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亨の痛み
亨の痛み⑥
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「葵、ごめん。食べようか……」
「はい……」
一瞬だけ合わさった視線が亨によってすぐさま逸らされる。返事をして、靴を脱ぎ亨の隣に腰掛けたものの不穏な空気は変わらぬままで、彼はどこかぼんやりと一点を見つめながら百合のサンドイッチを頬張っていた。
教諭との交際が校内に広がり、彼が停学していたことは知っていたがあの男の話から亨がクラスメイトから孤立していた時期があったのは初耳だった。
僕が拒絶していた時、下駄箱の前で待っていた彼もずっと独りだったのだろうか。
内情は分からないが、何があったとしても周りから哀れみだとか奇異の眼差しを向けられる辛さは葵が一番分かっている。
誰も手を差し伸べてくれない、ずっと狭いは教室という箱の中で感じる孤独。
人の心は花のように繊細で脆くもある。
誰も傷つかない人などいない、亨も亨で傷を負っていたのにそれなのに僕は……。
自分の考えに固執せずにあの時もっと亨の話を聞いていれば、彼の孤独を救えたかもしれない。幼かった自分の心の醜さを悔いる。
何か声を掛けるべきだろうかと思っても中々切り出すことが出来ず、お互いに落ちた気持ちのまま軽食を終え、お開きになってしまった。
車で亨の自宅アパートまで送迎する途中も亨はぼんやりと窓の外を眺めたまま口数が少なかった。
きっと彼にとって高校でのあの出来事は一生分の傷を負った出来事だったのでは無いだろうか。僕に出会うまで本気で人を好きになったことがなかっただけ、今はちゃんと亨の気持ちは葵に届いている。
亨のアパートの前まで到着すると、既に日は暮れ始める時間になっていた。葵は運転席を降りてアパートの入口前で亨を見送る。
「今日はごめん。後半……。葵を楽しませてあげられなくて……サンドイッチ、百合さんに美味しかったって伝えておいて」
「はい。母、喜ぶと思います」
毎回、葵が照れるほどの熱を帯びた視線だったり言葉を向けてくるのに食事をした辺りから亨の表情を曇ったままだった。
「じゃあ、また明日お店で」
哀愁を漂わせてアパートの入口へと歩み始める亨。このまま返してしまってはいけない気がする。
「あの、塩谷さん……。じゃなくて、亨くん」
名字で呼んでも亨の耳に届かなかったのか、足を止てもらえず、彼を下の名前で呼ぶ。すると、亨の足がピタリと止まりゆっくりと振り返ってきた。
驚いたように目を見開き、立ち止まったまま動かない彼に葵は数歩ほど歩いて近づく。
「今日のこと、僕は気にしていないので……。元気を出してくださいって僕が言うのもおかしいかもしれないですけど、気に病まないで下さい。あなたの気持ちはちゃんと届いているので……。でも、亨くんが苦しんでいた時に許せなかったとはいえ酷く突き放したことは謝ります。すみませんでした……」
葵は深く頭を下げる。
しばらくして亨から「葵、頭をあげて」と言われたので頭をあげて彼の方に視線を向けると苛立ちを含んだように頭をくしゃりと掻きむしっていた。
「こんなことで葵に気を遣わせてるなんて、葵に好かれなくて当然だよな……。星野との話、本当は聞かれたくなかった。俺がクラスの奴らにハブられてたのを知られたら、葵に同情で気を引いているとか思われたくなくて……。本当、しょうもないプライド持っててごめん」
亨の友達から間接的ではあるが話を聞いて、気を引いているだとか思わなかった。確かに、同情を向けていないと言えば嘘になる。
同じ痛みを知るものだからこそ亨の痛みを共感したのも事実。
「葵に少しだけ近づけて嬉しくて、愛おしくて、触れたくて。でも、これ以上俺の行動のひとつで葵に幻滅されて拒絶されるのは怖い……」
