君のために僕は歌う

なめめ

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鈴奈と共に

鈴奈と共に②

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「何言ってるのよ。あんたはあんたの道があるでしょ?芸能人くん」
「俺の道って……。特に決まってる訳じゃないし」

完全に鈴奈と自分を切り離されたような言い草に、律仁は口を尖らせて呟く。
鈴奈はこの時間を単なる息抜きのように思っているかも知れないが、律仁の中では彼女との時間は得るものが多く、一緒に過ごすたびに芽生えて行ったものもあった。秘めたる恋心や憧憬と共に鈴奈の隣で音楽を出来たらと思うようになっていたのは冗談ではなく本心だ。

鈴奈と一緒であれば、あんなに敬遠していた音楽をやってもいいと思えた。
そう思ってからギターの練習の他にも作曲の勉強も独学ではあるが始めている。

「なあ、鈴奈……。俺さ、作曲の勉強もしててさ。実力はまだまだかもしれないけど、俺と組んで一緒にやらない?凄くいい案だと思うんだけど。鈴奈の歌はさ、今のところコピーばっかだろ?もっと自分の曲増やしてさ、俺が曲作るから鈴奈が詞書いて歌ってよ」

同じ事務所の人間だし、悪くない話だと我ながらに思う。
勿論鈴奈がその気で本格的に始めるのであれば事務所の人間に許可を取るのが大前提ではある。鈴奈のマネージャーがどう思うかは分からないがあんだけ律仁に音楽をやらせたがっていた吉澤は承諾してくれるような気がする。

本気で持ち掛けたつもりだったが、鈴奈の眉間の皺が更に深く刻まれた。

「なんであんたと組まなきゃいけないのよ。ていうかあんたは歌わないの?
ボイトレだって受けてたんでしょ?なら自分の作った曲くらい自分で歌えるんじゃないの?」

一筋縄ではいかないと思っていたが、案の定却下されてしまい、ショックを受けた矢先に律仁自身が触れずにいた部分を問われて顔を俯ける。

「俺はいいよ。歌とか··········」

歌うことでまた、心がないなどの八方塞がりな答えに悩まされ、翻弄される屈辱を味わいたくはない。何よりも目の前の鈴奈にだけはこれ以上にカッコ悪い姿を見られるのは嫌だった。

「あんたのギター貸して」
「なんで?」
「いいから貸して。私が弾くから歌って」

律仁が顔を伏せて不貞腐れていると鈴奈がギターの柄を掴んで奪い取ってきた。力任せに奪い取られ、引き渡さざる追えなくなり、手持ち無沙汰で胡座をかいた足首を掴むとそっぽを向いた。

「嫌だ、歌うのとか無理」

拗ねた子供のように頬を膨らませて意地でも歌わない意志をみせる。

「ボイトレしてたんだからあんたの実力聞かせてくれてもいいでしょ。私の歌声、いつも特等席で聞いてるんだから、組む組まないはそれからよ」

確かに今もこうして鈴奈の隣で彼女の歌声を独り占めできている。とはいえ、自分が人前で歌うのはまた別の話だ。例えこの場に鈴奈だけだとしても簡単に出来ることじゃない。

律仁の心の準備が整わないうちに鈴奈が六弦から一弦までを鳴らし、演奏を始める合図をする。

アカペラで始まる歌い出し、鈴奈を初めて見た時に歌っていたアーティストの曲。律仁がボイトレのレッスンで講師の先生に何度も心がないと指摘された苦い思い出のある曲だ。

よりにもよって歌いたくないきっかけを作った歌を選曲してくるのだと憤りを覚えたが、弾き語りながら歌うように目配せをしてくる鈴奈に律仁は戸惑った。


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