皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

文字の大きさ
47 / 132
第4話

4-8

しおりを挟む

 琅寧でも元宵節の祭りは行われていたものの、蘭灯ではなく松明を使う。広場を囲むように松明を掲げ、夜が明けるまで酒や料理を楽しみ、音楽を奏でて踊ったりする。王族も民も関係なく、時には一夜の契りを結ぶことさえあった。
 琅寧とはまったく異なる雰囲気に、翠玲は一歩進むたびに目移りしてしまった。
 よろけそうになったところを支えられ、隣を歩く仁瑶が可笑しそうに笑みをこぼす。
「大丈夫ですか? 転んでしまわないように、私につかまっていてください」
「は、はい……っ」
 翠玲は羞恥に頬を染めながら、周囲の男女がそうしているように、仁瑶の腕に縋った。
 仁瑶はいつにも増してやさしく、翠玲をまるで深窓の姫君のように扱ってくれる。人混みに慣れないおのれを庇い、妙な視線を送ってくる輩を牽制してくれているのだと気づくと、面映おもはゆくてたまらなくなった。
 けれど、秋波を送られているのは翠玲だけではない。相手が仁瑶と知ってか知らずか、すれ違うたびに女人たちが熱の籠った眼差しを向け、それから羨ましそうに翠玲を一瞥していく。
 市井しせいの民のほとんどが范君種はんくんしゅとはいえ、微行で訪れている天陽種てんようしゅも多い。仁瑶が誰かを見初めてしまうかもしれないと思えば、無意識に腕につかまる指に力が籠ってしまった。
 仁瑶は、それを止まってほしいという意図だと勘違いしたのだろう。歩を緩めると、甘やかすような声で問うてくる。
「なにか気になる屋台がありましたか?」
「あ、……いえ、あの」
 まさか見知らぬ女人に嫉妬していたとは言えない。
 狼狽えていると、仁瑶は近くにあった屋台の傍へ翠玲を連れていった。
「少しお腹が空きましたね。湯円しらたまはいかがです? 琅寧ではあまり見ない甘味でしょう」
 確かに聞き馴染みがなくて、翠玲は小さく頷く。
 仁瑶は控えていた紅春とともに、甘い餡の入った湯円の甜湯を燕児と華桜の分まで買ってきてくれた。
 素焼きの器に可愛らしくよそってある湯円に、ふたりも物珍しそうな表情を浮かべる。
「どうぞ、食べてみてください」
 促されるまま匙で掬って口に運べば、もちもちとした生地の中からとろりとした胡桃の餡があふれてきた。
 目をまるくした翠玲に、仁瑶はにこやかに微笑う。
「美味しいでしょう?」
 翠玲は何度も頷いた。それからふたつめを口にして、仁瑶が器を持っていないことに気づく。
 こんなに美味しいものをひとりで食べるのがもったいなくて、翠玲は逡巡しゅんじゅんした後、湯円を掬った匙を仁瑶の口もとへ差し出した。
「あの、……仁瑶様も、召しあがってください」
 はしたないと怒られるかもしれないと思ったけれど、仁瑶はちょっと驚いた顔をしただけで、苦笑しつつも匙を含んで食べてくれた。
 断られなかったことが嬉しくて、くすぐったさがこみあげてくる。
「実は、この店の湯円がいっとう好きなんです。あなたにも気に入ってもらえてよかった」
 内緒話のように囁かれ、ほんのりと笑みを交わした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...