亨はひどく肩を落とし、今にも泣きそうに瞳を潤ませている。
きっと亨をこんなにも臆病にしたのは、自分のせいだ。
傷ついていい人なんていないのに、自分も気づかないうちに亨を傷つけていた。
亨は自分にない明るさがあって、眩しくて。
でも感動する映画で泣いてしまうような心の温かさも持っていて……。
周りにも気が利いて、頼もしい一面もあって……。
恥ずかしさから好きになりそうだなんて言ったけど、もう僕は亨のことが好きなんだ。
亨のことが好きだったからこそ過去の過ちが許せなくて、だけど彼の本質を知ることが出来た今、凄く愛おしく思う。
葵は少しだけ背の高い彼の亨の頭を抱えるように抱き締めると、後頭部を優しく梳き撫でた。
「すみません、知らない間に僕も貴方を傷つけていたんですね。でも、もうあなたを拒絶するようなことはしないので安心してください。好きになりかけてたなんて言いましたけど、僕のことで一喜一憂する貴方を凄く可愛いと思うし、年下だけど頼もしい一面もあって、誰でも好かれるような明るい笑顔と優しさとか。やっぱり亨くんは僕のことを救ってくれた時から憧れの花なんです。同情とかじゃなくて、僕は亨くんのことが好きです」
亨が顔をあげて、驚いたように口を開けている唇に葵から軽く触れては離れる。自分でもこんなに積極的に亨に触れにいくことに驚いたが自然と触れたいと思ったからキスをした。照れ隠しのように呆然としている亨に笑いかけると、みるみるうちに亨の耳朶が赤く染まっていく。
「それって……」
「もう一度僕と恋人としてやり直してくださいって意味です」
「ホント?夢じゃない?」
真っ赤な顔をぺたぺたと両手で触り、時折頬を抓る亨。
浮かれた様子を浮かべながらも、再確認をしてくる彼に「夢じゃないです」と返してやると亨は葵の腰に手を回し抱きすくめてくると、項に顔を埋めて
「凄く嬉しすぎて、葵を離したくない」と甘えたように呟く亨に胸がトクリとなった。
「はい……」
一瞬だけ合わさった視線が亨によってすぐさま逸らされる。返事をして、靴を脱ぎ亨の隣に腰掛けたものの不穏な空気は変わらぬままで、彼はどこかぼんやりと一点を見つめながら百合のサンドイッチを頬張っていた。
教諭との交際が校内に広がり、彼が停学していたことは知っていたがあの男の話から亨がクラスメイトから孤立していた時期があったのは初耳だった。
僕が拒絶していた時、下駄箱の前で待っていた彼もずっと独りだったのだろうか。
内情は分からないが、何があったとしても周りから哀れみだとか奇異の眼差しを向けられる辛さは葵が一番分かっている。
誰も手を差し伸べてくれない、ずっと狭いは教室という箱の中で感じる孤独。
人の心は花のように繊細で脆くもある。
誰も傷つかない人などいない、亨も亨で傷を負っていたのにそれなのに僕は……。
自分の考えに固執せずにあの時もっと亨の話を聞いていれば、彼の孤独を救えたかもしれない。幼かった自分の心の醜さを悔いる。
何か声を掛けるべきだろうかと思っても中々切り出すことが出来ず、お互いに落ちた気持ちのまま軽食を終え、お開きになってしまった。
車で亨の自宅アパートまで送迎する途中も亨はぼんやりと窓の外を眺めたまま口数が少なかった。
きっと彼にとって高校でのあの出来事は一生分の傷を負った出来事だったのでは無いだろうか。僕に出会うまで本気で人を好きになったことがなかっただけ、今はちゃんと亨の気持ちは葵に届いている。
亨のアパートの前まで到着すると、既に日は暮れ始める時間になっていた。葵は運転席を降りてアパートの入口前で亨を見送る。
「今日はごめん。後半……。葵を楽しませてあげられなくて……サンドイッチ、百合さんに美味しかったって伝えておいて」
「はい。母、喜ぶと思います」
