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序章
雛鳥、春の嵐に出会う
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「わたくしの可愛い雛鳥。貴女は弱くなくてはこの先を生きていられない」
弱くあれ、雛緋。
羽ばたくことなく、鳥籠の中で弱々しく生きよ。
それが母の遺言だった。
母の死後、雛緋はか弱い雛鳥として生きてきた。やがて訪れた内乱や王位継承権の争いの中においても、無力な雛、味方にも敵にもならない存在として、南天国の宮廷の奥の奥で声も立てずに生きていた。厚い扉の向こうの剣戟の音からも悲鳴からも距離を取った。扉が開けられるときは、きょうだいの誰かが雛緋を討つときか、あるいは保護するときかのどちらか。
そしてその日は来た。
荒々しく扉が開かれ、雛緋は頭をもたげた。多くの従者を連れてやって来たのは、最も親交のあった長姉だった。国を傾けかねないほどの美貌は返り血を浴びても一層美しさを増していた。安堵して微笑みを浮かべる雛緋に対し、姉は鋭い鷹に似た瞳を向けた。
「姉様……?」
もしや自分も討たれるのだろうか。幼少期にいくら親しくしていたとはいえ、雛緋の母は妃たちの命を狙った罪人。その娘となればやはり許されないのか。生きてはいけないのか。そんな不安に揺れる雛緋をじっと見つめたのち、長姉は愛おしげに末妹に呼びかけた。
「雛緋、妾の可愛い雛鳥。戦いは終わった。妾が次の王だ。もう安心するがよい。これからは妾がそなたを守ってみせる」
そう言って抱きしめてくる姉に、雛緋は目を丸くしていたが、やがて弱々しい笑みを浮かべて抱きしめ返した。
「……嬉しいわ、鳳紅姉様。これからは姉様とずっと一緒にいられるのね」
「その通りだ。共にあろう、雛緋……」
大陸には五つの国が存在する。
東方には神獣青龍を信仰する東天国。
西方には神獣白虎を信仰する西天国。
北方には神獣玄武を信仰する北天国。
南方には神獣朱雀を信仰する南天国。
そして中央には神獣応龍を信仰する央天国。
その年、南天国には四代ぶりに女王が即位した。血で血を洗う激しい争いの末に即位したのは第一王女、夏鳳紅もとより聡明と評判だった王女は早くも王としての才覚を見せている。しかし、先の争いで王族や貴族からも多くの犠牲者を出したが故に、彼女に反発する者も少なくはない。
玉座が血生臭いものであってはならない。
血を分けたきょうだいたちすら手をかけた女王に、民を思う慈悲などあるものか。
争いに身を投じず、誰も手にかけなかった清らかなる王女殿下、雛緋王女こそ女王としてふさわしいのではないか。
「貴族たちの間ではそのような話が出ております」
「誰にも手をかけなかった清らかなる王女殿下? ……物は言いようね」
女官である梨杏の話を聞き、雛緋はため息混じりにつぶやいた。鷹のように気高く鋭い異母姉とは対照的に、見るものの庇護欲を掻き立てるかのように可憐で儚げ、繊細な雛。戦わずして生き残った第七王女、夏雛緋である。
「何の強さもない雛鳥王女こそ傀儡の女王とするにふさわしい。そう正しく表現するべきだと思うわ」
「そんなことはございません」
「そんなことはあるのよ。罪人の娘で有力な後ろ盾もなく、周囲に言われるがままに従順、女王としての才もない、か弱い王女。そう言われているのは私の耳にも入っているの」
「なんという不敬! すぐさま発言の出所を突き止めます!」
「梨杏、その後どう動くつもりかしら」
「討ちます」
「やめてちょうだい。私への不敬程度で手を汚す必要はないわ。命を狙っているというのなら話は別だけれど」
隠し持っていた暗器を取り出した梨杏をたしなめると、梨杏は不服げにしつつも暗器を再び袖の辺りに隠した。
「さて、南天国での姉様と私の立場はどうなっているか、振り返ってみましょうか」
「陛下はもとより聡明で王者としての風格があるお方です。王としての才覚には何の問題もなく、どの貴族たちも認めるほどです。しかし陛下は先の争いで犠牲を出しすぎた。その点は陛下を支持する側も目を逸らすわけにはまいりません。反発している貴族からは危険視され、私怨も持たれています。女王を殿下にすげかえなければという貴族もおり、殿下を次期女王として担ぎ上げようとしている動きもあります」
