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第6話
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翠玲曰く、ここは颯憐に捕らえられた場所から数里しか離れていないのだという。
「太子が仁瑶様を攫ったと知って、国境を越えて麗草まで逃げるだろうと真っ先に考えました。けれど、太子はそれを逆手に取り、わざと逃げずにひそんでいたのです。帝君が月珱たちを貸してくださらなければ、知らずに国境まで向かってしまうところでした」
翠玲は仁瑶を外套にくるみ、背後から抱え込むようにして昂呀に跨っていた。
左将軍の配下と紅春はふたりから少し距離を置いて護衛しており、傍には月珱ら三頭しかいない。
夜風の吹き抜ける草原を駆ける最中も、翠玲の外套のおかげで寒くはなかった。むしろ、外套から香る金銀花の匂いに包まれ、体内の熱が膨らんでいくのを感じる。
「……ありがとう」
うつむきがちに呟けば、翠玲が微笑む気配がした。
こめかみにやわらかな感触がして、そのあたたかさに鼓動が高鳴る。
「花純が仁瑶様の危機を知らせてくれたのです。あのこは本当に、とても賢いですね」
「うん……」
「恐ろしい思いをなさったのでしょう。馬上では難しいかもしれませんが、どうか少しお眠りくださいませ。囲場へ着いたら、お起こしいたします」
促されるまま、仁瑶は気恥ずかしい心地で翠玲の躰に寄りかかる。
心臓の音が伝わってしまうのではないかと恐れているのに、傍にいられるのが嬉しくて無意識にすり寄ってしまう。
火照った肌がふるえ、本能が翠玲を求めていた。
(っ――)
今にも縋りつきたい慾を押し殺し、仁瑶はくちびるを噛む。
常ならば抑え込めるはずの恋情が、身の内でのたうち廻っていた。乱れた心は言うことを聞かず、永宵のものである翠玲を欲して暴れはじめる。
感情の箍が外れそうになるのを必死で押し留め、異変の原因はなにかと逡巡する。そうしてふと、颯憐が持ってきた香炉を思い出した。
あの甘ったるい香り。あれを嗅いでおかしくなったのだと考える間にも、下邪の本能が理性を蝕んでいく。
囲場へ戻りさえすれば、永宵のもとへ避難できる。落ち着くまで翠玲から離れていれば大丈夫だと必死におのれに言い聞かせ、仁瑶は声にならない声でうめいた。
「太子が仁瑶様を攫ったと知って、国境を越えて麗草まで逃げるだろうと真っ先に考えました。けれど、太子はそれを逆手に取り、わざと逃げずにひそんでいたのです。帝君が月珱たちを貸してくださらなければ、知らずに国境まで向かってしまうところでした」
翠玲は仁瑶を外套にくるみ、背後から抱え込むようにして昂呀に跨っていた。
左将軍の配下と紅春はふたりから少し距離を置いて護衛しており、傍には月珱ら三頭しかいない。
夜風の吹き抜ける草原を駆ける最中も、翠玲の外套のおかげで寒くはなかった。むしろ、外套から香る金銀花の匂いに包まれ、体内の熱が膨らんでいくのを感じる。
「……ありがとう」
うつむきがちに呟けば、翠玲が微笑む気配がした。
こめかみにやわらかな感触がして、そのあたたかさに鼓動が高鳴る。
「花純が仁瑶様の危機を知らせてくれたのです。あのこは本当に、とても賢いですね」
「うん……」
「恐ろしい思いをなさったのでしょう。馬上では難しいかもしれませんが、どうか少しお眠りくださいませ。囲場へ着いたら、お起こしいたします」
促されるまま、仁瑶は気恥ずかしい心地で翠玲の躰に寄りかかる。
心臓の音が伝わってしまうのではないかと恐れているのに、傍にいられるのが嬉しくて無意識にすり寄ってしまう。
火照った肌がふるえ、本能が翠玲を求めていた。
(っ――)
今にも縋りつきたい慾を押し殺し、仁瑶はくちびるを噛む。
常ならば抑え込めるはずの恋情が、身の内でのたうち廻っていた。乱れた心は言うことを聞かず、永宵のものである翠玲を欲して暴れはじめる。
感情の箍が外れそうになるのを必死で押し留め、異変の原因はなにかと逡巡する。そうしてふと、颯憐が持ってきた香炉を思い出した。
あの甘ったるい香り。あれを嗅いでおかしくなったのだと考える間にも、下邪の本能が理性を蝕んでいく。
囲場へ戻りさえすれば、永宵のもとへ避難できる。落ち着くまで翠玲から離れていれば大丈夫だと必死におのれに言い聞かせ、仁瑶は声にならない声でうめいた。
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