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第4話
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龍宮殿の園林。数本ある桜樹の枝でも、金衣鳥が甘やかな囀りを響かせている。
紗琰と瓊祥が四阿にもうけられている竹榻に隣りあって腰を下ろすと、甜食房から戻ってきた侍従が手際よく食盒から白磁の器を取り出した。器の蓋を外せば、中にはとろりとした葛湯がそそがれている。葛湯には五色鮮やかな玉あられが散らされ、蜜をくるんだ湯円が三つ浮かんでいた。
「わあ……!」
瓊祥が思わずといったふうに声をあげる。
羹匙ですくって美味しそうに湯円を頬張る様子に、紗琰も微笑んだ。
その他にも揚げ菓子や乳菓子など、瓊祥が好む皿が次々と並べられていく。
紗琰は乳菓子をひとつつまむと、玲玉の淹れてくれた茶を飲んだ。爽やかな香りと風味が口内に広がり、舌に残っていた甘さを洗い流していく。
「そんなにたくさん食べたら口が甘くなってしまうだろう。お茶も飲みなさい」
「はい。哥哥、このお茶はよい香りがしますね。新しい献上品ですか?」
「献上品ではないが、躰によいと玲玉が見つけてきたんだ。美味しいか?」
湯気のたつ茶杯をそっと口にして、瓊祥が頷いた。白い喉がしっかりと茶を嚥下したのを見届けて、紗琰は小さく安堵の息を吐く。
前々日に嫣寧が招いた茶の席では、瓊祥は出された茶菓に口をつける素振りすらなかったという。それゆえ紗琰が招いても同じではないかと心配していたのだが、瓊祥は嬉しそうに菓子と茶を味わっている。
薬の服用をやめさせることはできない。脈診をすることも、治療薬を飲ませることもできない。それでも、瓊祥の身が害されていくのをとめろという紗琰の無理難題に、陽朔はどうにか応えてくれた。
おもむろに茶杯を傾け、やわらかな湯気をたたせる茶を見つめる。
玲玉が淹れたのは、陽朔が調合した毒消し効果のある茶葉だった。
陽朔曰く、医学書に記された処方には、ある種の毒草が使われているという。包淵晋がこの処方を用いたのであれば、含まれている毒が肉体に吸収される前に排出してしまえば、薬の効果自体も減退させられるだろうとのことだった。
「気に入ったのなら、茶葉を分けてやろう」
さも思いついたふうに言えば、隣に座る瓊祥が少しだけ目をまるくした。
「……よいのですか?」
「ああ。小瓊にだけ、特別にな。玲玉によると茶壺に匙一杯を入れて、日に一度飲むとよいそうだ」
茶葉をいくらか包ませたものを渡せば、瓊祥は心底嬉しそうに花容をほころばせる。
「にいさま大好き」
言いながら、瓊祥はぎゅっと抱きついてきた。
薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。瓊祥は甘えるように頬をすり寄せてから、窺うように紗琰を見あげてきた。
「ねえ、にいさま。この間お茶に招いていただいた折に、皇后さまから聞いたのですけれど。にいさまには、想うかたがいらっしゃるのですか?」
紗琰は黙ったまま、少しだけ驚いた表情をつくる。
「瓊祥はにいさまの味方です。だから、にいさまがお探しのかたを見つけるお手伝いを、瓊祥にもさせてくださいませ。玉佩というのは、これですか?」
帯につけられている翡翠の玉佩をなぞりながら、瓊祥が首をかしげた。
黙っているのを是と捉えたのだろう。瓊祥は控えている侍従たちをはばかるように、さらに声を低めて続ける。
「皇后さまと睦まじいというのも、偽りなのでしょう? 太上皇さまたちの面子を守るために、そう見せているだけなのですよね。瓊祥はにいさまのつらさがわかりますから、どうぞ頼ってください」
「小瓊……」
「瓊祥はにいさまが大好きだから、幸せになっていただきたいの」
甘えるような声音とともに、背に廻された腕に力が籠るのを感じる。
紗琰は瓊祥の肩をやわらかく抱き返した。
前世、罠にかかったのは紗琰だった。今生は罠にかける番だ。
「かわいい小瓊。私のことを一番わかってくれるのは、やはり小瓊だけだ」