「怖いのは姉様と私を対立させようとする外野の勝手な動きね。女王への反意ありと思われたくはないわ。姉様は私を信じてくださるはず。けれど偽りを信じる者が多くなっていけば、やがて真実へと歪められる。声が大きくなっていけば姉様も私を切らざるをえない」
寵妃であった雛緋の母が先王に自死を命じられたように。嫉妬や羨望、憎悪が渦巻く王宮において、強者であった母も、讒言により死に追いやられた。生き残るためには弱くなくてはならなかった。それが母の後悔だったのだろう。弱くなくては生きられない。まさにその通りだと思う。雛緋は視線を下へと落とした。
(その通りだとは思うのだけれど……)
「殿下、失礼いたします」
女官の声を聞き、雛緋と梨杏は話を中断した。どうかしましたか、と雛緋がか細げな声で声をかけると、女官は今一度礼をしてから口を開いた。
「郭大臣が殿下に面会を、とのことです。いかがいたしますか」
またか。
うんざりした気持ちを全力で隠し、雛緋は目を丸くして口元に手を当てた。
「まあ、今度は郭大臣が? なんだか毎日のように様々な方から面会のお誘いをいただくわね。郭大臣は何の用なのかしら」
「殿下に似合いのものがあり、ぜひお目にかけたいとのことです」
「まあ、楽しみだわ。ね、梨杏」
「殿下」
断りましょうと続けそうな梨杏に、雛緋は首を振って止めてみせる。
「支度をしましょう。せっかくのお誘いは受けなくては」
今度は何を押しつけられるのかしら。
雛緋は微笑みの下で思った。
そして数刻後、今日は断ればよかったわ、と雛緋は思った。向かいに座る青年は熱っぽい瞳でこちらを見てくる。煩わしい、と絹団扇で顔を隠してみせると、恥ずかしがりなところも素敵だとばかりに、うっとりと見つめられる。人知れずひっそりと生きてきたため、雛緋は見つめられることが苦手だ。苦手ということを差し引いても彼の態度は不躾な態度ではあるのだろう。後ろで控える梨杏の方から、ちゃきちゃきというような金属音が聞こえてきた。
「おや、何の音ですか?」
「あら、何か聞こえまして? 私には聞こえなかったのですけれど……聞こえた? 梨杏」
「いいえ全く何も」
「では聞き間違いか。それにしても雛緋王女殿下とこうしてお会いできる機会をいただけるとは……そして、ああ、なんとも可憐で麗しい……父上に感謝しなければなりませんね」
「まあ……私には過ぎた言葉ですわ……お恥ずかしいこと……」
ここのところ雛緋に面会を求めるのは、反女王派に属する貴族たちばかりだ。各々何かしら高価な品を手に、か弱く世間知らずな雛鳥王女を手懐けようと必死に見えた。先日は大量の装飾品を押しつけられ、喜んでいた女官たちが最終的には青くなるほどの量を下げ渡すこととなった。
そして本日の郭大臣が雛緋を手懐けようとして持ってきたのは嫡男。予想外の品に固まる雛緋たちをよそに、郭大臣は「あとはお若いふたりで」と早々に去ってしまった。雛緋付きの女官たちも、郭家の侍女や侍従にあの手この手で連れていかれ、部屋に残るは子息と雛緋、頑として動かなかった梨杏であった。
雛緋とふたりきりになりたいのか、金属音を鳴らしながらふたりを凝視する梨杏の存在は気になるのか、子息はちらちらと梨杏の方へ視線を向けている。やがて一気に茶を飲み干して茶器を掲げてみせた。
「えー……こほん、茶がなくなってしまったな。淹れ直してもらえないか。熱い茶がいいが、いやあ、淹れてもらうには一旦席を外してもらわなくてはな」
「そんなこともあろうかと淹れ直す準備をしておりました。失礼いたします。あまりにも熱い茶は火傷してしまいますので、このくらいでちょうど良いかと」
梨杏は即座に注文に応えてみせる。どうぞ、と冷ややかな視線とともに茶器を子息に差し出した。有無言わさぬ圧に怯えながら、子息は茶を受け取る。
「そ、それはよかった。いただこう……う、うまいな……」
「よろしゅうございました」
「し、しかし茶だけでは小腹がすいて仕方がない。何か」
「そんなこともあろうかと用意していた私特製の饅頭でございます。毒味を失礼します。はい、大丈夫です。お召し上がりください。お口に失礼いたします」
「むぐもぐむぐ」
「殿下もいかがですか」
「梨杏の饅頭は大好きよ! いただくわ」
梨杏から饅頭を受け取り、雛緋は目を輝かせて一口ずつ食べる。いつものことながらやさしくほっとする甘さについ顔がほころぶ。
