鳳花春閨伝―死に戻りの皇帝は四人の妃に愛される―

鮎川アキ

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第1話

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 現在は右丞相の肩書が大きいとはいえ、嫣寧は実質の皇太后でもある。誰に咎められることなく後宮の門をくぐると、一目散に紅牆こうしょうみちを抜けて、皇后の殿舎たる龍華宮を目指す。
 豪奢な垂花門すいかもんを経て外院まえにわへ至ると、立ち働いていた宦官や女官たちが嫣寧を見て一様にぎょっとしたふうな表情を浮かべた。正房おもやの前で控えていた温太監も、狼狽えたように視線を揺らす。
「帝君は? まだ皇后娘娘の看病をなさっておいでなのか?」
 殿舎の中に入ろうとした嫣寧を、温太監が慌ててとめた。
「お待ちください! まだ朝議の最中でございましょう、右丞相様がなぜこちらへ……っ」
「峯珠の江宰輔が、太上皇様のためにと自国の医師を遣わされたんだ。太上皇様へ、直接診察の可否を尋ねたいと申している。ゆえに白朝へ向かう旨、帝君にもご了承いただきたいと」
「それは、……それは、孝賢王殿下がお決めになればよろしいのでは? 帝君はお忙しく、太上皇様はご病気です。どなたともお話はできないかと」
「孝賢王は帝君でも太上皇様でもない。それにあの様子では、江宰輔は太上皇様ご自身の意向にしか従わないだろう。姚丞相や、花大司馬も江宰輔を擁護している。文句があるなら、帝君が直接江宰輔とやり取りしていただくしかない。そもそも、帝君を朝廷へお連れするよう言ったではないか! おまえがぐずぐずしているから、ややこしいことになったんだ!」
「ですが、っ帝君から何人たりとも皇后様のお房室へは立ち入らぬようにと命ぜられております。たとえ右丞相様といえど、っあ、あ、右丞相様! いけません!」
 なおも言い募ろうとする温太監を無視し、嫣寧は強引に扉をあける。
 途端、噎せ返るほど甘ったるい香りが室内からあふれ出した。
 花蜜を煮詰めたような、濃艶な甘さが身にまとわりつくような匂いは、まさしく花紗種が発情期に発する肌香はだか特有のものに相違ない。
「なぜ、このような……」
 皇后は天陽種の女人だと聞く。だとすれば、瓊祥が発情しているのだろうか。
 一般的な花紗種とは異なり、鳳花と呼ばれる皇族の花紗種は複数の番を持つことができる。そのため、誰か一人と番ったからといって、発情時の肌香が抑えられることはない。むしろ、優秀な天陽種と多く番うため、その芳香は年々強くなっていくという。
 そこまで考えて、嫣寧は否やと首を横に振った。
 瓊祥はおのれとの子を妊娠している。たとえ鳳花であっても、妊娠中に発情期を迎えることはない。
(――では、いったい誰が……)
 わけがわからないまま茫然としていると、温太監が咳き込みながら扉を閉めようとしていた。
 嫣寧は咄嗟にその手を押しのけ、まろぶようにして室内へ踏み入れる。その足音に入りまじって、牀榻がきしむ音と、吐息まじりのかすかな声が聞こえた。
 なにをしているのかなど、言われずとも明白である。
 帷帳で区切られた臥室のほうを見やれば、ふたつの躰が重なって卑猥な音をたてていた。
 覆いかぶさっている人物の鴇色の髪が褥に流れ、間違いなく瓊祥だとわかる。ならば、組み敷かれているのは見も知らぬ皇后だ。そう思って嫌悪を露わにした嫣寧だったが、瓊祥がくちびるを奪っている相手の顔を捉えた瞬間、悲鳴にも似た声で叫んでいた。

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