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第9話
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発情を利用して仁瑶の身體をひらき、うなじを咬んで番となった。
それは兄太子が行おうとして、翠玲が唾棄した行為だった。颯憐のように故意に仁瑶の発情を促したわけではなかったけれど、正気を失っていたところをなし崩しに襲ったのだから同罪だろう。
仁瑶と身も心も結ばれたからといって有頂天になれるほど、翠玲は自身に甘くはなかった。
否、おのれを赦せないというよりは、意地になっていたのかもしれない。発情の有無に関係なく、仁瑶に求められたいと思ったのだ。
さりとて、それは天陽種の本能との戦いでもあった。
渇望していた番の肌をようやく味わい、一度だけで満足できる獣がどこにいるのか。安心しきった様子で身を預けてくる仁瑶を、翠玲は何度組み伏せて犯し尽くしてしまいたかったか知れない。
ましてや仁瑶は、翠玲がなにより得難く思っていた下邪である。数年に渡る誤解をほどき、ようやく手にすることのできた翠玲だけの雌。わずかにも離れがたいほど大切なただひとりの花紗を、どうして腕に抱き、骨の髄まで愛してはならないのか。
こみあげてくる愛慾を必死に理性で押さえつけるたび、なお狂おしいほどの情動に身を焦がされる。
今宵はそれが特に顕著で、翠玲をひどく苦しめた。
おそらくは仁瑶が、普段とは異なる装いをしていたせいだろう。
尤も、そうなるよう仕向けたのは翠玲自身である。
煌蘭でも琅寧でも、下邪種は男であろうと女人風の装いをするのが常である。翠玲も転化前はその慣例に倣っていたが、仁瑶は違う。出仕時に身に着ける朝衣も男ものであり、女装をしているところなど一度も見たことがなかった。
それゆえに、こういった機会を利用してでも仁瑶の女装姿が見たかったのだ。
薄桜色の大袖衫も、海棠色と若紫色の薄絹を幾重にも重ねた長裙も、どちらも仁瑶が身に着けると嫦娥の衣のように見えた。やわらかく結われた髪も極上の絹のように艶やかで、ずっと見ていたいような、指を差し入れて乱してしまいたいような情動を覚える。
(……これはいけない)
恥ずかしそうに目を伏せた仁瑶の姿は、見る者の庇護慾と支配慾をくすぐる。天陽種といわず、范君種の男であっても魅了されずにはいられないだろう。
慣れない花盆底鞋で歩きづらそうにしている仁瑶の手を取り、自然な動きで抱き寄せれば、甘やかな木蓮の香りが鼻孔をくすぐる。
ただでさえ天色天香と称される仁瑶の美貌は、女装をしたことでいっそうなよやかにほころび、大路へ出れば老若男女問わず人目を惹きつけていた。
翠玲は美しい番を見せびらかしつつ、すれ違うたびに好意の視線を向けてくる者たちに睨みをきかせる。
されど、この美しい花紗は自分のものなのだと嬉しく思う一方で、内側では慾火が渦を巻いてのたうっていた。
天陽種の本能が、仁瑶の肌を貪りたいと咆哮する。
翠玲の腕に抱かれても逃げもせず、甘いくちびるを赦してくれる仁瑶を愛したくてたまらない。
微行ということで、常とは立場を変えていたことも、翠玲の中で慾がふくれる要因となっていたのだろう。
王府にいる際は、歳下で妻でもある翠玲に仁瑶が甘えるはずもなく、また翠玲が仁瑶を甘やかすこともほとんどない。
ために翠玲は、番を庇護し、寵愛したいという天陽種の本能的な慾求をこれまでほとんど満たせずにいたのである。
それが一時的とはいえ夫君の立場を得、仁瑶をおのれの妻として甘やかすことができたのである。
理性で抑えつけてもなお抗おうとする本能を鎮めるのは容易ではなく、王府へ戻り、湯浴みをすませてようやく、というほどだった。
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