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第1話
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しおりを挟む「――紗琰様!」
名前を呼ばれて、灼けつくほどの熱で朦朧としていた意識が唐突に醒める。
覆いかぶさってくる瓊祥を押しのけるようにして床帳の外を見やれば、露草色の双眸を大きく見開いて、嫣寧がこちらを見つめていた。
「ぁ、……」
渇いた喉からかすれた声が漏れる。
紡ぐ言葉を失くしていると、嫣寧がくちびるを戦慄かせた。
「なぜ、……なぜ紗琰様がこちらに? 皇后はどこにいるのですか? 帝君は、紗琰様となにをなさっておいでなのです?」
困惑しきった調子で問いを重ねる嫣寧に、身を起こした瓊祥が面倒そうに嗤う。
「なにをしているのかって、見たとおりだよ。俺と哥哥は愛しあっているんだ」
「おふたりは花紗同士でしょう!」
咎めるように叫んだ嫣寧を、瓊祥は鼻白んだ顔で見つめた。
嫣寧は、莫迦にしたふうに溜息をつく瓊祥の躰に違和感を覚えたのだろう。怪訝そうに瞳を瞬かせ、蛾眉を寄せる。
「子は……? わたくしたちの子は、どうなさったのですか」
ふくらんでいるはずの腹は、美しく均整の取れた男の腹部でしかなかった。そこにいるはずの胎児が存在しないことを見て取って、嫣寧は惑乱したように頭を振る。
「まさか、懐妊したというのは嘘だったのですか⁉ わたくしを騙したのですか⁉」
「当然だろう。誰がおまえなどの子を孕むものか。おまえとの行為は偽装したものだし、そもそも俺は花紗じゃない。天陽の男同士で子ができるわけがないだろうが。まんまと騙された自分の間抜けを恥じるんだな」
「っ……天陽⁉ ですが、あなたのうなじには、わたくしがつけた花痣が……っ」
「そんなもの、深緋色の筆で適当に牡丹を描かせただけだ。湯に浸かればすぐに落ちたぞ、見てみるか?」
絶句した嫣寧に向かって、瓊祥がうなじをさらす。
白い肌のどこにも、番の証であるはずの花痣はない。
嫣寧は喉をふるわせた。
「では、……っでは、わたくしは紗琰様を裏切ってはいなかったと……。なぜ、かような嘘をおつきになったのです! あなたのうなじを咬んだというから、わたくしは……っ!」
潤みを帯びた露草色の双眸が、物言いたげに紗琰を見つめてくる。
その眼差しに応えたいのに、これまでなにも知ろうともせず嫣寧を冷遇していたのだと思うと、紗琰はわずかにも声をかけることができなかった。
かすれた喉から、紡げなかった言葉が吐息にまぎれて消えていく。
目線を合わせることもできずにただ恥じ入っていると、瓊祥の手が枕元へ伸びるのを感じた。柔らかな絹と綿で作られた枕の下には、護身用の匕首が隠されている。
見あげれば、瓊祥の目はくずおれてしまった嫣寧を捉えていた。
脳裏に、背後から胸を刺し貫かれた雨嫻の姿が甦る。
紗琰は咄嗟に瓊祥の腕をつかみ、牀榻から降りようとしていた躰を押しとどめた。
「だめだ……っ、また殺すつもりか⁉」
引き攣れた喉が痛む。
瓊祥は当然とばかりに頷いた。
「言ったでしょう。哥哥のうなじを咬んだ男は、全員消してしまわなくちゃ」
瞠目する紗琰に笑みを返し、瓊祥は控えていた温太監へ合図を送る。
制止の声をあげる間もなく、嫣寧は集まってきた宦官たちに取り押さえられ、絨毯の上に組み伏せられてしまった。
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