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第5話
香花
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元宵節の夜以来、翠玲は仁瑶の傍に寄りつかなくなった。
公的な行事の際には隣に立ち、祥媛王妃として振る舞ってくれるが、日々の生活では一度も顔を合わせないことも多くなった。
紅春曰く、皇宮へは頻繁に出入りしているらしい。皇貴太妃へのご機嫌伺いの他、永宵とともに騎射などの遊びにも興じていると聞き、仁瑶は安堵の息を漏らした。
永宵と睦まじく過ごしているのなら、それでよい。翠玲が心のままに過ごせるのが一番だ。
ともすれば、永宵は翠玲を妃嬪の座に戻すかもしれない。そんなことを考えて、仁瑶はくちびるを噛んだ。
京師を包んでいた雪化粧がとけると、季節は桜花月を迎える。
春猟の舞台となる彩玉囲場は琅寧にほど近く、皇宮から馬で三日かかる距離にあった。小川や森もあり、兎や雉、鳩、鹿に狐、猪、野生馬など、多種多様な獲物を狩ることができる。
今年は大々的に行われ、宗室の面々や煌蘭の主だった臣下の他、琅寧などの帰順国からも王族の参加が認められていた。
後宮の妃嬪たちも同行し、男たちの狩りを応援したり、自然の中での茶会を楽しむ。
翠玲は皇后の茶会に誘われたようだったが、断ったらしい。昂呀に乗り、永宵とともに獲物を探しにいった。
仁瑶はひとりで馬を駆り、兎と雉を一羽ずつ仕留めたところで弓を置いた。
「仁瑶様、あちらに鹿がおりますよ」
狙わないのかと、傍にいた紅春が不思議そうな顔をする。
仁瑶は首を横に振って、天幕のほうへ馬首を返した。
他の者たちはまだ誰も帰っておらず、仁瑶は狩った獲物の処理を紅春に任せ、花純の世話をする。久しぶりの囲場ゆえ、花純はもっと駆け廻りたそうにしていた。仁瑶は不満げな愛馬に、明日は狩りをせず、遠乗りに出かけようと約束して、馬体を拭いてやる。
陽が傾き始めた頃、ようやくちらほらと天幕に人影が戻ってきた。
颯憐は鹿を五頭、狐と猪を三頭ずつ、鳩と雉、鴨をそれぞれ数羽ずつ仕留めたといって、仁瑶の天幕へ運んできた。
「阿仁に贈ろうと思って、張り切ってしまった。気に入ったか?」
「私ではなく、奥方の皆様にさしあげたらどうですか」
並べられた獲物に、仁瑶は肩を竦める。
颯憐は柳眉をひそめた。
「なぜあやつらに? 阿仁、いつも言っているだろう。琅寧の男は、恋しい相手にしか獲物を贈らない」
「私にはもう番がいますから、どのみち受け取るわけにはまいりません」
「阿仁」
「ご自分の天幕にお持ち帰りください。お気持ちだけ、ありがたく頂戴しておきます」
「頼むから、そんなにすげなくしないでくれ。……阿仁、俺の顔をたてると思って、受け取ってくれないか」
縋るように見つめられ、仁瑶はくちびるを噛んだ。
囲場には琅寧王もいる。王太子を無下に扱ったと見做されては困るだろうと、颯憐は言外に窘めているのだ。
仁瑶は仕方なく頷いて、紅春に獲物を受け取るよう指示した。
「ご厚意に感謝します。いただいたものは厨房へ運んでもよろしいですか? 今宵の宴に料理させたら、我が父や永宵も喜びましょう」
「もちろんかまわない。そなたのために獲ってきたんだ、好きなように使ってくれ」
にこやかに拱手し、颯憐は自分の天幕へ帰っていく。
その背を見送って、仁瑶は溜息をついた。
「紅春、宴の前に湯浴みの準備をしてくれ」
