50 / 52
最終話 真血の主従(2)
しおりを挟む
黒い上衣に朱金の帯を締め、金の刺繍の入った袴という美麗な装いの朱昂が、吸血族の王として半龍の龍玉に語りかける。
「魔族が住む魔境は、人間の住む地と繋がっているが、別物だ。行き来はできるが、――別々の世界が重なっていると言えばいいかな。魔族には様々な種族がある。吸血族、龍族、夢魔、千里眼に多腕族。種族というのは同じ能力を持つ集団と考えていい。そのほとんどが血で繋がっている。人間だって肌の色や、体格は大体血筋で分けられるだろう?」
真血の主の問いかけに魁英は頷いた。人間界育ちの魁英に合わせて、噛んで含めるような説明だ。文痴公と称される朱昂は、その博覧ぶりでよく知られていた。
「その中で名前がない者たちがいる。多くは獣の形をしていたり、影の様だったり、人間が鬼になってしまった者も含まれる。あまりに力が弱く、龍のような力のある種族のそばにあるだけで消えてしまうような存在」
「雑魔?」
そうだよ。朱昂は頷いた後、顎に手をやる。
「無力で寿命も短く、団結力もないと軽んじられる存在だ。まさかあんな大それたことをするとは……、まあそのことについて今はいい。数ある種族の中でも限られた種族に、強大な力が与えられた者が生まれることがある。紅い目の吸血鬼の血は病や怪我を癒し、時に死者をも蘇生させる力があり、翠の炎を吐く龍は時間を操り、龍を守護する力の源と言われている。それぞれが唯一無二の絶対的な力だ。魔族では『秘蹟』と呼ばれている。吸血族の秘蹟は真血、龍族は、」
「龍玉……」
龍玉はそれだけで力を操ることはできず、龍玉の主が傍にいて初めて本来の力を発揮するのだ、と朱昂は続ける。
「真血は遺伝する。一子相伝、つまり一人の真血の親から一人だけ真血の子どもが生まれる。だが龍玉は違う。というか、違うと言われてきた。龍玉は遺伝しない一代限りの力。真血の主は常に吸血族に存在するが、龍玉はいない期間もある。ちなみに龍玉の主はもっと珍しい。主に出会えずに亡くなる龍玉は多い。龍玉が亡くなれば、龍族は再び龍玉が生まれるのを待つしかない、というわけだな。俺の知っている限り例外は一件。お前とお前の母親だけだ。――魁英、母が翠の光を纏っているのを見たことは?」
見た覚えなど無い。ずっと母は人間だと思ってきたのだから。魁英の否定に朱昂はあっさりと頷いた。
「妊娠してその子に龍玉を移したのか、奪われたのか……。これは予想だが、お前を生んだ時にお前の母はすでに龍玉ではなかったのではないかと思う。そうでなければ大事の息子をむざむざ野に放つようなことにはならなかっただろう。あぁ、お前の父のことも龍女から詳しく聞いた。――龍女はお前の母の姉だ。ほら、お前が母と見間違っていた。そう彼女だ」
「違うの」と言っていた女を思い出す。頷く魁英の横で、疲れた風に朱昂は足を組んだ。
「お前の父は、ウリャルは種族なんかない、つまり自分は雑魔だと説明していたようだ。ウリャルの母は人間で、人間の世界で育ったのだと。厄介事を起こし、魔境に逃げ込んだという話だった。お前と少し似ている。流石に親子だと龍女も苦笑していたよ。ふらふらと魔境をさまよった挙句、龍玉と出会った。ウリャルはすでに初老に見えたらしい。秘蹟というのは長命だから、恐らく龍玉の方が何倍も年上だがな。それでも二人は愛し合って、お前が生まれた。ウリャルが毒蠱の宿主でなければ、龍族の悲劇はなかっただろう。その分、お前が生まれることもなかっただろうが」
「毒蠱って、結局何なんですか?まだ俺の背中にいる?」
「残念ながらいるだろう。毒蠱は魔境が伝える中でも最上位に近い呪術だ。毒蠱は父から息子に受け継がれる。父を食った息子にだけ毒蠱は伝わる、という話なのだが……」
朱昂が急に言葉を切った。何か言い辛そうにしている。父を食った息子にだけ伝わる呪い。魁英が毒蠱を宿しているということは、父を食ったということになる。
魁英は幼い自分に真っ黒の毒血を飲ませていた父を思い出す。あれが「父を食った」ことになるなら、自分は確かにウリャルを食ったのだ。それを教えると朱昂がなるほどと頷いた。
