15 / 64
第1話
1-15
しおりを挟む現在は右丞相の肩書が大きいとはいえ、嫣寧は実質の皇太后でもある。誰に咎められることなく後宮の門をくぐると、一目散に紅牆の路を抜けて、皇后の殿舎たる龍華宮を目指す。
豪奢な垂花門を経て外院へ至ると、立ち働いていた宦官や女官たちが嫣寧を見て一様にぎょっとしたふうな表情を浮かべた。正房の前で控えていた温太監も、狼狽えたように視線を揺らす。
「帝君は? まだ皇后娘娘の看病をなさっておいでなのか?」
殿舎の中に入ろうとした嫣寧を、温太監が慌ててとめた。
「お待ちください! まだ朝議の最中でございましょう、右丞相様がなぜこちらへ……っ」
「峯珠の江宰輔が、太上皇様のためにと自国の医師を遣わされたんだ。太上皇様へ、直接診察の可否を尋ねたいと申している。ゆえに白朝へ向かう旨、帝君にもご了承いただきたいと」
「それは、……それは、孝賢王殿下がお決めになればよろしいのでは? 帝君はお忙しく、太上皇様はご病気です。どなたともお話はできないかと」
「孝賢王は帝君でも太上皇様でもない。それにあの様子では、江宰輔は太上皇様ご自身の意向にしか従わないだろう。姚丞相や、花大司馬も江宰輔を擁護している。文句があるなら、帝君が直接江宰輔とやり取りしていただくしかない。そもそも、帝君を朝廷へお連れするよう言ったではないか! おまえがぐずぐずしているから、ややこしいことになったんだ!」
「ですが、っ帝君から何人たりとも皇后様のお房室へは立ち入らぬようにと命ぜられております。たとえ右丞相様といえど、っあ、あ、右丞相様! いけません!」
なおも言い募ろうとする温太監を無視し、嫣寧は強引に扉をあける。
途端、噎せ返るほど甘ったるい香りが室内からあふれ出した。
花蜜を煮詰めたような、濃艶な甘さが身にまとわりつくような匂いは、まさしく花紗種が発情期に発する肌香特有のものに相違ない。
「なぜ、このような……」
皇后は天陽種の女人だと聞く。だとすれば、瓊祥が発情しているのだろうか。
一般的な花紗種とは異なり、鳳花と呼ばれる皇族の花紗種は複数の番を持つことができる。そのため、誰か一人と番ったからといって、発情時の肌香が抑えられることはない。むしろ、優秀な天陽種と多く番うため、その芳香は年々強くなっていくという。
そこまで考えて、嫣寧は否やと首を横に振った。
瓊祥はおのれとの子を妊娠している。たとえ鳳花であっても、妊娠中に発情期を迎えることはない。
(――では、いったい誰が……)
わけがわからないまま茫然としていると、温太監が咳き込みながら扉を閉めようとしていた。
嫣寧は咄嗟にその手を押しのけ、まろぶようにして室内へ踏み入れる。その足音に入りまじって、牀榻がきしむ音と、吐息まじりのかすかな声が聞こえた。
なにをしているのかなど、言われずとも明白である。
帷帳で区切られた臥室のほうを見やれば、ふたつの躰が重なって卑猥な音をたてていた。
覆いかぶさっている人物の鴇色の髪が褥に流れ、間違いなく瓊祥だとわかる。ならば、組み敷かれているのは見も知らぬ皇后だ。そう思って嫌悪を露わにした嫣寧だったが、瓊祥がくちびるを奪っている相手の顔を捉えた瞬間、悲鳴にも似た声で叫んでいた。
20
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
最愛の番になる話
屑籠
BL
坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。
色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。
誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。
久しぶりに書いてます。長い。
完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。
断罪回避のために親友と仮婚約したはずが、想像以上に執着されていた。
鷲井戸リミカ
BL
ある日アーサーは、自分がネット小説の世界に転生していることに気が付いた。前世の記憶によれば親友のフェルディナンドは、悪役令息という役割らしい。最終的に婚約者から婚約破棄され、断罪後は国外追放されてしまうのだとか。
大事な親友が不幸になるのを見過ごすわけにはいかない。とにかく物語の主人公たちから距離をとらせようと、アーサーはフェルディナンドを自分の婚約者にしてしまった。
とりあえず仮婚約という形にしておいて、学園を卒業したら婚約を解消してしまえばいい。そう考えていたはずがアーサーのとある発言をきっかけに、フェルディナンドの執着が明らかになり……。
ハッピーエンドです。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる