君のために僕は歌う

なめめ

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気持ちを揺るがす

気持ちを揺るがす①

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桜が散りゆき、新生活も慣れてきた五月のある日曜日、お互い同じ事務所の寮住まいをいいことにロビーにあるラウンジで落ち合う。レッスン着のジャージが入ったボストンバックを足元に置いて、二人掛けの灰色のソファに座ると鈴奈に連絡をいれた。

昨夜お風呂で鼻歌を歌っていて我ながら上出来なサビのメロディが浮かんだので鈴奈に聴かせたかったのと、一週間ぶりの彼女との対面に胸を躍らせる。
鈴奈と会って真っ先に考えるべきことは二人の活動のことだと分かっていても、浮れる心は止まらない。思春期特有の邪な心が見え隠れする中で、時折エレベーターの音を意識しながらも彼女が来るのを待っていた。

暫くしてエレベーターの開く音と共に「律仁、お待たせ」と声が聴こえ、振り返る。相変わらずの黒髪ロングが一つに束ねられているのはアルバイトの後だからであろう、バギージーンズに長けの短めなロングTシャツ。
少しだけ見える腹部の肌色にドキッとしながらも律仁は「おう、鈴奈」と冷めた雰囲気を装い片手をあげて返事をした。

鈴奈ももう十八歳になる日に日に会う度に色気が増している彼女に目のやり場に困る反面、律仁自身も背伸びをしたい一心だった。昔から好きな人の前では恰好をつけたい傾向はあったが、高校生に上がった律仁はより一層鈴奈の前ではその傾向が強くなっていった。

何時までも子供だの、年下だのとなめていられるのも困る。
鈴奈には自分をもっと一人の男として意識してもらいたい気持ちもあった。
しかし、そんな律仁の願いも虚しく、鈴奈の前ではそんなのは通用しないのか、近づいてきた鈴奈に背中を思い切り叩かれてしまう。

「いてっ」
「何格好つけてんの、ダサっ」
「ダサって⋯⋯。そんな言い方ないだろっ」

思いの他、肌にジーンと痛みを感じるほど叩かれて上体が前のめりになると
彼女を軽く睨みつける。

「柄に合わないことはするもんじゃないわよ。幾ら格好つけたってあんたが本当はおちゃらけた性格なことなんて見抜いてるんだから」
「少しは格好つけさせてくれてもいいだろ」

頬を膨らませて拗ねると鈴奈の右手指に挟まれて、指圧で膨らませた頬が萎んでいく。明確な回答を鈴奈から受けた訳では無いけれど、吉澤に散々言われ、慰めだ受けた思わぬ額へのキスの日を境に彼女との距離は縮まった気がする。

お互い照れ隠しでムードなんて皆無な時もあるが、ふとした時にさりげなく指を絡ませてみたら、頬を赤らめながらも受け入れてくれるようになったし、付き合ってるも同然の装いだった。
 
改めて見ても一週間ぶりの鈴奈は綺麗でかわいい。

「そうじゃなくて。律仁、コレ見て」

一枚のフライヤーを手渡されると同時に隣に鈴奈が座る。
無名のバンドやシンガーソングライターの宣材写真が並べられたライブの案内。いつぞやか写真屋に依頼してシルエットで撮った鈴奈と律仁の写真がそこに掲載されていた。

「俺たちじゃん」
「そうそう、ライブハウスのオーナさん。顔馴染みがあるから今度のインディーズアーティストのライブに参加させてもらえることになったの」

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