【完結】Trick & Trick & Treat

須賀マサキ(まー)

文字の大きさ
1 / 5

第一話 ドラキュラ伯爵に変身!

しおりを挟む
「目は赤のカラーコンタクト、色白で頬が少しこけたメイクにして……と。口元にちょっとだけ血糊つけさせてくれよ。気に入らない? あったほうが、それらしいよ。ヘアスタイルは定番のオールバックにするぞ。おお、これだけでかなり印象がかわったな」
 鏡の中の自分が少しずつ変身するのを見て、得能とくのう哲哉てつやの胸が踊った。今日のメイクはいつもとちがう。自分の看板を外すためのものだ。
「次は牙だけど――」
「駄目だ。歌うときの邪魔になる」
「つけ爪は?」
「却下。ギターが弾けなくなる」
「残念だなあ。かわりに耳を尖らせるか」
「スター・トレックのミスター・スポックか?」
「心配しなさんな。だれもそっちを思い出さないよ。衣装もヘアスタイルもちがうわい。第一、スポックの口元に血糊がついてるかい?」
「そりゃそうだな」
「メイクは終わり。ほらよ」
 渡されたのは白いシャツに黒いスラックス、そして鮮やかな真紅の裏地を使った黒いマントだ。ステージ衣装はいろいろ着てきたが、このタイプは初めてだ。どんな自分になれるのか、ワクワクしながら袖を通した。
 着替え終わって鏡の前に立ち、マントに身を包んでポーズをとる。背後で、ほぅと、ため息がもれた。

「わお、完璧。さすが芸能人は華やかさがちがうわ」
 腕組みして満足げにうなずいているのは、高遠たかとうゆうだ。学生時代の友人で、今は大学で助手をする傍ら、映画を作っている。
「セクシーなドラキュラ伯爵の出来上がりだい。いやあ、かっこいい。ベラ・ルゴシやフランク・ランジェラも真っ青だ。おれのイメージそのままだよぉ」
 悠が口にしたのは、往年のドラキュラ俳優の名前らしい。マニアックすぎて哲哉には具体的なイメージが浮かばなかった。すると、参考にした俳優の写真を数枚見せてくれた。
「な、完璧だろ」
 悠がウインクする。哲哉は力強くうなずいた。
「ところで悠はどんな仮装するんだ?」
「おれはいい。ビジュアルよくないし。あちこちぜい肉がつき始めてるから、下手に仮装したら哲哉の引き立て役になるよぉ」
 着替えやメイク落としの小道具を鞄に詰め込みながら、悠が答えた。
「おれひとりが仮装して歩くのか。いくらハロウィン・ナイトでもなぁ」
「しかたないやい。ジャスティで仮装してたら、哲哉がライブするのがばれるだろ。目的を達するためには、徹底しなきゃ」
 悠の言葉に、哲哉は肩をすくめた。


 今日はハロウィン。週末と重なったこともあり、あちらこちらで仮装パーティーが行われる。ライブ喫茶ジャスティも客たちの強い要望により、パーティーをすることになった。会費制の立食パーティーだが、それで終わらないのがジャスティだ。途中でライブを行おうと、オーナーは考えた。そこで哲哉たちにも打診があった。
 哲哉は、オーバー・ザ・レインボウのリードボーカルだ。知名度のあるロックバンドがくることを告知すれば、ファンがおしかけるのはまちがいない。だがジャスティのような小さなところに大勢でこられては、常連たちの居場所がなくなる。
 自分が参加することで、場を混乱させるのは避けられない。出演をあきらめかけていたら、悠に仮装を勧められた。おまけに、フィルムメーカーの腕の見せどころだと、メイクその他をしてもらうことになった。
「プロ顔負けだよ。アマチュアとはいえ、映画監督はちがうな」
「アマチュアだから、特殊メイクも自分たちでやってんだ。こんなところで役立つとは思わなかったけどな」
 と言いながら、悠は指で枠を作り、そこから哲哉の姿を覗き込んでいる。
「やっぱ芸能人はちがうわ。かっこいいねぇ。今度おれの映画に主役で出ないかい?」
「ホラー映画だろ。勘弁してくれよ。ゾンビに追いかけられて悲鳴あげてたら、のどを潰しちまうじゃないか」
「なんだよー。おれたちが撮ってるのは、ストーリー性のある、スタイリッシュな作品ばかりだい。哲哉が主役でもおかしくないような――」
 ロックスターを使ったホラー映画だってあるんだぞ、デビッド・ボウイとか、などと悠の蘊蓄うんちくが始まった。マニアックな話にはついていけない。コーヒーを飲みながら、半分も理解できない悠の話を、黙って聞く。いつもこのパターンだ。
 だが哲哉はこういう時間が好きだ。ちがう分野の人たちの話は、自分の音楽の幅を広げてくれる。なのでふたりは、卒業後もたびたび会っていた。

「久しぶりにキャンパスも歩いてみないかい」
「この格好で?」
「去年くらいから、ハロウィンの日には仮装して講義受ける学生もいるんだ。さすがうちの大学は自由だよ。実験の邪魔にならなきゃ、おれだってとめたりしない。それに今年は、学内でもハロウィン・パーティーがあるんだ」
 悠のマンションから大学までは、徒歩で五分ほどだ。ジャスティにも歩いていける。キャンパスを横切っていけば、ちょうどいい時間になりそうだ。
「楽しみだな。おれのメイクで、おまえが哲哉って気づくやつがいるかな」
 うぷぷ、と悠はいたずらを仕掛けた子供のように笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...