王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

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第二章 月ニ鳴ク獣

第二十七話 守り通した秘密(1)

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 真血の君を柘律殿しゃりつでんに導けというのが、父の遺言だったと仁波じんぱは語った。

 仁波が言う「柘律殿」という言葉に、朱昂は顔も知らぬ祖父の名を思い出した。
 朱昂の祖父は柘律しゃりつという。豪放磊落な性格の名君であったらしい。
歴代の真血の主らしく医学に精通し、安定した治世を敷いて吸血族の信頼も厚かった。ただ、柘律はある問題を抱えていた。後継者についてである。

 真血の主は、その奇跡の力の代償か、不妊体質だ。柘律はいつまでも子ができなかった。壮年期以降、柘律の後宮には、妊娠可能な年頃の美姫が常時三百名いたという。

 晩年の柘律は跡継ぎをもうける毎日から逃げるように、王城とは別に離宮を建て、心の通った妻や愛妾、才能ある若者だけを招いて遊び、議論する日々を送るようになった。その離宮こそ、柘律殿しゃりつでんである。

「柘律殿は、焼失したと言われていました」

 朱昂しゅこうの隣で仁波が息を吐いた。青白い顔だが呼吸は安定している。
 仁波の矢傷は幸い深手にはならなかった。もとより吸血鬼は治癒能力が高い。豪邸には食料と血液の他、薬も大量に保存されており、手当てを終えた仁波はすぐに朱昂のもとにやってきた。
 仁波は、自分たちがいるこの宮こそが柘律殿ではないかと言うのだ。

「焼失した?」
「ええ。柘律殿は真血派の最後の砦だったそうです。真血派が壊滅した際に、運命をともにしたのだと」

 真血派しんけつは、と朱昂はつぶやく。柘律死後の内紛の際に生まれた派閥のはずだ。柘律しゃりつは子を残さぬまま崩御し、吸血族は大きく二つに分かれた。
 新たな真血の赤子の誕生を待とうではないかという真血派と、そのような奇跡を待っている間に一族は滅亡してしまう、新しい体制を作らねばならぬという新派である。

 はじめ両者の関係は極めて穏やかであったが、ある女が新派に寝返り、真血派の武力制圧をそそのかしたことで、酸鼻極まる血まみれの戦争へと移行した。
 女の名は莉燈りひ。かつて柘律殿にて、柘律がいたく才能を褒め称え、我が子のように愛した若者。
 柘律以後の真血の主を牢獄に繋ぎ、種馬としての価値しか認めなかった、吸血鬼の頂点を踏む女だ。

 真血派の悲劇は新派に滅ぼされたことだけではない。彼らは、戦争の中で柘律の実子・涯樹がいじゅが誕生していたことを知らなかったのだ。
 柘律は子を遺していたのだ。新派に寝返った莉燈りひはかつて親友であった涯樹がいじゅの母を捕らえ、牢獄で子を産ませていた。
 涯樹がいじゅは裏切り者によって育てられ、種馬として閨に閉じ込められ、やがて子を孕んだ女と人間界に出奔した。人間界で育てられた子どもは父である涯樹がいじゅを殺害し、魔境に戻ってきた。――それが、朱昂しゅこうを含めた真血家の歴史である。

「私の祖父は真血派でした。父の遺言は『柘律殿に真血の君を導け』だったのです。父から真血に関する話を聞いたのは初めてでした。ちょうどその頃、葵穣きじょう様がお生まれになった。私は近衛の士官として、殿下の護衛を拝命した。不思議な符号でした」

 仁波が昔語りする横で、朱昂は辺りを見回す。
 焼失したはずの屋敷に自分たちがいる。それは何を指すのか。
 考えようとするも気が散って、頭が回らない。

「葵穣様がお育ちになるにつれ、私は王城のやり口が許せなくなってきました。そうなると、不思議と真血派の子孫や考えを同じくするものが集まるようになってきて、いつか葵穣様を王座にと我々は思っていました。ところが、葵穣様があまりに聡明すぎる、早く幽閉すべきではとの意見が出回っていると聞き、とても我慢ならないと、殿下のご了承もいただいた上で今回の――」
「導いて、なんなのだ」

 集中できないことに耐えかねて、朱昂の口が開いた。

「……は?」
「『真血の君を柘律殿に導け』と言うが、続きは? 導いてどうする。というか、誰も近づくまでここが見えてなかったろうが? たまたま俺が発見しただけだ。ということはだ、真血の主にしかここは見えなかったということだろう。どうしてそんなことになるのだ」

 ひとつひとつ、疑問を口に出す。
 ぶつぶつ言いながら考え込む朱昂の隣で、仁波がそっと口を開いた。

「結界が張ってあった、とか」
「ここが柘律殿だと仮定しよう。柘律が死んだのは何年前だ」
「五百じゅう、」
「まー大体、五百年くらい前だろうな」

 朱昂は指で床をこすった。指の腹を見るが、塵すらほとんど指についていない。眉をひそめる。

「五百年間放置されて、どうしてこんなに綺麗なのだ。食料も血も薬草も腐ってないのはどうしてだ? 結界内の時を止め、成体となった真血の主にしか見えないようにする結界なんて存在するのか。存在したとしてそんなものがひとりやふたりの術者で張れるか? ということは、術者は複数でかなりの数だ。しかも術者はとっくに死んでるだろ。死んでないかなぁ。いやでも生きてたらもちっとましな状況になってるよな。つまり死んでる」

 複数の術者、死、真血派の最後の戦闘、真血派の滅亡。
 朱昂の思考は加速する。結界が張ってあったというのは確かなように感じた。誰が張ったのか。
 朱昂は額を押さえる。思考の渦が緩みそうになるのを、言葉に変えることで止めようとする。

「真血派の一党しかないか。真血派は自分たちを生け贄にして、強大な結界を張った。やりすぎな話だが、まあそれしかない。そこまでしてあのババアから守らなければならないものが柘律殿にあったということだ。昔柘律殿に通っていた莉燈りひが存在を知りながら持ち出せなかったものが、ここに隠されている。それを真血派は隠したかった。なんなのだ。あー、えー! 真血の主を導き、主が手に入れれば真血派が形勢逆転できる何かだ。一体それはなんだ?」

 朱昂は突然仁波に顔を向けた。仁波は圧倒されたような表情で見返してきた。

「それで、遺言の続きはあるのか?」
「導け、までです。申し訳ございません」
「大事なところを省くなよ。だから口伝は嫌いだ」

 朱昂が頭をかきむしる。手を止め、はーっと息を吐いて壁に背をつけた。
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