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第一話 ドラキュラ伯爵に変身!
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「目は赤のカラーコンタクト、色白で頬が少しこけたメイクにして……と。口元にちょっとだけ血糊つけさせてくれよ。気に入らない? あったほうが、それらしいよ。ヘアスタイルは定番のオールバックにするぞ。おお、これだけでかなり印象がかわったな」
鏡の中の自分が少しずつ変身するのを見て、得能哲哉の胸が踊った。今日のメイクはいつもとちがう。自分の看板を外すためのものだ。
「次は牙だけど――」
「駄目だ。歌うときの邪魔になる」
「つけ爪は?」
「却下。ギターが弾けなくなる」
「残念だなあ。かわりに耳を尖らせるか」
「スター・トレックのミスター・スポックか?」
「心配しなさんな。だれもそっちを思い出さないよ。衣装もヘアスタイルもちがうわい。第一、スポックの口元に血糊がついてるかい?」
「そりゃそうだな」
「メイクは終わり。ほらよ」
渡されたのは白いシャツに黒いスラックス、そして鮮やかな真紅の裏地を使った黒いマントだ。ステージ衣装はいろいろ着てきたが、このタイプは初めてだ。どんな自分になれるのか、ワクワクしながら袖を通した。
着替え終わって鏡の前に立ち、マントに身を包んでポーズをとる。背後で、ほぅと、ため息がもれた。
「わお、完璧。さすが芸能人は華やかさがちがうわ」
腕組みして満足げにうなずいているのは、高遠悠だ。学生時代の友人で、今は大学で助手をする傍ら、映画を作っている。
「セクシーなドラキュラ伯爵の出来上がりだい。いやあ、かっこいい。ベラ・ルゴシやフランク・ランジェラも真っ青だ。おれのイメージそのままだよぉ」
悠が口にしたのは、往年のドラキュラ俳優の名前らしい。マニアックすぎて哲哉には具体的なイメージが浮かばなかった。すると、参考にした俳優の写真を数枚見せてくれた。
「な、完璧だろ」
悠がウインクする。哲哉は力強くうなずいた。
「ところで悠はどんな仮装するんだ?」
「おれはいい。ビジュアルよくないし。あちこちぜい肉がつき始めてるから、下手に仮装したら哲哉の引き立て役になるよぉ」
着替えやメイク落としの小道具を鞄に詰め込みながら、悠が答えた。
「おれひとりが仮装して歩くのか。いくらハロウィン・ナイトでもなぁ」
「しかたないやい。ジャスティで仮装してたら、哲哉がライブするのがばれるだろ。目的を達するためには、徹底しなきゃ」
悠の言葉に、哲哉は肩をすくめた。
今日はハロウィン。週末と重なったこともあり、あちらこちらで仮装パーティーが行われる。ライブ喫茶ジャスティも客たちの強い要望により、パーティーをすることになった。会費制の立食パーティーだが、それで終わらないのがジャスティだ。途中でライブを行おうと、オーナーは考えた。そこで哲哉たちにも打診があった。
哲哉は、オーバー・ザ・レインボウのリードボーカルだ。知名度のあるロックバンドがくることを告知すれば、ファンがおしかけるのはまちがいない。だがジャスティのような小さなところに大勢でこられては、常連たちの居場所がなくなる。
自分が参加することで、場を混乱させるのは避けられない。出演をあきらめかけていたら、悠に仮装を勧められた。おまけに、フィルムメーカーの腕の見せどころだと、メイクその他をしてもらうことになった。
「プロ顔負けだよ。アマチュアとはいえ、映画監督はちがうな」
「アマチュアだから、特殊メイクも自分たちでやってんだ。こんなところで役立つとは思わなかったけどな」
と言いながら、悠は指で枠を作り、そこから哲哉の姿を覗き込んでいる。
「やっぱ芸能人はちがうわ。かっこいいねぇ。今度おれの映画に主役で出ないかい?」
「ホラー映画だろ。勘弁してくれよ。ゾンビに追いかけられて悲鳴あげてたら、のどを潰しちまうじゃないか」
「なんだよー。おれたちが撮ってるのは、ストーリー性のある、スタイリッシュな作品ばかりだい。哲哉が主役でもおかしくないような――」
ロックスターを使ったホラー映画だってあるんだぞ、デビッド・ボウイとか、などと悠の蘊蓄が始まった。マニアックな話にはついていけない。コーヒーを飲みながら、半分も理解できない悠の話を、黙って聞く。いつもこのパターンだ。
だが哲哉はこういう時間が好きだ。ちがう分野の人たちの話は、自分の音楽の幅を広げてくれる。なのでふたりは、卒業後もたびたび会っていた。
「久しぶりにキャンパスも歩いてみないかい」
「この格好で?」
「去年くらいから、ハロウィンの日には仮装して講義受ける学生もいるんだ。さすがうちの大学は自由だよ。実験の邪魔にならなきゃ、おれだってとめたりしない。それに今年は、学内でもハロウィン・パーティーがあるんだ」
悠のマンションから大学までは、徒歩で五分ほどだ。ジャスティにも歩いていける。キャンパスを横切っていけば、ちょうどいい時間になりそうだ。
