雛鳥王女の結婚

倉内千倉

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第一章

①輿入れの提案

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 東天国は東方に位置し、南天国の北部とは地続きとなっている。気候は温暖であることが多く、花々は美しく咲き乱れ、人々の心もまた穏やかだと言われている。しかし昨年には南天国同様、王族たちによる激しい後継者争いが行われた。穏やかな賢王が重い病に倒れ、王太子が定まっていなかったがために、王子たちはその座を巡って争い合った。血や涙、多くの屍の上に勝者として立った春蒼嵐を見て、王は嘆き悲しんだ。
「おお、最も相応しくないお前がその座に就くというのか!」
 嘆きは深いがそれ以上に奴に任せてはならぬという思いが上回り、王の病はたちまち快方に向かった。
 そんな逸話を持つ王太子に求婚された雛緋は思う。
 この方はそんなにも恐ろしい方なのかしら?

 身なりを再度整え、雛緋は客人を迎えるための部屋に通された。雛緋の姿を見て姉女王はすぐさま立ち上がった。
「雛緋、大事ないか」
「……お気遣い痛み入りますわ、陛下」
「むう、そんな他人行儀はよせ。いつものように姉様と存分に呼ぶがよい。まったく、公務中でもないというのに」
「いえ、他国の王太子殿下が同席している以上は、今は公務中かと存じますが……」
「む、そういえば蒼嵐殿がおったの。すっかり頭から抜け落ちておったわ」
「姉様……」
「いやいや、全然気にしなくていいって。俺こそ麗しき姉妹愛を拝見できて嬉しいからさ! うんうん、きょうだい愛って素晴らしい!」
「そうであろう。存分に見ておくがよいぞ!」
 はっはっは、と高らかに笑い合う姉と蒼嵐を交互に見やり、雛緋は深々とため息をついた。
 (気が合うのかしら……このふたり……)
 そう思いつつ、こほんと雛緋は咳払いをする。きちんと確認しておかなければいけない事項がある。
「ええと、姉様。確認しておきたいことがあるのですけれど」
「なんじゃ?」
「先ほど……蒼嵐王太子殿下から私を殿下の妃に、と伺いましたが……本当の話なのですか?」
「……本当じゃ」
 姉女王は真剣な顔でそう告げた。
「実はな、半月前からそなたを他国の王族に輿入れさせるという考えは浮かんでいたのじゃ」
「え……」
 思いもしなかった話に雛緋は呆然とする。
「わ……私が、他国に輿入れ? どうしてですか? 私が弱いからですか? 姉様の足を引っ張っていますか?」
 問いながらどこかで気づいている。女王派と反女王派がいる現状を思えば、姉にとって自分は。
「私が、私が……邪魔、ですか……?」
 震えた声で尋ねる雛緋の髪をかきやりながら、姉は首を横に振った。
「妾とてそなたを離したくはない。けれどもう、妾ではそなたを守りきれぬ。今後反女王派がどう動いてくるかはわかっても防ぎきれぬ。此度も蒼嵐殿がそなたを一目見に行こうと言い出さなければ……どうなっていたことか。今回の一件でその思いは定まった。妾では……この国では、そなたは生き延びられぬ。共に在ることは……もうできぬ」
 苦しげにそう言い切り、姉女王は雛緋を抱きしめた。
「許しておくれ、雛緋、妾の愛しい雛鳥……」
「い、嫌です、私……私……」
 すがりつく雛緋を女王も離れがたく思うのだろう。女王の閉じた瞳からはひとしずく涙が流れた。それをじっと蒼嵐は見守っている。郷愁にも似た寂しさをたたえた瞳にふたりは気がつくことはない。

 すすり泣く声が止むまでには多くの時間を要した。公務に戻った姉を見送り、雛緋は泣き濡れた目や頬を袖で乱暴に拭う。客人の前で幼子のように泣いてしまった。そのことが恥ずかしくて消え入りたいほどだ。なおも流れてくる涙をごしごしと拭いていると、蒼嵐が立ち上がった。そして雛緋の方へと歩き、そっと手巾を差し出した。
「これ使っていいぞ」
「……いえ、すぐに止みますので」
「袖が汚れるし、拭きにくいだろ? いいから使って、はい遠慮しないで、どーぞ」
 半ば押しつけられる形で手巾を受け取り、雛緋は鼻を啜りながら手巾を広げた。端には桃の花らしきものが丁寧に刺繍されていた。
「お上手ですね……殿下が縫われたのですか?」
「いや風花ふうか……姉が縫ったんだよ。上手だろ?」
「ええ……私は刺繍が苦手ですから、習いたいくらいなのですけれど」
「ごめん、風花ふうか姉上はもう亡くなってるんだ。昨年にな」
 昨年亡くなった姉、となると、争いの中で彼が手にかけたのだろうか。きょうだいたちを次々に甚振った王子という評判を思い出すが、目の前の彼との印象とますます一致しない。残虐で非道な人が、泣いている自分に手巾を差し出すだろうか。それも一時的な演技だという可能性もあるが、彼の瞳は冷たい色をしていない。
(弱い者を目の前にすれば自然と人の本性は知れるものだけれど、この人は手を差し伸べてくれた。牙を剥かない)
 そう思いながら雛緋は渡された手巾で涙を拭う。すっかり濡れてしまった手巾を前に雛緋はどうしましょう、と困った声を上げた。
「どうやって返したらいいのでしょうか……」
「あ、そのままでいい。あげるよ。返さなくていいからな、お守りみたいな感じで持っといてくれ。東天国の王宮も絶対安全ってわけじゃないからな」
「そう……なのですか」
「色々あったしなあ。ほとんどは俺に追従してくれてるんだけど、たまにそうじゃない連中もいる。妃候補として名乗りをあげている令嬢も三人いるんだけど、まあ鼻息が荒い。貴女を王妃として迎える予定だけど、それをよく思わないかもしれない。後宮の女たちのやることなすことのくだらなさとえげつなさ、貴女もわからないわけではないだろう?」
「ええ……そのつもりです」
 女たちによって陥れられた母を思い出し、雛緋は頷いた。あの悲劇が東天国に輿入れすれば自身にも襲ってくるのかもしれない。その可能性を考えるだけでぶるりと身体が震え、雛緋は自分を抱きしめるかのように身を硬くした。
「私は……弱い雛鳥です。安全な母国であるこの国であっても、生きていけなくなっている。きっと東天国においてはさらに……生きていけないのではないでしょうか」
 雛緋は視線を落とした。弱い雛鳥だからこそ今まで生きてこれた。けれど弱いままではもう生きていけない。周囲も守ろうにも守りきれないのなら、この先どう生きていけばいい? 生きていけぬ雛鳥はどうすればいい。
「弱い雛鳥が、東天国に輿入れしても……よいのでしょうか」
「いいよ」
「……え」
 即座に答えが返ってきて、雛緋は顔を上げた。蒼嵐は無邪気な笑みと声音で肯定する。
「いいよって言った。弱くたって大丈夫。むしろその方がいい。俺の妃はね、弱ければ弱いほどいいんだ。その方が死ななくて済むからな!」
「え……?」
 弱ければ弱いほど、死ななくて済む?
 その言葉に引っかかりをおぼえる雛緋の手を掴み、蒼嵐は大丈夫、と言い聞かせる。
「弱くたって大丈夫。俺の国に俺がいる限り、貴女を守るよ。だから……安心して俺の後ろにいてね」
 最後の方の言葉は懇願のような響きがあった気がしたのは、考えすぎだろうか。
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