25 / 132
第2話
2-17
しおりを挟む牀榻の傍で跪いて待っていると、やって来た永宵が呆れたように溜息をつく。
「帝君にご挨拶申しあげます」
「目覚めたばかりなんだろう、寝ていればよい」
「お心遣いありがとうございます」
礼を述べる翠玲にかまわず、永宵は牀榻の傍に腰を下ろした。
臥室でふたりきりになるのはいつ以来だろうか。牀榻へ戻りじっと言葉を待っていると、興味なさげに翠玲を眺めていた永宵が問うてきた。
「天陽種に転化したとか」
華桜が運んできた茶杯を受け取り、翠玲は首肯する。
「ええ。花痣も消えましたゆえ、このまま帝君の妃嬪でいるのは難しいかと」
煌蘭の後宮において、皇帝の妃嬪妾妃として選ばれるのは天陽種の女人か下邪種の男女のみ。天陽種に転化してしまった男の翠玲は、原則として宝珠宮から退かねばならない。
寧嬪の座に留めることを帝君が強く望めば話は別かもしれないが、永宵がそこまで翠玲に執着しているはずもなく、翠玲とて御免だった。
永宵は静かに続けた。
「寧嬪の位からは退いてくれてかまわない。今後は貴殿を琅寧の第五公子として、改めて歓待しよう。宝珠宮からは出てもらわねばならないが、かわりに外朝の梨花宮を整えさせたゆえ、そちらに移るとよい」
後宮が内朝と称されるのに対し、政を行う場を外朝と称す。梨花宮は、外朝にある国賓用の宮殿のうち最も格式の高い殿舎だった。本来ならば他国の王、あるいは太子の身分にある者が滞在を赦される場所であり、第五公子の身分である翠玲にあてがうのは破格の待遇だ。
「なるほど、わたしに関する不名誉な噂を打ち消すための処置というわけですね」
燕児は先程、翠玲の無罪が明らかになり、禁足は解かれたと言っていた。後宮で飛び交っている流言飛語を黙らせ、翠玲に対する宮人たちの態度を改めさせるため、永宵は梨花宮を選んだのだろう。
「まさか琅寧の五公子に、黴の生えた食材を出す奴はいまい。そうでなくとも、貴殿に対して礼を失した輩は兄上の頼みで罷免した」
「……っ」
「余の妃嬪に無礼を働くは、余を軽視しているも同然だと言われてしまってはな。貴殿も兄上のお心遣いに感謝せよ」
「わかっております」
翠玲だけを庇っては、他の妃嬪妾妃を輩出している国内の家門が反発する。琅寧を慮り、かつ廷臣たちの肯定も得るために、仁瑶はそのような言い方をしたに違いなかった。
胸の詰まる思いでうつむいた翠玲に、永宵は軽く鼻を鳴らす。
「転化してしまった以上、貴殿には良縁を下賜することになるが、誰か意中の相手はいるのか? 皇后以外であれば、余の妃嬪の中から選んでもよいぞ」
「滅相もない。帝君の妃嬪妾妃とのご縁を賜るなど、わたしの身に余ります」
「毒花ばかりだからな。貴殿の手には負えんか」
「そんなふうに仰っては、掖庭の花々が気を悪くいたしましょう」
「口だけはやさしいな。他にはどうだ、女官で見初めた者がいるとか? いないのなら、こちらで適当な家門の娘を選ぶぞ」
「――いいえ」
永宵の提案に、翠玲は首を横に振った。
目の前の紫苑の瞳を見据える。ひらいたくちびるがふるえた。
「叶えていただけるのでしたら、どうか、仁瑶様とのご縁を賜りたく存じます」
深く頭を下げた翠玲に、永宵は面倒そうに長息する。
22
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる