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第一章
② 女王と王太子
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第七王女、夏雛緋の東天国への輿入れが決定した。出立の日も半月後と女王が決めると、あまりにも急すぎると反発する貴族もいた。
「陛下、妹君の婚姻を独断で話を進めたというのですか。なぜ私どもに相談もなくお決めになったのです」
女王派である大臣ですら困惑している。長年お仕えしてきた我々であっても信頼に足りませぬか、と情に訴えかける言葉にも女王は眉ひとつ動かさない。目も口も閉じたまま貴族たちの訴えを聞き流している。それを見て人々は次々と口を開いていく。
「我々は陛下にために力を尽くしてきたというのに! なぜお決めになったのですか! 陛下!」
「そしてなぜよりによって他国に輿入れを!? 世継ぎもまだ生まれておらぬ状況で!」
「しかも相手は、悪名高き東天国の王太子! 後継者争いではきょうだいたちを甚振り、手にかけ、特に第六王子の命を奪ったのち、その死骸を城外に晒したとか……」
「な、なんと恐ろしい! 幼い少年の顔の下はそんなにも残忍な本性が隠されているとは!」
「そんな相手と知りながら、なぜ陛下は輿入れを決めたのですか!」
「やはり陛下は唯一生き残った王女殿下を邪魔に思い、東天国という死地に……」
「その口を閉じよ」
女王の言葉に貴族たちは一斉に口を閉じた。怒気をはらんだ声音と開かれた鋭い瞳は、その場にいる者たちの呼吸の隙さえ奪う。かたかた震え出す臣下たちに深い深いため息をついてみせる。
「ああ、なんと面倒な。まずは貴様らの認識の訂正をせねばならぬのが実に残念だ」
そう吐き捨てたのちに、女王は話し始める。
「妾は雛緋を愛しておる。幼き頃は共に遊び、時にはひとつの菓子を分け合ったもの。それに今となっては唯一の肉親。大切に思うのは当然のこと。吾が子と等しい存在じゃ。願わくば永く共に在りたいと思っておった。だが……そのささやかな願いさえ叶わないのは、何故か……貴様らが、妾ではなくか弱い雛緋に目をつけ、手を出したからだ」
「そ、それは郭家がしたことで……」
「ほう……ならば貴様は無関係だと、そう言いたいか? 雛緋に大量の装飾品を押しつけたのは貴様だ。何も知らぬ王女を懐柔しようと考えたからだろう。しかし、あれほどの装飾品はどこから用意した? 貴様には用意できるほどの伝手も財産もないはず。ならば雛緋に何を押しつけようとした?」
「それは……」
「隣に立つ貴様もだ。雛緋に食べさせようと菓子を用意していたな。まあ、幸いにして雛緋の口には入らなかった。それも妾の指示で毒味をしておいたからじゃ。毒味役は喉を掻きむしり、苦しみながら死んだよ。ふふ……雛緋が邪魔だと思っていたのは貴様の方だろうに」
「私は、陛下のためを思って……」
「……妾のため、か。もはや南天国は雛緋にとって安全な場所ではないことが改めてわかる。故に雛緋を東天国に手放さなくてはならなかったのじゃ。たとえ相手も国も民も、雛緋にとって危険なものだったとしても……」
女王である自分が雛鳥の幸せを妨げるというのなら、もはや他国へと手放すしかないのだ。やがて高く高く羽ばたくこと願って。
出立は半月後と提案したのは女王の方だった。
「王女の輿入れって大変なことだと思うし、最低ひと月は必要なんじゃないかと思ったんだけどな」
「まさかあちらから半月後にと言い出してくるとは思いませんでしたね」
護衛役の珊岐と言葉を交わしながら、蒼嵐は筆を動かしていた。父王には此度の婚姻について早く伝えなくてはならない。流麗な字で文章が綴られていくのを見て、のっぺりとした顔の宦官が感心したように声を上げた。
「さすが殿下。手蹟も文もばっちりでございますねえ。昔から筆を取れば天が涙を流すほどの絵も詩も生み出す才をお持ちでしたが、今も変わらないのですねえ」
「褒めても何も出ないぞ、愁冥。よし、書けた。今日中には父上に出せそうだな。というわけでお届けよろしく、愁冥」
「おや、殿下は戻られないので?」
「俺と珊岐は輿入れに同行するよ。半月後だったら一緒に行った方がいいと思うし、それに俺が一緒なら何かあったとき守ってやれるだろ、王女を。それに三馬鹿……俺の妃候補名乗ってる御令嬢の家が何かしてくるかもしれないからな」
「ふーむ、確かに? 游家と楼家の動きは怪しいですねえ。そういえば秦家は国境沿いにちょっとした邸があるとかないとか聞きますからねえ、ご挨拶がてらの何かがあるかもしれません」
「だろ?」
「しかし先に向こうに戻って王女のために色々と整えておくのもよいかと存じますけれどねえ」
「まあ、確かにな。でもな、あの王女のそばにいてやりたいなって思うんだ」
そう言って蒼嵐は彼女の姿を思い出す。姉との別れや今後の不安に表情を曇らせ、震えて涙を流す少女。涙に濡れる、あまりに理想的なか弱い雛鳥。
「あの子を見ると……こう……色々してやりたいというか……」
主の言葉を聞き、愁冥はきらりと目を輝かせた。
「はああん、なるほどなるほど? では、殿下の言う通り、そういたしましょうか。準備ができ次第、先に戻り、私ができる範囲で整えておきますゆえ、何なりとお申し付けくださいませ」
「そうだな……三馬鹿の動きを警戒しておいてくれ。俺に追従しているけど、あいつらは何をやらかすかわからないからな」
「かしこまりました、我が主」
恭しく一礼し、愁冥はにたりと笑ってみせた。
「陛下、妹君の婚姻を独断で話を進めたというのですか。なぜ私どもに相談もなくお決めになったのです」
女王派である大臣ですら困惑している。長年お仕えしてきた我々であっても信頼に足りませぬか、と情に訴えかける言葉にも女王は眉ひとつ動かさない。目も口も閉じたまま貴族たちの訴えを聞き流している。それを見て人々は次々と口を開いていく。
「我々は陛下にために力を尽くしてきたというのに! なぜお決めになったのですか! 陛下!」
「そしてなぜよりによって他国に輿入れを!? 世継ぎもまだ生まれておらぬ状況で!」
「しかも相手は、悪名高き東天国の王太子! 後継者争いではきょうだいたちを甚振り、手にかけ、特に第六王子の命を奪ったのち、その死骸を城外に晒したとか……」
「な、なんと恐ろしい! 幼い少年の顔の下はそんなにも残忍な本性が隠されているとは!」
「そんな相手と知りながら、なぜ陛下は輿入れを決めたのですか!」
「やはり陛下は唯一生き残った王女殿下を邪魔に思い、東天国という死地に……」
「その口を閉じよ」
女王の言葉に貴族たちは一斉に口を閉じた。怒気をはらんだ声音と開かれた鋭い瞳は、その場にいる者たちの呼吸の隙さえ奪う。かたかた震え出す臣下たちに深い深いため息をついてみせる。
「ああ、なんと面倒な。まずは貴様らの認識の訂正をせねばならぬのが実に残念だ」
そう吐き捨てたのちに、女王は話し始める。
「妾は雛緋を愛しておる。幼き頃は共に遊び、時にはひとつの菓子を分け合ったもの。それに今となっては唯一の肉親。大切に思うのは当然のこと。吾が子と等しい存在じゃ。願わくば永く共に在りたいと思っておった。だが……そのささやかな願いさえ叶わないのは、何故か……貴様らが、妾ではなくか弱い雛緋に目をつけ、手を出したからだ」
「そ、それは郭家がしたことで……」
「ほう……ならば貴様は無関係だと、そう言いたいか? 雛緋に大量の装飾品を押しつけたのは貴様だ。何も知らぬ王女を懐柔しようと考えたからだろう。しかし、あれほどの装飾品はどこから用意した? 貴様には用意できるほどの伝手も財産もないはず。ならば雛緋に何を押しつけようとした?」
「それは……」
「隣に立つ貴様もだ。雛緋に食べさせようと菓子を用意していたな。まあ、幸いにして雛緋の口には入らなかった。それも妾の指示で毒味をしておいたからじゃ。毒味役は喉を掻きむしり、苦しみながら死んだよ。ふふ……雛緋が邪魔だと思っていたのは貴様の方だろうに」
「私は、陛下のためを思って……」
「……妾のため、か。もはや南天国は雛緋にとって安全な場所ではないことが改めてわかる。故に雛緋を東天国に手放さなくてはならなかったのじゃ。たとえ相手も国も民も、雛緋にとって危険なものだったとしても……」
女王である自分が雛鳥の幸せを妨げるというのなら、もはや他国へと手放すしかないのだ。やがて高く高く羽ばたくこと願って。
出立は半月後と提案したのは女王の方だった。
「王女の輿入れって大変なことだと思うし、最低ひと月は必要なんじゃないかと思ったんだけどな」
「まさかあちらから半月後にと言い出してくるとは思いませんでしたね」
護衛役の珊岐と言葉を交わしながら、蒼嵐は筆を動かしていた。父王には此度の婚姻について早く伝えなくてはならない。流麗な字で文章が綴られていくのを見て、のっぺりとした顔の宦官が感心したように声を上げた。
「さすが殿下。手蹟も文もばっちりでございますねえ。昔から筆を取れば天が涙を流すほどの絵も詩も生み出す才をお持ちでしたが、今も変わらないのですねえ」
「褒めても何も出ないぞ、愁冥。よし、書けた。今日中には父上に出せそうだな。というわけでお届けよろしく、愁冥」
「おや、殿下は戻られないので?」
「俺と珊岐は輿入れに同行するよ。半月後だったら一緒に行った方がいいと思うし、それに俺が一緒なら何かあったとき守ってやれるだろ、王女を。それに三馬鹿……俺の妃候補名乗ってる御令嬢の家が何かしてくるかもしれないからな」
「ふーむ、確かに? 游家と楼家の動きは怪しいですねえ。そういえば秦家は国境沿いにちょっとした邸があるとかないとか聞きますからねえ、ご挨拶がてらの何かがあるかもしれません」
「だろ?」
「しかし先に向こうに戻って王女のために色々と整えておくのもよいかと存じますけれどねえ」
「まあ、確かにな。でもな、あの王女のそばにいてやりたいなって思うんだ」
そう言って蒼嵐は彼女の姿を思い出す。姉との別れや今後の不安に表情を曇らせ、震えて涙を流す少女。涙に濡れる、あまりに理想的なか弱い雛鳥。
「あの子を見ると……こう……色々してやりたいというか……」
主の言葉を聞き、愁冥はきらりと目を輝かせた。
「はああん、なるほどなるほど? では、殿下の言う通り、そういたしましょうか。準備ができ次第、先に戻り、私ができる範囲で整えておきますゆえ、何なりとお申し付けくださいませ」
「そうだな……三馬鹿の動きを警戒しておいてくれ。俺に追従しているけど、あいつらは何をやらかすかわからないからな」
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