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恋の蕾
恋の蕾④
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「塩谷さん、僕のことは諦めつきましたか?」
素直に喜ぶことの出来ない、亨の芽生え始めた期待に追い打ちをかけるように葵からそう問われて、背筋が伸びる。プランターから離れた葵は亨の元へと近づくと、此方をじっと見下ろしてきていた。
葵に見られていると分かると頭の先から背中まで緊張が走る。
今のこの時間が夢のようで、愛おしくて、永遠に続けばいいとさえ思うのに、葵のことが諦めがついたなんて言える訳がない。
だけど、その葵の問いからは俺が葵のことを諦めるのを待っているようにも感じた。
やはり期待を持つだけ、自分が沈んでいくだけ。かと言って嘘を吐く訳にもいかずに、亨は「ごめん、まだ·····」とだけ呟いて俯いた。
「でも、雛森さんとはデートしたんですよね?」
雛森·····と聞いて亨は咄嗟に顔を上げる。
確かに、断った映画デートを最初で最後だからと彼女に泣きつかれて引き受けた。その話は百合さんにも、勿論葵にもした覚えがない。それに葵にだけは、誤解を与えてまた嫌われてしまいそうで知られたくなかった。
「し、したけど·····雛森さんにどうしてもって言われて。ちゃんと彼女の気持ちに答えられないって伝える為にデートしただけで·····。それ以上のことはない·····」
きっと俺が何を言っても葵は信じてくれないかもしれない。葵のことを諦めていないのに彼女とデートをして当てつけにしたと思われても仕方がない。
また俺は葵に軽蔑されてしまうのだろうか·····。
沈黙が苦しいが口を開けば余計に墓穴を掘るような気がして、葵の言葉をじっと待っていることしか出来ない。
「雛森さんから全部聞きました。彼女が貴方に強引にデートを取り付けたことも、あなたが彼女の気持ちに応えられないと断ったことも··········」
「え·····。ああ」
しばらくの沈黙の後、葵がそう呟くと亨の前に膝立ちになり、しゃがみ込んだ。
雛森さんと葵が話をしている場面を見ることが滅多になかっただけに驚いたが、それよりも次の葵の言葉が気になって、全身に緊張が走る。
固く握られている両手指が何を意味しているのか·····。
「僕が、過去の貴方の行動を理解するとこはないと思います。でも、ここ数ヶ月の貴方をみてて、過去のことは過去として今の貴方をちゃんと知ることから始めてみてもいいんじゃないかって思えたんです。きっと貴方の本質は、変わらないんじゃないかって思えたんです。だから……貴方が良ければ、僕と一からやり直しませんか?」
今、間違いなくやり直しませんか?と問われた気がする。目の前の葵は頬を赤く染めて、真剣な眼差しだった。いつもは逸らされて、合うことのない視線がかち合っている。
葵が嘘や冗談をつく性格ではないのは分かっているけど、信じられなくて幻想でも見ているのではないかと思ってしまう自分がいた。
さっきまで葵の言葉に期待する一方で、心の何処かでは望みなんかないと思っていたから……。
素直に喜ぶことの出来ない、亨の芽生え始めた期待に追い打ちをかけるように葵からそう問われて、背筋が伸びる。プランターから離れた葵は亨の元へと近づくと、此方をじっと見下ろしてきていた。
葵に見られていると分かると頭の先から背中まで緊張が走る。
今のこの時間が夢のようで、愛おしくて、永遠に続けばいいとさえ思うのに、葵のことが諦めがついたなんて言える訳がない。
だけど、その葵の問いからは俺が葵のことを諦めるのを待っているようにも感じた。
やはり期待を持つだけ、自分が沈んでいくだけ。かと言って嘘を吐く訳にもいかずに、亨は「ごめん、まだ·····」とだけ呟いて俯いた。
「でも、雛森さんとはデートしたんですよね?」
雛森·····と聞いて亨は咄嗟に顔を上げる。
確かに、断った映画デートを最初で最後だからと彼女に泣きつかれて引き受けた。その話は百合さんにも、勿論葵にもした覚えがない。それに葵にだけは、誤解を与えてまた嫌われてしまいそうで知られたくなかった。
「し、したけど·····雛森さんにどうしてもって言われて。ちゃんと彼女の気持ちに答えられないって伝える為にデートしただけで·····。それ以上のことはない·····」
きっと俺が何を言っても葵は信じてくれないかもしれない。葵のことを諦めていないのに彼女とデートをして当てつけにしたと思われても仕方がない。
また俺は葵に軽蔑されてしまうのだろうか·····。
沈黙が苦しいが口を開けば余計に墓穴を掘るような気がして、葵の言葉をじっと待っていることしか出来ない。
「雛森さんから全部聞きました。彼女が貴方に強引にデートを取り付けたことも、あなたが彼女の気持ちに応えられないと断ったことも··········」
「え·····。ああ」
しばらくの沈黙の後、葵がそう呟くと亨の前に膝立ちになり、しゃがみ込んだ。
雛森さんと葵が話をしている場面を見ることが滅多になかっただけに驚いたが、それよりも次の葵の言葉が気になって、全身に緊張が走る。
固く握られている両手指が何を意味しているのか·····。
「僕が、過去の貴方の行動を理解するとこはないと思います。でも、ここ数ヶ月の貴方をみてて、過去のことは過去として今の貴方をちゃんと知ることから始めてみてもいいんじゃないかって思えたんです。きっと貴方の本質は、変わらないんじゃないかって思えたんです。だから……貴方が良ければ、僕と一からやり直しませんか?」
今、間違いなくやり直しませんか?と問われた気がする。目の前の葵は頬を赤く染めて、真剣な眼差しだった。いつもは逸らされて、合うことのない視線がかち合っている。
葵が嘘や冗談をつく性格ではないのは分かっているけど、信じられなくて幻想でも見ているのではないかと思ってしまう自分がいた。
さっきまで葵の言葉に期待する一方で、心の何処かでは望みなんかないと思っていたから……。
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