「許すなよ、か。龍玉だけでは龍族から守れないと思ったのだろう。賭けに出たのだな。――魁英、お前は父に愛されていたのだろうよ」
ぽつり。朱昂の言葉に魁英の目から涙が零れ落ちた。血に塗れじわじわと毒蠱に食われながら英龍、と呼んでいた声が忘れられない。
「爸爸……」
朱昂の手が魁英の目元を拭った。慌てて鼻をすすり、顔を上げて手の甲で頬を擦る。
「さて、もう一つの話をしよう。真血の主従についてだ。こっちの話で少しは気が晴れるだろう」
にやりと笑った朱昂が真血の主従について語る。それは朱昂と月鳴の話でもあり、同時に葵穣と魁英の話でもあった。
「年を取らない?でも確かに俺は子どもの頃に葵穣様に真血をもらいましたけど、でかくなりましたよ?」
「色々葵穣とも話したんだが、結論は、仮契約だったんだろうということになった。真血が少なすぎたか、龍玉か毒蠱のせいか分からんが、子どもの時点ではいきなり真血のしもべにならなかった。でも、真血自体はお前の体に流れたし、血の縁もあったから、何かの弾みで吸血鬼に化生した。そうでなければお前に牙が生えた理由も、真血ばかりに反応していた理由も説明できん。恐らく、本契約のために真血を求めていたのだろうな。喜べ、真血の主と縁があるなんて滅多にない。俺だって何百と血をやってきたが、しもべになったのは伯陽だけだ。天に定められた運命なのだぞ。まさか秘蹟同士で縁を結ぶなんて初耳だけどな!」
少し自棄気味に朱昂が言い放った。魁英の伝承を覆す例外ぶりに馬鹿馬鹿しくなってきたらしい。
朱昂の言った通り、真血の主従というのはまさに「運命の人」だった。真血のしもべになった者は、その生まれに関わらず吸血鬼へと体を変化させ、肉体に流れる時を止め、主が死ぬ時まで寄り添うらしい。
しもべは色々能力が与えられるが、一番は治癒能力が飛躍的に高くなること、次に主が好きな時に手元にしもべを呼ぶ「召喚」と、しもべが主を呼ぶ「逆召喚」というものもある、らしい。魁英がやったのが逆召喚だと説明された。
「魔族が住む魔境は、人間の住む地と繋がっているが、別物だ。行き来はできるが、――別々の世界が重なっていると言えばいいかな。魔族には様々な種族がある。吸血族、龍族、夢魔、千里眼に多腕族。種族というのは同じ能力を持つ集団と考えていい。そのほとんどが血で繋がっている。人間だって肌の色や、体格は大体血筋で分けられるだろう?」
真血の主の問いかけに魁英は頷いた。人間界育ちの魁英に合わせて、噛んで含めるような説明だ。文痴公と称される朱昂は、その博覧ぶりでよく知られていた。
「その中で名前がない者たちがいる。多くは獣の形をしていたり、影の様だったり、人間が鬼になってしまった者も含まれる。あまりに力が弱く、龍のような力のある種族のそばにあるだけで消えてしまうような存在」
「雑魔?」
そうだよ。朱昂は頷いた後、顎に手をやる。
「無力で寿命も短く、団結力もないと軽んじられる存在だ。まさかあんな大それたことをするとは……、まあそのことについて今はいい。数ある種族の中でも限られた種族に、強大な力が与えられた者が生まれることがある。紅い目の吸血鬼の血は病や怪我を癒し、時に死者をも蘇生させる力があり、翠の炎を吐く龍は時間を操り、龍を守護する力の源と言われている。それぞれが唯一無二の絶対的な力だ。魔族では『秘蹟』と呼ばれている。吸血族の秘蹟は真血、龍族は、」
「龍玉……」
龍玉はそれだけで力を操ることはできず、龍玉の主が傍にいて初めて本来の力を発揮するのだ、と朱昂は続ける。
「真血は遺伝する。一子相伝、つまり一人の真血の親から一人だけ真血の子どもが生まれる。だが龍玉は違う。というか、違うと言われてきた。龍玉は遺伝しない一代限りの力。真血の主は常に吸血族に存在するが、龍玉はいない期間もある。ちなみに龍玉の主はもっと珍しい。主に出会えずに亡くなる龍玉は多い。龍玉が亡くなれば、龍族は再び龍玉が生まれるのを待つしかない、というわけだな。俺の知っている限り例外は一件。お前とお前の母親だけだ。――魁英、母が翠の光を纏っているのを見たことは?」
