皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

文字の大きさ
123 / 132
第9話

9-20

しおりを挟む

「おふたりとも、今宵はいつにも増して仲睦まじいご様子でしたね」
 寝衣を着せかけてきながら、華桜が微笑う。
「仁瑶様は、あの双色碧玺の歩搖を随分とお気に召したのではないですか? 湯あがりにもお使いになっておられましたし」
「そうだな」
 頷けば、華桜が声をひそめて続けた。
「……僭越ながら、翠玲様をお誘いなのではありませんか」
「莫迦なことを言うな」
 翠玲は蛾眉を寄せて否定する。
「ですが、簪を贈る意味は仁瑶様とてご存知のはず」
「おまえが言っているのは琅寧での意味だろう。煌蘭では求婚の意味しかないぞ」
「そうでしょうか。仁瑶様とて、こちらの習わしの一つやふたつ、ご存知でいらっしゃるのでは?」
「まさか」
 そんなはずがないと首を横に振った翠玲に、華桜は肩をすくめた。
「おふたりとも、褥をともになさっているのになにもないではございませんか。王にご相談いたしましたら、とっておきの媚薬を送ろうかと仰っていましたよ」
「華桜、いい加減にしろ」
「燕児とも心配しているのですよ。おふたりの間で、またなにか誤解があるのではないかとか。夜の営みは夫婦円満の秘訣とも言いますでしょう。翠玲様がぐずぐずしていらっしゃるから、仁瑶様が歩み寄ってくださっているのでは? お気持ちを無下になさったら、今度こそ本当に離縁されてしまいますよ」
「――っ」
 うるさい、と言いかけて口をつぐむ。
 華桜の言う通り、仁瑶が琅寧における意味を知っていて、湯浴みのあともあの歩搖を髪に挿していたのだとしたら。それは翠玲が待ち望んでいた、仁瑶からの赦しに他ならない。
 抑えつけていた熱が再び燻り出す。
 跳ねた鼓動を諫め、翠玲は努めて冷静でいようとした。
(そうと決まったわけじゃない。華桜の勘違いということだって、充分あり得る)
 番っているとはいえ、仁瑶の意図に反した行いをすれば取り返しのつかない事態となってしまう。
 重い足取りで臥室へ戻ると、仁瑶は先に眠らずに待っていてくれたようだった。
 持ち帰った天燈に見入っているのか、手に持っている酒杯がかたむいてこぼれそうになっている。
 心ここにあらずといったその様子が気がかりで、翠玲は足早に近づくと、杯を持つ手にそっとおのれの手を重ねた。
「ぁ、……っ」
 びくりと仁瑶の肩が跳ね、こちらを振り仰いだ紫紺の瞳がまるくなる。
 歳上の仁瑶が見せた珍しく愛らしい仕草に、翠玲は胸をくすぐられたような心地になった。
「大丈夫ですか? 少し飲み過ぎたのでは?」
 杯の中身は匂いからして花梨酒だろう。あまり度数の高い酒ではないものの、仁瑶の目尻や頬にはかすかな赤みがさしていた。
 翠玲は控えていた燕児に蜜湯を持ってくるよう命じ、仁瑶の隣に腰を下ろす。
 口籠っている仁瑶の頬を手のひらで包むと、少し高いような体温が伝わってきた。
「それとものぼせてしまわれましたか。今夜は寒いからと、紅春が長湯させていたでしょう」
「いえ、……大丈夫です」
 かすれた声音で言って、仁瑶は首を横に振る。
 それから、手にしたままの酒杯と翠玲を見比べて問うてきた。
「翠玲殿も花梨酒を飲まれますか? 温め直してきますけれど」
「いいえ、そんなことをしたら仁瑶様が疲れてしまうでしょう。わたしはこちらをいただきますから」
 言って、仁瑶の返事も待たずに手の中の酒杯を取ってしまう。
 ぽかんとした顔に笑み含んでいると、ちょうど戻ってきた燕児がかわりのように仁瑶に蜜湯の碗を差し出した。
 火傷しないよう、湯気のたつ蜜湯にそろそろと口をつける仁瑶を眺めつつ、翠玲は杯に残っていた花梨酒を飲み干す。甘みの強い果実酒が火照った喉を灼き、翠玲は静かに長息した。
 控えていた紅春と燕児に視線で下がるよう促せば、心得た二人は音もなく房室から拝辞する。
 そうして、仁瑶が最後のひと口まで嚥下するのを待ってから、改めて声をかけた。
「兎の天燈がお気に召したのなら、もっと買ってきましょうか」
 空になった碗を受け取り、杯とともに小卓へ片づけながら問う。
 愛らしい形の天燈は、大路でいくらでも売られている。仁瑶が兎の形が好きだというのなら、京師中の兎の天燈を買い占めてもよい。
 そう思っていたのに、仁瑶は首を横に振った。そのままうつむいてしまうから、どうしたのかと心配になる。
 もしや、どこか悪くしたのではないのだろうか。
「仁瑶様? やはりどこかお具合が悪いのですか?」
「違います……私は、」
 そこまで紡いで、仁瑶の言葉が途切れる。
 心なしか肩がふるえているようで、息を詰めるような小さな音がした。
「仁瑶様、大丈夫ですか」
 太医を呼ぶべきだろうかと思案しながら、仁瑶の顔を覗き込む。
 視線が絡んだ瞬間、仁瑶の躰がかしいだ。
 腕の中に飛び込んできた愛しい重みに、思わず戸惑った声が漏れる。
「仁瑶さま?」
 いつになく縋ってくるような仁瑶の仕草に困惑しつつ、翠玲は目の前の躰を抱き返した。
 額を寄せ、どうしたのかと眼差しで問いかける。
 仁瑶は躊躇うように何度かくちびるを開閉させたのち、小さく呟いた。
「私が、……満足させられなかったから、ですか」
「え?」
「私が下手だったから、抱くのが嫌になられたのですか? だからずっと抱いてくださらないのですか?」
 紡がれた思いがけない内容に、翠玲は寸の間目をまるくする。
(……このかたは)
 そのことをずっと思い悩んでいたのだろうか。
 腕の中でいたわしいほどこわばっている躰が、愛おしくてたまらない。
 笑みまじりの吐息がこぼれる。あふれだした情動のまま、あやすように抱きすくめれば、仁瑶は抵抗もなく翠玲に身を預けてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ
BL
田舎の貧村で暮らすリオンは、幼い頃からオメガであることを理由に虐げられてきた。唯一の肉親である母親を三か月前に病気で亡くし、途方に暮れていたところを、突然現れたノルツブルク王国の獣人の騎士・クレイドに助けられる。クレイドは王・オースティンの命令でリオンを迎えに来たという。そのままクレイドに連れられノルツブルク王国へ向かったリオンは、優しく寄り添ってくれるクレイドに次第に惹かれていくがーーーー?  心に傷を持つ二人が心を重ね、愛を探す優しいオメガバースの物語。 (登場人物) ・リオン(受け) 心優しいオメガ。頑張り屋だが自分に自信が持てない。元女官で薬師だった母のアナに薬草の知識などを授けられたが、三か月前にその母も病死して独りになってしまう。 ・クレイド(攻め)  ノルツブルク王国第一騎士団の隊長で獣人。幼いころにオースティンの遊び相手に選ばれ、ともにアナから教育を受けた。現在はオースティンの右腕となる。 ・オースティン  ノルツブルク王国の国王でアルファ。

処理中です...