王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

文字の大きさ
25 / 106
第一章 暁を之(ゆ)く少年

第十五話 薄墨色の君(1)

しおりを挟む
 濃くなる気配に本から視線を外すと、伯陽はくようが部屋に入ってくるところだった。
 古い家は二間しかない。奥の一室は狭いながらも寝台を置き、本が積まれる朱昂しゅこうの居室。外やくりやと繋がる居間の椅子で伯陽は眠っていた。

 下ろした髪を首の後ろで束ねながら伯陽が寝台に腰かけた。髪紐を咥えたまま朱昂に顔を寄せたので、紐を抜き取って髪を結んでやる。
 紐を抜き取る瞬間、伯陽に目をのぞき込まれた気がした。心に生まれたさざ波は、すぐに消える。体勢を変えると本が落ちる音がした。

「随分とまあ、増やしたな」

 伯陽は幾筋か落ちてくる前髪をなでつけながら本を拾って、積まれた「柱」の上に追加する。

「刀なんか持ってきたのか」
「念のため」

 床に置かれた長剣を見て、朱昂が眉を寄せつつ寝そべろうとすると、伯陽から待ったがかかった。

「何?」
「髪、いくらなんでもぐちゃぐちゃだ、下の方なんか絡まってるぞ」

 肩の辺りでふわっと嵩を増しているくせ毛を指摘され、朱昂の顔が赤くなった。

「いいだろう、別に」

 伯陽の留守中に櫛が通らなくなった髪をつまみ上げる。洗って指通りが良くなっても、乾くと絡まってしまうのだ。手櫛で整えて束ねていたので、自分ではあまり気にならなかった。

「ほら、座って。やってやるから」

 伯陽が後ろに座り、一房を持つと、絡んだ毛先を解し始めた。伯陽に髪を触られていると眠くなる。頭が前に傾ぐと、寝るなよと小さく注意される。
 やがて伯陽が櫛を取って戻ってくると、すかさずしもべの膝の上に頭を置いた。

「朱昂」
「うるさい。こうしてたって髪ぐらい梳かせるだろう?」

 ひとつため息をもらすと、伯陽は黙って櫛を使い始めた。朱昂は少し顔を横向けながらしもべの顔を盗み見る。
 若々しい滑らかな肌は淡く光を浮かべていた。長い睫毛に覆われた目はゆっくりと瞬きを繰り返している。鼻は高く、形良い唇はやや薄い。

 美しい顔だと朱昂は思う。特に好きなのは黒い瞳で、いつからこんなに色気を持つようになっただろうと不思議に思っていた。子どもの頃から知っているのに、きっと朱昂の知らないことはたくさんあるのだろうと思わせる目だ。

 ――女を知っているからだろうか。

 ふと自分が頭を乗せている足の間に意識が向きそうになって、朱昂は軽く咳払いした。伯陽が握る自分の黒髪をじっと見る。
 伯陽がたまに女の匂いをさせて帰ってくるのは知っていた。どんなだろうと、朱昂はその香りを嗅ぐ度に思った。女の肌とはどんなものだろう。女の中で果てる伯陽はどんな――。

「聞いてねえな」

 うっと朱昂の喉が詰まる。何度か瞬きをして詫びる声が少し掠れた。

「もう、いい」
「なんて言ったんだ」
「いい」
「伯陽」
「……」
「暁ちゃん!」
「……別嬪なんだから少しは身綺麗にしろって言ったんだ」
「べ!……そこはオトコマエと言え」
「ふふ」

 伯陽が笑うと、ほっとした。つられて頬が緩む。
 上機嫌な顔を見せる朱昂に、伯陽の目尻が下がった。帰ってきてから、一番穏やかな表情になる。

「天下一の男前だもんな」

 知らぬ者が聞けばぎくりとするほどうっとりした声に、朱昂は慣れていた。無邪気にしもべを見上げ、紅い瞳を細める。

「あぁ、傍で見られることを光栄に思えよ。――アハハ」

 腹を抱えた朱昂が膝の上で身を捩らせると、伯陽は櫛を置いた。朱昂の脇に腕を差し入れて抱き起こす。されるがままにしていると、背中から抱きしめられた。
 薄い布越しに伝わる体温に、中心が甘く震えた気がして、朱昂は思わず膝に力を入れた。

「暁ちゃん?」
「腹減った」
「吸えばいいだろ」

 頷いた伯陽が朱昂の首の根元に唇を押しつけるが、牙をあてようとしない。朱昂の紅い瞳が不安に揺れる。呼びかけようとした時、逆に呼ばれた。

「なあ、朱昂。お前、さっき妙に驚いていたな」
「――さっきって?」
「一緒に寝ようって言った時だよ。――どうしてだ」

 ひくりと喉が上下した。間が空けば空くほど疑わしくなる。そんなことは分かっているのに、頭が真っ白になって言葉が出てこない。

「覚えてない。そんなの……」
「……そうか」

 最悪の言い訳だ、と唇を噛んでいると、伯陽が柔らかい肌に牙を突き立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー

美絢
BL
 勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。  そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。  ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...