「楽しみだな。おれのメイクで、おまえが哲哉って気づくやつがいるかな」
うぷぷ、と悠はいたずらを仕掛けた子供のように笑った。
鏡の中の自分が少しずつ変身するのを見て、得能哲哉の胸が踊った。今日のメイクはいつもとちがう。自分の看板を外すためのものだ。
「次は牙だけど――」
「駄目だ。歌うときの邪魔になる」
「つけ爪は?」
「却下。ギターが弾けなくなる」
「残念だなあ。かわりに耳を尖らせるか」
「スター・トレックのミスター・スポックか?」
「心配しなさんな。だれもそっちを思い出さないよ。衣装もヘアスタイルもちがうわい。第一、スポックの口元に血糊がついてるかい?」
「そりゃそうだな」
「メイクは終わり。ほらよ」
渡されたのは白いシャツに黒いスラックス、そして鮮やかな真紅の裏地を使った黒いマントだ。ステージ衣装はいろいろ着てきたが、このタイプは初めてだ。どんな自分になれるのか、ワクワクしながら袖を通した。
着替え終わって鏡の前に立ち、マントに身を包んでポーズをとる。背後で、ほぅと、ため息がもれた。
「わお、完璧。さすが芸能人は華やかさがちがうわ」
腕組みして満足げにうなずいているのは、高遠悠だ。学生時代の友人で、今は大学で助手をする傍ら、映画を作っている。
「セクシーなドラキュラ伯爵の出来上がりだい。いやあ、かっこいい。ベラ・ルゴシやフランク・ランジェラも真っ青だ。おれのイメージそのままだよぉ」
悠が口にしたのは、往年のドラキュラ俳優の名前らしい。マニアックすぎて哲哉には具体的なイメージが浮かばなかった。すると、参考にした俳優の写真を数枚見せてくれた。
「な、完璧だろ」
悠がウインクする。哲哉は力強くうなずいた。
「ところで悠はどんな仮装するんだ?」
「おれはいい。ビジュアルよくないし。あちこちぜい肉がつき始めてるから、下手に仮装したら哲哉の引き立て役になるよぉ」
着替えやメイク落としの小道具を鞄に詰め込みながら、悠が答えた。
「おれひとりが仮装して歩くのか。いくらハロウィン・ナイトでもなぁ」
「しかたないやい。ジャスティで仮装してたら、哲哉がライブするのがばれるだろ。目的を達するためには、徹底しなきゃ」
悠の言葉に、哲哉は肩をすくめた。
今日はハロウィン。週末と重なったこともあり、あちらこちらで仮装パーティーが行われる。ライブ喫茶ジャスティも客たちの強い要望により、パーティーをすることになった。会費制の立食パーティーだが、それで終わらないのがジャスティだ。途中でライブを行おうと、オーナーは考えた。そこで哲哉たちにも打診があった。
哲哉は、オーバー・ザ・レインボウのリードボーカルだ。知名度のあるロックバンドがくることを告知すれば、ファンがおしかけるのはまちがいない。だがジャスティのような小さなところに大勢でこられては、常連たちの居場所がなくなる。
自分が参加することで、場を混乱させるのは避けられない。出演をあきらめかけていたら、悠に仮装を勧められた。おまけに、フィルムメーカーの腕の見せどころだと、メイクその他をしてもらうことになった。
「プロ顔負けだよ。アマチュアとはいえ、映画監督はちがうな」
「アマチュアだから、特殊メイクも自分たちでやってんだ。こんなところで役立つとは思わなかったけどな」
と言いながら、悠は指で枠を作り、そこから哲哉の姿を覗き込んでいる。
「やっぱ芸能人はちがうわ。かっこいいねぇ。今度おれの映画に主役で出ないかい?」
「ホラー映画だろ。勘弁してくれよ。ゾンビに追いかけられて悲鳴あげてたら、のどを潰しちまうじゃないか」
「なんだよー。おれたちが撮ってるのは、ストーリー性のある、スタイリッシュな作品ばかりだい。哲哉が主役でもおかしくないような――」
ロックスターを使ったホラー映画だってあるんだぞ、デビッド・ボウイとか、などと悠の蘊蓄が始まった。マニアックな話にはついていけない。コーヒーを飲みながら、半分も理解できない悠の話を、黙って聞く。いつもこのパターンだ。
だが哲哉はこういう時間が好きだ。ちがう分野の人たちの話は、自分の音楽の幅を広げてくれる。なのでふたりは、卒業後もたびたび会っていた。
「久しぶりにキャンパスも歩いてみないかい」
「この格好で?」
「去年くらいから、ハロウィンの日には仮装して講義受ける学生もいるんだ。さすがうちの大学は自由だよ。実験の邪魔にならなきゃ、おれだってとめたりしない。それに今年は、学内でもハロウィン・パーティーがあるんだ」
悠のマンションから大学までは、徒歩で五分ほどだ。ジャスティにも歩いていける。キャンパスを横切っていけば、ちょうどいい時間になりそうだ。
「楽しみだな。おれのメイクで、おまえが哲哉って気づくやつがいるかな」
うぷぷ、と悠はいたずらを仕掛けた子供のように笑った。
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