疲れた、と漏らせば、配下に鹿を運ばせていた紅春が慌てて駆け寄ってきた。差し出された手を掴んで、扉代わりのやわらかな布を持ち上げた時、花純が嬉しそうに嘶くのが聞こえた。
公的な行事の際には隣に立ち、祥媛王妃として振る舞ってくれるが、日々の生活では一度も顔を合わせないことも多くなった。
紅春曰く、皇宮へは頻繁に出入りしているらしい。皇貴太妃へのご機嫌伺いの他、永宵とともに騎射などの遊びにも興じていると聞き、仁瑶は安堵の息を漏らした。
永宵と睦まじく過ごしているのなら、それでよい。翠玲が心のままに過ごせるのが一番だ。
ともすれば、永宵は翠玲を妃嬪の座に戻すかもしれない。そんなことを考えて、仁瑶はくちびるを噛んだ。
京師を包んでいた雪化粧がとけると、季節は桜花月を迎える。
春猟の舞台となる彩玉囲場は琅寧にほど近く、皇宮から馬で三日かかる距離にあった。小川や森もあり、兎や雉、鳩、鹿に狐、猪、野生馬など、多種多様な獲物を狩ることができる。
今年は大々的に行われ、宗室の面々や煌蘭の主だった臣下の他、琅寧などの帰順国からも王族の参加が認められていた。
後宮の妃嬪たちも同行し、男たちの狩りを応援したり、自然の中での茶会を楽しむ。
翠玲は皇后の茶会に誘われたようだったが、断ったらしい。昂呀に乗り、永宵とともに獲物を探しにいった。
仁瑶はひとりで馬を駆り、兎と雉を一羽ずつ仕留めたところで弓を置いた。
「仁瑶様、あちらに鹿がおりますよ」
狙わないのかと、傍にいた紅春が不思議そうな顔をする。
仁瑶は首を横に振って、天幕のほうへ馬首を返した。
他の者たちはまだ誰も帰っておらず、仁瑶は狩った獲物の処理を紅春に任せ、花純の世話をする。久しぶりの囲場ゆえ、花純はもっと駆け廻りたそうにしていた。仁瑶は不満げな愛馬に、明日は狩りをせず、遠乗りに出かけようと約束して、馬体を拭いてやる。
陽が傾き始めた頃、ようやくちらほらと天幕に人影が戻ってきた。
颯憐は鹿を五頭、狐と猪を三頭ずつ、鳩と雉、鴨をそれぞれ数羽ずつ仕留めたといって、仁瑶の天幕へ運んできた。
「阿仁に贈ろうと思って、張り切ってしまった。気に入ったか?」
「私ではなく、奥方の皆様にさしあげたらどうですか」
並べられた獲物に、仁瑶は肩を竦める。
颯憐は柳眉をひそめた。
「なぜあやつらに? 阿仁、いつも言っているだろう。琅寧の男は、恋しい相手にしか獲物を贈らない」
「私にはもう番がいますから、どのみち受け取るわけにはまいりません」
「阿仁」
「ご自分の天幕にお持ち帰りください。お気持ちだけ、ありがたく頂戴しておきます」
「頼むから、そんなにすげなくしないでくれ。……阿仁、俺の顔をたてると思って、受け取ってくれないか」
縋るように見つめられ、仁瑶はくちびるを噛んだ。
囲場には琅寧王もいる。王太子を無下に扱ったと見做されては困るだろうと、颯憐は言外に窘めているのだ。
仁瑶は仕方なく頷いて、紅春に獲物を受け取るよう指示した。
「ご厚意に感謝します。いただいたものは厨房へ運んでもよろしいですか? 今宵の宴に料理させたら、我が父や永宵も喜びましょう」
「もちろんかまわない。そなたのために獲ってきたんだ、好きなように使ってくれ」
にこやかに拱手し、颯憐は自分の天幕へ帰っていく。
その背を見送って、仁瑶は溜息をついた。
「紅春、宴の前に湯浴みの準備をしてくれ」
疲れた、と漏らせば、配下に鹿を運ばせていた紅春が慌てて駆け寄ってきた。差し出された手を掴んで、扉代わりのやわらかな布を持ち上げた時、花純が嬉しそうに嘶くのが聞こえた。
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