雛緋の母が健在だった頃、梨杏の母がよく饅頭を用意してくれたものだった。皆と笑い合いながら食べ、時には姉とも分け合うことがあった。母の死後、梨杏の母も後をおって亡くなり、自室で悲しみに沈んでいた雛緋を慰めたのは梨杏が作った饅頭だった。最初はお世辞にもおいしいというものではなかったが、梨杏の気持ちに涙し、懸命に頬張ったのをよく覚えている。
(ありがとう梨杏、なんとかこの面会を乗り切らなきゃね)
そう思い直し、梨杏と微笑み合う。梨杏が一瞬警戒を緩めたそのとき、ふらりと子息が席を立ち、雛緋の隣にやって来た。そして饅頭を持つ雛緋の手に触れて撫で回す。ぞわりと背筋が粟立ち、雛緋は悲鳴も上げられず硬直してしまう。
「不敬な!」
梨杏は雛緋と子息の手をすぐさま引き離した。そして雛緋を庇うように抱きしめて子息を睨みつける。しがみつく雛緋に梨杏はさらに抱きしめる力を強くした。
「ああ……殿下が震えておられる……なんという無体ななさりよう……嘆かわしい! 郭家は殿下を侮っているのか!」
「侮ってなどおりません。愛しているのです。あんな笑みを見せられては、もう止められないというものでしょう。もうお気づきでしょう、私の殿下への思いには」
そう言って雛緋に近づいてこようとする子息に梨杏は近づくな! と吠えて背を向けて雛緋を守ろうとする。
「女官ごときが……私と殿下の仲を邪魔するつもりか!」
子息が梨杏につかみかかり、無理矢理に梨杏を雛緋から引きはがし、床へと転がした。
「梨杏!」
さすがの梨杏も純粋な力勝負では成人男性には敵わない。どこか痛めたらしい梨杏に近づこうとした雛緋だが、子息が彼女の細い手を力任せにつかむ。痛いと悲鳴を上げても子息はにたりと笑うだけ。
「さあ、殿下、参りましょうか。今宵は私の思いをその御身によく知っていただきましょう」
引きずるかのようにして連れていかれそうになり、雛緋は力一杯抵抗する。それを見た梨杏は立ち上がり、子息に突進して勢いよく床に倒した。頭や背中を強く打ち、子息は思わず雛緋から手を放す。梨杏はそのまま子息を床に押さえつけた。
「殿下! お逃げください! くそっ! 暴れるんじゃない!」
梨杏の言葉に頷き、雛緋は部屋から廊下へと逃げ出した。誰かに助けを求めなくては、と思うが、不自然なほどに誰ともすれ違わない。
(やっぱり人払いされている! 無理矢理にでも婚姻関係を結ばせようとしたってこと? 最悪よ!)
「殿下! 待ちなさい!」
やがて後ろから子息の声が聞こえてきた。もう追ってくるのか、捕まったらどうなるか思うと、恐ろしさで震えてくる。右、まっすぐ、左と曲がっていくと外へと繋がる扉が見えた。それを開けて外に出ようとしたが。
「ようやく捕まえましたよ、殿下、なぜ私を拒もうとするのです」
追いついた子息は雛緋を背後から羽交締めにし、床に押し倒した。生温い吐息が顔にかかり、雛緋は涙を流した。それを拭おうとする指からも逃れようと雛緋は力一杯暴れ出す。
「くっ! なぜ大人しくしない! この! 雛鳥風情が!」
そう言って子息は雛緋の口を手で塞ぐ。それでも雛緋は諦めない。か弱い雛鳥と侮られたままでなんかいたくない。けれどひとりではどうすることもできそうにない。徐々に近づいてくる男から顔をそらし、ぎゅっと目を瞑った。
嫌。
やめて。
誰か助けて。
そう心で叫んだ瞬間だった。
「おい、離してやれよ、かわいそうだろ」
突然年若い、少年のような声が聞こえた。子息は顔を声の主に向けたらしい。おぞましい温度は顔から離れていき、雛緋は安堵の息をつく。それにしてもこの声は一体誰だろうか。
「だ、誰だ!?」
「え? わからないのか? 俺が誰か? 困ったな。この神獣の紋見てもわからないか? これが大臣の嫡男? 他国ながら純粋に心配だよ、郭大臣殿」
「……は、大変申し訳ございません。何をしている! 御前であろう! 王女殿下から手を離せ! 武官は殿下の保護を!」
郭大臣の指示が飛び、雛緋は子息から引き離されて武官とともに外へと出る。雛緋は顔を上げた。郭大臣の隣に立つのは雛緋と同じくらいの少年だった。やや短めの黒髪は流しており、成人男性の郭大臣と比べると背も体格も小さい。雛緋よりはそれでも大きいだろうか。顔は快活な少年といったところで、くっきりとした目鼻立ちもまだまだ幼さを残している。そして纏うは神獣青龍の紋が刺繍された服。それを見て雛緋は息を呑んだ。
(どうしてこんな方がここにいらっしゃるの!?)
「くそっ、離せ! 父上! どうして離してくれないのです! こいつは誰なんです!」
「口を閉じよ! 不敬であるぞ! 王女殿下に無体を働いた上に……」
「あー、わからないならわからないでいいよ。どうせその程度なんだろ、そいつはさ。ん、王女殿下はわかっているらしいな。おっと、立てるか? 支えてやろうか?」
少年はよろめく雛緋に手を貸して立たせてくれる。雛緋と目が合うと、にっこりと人好きする笑みを浮かべた。
「いやー、たまたま俺が来てよかったなー」
「どうして……あなたほどの方が……こちらに……?」
「それはまあ、貴女の姉君から聞いた方がいいんじゃないか? そろそろ来るだろうし」
ほら、ちょうど来たぞ。少年の言葉を受けたかのように門が開かれて輿が入ってきた。輿に乗っている人物の姿を見て、その場にいたもののほとんどは跪いた。呆然としている子息と、にこにことした少年と、安堵した雛緋以外は。
「……無事であったか、妾の愛しい雛鳥」
「姉様……」
周囲を圧倒するほどの気高さ。妃であれば確実に国を傾けたであろう絶世の美貌。朱雀の紋を縫われた紅の衣を纏って輿を降りた女王は、雛緋のもとに駆け寄ってくる。安堵から抱きつく雛緋を抱きしめ返してやり、ぐしゃぐしゃになった髪を撫でてやる。自身の袖に涙が滲むのも気にせず、鳳紅は雛緋が落ち着くまでそうしていた。
そして鳳紅は眉を吊り上げ、子息を咎めた。
「……女王の前で礼を欠くか、郭家の嫡男よ」
「女王、陛下……私は……」
「疾く失せよ、牢の中で頭を冷やせ。連れて行け」
「は!」
呆然としたまま連れていかれる郭家の子息をよそに、鳳紅は跪拝したままの郭大臣に命じる。
「面を上げよ、郭大臣」
「陛下……愚息が大変な……失礼を……。私を何なりと罰してくださいませ」
「郭大臣、妾は知っておるよ。そなたを妾を排除し、雛緋を女王として担ぎ上げようとする筆頭であることを。それならば妾を排除すればよいものを、よもや妾の雛鳥に手を出すとはな。雛緋の王配の座でも狙ったか? 愚息に雛緋を襲わせ、子を孕ませて外戚となろうとしたか? ふふふ……そなたは妾を怒らせるという点においては国一番じゃ」
女王は落ち着いた声音で話しているが、郭家への怒りを隠しきれていない。鋭い瞳に射抜かれ、郭大臣はひっと怯えた声を上げた。女王は大臣も連れて行け、と冷たく命じた。
「陛下! 私は決して殿下を傷つけようとは!」
「結果、傷つけたであろう。妾は雛鳥に仇なすものを決して許さぬ。雛鳥といえど雛緋は王族。王族への傷害は大罪である。冷たい牢獄で浅慮を悔いるがいい」
「陛下! あれは愚息が勝手に! 陛下!」
大臣の悲痛な声が聞こえなくなってから、女王はよいやく雛緋を放した。
「落ち着いたか、雛緋」
「はい……ありがとうございます、姉様、それと……ええと」
雛緋がちらりと少年に視線を向けると、彼は目を瞬かせてから、思い出したように口を開いた。
「そういや名乗ってなかったな。俺は蒼嵐。春蒼嵐だ! よろしくな」
「……雛緋と申します。春蒼嵐……王太子殿下」
「気づいてくれてありがとう。いやあ、貴女にも誰? とか言われたら泣いちゃうところだった」
からからと笑う蒼嵐の服にはやはり神獣青龍の紋が刺繍されている。それを着ている時点で東天国の王か王太子に絞られる。そして東天国も激しい後継者争いがあり、末子が勝利を収めたと聞いている。勝利を収めたという王子は年若く快活で慈悲深く、父王を支えながら王太子として、次期王としての力を磨いているという。その話から考えれば彼は王太子だろうと思った。正解だったのだが雛緋には疑問が残る。
(こんなに明るく笑う方が、最も残虐な王子?)
