月と裏切りの温度

シオ

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「あいつは今、ロファジメアンで私刑に遭ってるよ」

 それは、ハシャクス医師のもとでお世話になり始めてから五日目にヨルハから聞かされたことだった。

 足繁く僕のもとへ来てくれるヨルハは、いつも土産の品を持ってきてくれる。おかげで僕に宛がわれた病室は色々な品で溢れかえってしまい、ヨルハはハシャクス医師により土産禁止令を出されていた。

 土産の品であった桃を、ヨルハがナイフで切り分けてくれたので、それを一切れ味わっていた。そんなときに僕は、ヨルハがあいつと呼んだ者の末路を知ることとなる。あいつ、というのは僕に一太刀浴びせたユガンのことだ。

「花街のことは、花街で処理するっていう掟通りにな」

 噛みしめた桃の甘さが、強く口内に広がる。僕は、どんな言葉を口に出せばいいのか分からず、桃を咀嚼し続けた。

 花街は美しく、煌びやかな世界ではあるが、優しい場所ではない。私刑に遭っているというユガンはもう、生きてロファジメアンから帰ることは出来ないだろう。

 万が一、帰れたとしても、五体満足ではいられないはずだ。商品であるウェテやウェザリテを傷物にされたのだ。厳しく罰しなければ店の格が落ちる。ユガンはある種、見せしめとされるのだろう。商品を駄目にすればこうなるぞ、という。

「……あの人も、哀れな人だね」
「自分を傷付けた相手を憐れめるなんて、アサヒはまさしく慈愛の女神だな。俺は、百回殺しても足りないくらいだ」
「僕だって、ヨルハに怪我させてたらきっとそう思ってたよ」

 ヨルハの命を奪うものが現れたのなら、僕だってその人物を許せる気がしない。ヨルハの言う通り、百回殺しても足りないと思うのだろう。

 僕の容態は快方に向かい続けていた。ハシャクス医師のことを、ヨルハはやぶ医者などといって悪態をつくけれど、素晴らしいお医者様なのだと思う。体中を覆っていた熱も引いて、今では寝台の上で身を起こし、座っていることが出来るようになった。

 ヨルハの指先が首元に当てられ、そこから下へと下がっていく。鎖骨のさらに下、胸元のあたりには未だに外せない包帯が巻かれていた。悔しそうな瞳で、彼はその包帯を見つめている。

「酷い傷が残ってる。縫わなくちゃいけなくて、その縫い痕も……。アサヒの綺麗な肌を無惨にしたあいつの罪は、死ぬくらいじゃ贖えない」
「ヨルハを守った勲章だよ」
「……その勲章、俺が欲しかった」
「僕が、ヨルハから奪っちゃったね」

 そう言って笑うと、アサヒには敵わない、といってヨルハは困ったような顔をしていた。大きな手が僕の頬に添えられる。肉刺だらけで、節くれ立っているヨルハの手。僕はこの手が大好きだった。

 寝台の上に座ったままの僕に、ヨルハが距離を詰めてくる。求められているのだと、すぐに察した。ヨルハの双眸に真っ直ぐ、じいっと見つめられていると堪らない気持ちになるのだ。ごくり、と生唾を飲んだのは僕だったのか、ヨルハだったのか。

「いちゃいちゃしたいのは分かるがな、まだ早いと思うぞ。アサヒはこの薬を飲んでもう一度眠った方が良い。まだ予断は許されない状態なのを肝に銘じてくれよ」

 僕たちの間に生まれていた、やや淫靡な空気を引き裂いたのはノックも無しに入ってきたハシャクス医師の一言だった。慌てて僕はヨルハから距離を取る。

「空気読めよ、くそじいい」
「患者を診るのが俺の仕事。空気を読むのは管轄外だ」

 邪魔しやがってとヨルハは腹を立てているようだったけれど、確かに僕はまだ万全の状態ではないのだ。こんな浮かれた気持ちになっている場合ではない。まずは本調子に戻らなければ。

 それからは、熱を出して何日か苦しんだり、薬が効いて良くなったりを何度か繰り返した。ハシャクス医師によると、体の中で色々なものが頑張っているから熱が出るのだそうだ。その繰り返しの中で、数日間、熱にうなされた時期があったように思う。

 はっきりと覚えていないのだが、いつだってヨルハがそばにいてくれた気がした。汗を拭い、包帯を替え、薬を飲ませ、手を握る。ずっと、そうしてくれていたのだと思う。

 ハシャクス医師の治療と、ヨルハの献身によって、次にはっきりと意識を取り戻した時には、随分と頭の中が爽快になっていた。

 瞼を開いたのは、強い日差しを感じたからだった。

 僕のそばには、椅子に腰かけ、寝台に突っ伏して眠るヨルハ。窓の向こう側では、まだ終わりきっていない夜が朝陽と混ざり合っていた。二つの色合いが交じり合う、美しい空だった。

 ヨルハの頭を撫でる。芯が硬くて、それでいてさらさらしていて触り心地が良い。何度かそうしていると、ヨルハがゆっくりと目を開いた。

「おはよう、ヨルハ」
「……おはよ、アサヒ」

 顔を見て微笑み合う。こんな、穏やかな朝を迎えるのはいつぶりだろうか。もう随分と経験していないように思える。男娼となってからは昼夜逆転の生活が基本になっていた。夜に生きるのが、当たり前になっていたのだ。

「こんな風に普通にあいさつ出来るの、すっげぇ幸せ」
「……実は僕もいま、同じこと思ってた」

 ヨルハが僕の額に、己の額をつけた。そうして、鼻先同士が触れていると、気付いた時には唇が重なっていた。幾度か互いを啄み合う、優しい口付けだ。少し気恥ずかしくて、僕は俯く。

「調子はどうだ?」
「凄く良い感じ。痛みもだるさもない」
「……良かった。本当に、死ぬかと思った。……アサヒが、俺を守って死ぬなんて……地獄以外の何物でもない」
「心配かけてごめんね、もう大丈夫だよ」

 僕の体を強く抱きしめながら、ヨルハは深い溜息と共にそんな言葉を吐き出した。寝台の上で上体を起こし、座り込んでいる僕の腹部に、ヨルハが頭をつける。僕はその頭を再び撫でた。丁度そんなことをしていた時に、ガチャリと音を立ててドアが開く。相変わらずノックはない。

「起きてたか。気分は良さそうだな」
「はい、おかげさまで」
「あんたに客が来てる」

 ハシャクス医師は素早く僕の様子を見て、何かに納得したように一度頷く。入っていいぞ、と医師がドアの向こうへ声を掛けていた。どうやらそこに来訪者が立っているらしい。丁寧にノックをして、ドアが静かに開く。

 そこに立っていたのは、ロファジメアンの世話役であるウォドスだった。


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