穏やかに紡ぐ声には憐憫がにじんでいる。
瓊祥はいずれ、紗琰か実父か、選択を迫られることになるだろう。
紗琰と瓊祥が四阿にもうけられている竹榻に隣りあって腰を下ろすと、甜食房から戻ってきた侍従が手際よく食盒から白磁の器を取り出した。器の蓋を外せば、中にはとろりとした葛湯がそそがれている。葛湯には五色鮮やかな玉あられが散らされ、蜜をくるんだ湯円が三つ浮かんでいた。
「わあ……!」
瓊祥が思わずといったふうに声をあげる。
羹匙ですくって美味しそうに湯円を頬張る様子に、紗琰も微笑んだ。
その他にも揚げ菓子や乳菓子など、瓊祥が好む皿が次々と並べられていく。
紗琰は乳菓子をひとつつまむと、玲玉の淹れてくれた茶を飲んだ。爽やかな香りと風味が口内に広がり、舌に残っていた甘さを洗い流していく。
「そんなにたくさん食べたら口が甘くなってしまうだろう。お茶も飲みなさい」
「はい。哥哥、このお茶はよい香りがしますね。新しい献上品ですか?」
「献上品ではないが、躰によいと玲玉が見つけてきたんだ。美味しいか?」
湯気のたつ茶杯をそっと口にして、瓊祥が頷いた。白い喉がしっかりと茶を嚥下したのを見届けて、紗琰は小さく安堵の息を吐く。
前々日に嫣寧が招いた茶の席では、瓊祥は出された茶菓に口をつける素振りすらなかったという。それゆえ紗琰が招いても同じではないかと心配していたのだが、瓊祥は嬉しそうに菓子と茶を味わっている。
薬の服用をやめさせることはできない。脈診をすることも、治療薬を飲ませることもできない。それでも、瓊祥の身が害されていくのをとめろという紗琰の無理難題に、陽朔はどうにか応えてくれた。
おもむろに茶杯を傾け、やわらかな湯気をたたせる茶を見つめる。
玲玉が淹れたのは、陽朔が調合した毒消し効果のある茶葉だった。
陽朔曰く、医学書に記された処方には、ある種の毒草が使われているという。包淵晋がこの処方を用いたのであれば、含まれている毒が肉体に吸収される前に排出してしまえば、薬の効果自体も減退させられるだろうとのことだった。
「気に入ったのなら、茶葉を分けてやろう」
さも思いついたふうに言えば、隣に座る瓊祥が少しだけ目をまるくした。
「……よいのですか?」
「ああ。小瓊にだけ、特別にな。玲玉によると茶壺に匙一杯を入れて、日に一度飲むとよいそうだ」
茶葉をいくらか包ませたものを渡せば、瓊祥は心底嬉しそうに花容をほころばせる。
「にいさま大好き」
言いながら、瓊祥はぎゅっと抱きついてきた。
薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。瓊祥は甘えるように頬をすり寄せてから、窺うように紗琰を見あげてきた。
「ねえ、にいさま。この間お茶に招いていただいた折に、皇后さまから聞いたのですけれど。にいさまには、想うかたがいらっしゃるのですか?」
紗琰は黙ったまま、少しだけ驚いた表情をつくる。
「瓊祥はにいさまの味方です。だから、にいさまがお探しのかたを見つけるお手伝いを、瓊祥にもさせてくださいませ。玉佩というのは、これですか?」
帯につけられている翡翠の玉佩をなぞりながら、瓊祥が首をかしげた。
黙っているのを是と捉えたのだろう。瓊祥は控えている侍従たちをはばかるように、さらに声を低めて続ける。
「皇后さまと睦まじいというのも、偽りなのでしょう? 太上皇さまたちの面子を守るために、そう見せているだけなのですよね。瓊祥はにいさまのつらさがわかりますから、どうぞ頼ってください」
「小瓊……」
「瓊祥はにいさまが大好きだから、幸せになっていただきたいの」
甘えるような声音とともに、背に廻された腕に力が籠るのを感じる。
紗琰は瓊祥の肩をやわらかく抱き返した。
前世、罠にかかったのは紗琰だった。今生は罠にかける番だ。
「かわいい小瓊。私のことを一番わかってくれるのは、やはり小瓊だけだ」
穏やかに紡ぐ声には憐憫がにじんでいる。
瓊祥はいずれ、紗琰か実父か、選択を迫られることになるだろう。
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