Broken Flower

なめめ

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返ってきたジャージと彼の香り

返ってきたジャージと彼の香り 3-6

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「あの····僕、大藪葵おおやぶあおいって言います。あなたの名前を聞いてもいいですか?」

俯いてるからか眼鏡で余計に表情が見えない。勇気を振り絞ってやっと聞いてきたという感じの声量で、明らかに人とコミュニケーションをとるのが苦手そうであった。

塩谷亨しおやとおる。あんた先輩かぁ。俺2年だから」

気まずさが拭えず、利用者名簿を見ていて1番最後の欄に大藪葵の名前があり、学年が1つ上だと言うことに気づいた。先輩の癖に何処か頼りない男。

「あ·····そうだったんですね·····」

男が呟くように言葉を発した後、暫く沈黙が続く。やはりこのタイプの男は自分とは真逆すぎてどう会話を広げていいか分からない。


「花好きなの?花壇に居るの見たことあったから……」
 
何気なくただ沈黙が辛いだけで聞いたことだったが男は急にバッと顔をあげると、嬉しそうに此方を見てきた。

「はい。僕の家、花屋なんです」

今まで俯きがちで声が小さく、頷いたように返事をしていたのに一瞬で笑顔になり、本当に花が好きなんだろというのが伝わってくる。

その笑顔にドキッとしてしまうのを頬杖をついて誤魔化していた。

「ふーん。」
「塩谷くんはダリアみたいです。華やかで落ち着きがあって·····僕と全然違う·····」

花のことなど全く分からないので自分の事を花に例えられてもいまいちピンとこない。

「そう、ごめん。俺、花のことよく分からないからさ」
「すみません。ですよね·····。花、好きじゃないですよね」

「嫌いではないよ。よく買うし」

よく西田に何時も予定をドタキャンした時の機嫌取りとして花渡したりするしな·····。なんて心の中で呟く。

「·····ぷ·····プレゼントですか?」
「まぁ·····そんなもんかな。今度おすすめの花あったら教えてよ」

あくまで社交辞令のつもりで言ったが男は頬を赤らめながら「はい」と嬉しそうに返事をした。
本気にしてしまったかも·····。

そんなタイミングで保健室の扉が開かれては、西田が戻ってきた。
男がいることを忘れているのか、顔が先生モードから彼女モードに変わっている。

「ごめん、とおるお待た·····あ、葵くんいたのね」

途中で人に気づいたのか、咄嗟に先生モードに切り替わる西田が少し面白かったのは、一瞬だけ男が驚いていたからだった。

「すみません·····僕、帰ります。先生·····有難うございました」

男は空気を読んだのか慌てて鞄を抱えて椅子から立ち上がる。

「いいえー。また怪我したら遠慮なく来てね」

男は亨と西田を交互に見ると深々と頭を下げては保健室から出て行った。

「危ない。葵くんがまさかまだいるとは思わなかったわ」

一瞬だけ慌てて顔面蒼白な顔をしていた西田を思い出して亨は静かに笑った。

「お前必死だな」
「ひどーい。人が必死になってるのに。ねぇ、葵くんと何話してたの?」

西田は座っている亨の横に座り、此方をじっと見つめてくる。

「特に何も。それより何か奢ってよ。腹減った」
「普通男が奢るもんでしょ?まあ、いいわ。社会人になったら貢いで貰うんだから」

眉を寄せて険しい顔をしたかと思えば左腕に抱きついてきて強請るように頭を擦り付けてくる。

亨は鬱陶しく思いながらも、先程の男が見せた笑顔を訳もなく思い出していた。
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