王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

文字の大きさ
45 / 106
第二章 月ニ鳴ク獣

第二十五話 痴かなる血、麗しき血(2)

しおりを挟む
(陛下が)

 闇の中で、ひそひそと話し声が聞こえる。

(生きていらっしゃった)
(なんと惨いお姿であろう)

 時々、ちゅるりと血が口の中に流れ込んでくる。
 飲み込むと、手足の力が少しずつ戻る気がした。噛みついてもっと血をすすりたかったが、体が動かない。

 抜け出せたと思ったのは、虜囚の見た悲しい夢かと朱昂しゅこうは納得する。牢獄の暗闇の中で、あれほど鮮明な夢を見たのははじめてだ。
 おそらく、死が近い。

(殿下)

 ちゅるりと、流し込まれる血。
 朱昂は暗闇の中で目を見開いた気になった。
 甘くて、生命力に溢れた濃厚な血液。

 ――真血。 

 吸血族の秘蹟の証たる血液を舌に感じて、あぁ、と朱昂は歓喜に震えた。体が動いたならば喉に手をやり、それから腕を伸ばして、「あの方」を探しただろう。

 与えられた真血は、自分のものではない。朱昂に真血を与えられるのは、ひとりしかいない。
 許してくださったのだ。しいすることが救いだと信じていた罪深い子どもを。
 死を憐れんで、迎えに来てくださった。
 貴方を裏切り、殺害した罰で全てを失った朱昂を、迎えに。

「父上様……」

 まぶたを開いた瞬間、涙が溢れた。腫れた下まぶたが動くたびに、透明な滴が大粒となって押し出される。

 体を清められ、床に寝かされた朱昂の視界の中心にいたのは、紅い瞳を持つ幼子だった。

 年の頃は人であれば六つか七つ頃。白い瓜実顔にキラキラ光る二つの紅玉は、長いまつげに飾られていよいよ美しく思慮深く見える。整った形の眉だが目尻に近いところだけ毛が少々散って幼げなのがかわいらしい。鼻は子どもながらに高く、ぷくりとした唇は桃色だった。湯上がりなのか背中まである黒髪はしっとりと濡れている。
 幼いというのに、胸を衝く美しさだった。女であれば大層な美姫になることは間違いない。

 周りからもれ聞こえるすすり泣きに構わず、朱昂は子どもを見つめた。
 紅い瞳の子ども。いつからか精を絞られなくなった自分。導きだされる答えは、ひとつだった。
 幼子の唇の間から、真珠のような円い歯が覗いた。

「おとうさま……」

 少々かすれた、愛くるしい声がもらした一言に、予想ができていたにも関わらず朱昂は衝撃を受けた。

 ――生まれていたのか。

 朱昂は、女を妊娠させた覚えはない。
 朱昂の閨という名の牢獄に、女が訪れること自体がなかったのだ。朱昂は口を含む全身を拘束された上で薬を盛られ、武骨な手に陰茎を刺激されるだけだった。
 吐き出した精液の行方は想像できても、実際どのように使われているか、朱昂は知らなかった。

「……おとうさま」

 様々な思いが去来し、言葉が出てこない朱昂の視界の中で、父との初対面を果たした美童の肩をなでる手が現われた。

「殿下、お父上と語りたいことがおありでしょうが、少しお休みください」
仁波じんぱ。……わかった」

 幼子が退室するのを待って、朱昂は口を開いた。

「――……姫か?」
「いえ、葵穣きじょう様は王子殿下です。陛下……」

 仁波が喉を詰まらせながら口を開くのと、扉が開く音がしたのはほぼ同時だった。

「失礼致します! 仁波様、王軍が迫って来ております」

 少年かと思われる高めの声に仁波が身構える。朱昂はようやく動いた体を起こそうとした。

「案外かかったな。数は」仁波が少年に応える。
「ええっと……」
「少なくとも三千! 装備も万全のようです」

 言いよどんだ少年の後ろから、もうひとりがやってきて叫んだ。場に動揺が走る。

「皆殺しにする気か……。ここは捨てる! 西へ逃げよう。同胞の拠点がある。――陛下、ご同行頂きます」
「その呼び方はよせ。ろくに動けぬ男は捨て置いたらどうだ。そなたらには王子がある」
「恐れながら私の部下がふたり、朱昂様に血を捧げました。今、あなたを捨ててしまえば彼らの命は無駄になる」

 朱昂は言葉を発しなかった。小さく息を吐く。
 朱昂が床に手をついて起き上がる素振りをすると、両脇から支えられた。ようやく立ち上がる。

「行こう」

 従う以外の道が、朱昂にはなかった。連れて行かれた先にいたのは、一頭の栗毛。隣には王子と仁波が跨がる馬があった。
 朱昂は少し目を上げただけで、栗毛に跨がった。もうひとりが朱昂の後ろに騎乗し、朱昂を支える。その間、朱昂は無言。汗が白い額を流れ落ちるだけだ。

「出発」

 王の騎乗を確認した仁波の静かな一言で、およそ百三十の吸血鬼が、移動を開始した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー

美絢
BL
 勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。  そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。  ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...