東天国王太子にはもうひとつの評判がある。
それは、血で血を洗う争いを制し、兄弟たちを最期まで甚振った、最も残虐にして非道な王子という評判だ。しかし実際に会ってみた雛緋には人畜無害な明るい少年にしか思えず、残虐な王太子という話とは印象が一致しないのである。じっと見つめていると、蒼嵐は照れたように笑う。
「いやあ、美人にそんなに見つめられると困っちゃうな」
その指摘に我に返り、雛緋は慌てて顔を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「なんじゃ雛緋、蒼嵐殿に見惚れたか。妾という絶世の美女たる姉がいながら」
「まあ俺も東天国では美形の部類に入りますからね。惚れられちゃったかなー」
「そもそも男自体が物珍しいからじゃろうなあ、惚れた腫れたはないじゃろ」
「ないかー」
「あ、あの、姉様。どうして隣国の王太子殿下がここに?」
「それはな」
「俺の妃になってもらおうかと思って!」
雛緋の疑問に答えたのは蒼嵐の方だった。おれのきさき、とつぶやく雛緋に、そうそうと蒼嵐は頷いてみせ、恭しく雛緋の手を取った。
「可愛らしい雛鳥の姫君。どうか東天国で俺の妃……王太子妃となっていただけませんか? 此度はそれを打診しに、はるばる南天国にやって参りました」
か弱い雛鳥であればあるほど、俺の妃にふさわしい。
そんな言葉を付け足して、蒼嵐は屈託のない笑みを浮かべた。
弱くあれ、雛緋。
羽ばたくことなく、鳥籠の中で弱々しく生きよ。
それが母の遺言だった。
母の死後、雛緋はか弱い雛鳥として生きてきた。やがて訪れた内乱や王位継承権の争いの中においても、無力な雛、味方にも敵にもならない存在として、南天国の宮廷の奥の奥で声も立てずに生きていた。厚い扉の向こうの剣戟の音からも悲鳴からも距離を取った。扉が開けられるときは、きょうだいの誰かが雛緋を討つときか、あるいは保護するときかのどちらか。
そしてその日は来た。
荒々しく扉が開かれ、雛緋は頭をもたげた。多くの従者を連れてやって来たのは、最も親交のあった長姉だった。国を傾けかねないほどの美貌は返り血を浴びても一層美しさを増していた。安堵して微笑みを浮かべる雛緋に対し、姉は鋭い鷹に似た瞳を向けた。
「姉様……?」
もしや自分も討たれるのだろうか。幼少期にいくら親しくしていたとはいえ、雛緋の母は妃たちの命を狙った罪人。その娘となればやはり許されないのか。生きてはいけないのか。そんな不安に揺れる雛緋をじっと見つめたのち、長姉は愛おしげに末妹に呼びかけた。
「雛緋、妾の可愛い雛鳥。戦いは終わった。妾が次の王だ。もう安心するがよい。これからは妾がそなたを守ってみせる」
そう言って抱きしめてくる姉に、雛緋は目を丸くしていたが、やがて弱々しい笑みを浮かべて抱きしめ返した。
「……嬉しいわ、鳳紅姉様。これからは姉様とずっと一緒にいられるのね」
「その通りだ。共にあろう、雛緋……」
大陸には五つの国が存在する。
東方には神獣青龍を信仰する東天国。
西方には神獣白虎を信仰する西天国。
北方には神獣玄武を信仰する北天国。
南方には神獣朱雀を信仰する南天国。
そして中央には神獣応龍を信仰する央天国。
その年、南天国には四代ぶりに女王が即位した。血で血を洗う激しい争いの末に即位したのは第一王女、夏鳳紅もとより聡明と評判だった王女は早くも王としての才覚を見せている。しかし、先の争いで王族や貴族からも多くの犠牲者を出したが故に、彼女に反発する者も少なくはない。
玉座が血生臭いものであってはならない。
血を分けたきょうだいたちすら手をかけた女王に、民を思う慈悲などあるものか。
争いに身を投じず、誰も手にかけなかった清らかなる王女殿下、雛緋王女こそ女王としてふさわしいのではないか。
「貴族たちの間ではそのような話が出ております」
「誰にも手をかけなかった清らかなる王女殿下? ……物は言いようね」
女官である梨杏の話を聞き、雛緋はため息混じりにつぶやいた。鷹のように気高く鋭い異母姉とは対照的に、見るものの庇護欲を掻き立てるかのように可憐で儚げ、繊細な雛。戦わずして生き残った第七王女、夏雛緋である。
「何の強さもない雛鳥王女こそ傀儡の女王とするにふさわしい。そう正しく表現するべきだと思うわ」
「そんなことはございません」
「そんなことはあるのよ。罪人の娘で有力な後ろ盾もなく、周囲に言われるがままに従順、女王としての才もない、か弱い王女。そう言われているのは私の耳にも入っているの」
「なんという不敬! すぐさま発言の出所を突き止めます!」
「梨杏、その後どう動くつもりかしら」
「討ちます」
「やめてちょうだい。私への不敬程度で手を汚す必要はないわ。命を狙っているというのなら話は別だけれど」
隠し持っていた暗器を取り出した梨杏をたしなめると、梨杏は不服げにしつつも暗器を再び袖の辺りに隠した。
「さて、南天国での姉様と私の立場はどうなっているか、振り返ってみましょうか」
「陛下はもとより聡明で王者としての風格があるお方です。王としての才覚には何の問題もなく、どの貴族たちも認めるほどです。しかし陛下は先の争いで犠牲を出しすぎた。その点は陛下を支持する側も目を逸らすわけにはまいりません。反発している貴族からは危険視され、私怨も持たれています。女王を殿下にすげかえなければという貴族もおり、殿下を次期女王として担ぎ上げようとしている動きもあります」
「怖いのは姉様と私を対立させようとする外野の勝手な動きね。女王への反意ありと思われたくはないわ。姉様は私を信じてくださるはず。けれど偽りを信じる者が多くなっていけば、やがて真実へと歪められる。声が大きくなっていけば姉様も私を切らざるをえない」
寵妃であった雛緋の母が先王に自死を命じられたように。嫉妬や羨望、憎悪が渦巻く王宮において、強者であった母も、讒言により死に追いやられた。生き残るためには弱くなくてはならなかった。それが母の後悔だったのだろう。弱くなくては生きられない。まさにその通りだと思う。雛緋は視線を下へと落とした。
(その通りだとは思うのだけれど……)
「殿下、失礼いたします」
女官の声を聞き、雛緋と梨杏は話を中断した。どうかしましたか、と雛緋がか細げな声で声をかけると、女官は今一度礼をしてから口を開いた。
「郭大臣が殿下に面会を、とのことです。いかがいたしますか」
またか。
うんざりした気持ちを全力で隠し、雛緋は目を丸くして口元に手を当てた。
「まあ、今度は郭大臣が? なんだか毎日のように様々な方から面会のお誘いをいただくわね。郭大臣は何の用なのかしら」
「殿下に似合いのものがあり、ぜひお目にかけたいとのことです」
「まあ、楽しみだわ。ね、梨杏」
「殿下」
断りましょうと続けそうな梨杏に、雛緋は首を振って止めてみせる。
「支度をしましょう。せっかくのお誘いは受けなくては」
今度は何を押しつけられるのかしら。
雛緋は微笑みの下で思った。
そして数刻後、今日は断ればよかったわ、と雛緋は思った。向かいに座る青年は熱っぽい瞳でこちらを見てくる。煩わしい、と絹団扇で顔を隠してみせると、恥ずかしがりなところも素敵だとばかりに、うっとりと見つめられる。人知れずひっそりと生きてきたため、雛緋は見つめられることが苦手だ。苦手ということを差し引いても彼の態度は不躾な態度ではあるのだろう。後ろで控える梨杏の方から、ちゃきちゃきというような金属音が聞こえてきた。
「おや、何の音ですか?」
「あら、何か聞こえまして? 私には聞こえなかったのですけれど……聞こえた? 梨杏」
「いいえ全く何も」
「では聞き間違いか。それにしても雛緋王女殿下とこうしてお会いできる機会をいただけるとは……そして、ああ、なんとも可憐で麗しい……父上に感謝しなければなりませんね」
「まあ……私には過ぎた言葉ですわ……お恥ずかしいこと……」
ここのところ雛緋に面会を求めるのは、反女王派に属する貴族たちばかりだ。各々何かしら高価な品を手に、か弱く世間知らずな雛鳥王女を手懐けようと必死に見えた。先日は大量の装飾品を押しつけられ、喜んでいた女官たちが最終的には青くなるほどの量を下げ渡すこととなった。
そして本日の郭大臣が雛緋を手懐けようとして持ってきたのは嫡男。予想外の品に固まる雛緋たちをよそに、郭大臣は「あとはお若いふたりで」と早々に去ってしまった。雛緋付きの女官たちも、郭家の侍女や侍従にあの手この手で連れていかれ、部屋に残るは子息と雛緋、頑として動かなかった梨杏であった。
雛緋とふたりきりになりたいのか、金属音を鳴らしながらふたりを凝視する梨杏の存在は気になるのか、子息はちらちらと梨杏の方へ視線を向けている。やがて一気に茶を飲み干して茶器を掲げてみせた。
「えー……こほん、茶がなくなってしまったな。淹れ直してもらえないか。熱い茶がいいが、いやあ、淹れてもらうには一旦席を外してもらわなくてはな」
「そんなこともあろうかと淹れ直す準備をしておりました。失礼いたします。あまりにも熱い茶は火傷してしまいますので、このくらいでちょうど良いかと」
梨杏は即座に注文に応えてみせる。どうぞ、と冷ややかな視線とともに茶器を子息に差し出した。有無言わさぬ圧に怯えながら、子息は茶を受け取る。
「そ、それはよかった。いただこう……う、うまいな……」
「よろしゅうございました」
「し、しかし茶だけでは小腹がすいて仕方がない。何か」
「そんなこともあろうかと用意していた私特製の饅頭でございます。毒味を失礼します。はい、大丈夫です。お召し上がりください。お口に失礼いたします」
「むぐもぐむぐ」
「殿下もいかがですか」
「梨杏の饅頭は大好きよ! いただくわ」
梨杏から饅頭を受け取り、雛緋は目を輝かせて一口ずつ食べる。いつものことながらやさしくほっとする甘さについ顔がほころぶ。
雛緋の母が健在だった頃、梨杏の母がよく饅頭を用意してくれたものだった。皆と笑い合いながら食べ、時には姉とも分け合うことがあった。母の死後、梨杏の母も後をおって亡くなり、自室で悲しみに沈んでいた雛緋を慰めたのは梨杏が作った饅頭だった。最初はお世辞にもおいしいというものではなかったが、梨杏の気持ちに涙し、懸命に頬張ったのをよく覚えている。
(ありがとう梨杏、なんとかこの面会を乗り切らなきゃね)
そう思い直し、梨杏と微笑み合う。梨杏が一瞬警戒を緩めたそのとき、ふらりと子息が席を立ち、雛緋の隣にやって来た。そして饅頭を持つ雛緋の手に触れて撫で回す。ぞわりと背筋が粟立ち、雛緋は悲鳴も上げられず硬直してしまう。
「不敬な!」
梨杏は雛緋と子息の手をすぐさま引き離した。そして雛緋を庇うように抱きしめて子息を睨みつける。しがみつく雛緋に梨杏はさらに抱きしめる力を強くした。
「ああ……殿下が震えておられる……なんという無体ななさりよう……嘆かわしい! 郭家は殿下を侮っているのか!」
「侮ってなどおりません。愛しているのです。あんな笑みを見せられては、もう止められないというものでしょう。もうお気づきでしょう、私の殿下への思いには」
そう言って雛緋に近づいてこようとする子息に梨杏は近づくな! と吠えて背を向けて雛緋を守ろうとする。
「女官ごときが……私と殿下の仲を邪魔するつもりか!」
子息が梨杏につかみかかり、無理矢理に梨杏を雛緋から引きはがし、床へと転がした。
「梨杏!」
さすがの梨杏も純粋な力勝負では成人男性には敵わない。どこか痛めたらしい梨杏に近づこうとした雛緋だが、子息が彼女の細い手を力任せにつかむ。痛いと悲鳴を上げても子息はにたりと笑うだけ。
「さあ、殿下、参りましょうか。今宵は私の思いをその御身によく知っていただきましょう」
引きずるかのようにして連れていかれそうになり、雛緋は力一杯抵抗する。それを見た梨杏は立ち上がり、子息に突進して勢いよく床に倒した。頭や背中を強く打ち、子息は思わず雛緋から手を放す。梨杏はそのまま子息を床に押さえつけた。
「殿下! お逃げください! くそっ! 暴れるんじゃない!」
梨杏の言葉に頷き、雛緋は部屋から廊下へと逃げ出した。誰かに助けを求めなくては、と思うが、不自然なほどに誰ともすれ違わない。
(やっぱり人払いされている! 無理矢理にでも婚姻関係を結ばせようとしたってこと? 最悪よ!)
「殿下! 待ちなさい!」
やがて後ろから子息の声が聞こえてきた。もう追ってくるのか、捕まったらどうなるか思うと、恐ろしさで震えてくる。右、まっすぐ、左と曲がっていくと外へと繋がる扉が見えた。それを開けて外に出ようとしたが。
「ようやく捕まえましたよ、殿下、なぜ私を拒もうとするのです」
追いついた子息は雛緋を背後から羽交締めにし、床に押し倒した。生温い吐息が顔にかかり、雛緋は涙を流した。それを拭おうとする指からも逃れようと雛緋は力一杯暴れ出す。
「くっ! なぜ大人しくしない! この! 雛鳥風情が!」
そう言って子息は雛緋の口を手で塞ぐ。それでも雛緋は諦めない。か弱い雛鳥と侮られたままでなんかいたくない。けれどひとりではどうすることもできそうにない。徐々に近づいてくる男から顔をそらし、ぎゅっと目を瞑った。
嫌。
やめて。
誰か助けて。
そう心で叫んだ瞬間だった。
「おい、離してやれよ、かわいそうだろ」
突然年若い、少年のような声が聞こえた。子息は顔を声の主に向けたらしい。おぞましい温度は顔から離れていき、雛緋は安堵の息をつく。それにしてもこの声は一体誰だろうか。
「だ、誰だ!?」
「え? わからないのか? 俺が誰か? 困ったな。この神獣の紋見てもわからないか? これが大臣の嫡男? 他国ながら純粋に心配だよ、郭大臣殿」
「……は、大変申し訳ございません。何をしている! 御前であろう! 王女殿下から手を離せ! 武官は殿下の保護を!」
郭大臣の指示が飛び、雛緋は子息から引き離されて武官とともに外へと出る。雛緋は顔を上げた。郭大臣の隣に立つのは雛緋と同じくらいの少年だった。やや短めの黒髪は流しており、成人男性の郭大臣と比べると背も体格も小さい。雛緋よりはそれでも大きいだろうか。顔は快活な少年といったところで、くっきりとした目鼻立ちもまだまだ幼さを残している。そして纏うは神獣青龍の紋が刺繍された服。それを見て雛緋は息を呑んだ。
(どうしてこんな方がここにいらっしゃるの!?)
「くそっ、離せ! 父上! どうして離してくれないのです! こいつは誰なんです!」
「口を閉じよ! 不敬であるぞ! 王女殿下に無体を働いた上に……」
「あー、わからないならわからないでいいよ。どうせその程度なんだろ、そいつはさ。ん、王女殿下はわかっているらしいな。おっと、立てるか? 支えてやろうか?」
少年はよろめく雛緋に手を貸して立たせてくれる。雛緋と目が合うと、にっこりと人好きする笑みを浮かべた。
「いやー、たまたま俺が来てよかったなー」
「どうして……あなたほどの方が……こちらに……?」
「それはまあ、貴女の姉君から聞いた方がいいんじゃないか? そろそろ来るだろうし」
ほら、ちょうど来たぞ。少年の言葉を受けたかのように門が開かれて輿が入ってきた。輿に乗っている人物の姿を見て、その場にいたもののほとんどは跪いた。呆然としている子息と、にこにことした少年と、安堵した雛緋以外は。
「……無事であったか、妾の愛しい雛鳥」
「姉様……」
周囲を圧倒するほどの気高さ。妃であれば確実に国を傾けたであろう絶世の美貌。朱雀の紋を縫われた紅の衣を纏って輿を降りた女王は、雛緋のもとに駆け寄ってくる。安堵から抱きつく雛緋を抱きしめ返してやり、ぐしゃぐしゃになった髪を撫でてやる。自身の袖に涙が滲むのも気にせず、鳳紅は雛緋が落ち着くまでそうしていた。
そして鳳紅は眉を吊り上げ、子息を咎めた。
「……女王の前で礼を欠くか、郭家の嫡男よ」
「女王、陛下……私は……」
「疾く失せよ、牢の中で頭を冷やせ。連れて行け」
「は!」
呆然としたまま連れていかれる郭家の子息をよそに、鳳紅は跪拝したままの郭大臣に命じる。
「面を上げよ、郭大臣」
「陛下……愚息が大変な……失礼を……。私を何なりと罰してくださいませ」
「郭大臣、妾は知っておるよ。そなたを妾を排除し、雛緋を女王として担ぎ上げようとする筆頭であることを。それならば妾を排除すればよいものを、よもや妾の雛鳥に手を出すとはな。雛緋の王配の座でも狙ったか? 愚息に雛緋を襲わせ、子を孕ませて外戚となろうとしたか? ふふふ……そなたは妾を怒らせるという点においては国一番じゃ」
女王は落ち着いた声音で話しているが、郭家への怒りを隠しきれていない。鋭い瞳に射抜かれ、郭大臣はひっと怯えた声を上げた。女王は大臣も連れて行け、と冷たく命じた。
「陛下! 私は決して殿下を傷つけようとは!」
「結果、傷つけたであろう。妾は雛鳥に仇なすものを決して許さぬ。雛鳥といえど雛緋は王族。王族への傷害は大罪である。冷たい牢獄で浅慮を悔いるがいい」
「陛下! あれは愚息が勝手に! 陛下!」
大臣の悲痛な声が聞こえなくなってから、女王はよいやく雛緋を放した。
「落ち着いたか、雛緋」
「はい……ありがとうございます、姉様、それと……ええと」
雛緋がちらりと少年に視線を向けると、彼は目を瞬かせてから、思い出したように口を開いた。
「そういや名乗ってなかったな。俺は蒼嵐。春蒼嵐だ! よろしくな」
「……雛緋と申します。春蒼嵐……王太子殿下」
「気づいてくれてありがとう。いやあ、貴女にも誰? とか言われたら泣いちゃうところだった」
からからと笑う蒼嵐の服にはやはり神獣青龍の紋が刺繍されている。それを着ている時点で東天国の王か王太子に絞られる。そして東天国も激しい後継者争いがあり、末子が勝利を収めたと聞いている。勝利を収めたという王子は年若く快活で慈悲深く、父王を支えながら王太子として、次期王としての力を磨いているという。その話から考えれば彼は王太子だろうと思った。正解だったのだが雛緋には疑問が残る。
(こんなに明るく笑う方が、最も残虐な王子?)
東天国王太子にはもうひとつの評判がある。
それは、血で血を洗う争いを制し、兄弟たちを最期まで甚振った、最も残虐にして非道な王子という評判だ。しかし実際に会ってみた雛緋には人畜無害な明るい少年にしか思えず、残虐な王太子という話とは印象が一致しないのである。じっと見つめていると、蒼嵐は照れたように笑う。
「いやあ、美人にそんなに見つめられると困っちゃうな」
その指摘に我に返り、雛緋は慌てて顔を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「なんじゃ雛緋、蒼嵐殿に見惚れたか。妾という絶世の美女たる姉がいながら」
「まあ俺も東天国では美形の部類に入りますからね。惚れられちゃったかなー」
「そもそも男自体が物珍しいからじゃろうなあ、惚れた腫れたはないじゃろ」
「ないかー」
「あ、あの、姉様。どうして隣国の王太子殿下がここに?」
「それはな」
「俺の妃になってもらおうかと思って!」
雛緋の疑問に答えたのは蒼嵐の方だった。おれのきさき、とつぶやく雛緋に、そうそうと蒼嵐は頷いてみせ、恭しく雛緋の手を取った。
「可愛らしい雛鳥の姫君。どうか東天国で俺の妃……王太子妃となっていただけませんか? 此度はそれを打診しに、はるばる南天国にやって参りました」
か弱い雛鳥であればあるほど、俺の妃にふさわしい。
そんな言葉を付け足して、蒼嵐は屈託のない笑みを浮かべた。
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