君のために僕は歌う

なめめ

文字の大きさ
12 / 92
助けた代償

助けた代償②

しおりを挟む
無我夢中で駅前の人通りの多い道路まで彼女の手を引いて走った。シャッターの閉まった店の前で立ち止まり、周りを見渡しても追手は来ていないようで一安心していると、彼女に手を振りほどかれる。

「ちょっと、昨日からなに?ストーカー?あたしの大事なギター乱暴にしないでよ」

先程の泣きっ面は何処へと言ったように律仁が手にしていたギターケースを奪い取られて睨まれてしまう。乱暴って言っても男を軽く殴っただけだし、ケースに外傷もなければ中身は無事なはずだ。

それ以前に、ああでもしなかったら奴らを撒けなかっただろうし、あのままだったら彼女自身の中に傷が残っていたに違いない。だから律仁が怒られる筋合いはなかった。

「あんたをたまたま見かけて、危険にさらされてたから助けてやったのにそれが助けて貰ったやつに言うセリフかよ。あんたこそ敬語云々言う前に礼儀ってもん知らないのかよ」

助けたことを後悔させるほどの彼女の言い分に腹が立った律仁は右手で自身の頭を掻きむしると彼女に言い捨てる。

「だけどこれは、私の命よりも大事なギターやけん。父から貰った最初で最後のプレゼントやから……このギターをもって私は有名な歌手になるんだって誰にも頼らず意気込んで出てきよったのに……ぐすん…ぐすん。東京がこんな怖いとこやなんて……ぐすん……思わなかった……ぐすん」

律仁に反論するように最初は強気でいた彼女の顔が徐々に歪み、目元に涙を浮かべてすすり泣き始める。ギターケースを右手に持ったまま、もう片方の手で目元を拭う姿は迷子の子供のようだった。

腹が立ってつい強く当たってしまったが、別に泣かせるつもりで言った訳では無かった。異性相手に言い過ぎてしまったかもしれない……。
わんわんと声を挙げて泣き出す彼女に周りの通行人の視線が痛い。

男女の痴話喧嘩だと思われているのだろうか、奇異な視線を送られ、次第に
罪悪感に苛まれる。

これじゃあ俺が泣かせたみたいなってるじゃん……。
一理はあるんだけど、女の涙ってやっぱり狡い……。

律仁は慌てて女からギターケースを奪い返すとケースを地面に置いて屈んでは、中身を開ける。楽器など興味はあったものの触ったことがなかったので専門的な詳しいことまでは分からないが、白いボディのアコースティックギターは見た感じ、ヒビも入ってなければ衝撃で傷んだところはなさそうだった。

「ほら、どこも割れたりしてないし大丈夫だって。だから泣くなよ……。
俺も言い過ぎたのは謝るし……」

泣いている彼女の手を引いて本体が無傷であることを確認させるが、彼女はしゃがんで膝に顔を伏せたまま泣き続けていた。

こう、泣いている相手を慰めるにはどうしてやるのが正解なんだろうか。

先程彼女の言い分から一人で地方から上京してきたのだろう。
何処かは分からないが方言から九州方面な気はするが……。

そう考えると彼女の気の強さは怖さの裏返しだったようにも思えてきた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...