27 / 106
第一章 暁を之(ゆ)く少年
第十六話 開廷(1)
しおりを挟む
龍族について書かれた文献は少ない。
文化も生態もその歴史も、吸血族に比べれば十分の一、もっと少ないとする見方もあるだろう。書物で触れられることの多い秘蹟――龍玉ですら、語るものは限られている。
それは、龍族の「大法廷」についても同様であった。
どんな文献を紐解いても「龍族は理の守護者である」と述べられているのに、実際の裁判記録は極めて少ない。
その理由が龍族の秘密主義のためであるのか、それとも他族を裁く「大法廷」の開廷自体が極稀であるためなのかは分からない。恐らくは両方が原因となるだろう。
そして、その貴重な大法廷の主役、魔境を震わせる大罪人として裁かれるのは、弱冠の吸血族の王子であった。
平たい板に二つの円をくり抜いた形の手枷に、腰紐、首輪、小さな檻のような鉄製の口枷。
武器を帯びていないか、丹念に調べられた挙げ句に着せられた白い単衣、首の後ろで髪を戒める紐すら亡者を思わせる白だ。
身に纏う全てが朱昂を辱めていた。しかし、朱昂は抵抗をせずに、大法廷の広間、その中心に膝をついた。
父を殺したのは自分。己の罪は、罪だった。
秘蹟を殺すのは大罪中の大罪である。魔境の唯一の罪と言ってもいい。秘蹟とは一族の力の源、秘蹟を殺せば、それを戴く一族が滅ぶも同義だからだ。
青ざめた肌の中で、唯一紅い瞳だけが強く輝いていた。居並ぶ龍族が、強い光を放つ瞳に射貫かれて、どこからともなくざわめきが生まれる。
開廷の銅鑼と同時に叩頭の号令がかかる。朱昂の手枷が石の床に置かれた。尻を上げるようにして、額を石の床につける。朱昂は許しが出るまで、この屈辱的な姿勢を保たねばならない。
火をかけられ、燃え上がる体が、すぐ傍にあるようだった。
――朱昂。
右手から父の声に呼ばれる。朱昂は氷のように冷たくなった心で、その声を聞いた。
――朱昂、可哀想に。
「……だまれ」
――守ってやりたかった、朱昂。
「だまれ」
――ここで生きるにはお前は余りにも弱い。
「黙れ!」
叫ぶ朱昂の声が、円形の広間に響き渡った。
広間の罪人を全方位から見下ろすように設えられた、馬蹄形の陪審席がしんと静まりかえる。馬蹄の中央部分、朱昂を真正面から見下ろす位置にいる龍王が、朱昂の罪状を読み上げる声を止めた。
朱昂の額に、汗が一筋流れる。
「抑えよ」
龍王の一言に、広間の隅で腰を屈めていた兵が、朱昂の両脇に立った。白木の棒を、細い肩にあてる。
「許しがでるまでは声を発さぬように。姿勢も崩さぬよう」
朱昂は息を吐くと、叩頭の姿勢をしかけて、ふと両側に視線を走らせた。
燃える父の体はない。朱昂を憐れみ続ける頭も、ない。
つ、と重くなった心で、伯陽を想った。しもべの姿はあれ以来見ていない。
石像のような手足を丸めて、叩頭の姿勢を取った。
朱昂は今、全くのひとりであった。
文化も生態もその歴史も、吸血族に比べれば十分の一、もっと少ないとする見方もあるだろう。書物で触れられることの多い秘蹟――龍玉ですら、語るものは限られている。
それは、龍族の「大法廷」についても同様であった。
どんな文献を紐解いても「龍族は理の守護者である」と述べられているのに、実際の裁判記録は極めて少ない。
その理由が龍族の秘密主義のためであるのか、それとも他族を裁く「大法廷」の開廷自体が極稀であるためなのかは分からない。恐らくは両方が原因となるだろう。
そして、その貴重な大法廷の主役、魔境を震わせる大罪人として裁かれるのは、弱冠の吸血族の王子であった。
平たい板に二つの円をくり抜いた形の手枷に、腰紐、首輪、小さな檻のような鉄製の口枷。
武器を帯びていないか、丹念に調べられた挙げ句に着せられた白い単衣、首の後ろで髪を戒める紐すら亡者を思わせる白だ。
身に纏う全てが朱昂を辱めていた。しかし、朱昂は抵抗をせずに、大法廷の広間、その中心に膝をついた。
父を殺したのは自分。己の罪は、罪だった。
秘蹟を殺すのは大罪中の大罪である。魔境の唯一の罪と言ってもいい。秘蹟とは一族の力の源、秘蹟を殺せば、それを戴く一族が滅ぶも同義だからだ。
青ざめた肌の中で、唯一紅い瞳だけが強く輝いていた。居並ぶ龍族が、強い光を放つ瞳に射貫かれて、どこからともなくざわめきが生まれる。
開廷の銅鑼と同時に叩頭の号令がかかる。朱昂の手枷が石の床に置かれた。尻を上げるようにして、額を石の床につける。朱昂は許しが出るまで、この屈辱的な姿勢を保たねばならない。
火をかけられ、燃え上がる体が、すぐ傍にあるようだった。
――朱昂。
右手から父の声に呼ばれる。朱昂は氷のように冷たくなった心で、その声を聞いた。
――朱昂、可哀想に。
「……だまれ」
――守ってやりたかった、朱昂。
「だまれ」
――ここで生きるにはお前は余りにも弱い。
「黙れ!」
叫ぶ朱昂の声が、円形の広間に響き渡った。
広間の罪人を全方位から見下ろすように設えられた、馬蹄形の陪審席がしんと静まりかえる。馬蹄の中央部分、朱昂を真正面から見下ろす位置にいる龍王が、朱昂の罪状を読み上げる声を止めた。
朱昂の額に、汗が一筋流れる。
「抑えよ」
龍王の一言に、広間の隅で腰を屈めていた兵が、朱昂の両脇に立った。白木の棒を、細い肩にあてる。
「許しがでるまでは声を発さぬように。姿勢も崩さぬよう」
朱昂は息を吐くと、叩頭の姿勢をしかけて、ふと両側に視線を走らせた。
燃える父の体はない。朱昂を憐れみ続ける頭も、ない。
つ、と重くなった心で、伯陽を想った。しもべの姿はあれ以来見ていない。
石像のような手足を丸めて、叩頭の姿勢を取った。
朱昂は今、全くのひとりであった。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー
美絢
BL
勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。
そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。
ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる