君のために僕は歌う

なめめ

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初めて触れる音

初めて触れる音①

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吉澤に連行された後、半分不貞腐れながらボイトレの先生に頭を下げてレッスンを受けた。相変わらず進歩がないなど怒られてばかりではあったがそんなことより、鈴奈のその後が気になって仕方がなかった。

鈴奈にとって事務所に入れるのは彼女が日の目を見る大チャンスだろうし悪い話ではない。

あいつは吉澤の話を受けてしまうんだろうか……。けれど何だか漠然とした不安が律仁の胸に蟠りを残す。都内某所でのレッスンを終え、吉澤の車で寮へと帰る道中、そんなことばかりを考えていた。

「お前、もうボイトレもダンスレッスンも行かなくていいぞ」

走行中の運転席から助手席に座る律仁に向かって吉澤が話し掛けてきた。
アトリエ、学校にとどまらずGPSまで入れて追っかけてきていた吉澤がどういう風の吹き回しだろうか。今日の講師への態度を見て吉澤が考えを改め直したのだろうか。

「は?何で急に」
「お前、レッスン受けるの嫌なんだろ?お前にその気がないのなら時間の無駄だと思ってな」
「へぇー分かってんじゃん」

吉澤のことだから裏があるような気がしてならないが、行かなくていいと言われるのは律仁にとって好都合だった。これで毎日気兼ねなく鈴奈の歌う所へ行くことが出来る。

「つか、吉澤さん。何であいつに名刺なんか渡したんだよ」

今日一日忘れられなかった名刺を貰った時の鈴奈の顔。
驚いて目を見開いてみたが、頬を赤らめて少しだけ嬉しそうにしていたのを吉澤に連れて行かれる道中で目のあたりにしていた。

大勢の御客さんを集めるほどの実績があるのであれば別であるが、まだストリートを始めて日が浅い彼女に吉澤は何を感じたのだろうか。

「あーちょっとな。ある人が女性ボーカリストを探してるって言ってたんだよ。あの子もともと上手そうだしボイトレさせたら伸びるかと思ってな」
「何それ、危ない話?だったら許さねぇけど」

吉澤に限ってそんなことはないと信じたいが、華やかである世界の一方で少なからずこの業界の溝のような黒さを知っている律仁には疑いの目が掛かる。
もし鈴奈の歌声が誰かの目を留めるようなものであったとしても、自分自身を失くしてほしくないと思う。

「なわけないだろ。明確なものは決まってないがちゃんとした話だ。まあ、うちにもアーティストは欲しいところだったからな。どちらにせよスカウトしたまでだ」
「ふーん」

いくら馴染みのある吉澤とはいえイマイチ信用しきれていないが、もし鈴奈が事務所に所属することになるのであれば、律仁のいるここの方が安心感はある。

やれ、闇事務所だなんて言ってはいるがまだまだ極小事務所にしては待遇も悪くない。
その気があればアーティストを全力でバックアップしてくれていることには違いなかった。でも何だか腑に落ちない。

単純に鈴奈の歌声を聴いて評価した話なのであれば納得はつくがイマイチ半信半疑であった。

「それにしてもお前、相当あの子の事を気に入ってるようだな」

「べ、別に気に入ってるもなにも俺はボディーガードとして頼まれてるだけだよ」

そんな訝しむ律仁の気を逸らすためか、唐突に吉澤から小突かれて律仁は狼狽えた。



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