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第2話
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「――琰様、紗琰様。起きてください」
「っ……⁉」
唐突に揺さぶられる感覚がして、瞼をひらく。
眩いほどに輝く紅い蘭灯が視界に入った瞬間、紗琰はここが地獄かと思った。
座り込んだままぼんやりしていると、傍にいた人物から気遣うように肩をさすられる。
「もしや、ご気分がお悪いのですか? 太医を呼んできましょうか」
ゆるゆると顔をあげれば、こちらをのぞき込んでくる鳶色の瞳と目が合った。
「玲玉……?」
「そうですよ。まさか、いつもお傍にいる奴才の顔を忘れてしまわれたのですか?」
さも心外だと言わんばかりに答えられ、紗琰は茫然としたまま目の前の太監の顔を見つめた。
「本当に玲玉か? おまえも地獄に?」
「地獄? いったいなんのことだか、奴才にはさっぱりわかりませんよ。夢の中のお話ですか?」
「……地獄じゃないのか、ここは」
「違いますよ。紗琰様ったら、そんなことを仰るほど沈家のご令息とのご婚礼がお嫌なのですか? そりゃああのかたは紗琰様と比べたら五歳も年上ですが、京師では評判の美人ですよ。家柄も性格も、国母として相応しいかただと太上皇様も仰っていたではありませんか」
言われて、紗琰は目を瞬かせる。
ふるえる手を伸ばし、玲玉の頬に触れると、確かなぬくもりが伝わってきた。
「玲玉、……おまえ、生きているのか」
指先が捉えた体温は間違いなく血の通った人間のもので、幽鬼が化けているとも思えない。
それでもどこか信じられず、食い入るように見つめる紗琰に、玲玉は驚いた顔をしたものの、ややあってから可笑しそうに笑みをこぼした。
「いやですね。おめでたい日だというのに、もしや奴才が死んだ夢でも見ておられたのですか? そんなにご心配なさらずとも、この玲玉、紗琰様を置いて先に死んだりいたしませんよ」
あたたかな手が、あやすように紗琰の肩を撫でてくる。
眉を下げた玲玉は、酔い覚ましにと酸梅湯を手渡してきた。
「慣れないお酒をたくさんお召しになったから、酔ってしまわれたんでしょう。それを飲んで、少し落ち着かれませ」
言われるがままに口にすれば、ほどよい酸味が渇いた喉を潤していく。
茶杯の中身をすべて飲み終えた紗琰に、玲玉は蜜棗を差し出しながらおどけたふうに肩をすくめた。
「まったく、紗琰様が奴才のことが大好きなのも困りものですねえ。奴才と一緒に地獄へいく夢を見ただなんて。いえいえ、仰りたいことはよくわかっておりますよ。紗琰様は、三途の川を渡ったあとも奴才といたいと思っておられるのでしょう? でもいけませんよ、そんなふうに奴才を誘惑なさってもだめです。そりゃあ、奴才があともう少し若くて浄身もせずにいたら、喜んで紗琰様に嫁ぎましたけれどね。残念ながら竿なしの身では、お慰めするといってもあなたさまを甘やかす他できませんから。ですが太監として、誠心誠意お仕えいたします。三途の川を渡ったあとも、紗琰様のお身の廻りのお世話は奴才がいたしますからご安心を。どんなに金子を積まれても、他の誰にだってこのお役目を譲ったりはいたしませんからね」
「玲玉……、おまえは本当に、私のことが好きだな」
思わず笑みを漏らせば、鳶色の瞳が弧を描く。
歳を重ねてもなお衰えぬ美貌は、宮中の宦官たちの中でも群を抜いている。没落した家門の出である玲玉は天陽種であり、その優秀さを買われて紗琰付きとなった。
こうした軽口も、紗琰が気を緩められるようにという、彼なりの気遣いだと知っている。
「ええそうですよ。ですから奴才と紗琰様はすでに相思相愛。なんの問題もございません」
自慢げに鼻を鳴らした玲玉に、紗琰は懐かしい心地でいっぱいになった。
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