見た覚えなど無い。ずっと母は人間だと思ってきたのだから。魁英の否定に朱昂はあっさりと頷いた。
「妊娠してその子に龍玉を移したのか、奪われたのか……。これは予想だが、お前を生んだ時にお前の母はすでに龍玉ではなかったのではないかと思う。そうでなければ大事の息子をむざむざ野に放つようなことにはならなかっただろう。あぁ、お前の父のことも龍女から詳しく聞いた。――龍女はお前の母の姉だ。ほら、お前が母と見間違っていた。そう彼女だ」
「違うの」と言っていた女を思い出す。頷く魁英の横で、疲れた風に朱昂は足を組んだ。
「お前の父は、ウリャルは種族なんかない、つまり自分は雑魔だと説明していたようだ。ウリャルの母は人間で、人間の世界で育ったのだと。厄介事を起こし、魔境に逃げ込んだという話だった。お前と少し似ている。流石に親子だと龍女も苦笑していたよ。ふらふらと魔境をさまよった挙句、龍玉と出会った。ウリャルはすでに初老に見えたらしい。秘蹟というのは長命だから、恐らく龍玉の方が何倍も年上だがな。それでも二人は愛し合って、お前が生まれた。ウリャルが毒蠱の宿主でなければ、龍族の悲劇はなかっただろう。その分、お前が生まれることもなかっただろうが」
「毒蠱って、結局何なんですか?まだ俺の背中にいる?」
「残念ながらいるだろう。毒蠱は魔境が伝える中でも最上位に近い呪術だ。毒蠱は父から息子に受け継がれる。父を食った息子にだけ毒蠱は伝わる、という話なのだが……」
朱昂が急に言葉を切った。何か言い辛そうにしている。父を食った息子にだけ伝わる呪い。魁英が毒蠱を宿しているということは、父を食ったということになる。
魁英は幼い自分に真っ黒の毒血を飲ませていた父を思い出す。あれが「父を食った」ことになるなら、自分は確かにウリャルを食ったのだ。それを教えると朱昂がなるほどと頷いた。
「許すなよ、か。龍玉だけでは龍族から守れないと思ったのだろう。賭けに出たのだな。――魁英、お前は父に愛されていたのだろうよ」
ぽつり。朱昂の言葉に魁英の目から涙が零れ落ちた。血に塗れじわじわと毒蠱に食われながら英龍、と呼んでいた声が忘れられない。
「爸爸……」
朱昂の手が魁英の目元を拭った。慌てて鼻をすすり、顔を上げて手の甲で頬を擦る。
「さて、もう一つの話をしよう。真血の主従についてだ。こっちの話で少しは気が晴れるだろう」
にやりと笑った朱昂が真血の主従について語る。それは朱昂と月鳴の話でもあり、同時に葵穣と魁英の話でもあった。
「年を取らない?でも確かに俺は子どもの頃に葵穣様に真血をもらいましたけど、でかくなりましたよ?」
「色々葵穣とも話したんだが、結論は、仮契約だったんだろうということになった。真血が少なすぎたか、龍玉か毒蠱のせいか分からんが、子どもの時点ではいきなり真血のしもべにならなかった。でも、真血自体はお前の体に流れたし、血の縁もあったから、何かの弾みで吸血鬼に化生した。そうでなければお前に牙が生えた理由も、真血ばかりに反応していた理由も説明できん。恐らく、本契約のために真血を求めていたのだろうな。喜べ、真血の主と縁があるなんて滅多にない。俺だって何百と血をやってきたが、しもべになったのは伯陽だけだ。天に定められた運命なのだぞ。まさか秘蹟同士で縁を結ぶなんて初耳だけどな!」
少し自棄気味に朱昂が言い放った。魁英の伝承を覆す例外ぶりに馬鹿馬鹿しくなってきたらしい。
朱昂の言った通り、真血の主従というのはまさに「運命の人」だった。真血のしもべになった者は、その生まれに関わらず吸血鬼へと体を変化させ、肉体に流れる時を止め、主が死ぬ時まで寄り添うらしい。
しもべは色々能力が与えられるが、一番は治癒能力が飛躍的に高くなること、次に主が好きな時に手元にしもべを呼ぶ「召喚」と、しもべが主を呼ぶ「逆召喚」というものもある、らしい。魁英がやったのが逆召喚だと説明された。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
43
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる