゃん。またね」
千陽が会釈する。
久米さんは高級そうな外車に乗り込み、重低音を響かせてから窓を開けた。
片手を上げられたので、私も会釈をした。
車のライトが遠くになるまで、私達は誰も、何も話さなかった。
「ああいう大人にはなりたくないな」
「ね」
私は、何も言わないけれど、心の中でそっと頷く。
「4万も貰っちゃったよ」
「今日のバイト代って思えば?」
「…そだね。千陽はあいつになんか誕生日プレゼント貰ったの?」
「ネックレス」
「高そ」
「そこそこかな」
「そこそこね」
「永那、泊まってけばいいのに。なんならお母さん呼べば?」
「え、なにそれ。あり?」
「ありなんじゃない?」
急な千陽の提案に、なんだかワクワクしてくる。
「永那ちゃんも…泊まれるの…?」
「穂……可愛すぎるだろー!!」
ギュッと抱きしめられる。
「なんて可愛いんだ…大好き」
「わ、私も、大好きだよ、永那ちゃん」
「ん~…!!魅力的な提案だけど、やめとくよ」
「え!?そうなの…?」
「うん。お母さん、きっとこの家来たら興奮して寝なくなるから」
「そっか。せっかく生活リズム整ってきたんだもんね」
「うん。期待させちゃってごめんね」
「ううん。…それなら、早く帰ってあげて?」
額と額を合わせる。
「好き」
「私も。大好き」
「可愛い穂」
「かっこいい永那ちゃん」
「約束、覚えてる?」
「う…うん…大丈夫」
「ん」
チュッとキスされ、顔が火照る。
ポンポンと頭を撫でられ、彼女の手が離れるのと入れ替わりに、私は前髪を指で梳いた。
「千陽、約束守れよ?」
「やだ」
「は!?まだそんなこと言う!?」
「…あたし、してもらってない」
「あ?」
「あたしにもしてよ…」
千陽が左腕を擦る。
永那ちゃんは頭をボリボリ掻く。
「ハァ」とため息をついて、千陽と私の手を引いた。
「え!?」
玄関のドアが開いて、室内に入る。
俯いている千陽の頬を両手で包み、永那ちゃんが千陽に口づけする。
「なんで…」
「お前とキスしてるとこ、誰かに見られたらどうすんだよ」
千陽が唇を突き出して、左腕を擦る。
「穂ともしてて、千陽ともしてたら、私ってすごい最低な奴だと思われちゃうでしょ?誰かにそれ見られてたら、私、“サイテー”って言われちゃうよ?」
「サイテー」
「お前…!」
「ち、千陽…!ほら、もう永那ちゃん帰るんだし…ね?」
フンと千陽がそっぽを向く。
どうしてこうなっちゃうのかな…。
「え、永那ちゃん、そろそろ、帰んないと」
永那ちゃんが千陽を睨む。
なんとか永那ちゃんを見送り、息を吐く。
いつも通り永那ちゃんは何度か振り向いて手を振ってくれたけれど、いつもよりも元気がなかった。
「千陽…なんで永那ちゃんに八つ当たりしてるの…?」
「永那があたしに冷たいから」
「冷たいかな?」
「あたしが言わないと何もしてくれない。穂にはするのに」
「そっか…。それは、確かに…寂しいよね」
自分が永那ちゃんに冷たくされるところは想像できないけれど、そうされたら…と思うと、寂しくなる。
千陽を見ると、彼女は目を細める。
「穂」
「なに?」
「そんなこと言ってたら、いつか永那盗られるんじゃない?」
「え!?千陽は、そんなこと、しないでしょ?」
「あたしじゃなくて」
首を傾げる。
彼女は呆れたように「ハァ」とため息をついて、ドアを開けて中に入った。
私も後に続く。
千陽がスタスタとリビングに向かうので、私もペースを速めて歩いた。
びっくりして、永那ちゃんに近づく。
それを見た久米さんが苦々しく笑う。
千陽のお父さんと同じようにお尻のポケットから財布を出す。
尤も、千陽のお父さんはお尻ではなく、チャイナ服のようなブレザーのポケットから財布を出したのだけれど。
1万円札を丁寧に三つ折りにし、永那ちゃんに差し出した。
「永那ちゃん、佐藤さんよりかは少ないけど…誕生日おめでとう」
「え!?いや、そんな…受け取れないですよ…」
「いいんだよ、受け取ってよ。誕生日だったって聞いて、何も渡さないわけにもいかないから」
「じゃあ…ありがとうございます」
ペコリと永那ちゃんが頭を下げる。
千陽のご両親が準備を終えて1階に下りてきた。
服装は変わっていないものの、お父さんの手には皮のボストンバックがあった。
お母さんは肩にショールを羽織って、お父さんの曲げる腕に手を添えている。
纏められていた髪は下ろしたままだったけれど、軽くウェーブがかっていた。
千陽のお母さんなだけあって、“美しい”という言葉がお似合いだ。
「千陽、片付けお願いね」
「うん」
玄関で既に待機していたタクシーに2人が乗り込む。
「じゃあ、穂ちゃん!楽しんで!」
「はい、ありがとうございます」
お父さんが頷き、タクシーのドアが閉まる。
タクシーが走り出したところで、そばに立っていた久米さんが口を開く。
「永那ちゃん、車で家まで送るよ」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「遠慮しないで。僕、この後用事ないし、家近いんでしょ?」
「いや、本当に大丈夫です」
「…わかった。じゃあ、千陽ちゃん。またね」
千陽が会釈する。
久米さんは高級そうな外車に乗り込み、重低音を響かせてから窓を開けた。
片手を上げられたので、私も会釈をした。
車のライトが遠くになるまで、私達は誰も、何も話さなかった。
「ああいう大人にはなりたくないな」
「ね」
私は、何も言わないけれど、心の中でそっと頷く。
「4万も貰っちゃったよ」
「今日のバイト代って思えば?」
「…そだね。千陽はあいつになんか誕生日プレゼント貰ったの?」
「ネックレス」
「高そ」
「そこそこかな」
「そこそこね」
「永那、泊まってけばいいのに。なんならお母さん呼べば?」
「え、なにそれ。あり?」
「ありなんじゃない?」
急な千陽の提案に、なんだかワクワクしてくる。
「永那ちゃんも…泊まれるの…?」
「穂……可愛すぎるだろー!!」
ギュッと抱きしめられる。
「なんて可愛いんだ…大好き」
「わ、私も、大好きだよ、永那ちゃん」
「ん~…!!魅力的な提案だけど、やめとくよ」
「え!?そうなの…?」
「うん。お母さん、きっとこの家来たら興奮して寝なくなるから」
「そっか。せっかく生活リズム整ってきたんだもんね」
「うん。期待させちゃってごめんね」
「ううん。…それなら、早く帰ってあげて?」
額と額を合わせる。
「好き」
「私も。大好き」
「可愛い穂」
「かっこいい永那ちゃん」
「約束、覚えてる?」
「う…うん…大丈夫」
「ん」
チュッとキスされ、顔が火照る。
ポンポンと頭を撫でられ、彼女の手が離れるのと入れ替わりに、私は前髪を指で梳いた。
「千陽、約束守れよ?」
「やだ」
「は!?まだそんなこと言う!?」
「…あたし、してもらってない」
「あ?」
「あたしにもしてよ…」
千陽が左腕を擦る。
永那ちゃんは頭をボリボリ掻く。
「ハァ」とため息をついて、千陽と私の手を引いた。
「え!?」
玄関のドアが開いて、室内に入る。
俯いている千陽の頬を両手で包み、永那ちゃんが千陽に口づけする。
「なんで…」
「お前とキスしてるとこ、誰かに見られたらどうすんだよ」
千陽が唇を突き出して、左腕を擦る。
「穂ともしてて、千陽ともしてたら、私ってすごい最低な奴だと思われちゃうでしょ?誰かにそれ見られてたら、私、“サイテー”って言われちゃうよ?」
「サイテー」
「お前…!」
「ち、千陽…!ほら、もう永那ちゃん帰るんだし…ね?」
フンと千陽がそっぽを向く。
どうしてこうなっちゃうのかな…。
「え、永那ちゃん、そろそろ、帰んないと」
永那ちゃんが千陽を睨む。
なんとか永那ちゃんを見送り、息を吐く。
いつも通り永那ちゃんは何度か振り向いて手を振ってくれたけれど、いつもよりも元気がなかった。
「千陽…なんで永那ちゃんに八つ当たりしてるの…?」
「永那があたしに冷たいから」
「冷たいかな?」
「あたしが言わないと何もしてくれない。穂にはするのに」
「そっか…。それは、確かに…寂しいよね」
自分が永那ちゃんに冷たくされるところは想像できないけれど、そうされたら…と思うと、寂しくなる。
千陽を見ると、彼女は目を細める。
「穂」
「なに?」
「そんなこと言ってたら、いつか永那盗られるんじゃない?」
「え!?千陽は、そんなこと、しないでしょ?」
「あたしじゃなくて」
首を傾げる。
彼女は呆れたように「ハァ」とため息をついて、ドアを開けて中に入った。
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