毎回、葵が照れるほどの熱を帯びた視線だったり言葉を向けてくるのに食事をした辺りから亨の表情を曇ったままだった。
「じゃあ、また明日お店で」
哀愁を漂わせてアパートの入口へと歩み始める亨。このまま返してしまってはいけない気がする。
「あの、塩谷さん……。じゃなくて、亨くん」
名字で呼んでも亨の耳に届かなかったのか、足を止てもらえず、彼を下の名前で呼ぶ。すると、亨の足がピタリと止まりゆっくりと振り返ってきた。
驚いたように目を見開き、立ち止まったまま動かない彼に葵は数歩ほど歩いて近づく。
「今日のこと、僕は気にしていないので……。元気を出してくださいって僕が言うのもおかしいかもしれないですけど、気に病まないで下さい。あなたの気持ちはちゃんと届いているので……。でも、亨くんが苦しんでいた時に許せなかったとはいえ酷く突き放したことは謝ります。すみませんでした……」
葵は深く頭を下げる。
しばらくして亨から「葵、頭をあげて」と言われたので頭をあげて彼の方に視線を向けると苛立ちを含んだように頭をくしゃりと掻きむしっていた。
「こんなことで葵に気を遣わせてるなんて、葵に好かれなくて当然だよな……。星野との話、本当は聞かれたくなかった。俺がクラスの奴らにハブられてたのを知られたら、葵に同情で気を引いているとか思われたくなくて……。本当、しょうもないプライド持っててごめん」
亨の友達から間接的ではあるが話を聞いて、気を引いているだとか思わなかった。確かに、同情を向けていないと言えば嘘になる。
同じ痛みを知るものだからこそ亨の痛みを共感したのも事実。
「葵に少しだけ近づけて嬉しくて、愛おしくて、触れたくて。でも、これ以上俺の行動のひとつで葵に幻滅されて拒絶されるのは怖い……」
亨はひどく肩を落とし、今にも泣きそうに瞳を潤ませている。
きっと亨をこんなにも臆病にしたのは、自分のせいだ。
傷ついていい人なんていないのに、自分も気づかないうちに亨を傷つけていた。
亨は自分にない明るさがあって、眩しくて。
でも感動する映画で泣いてしまうような心の温かさも持っていて……。
周りにも気が利いて、頼もしい一面もあって……。
恥ずかしさから好きになりそうだなんて言ったけど、もう僕は亨のことが好きなんだ。
亨のことが好きだったからこそ過去の過ちが許せなくて、だけど彼の本質を知ることが出来た今、凄く愛おしく思う。
葵は少しだけ背の高い彼の亨の頭を抱えるように抱き締めると、後頭部を優しく梳き撫でた。
「すみません、知らない間に僕も貴方を傷つけていたんですね。でも、もうあなたを拒絶するようなことはしないので安心してください。好きになりかけてたなんて言いましたけど、僕のことで一喜一憂する貴方を凄く可愛いと思うし、年下だけど頼もしい一面もあって、誰でも好かれるような明るい笑顔と優しさとか。やっぱり亨くんは僕のことを救ってくれた時から憧れの花なんです。同情とかじゃなくて、僕は亨くんのことが好きです」
亨が顔をあげて、驚いたように口を開けている唇に葵から軽く触れては離れる。自分でもこんなに積極的に亨に触れにいくことに驚いたが自然と触れたいと思ったからキスをした。照れ隠しのように呆然としている亨に笑いかけると、みるみるうちに亨の耳朶が赤く染まっていく。
「それって……」
「もう一度僕と恋人としてやり直してくださいって意味です」
「ホント?夢じゃない?」
真っ赤な顔をぺたぺたと両手で触り、時折頬を抓る亨。
浮かれた様子を浮かべながらも、再確認をしてくる彼に「夢じゃないです」と返してやると亨は葵の腰に手を回し抱きすくめてくると、項に顔を埋めて
「凄く嬉しすぎて、葵を離したくない」と甘えたように呟く亨に胸がトクリとなった。
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