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第二話 懐かしいキャンパスで
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肌をかすめる風は、ほんの少し冷たさを感じさせる。雲ひとつない秋晴れのさわやかな昼下がりだ。
キャンパスのメインストリートに植えられた銀杏の木は、まだ色づいていない。今年は夏が長かったためか、気温が平年並みになっただけで、急に季節が進んだような気になる。
学内は、まもなく開催される学園祭にむけて、どこもにぎやかだった。個性的な立て看板がところ狭しと並んでいる。クラス単位の企画もあれば、サークル単位の企画もある。派手なものから地味なものまでバラエティーに富み、見ているだけでも楽しい。
「高遠監督の最新作は、学園祭に間に合いそう?」
「学生たちと一緒に、必死で作ってるところだよ。今は編集作業をやらせてるんだ」
悠は映画サークルのOBで、今は顧問をしている。
「上映日までに完成しそうか?」
「なんとかなるよ。できなかったときは、笑ってごまかす予定にしてんだ」
「そんなことしたら、学生がレポート遅れても、叱れなくなるぜ」
「げ、それはヤバい」
他愛のない会話を交わしながら、キャンパスのメインストリートを歩く。魔法使いや妖精、海賊に映画キャラなどの衣装を着た人たちをときどき見かけた。
「ESSと映画サークルの合同企画で、ハロウィン・パーティーやるんだとさ。南グラウンドでな。学園祭の一環なんだ。最近は何でもありだよ」
学生時代にそんな企画があったら、無理やり仮装させられて、悠にひっぱっていかれたかもしれない。
「最近のロック研は、映画サークルとの連携やってる?」
哲哉と悠が知り合ったのも、映画のテーマソングの作成を依頼されたことがきっかけだ。
「その辺は学生たちにまかせてるからなあ。哲哉は顔を出してないのか?」
「そうなんだ。卒業して数年も経つと、知り合いもいないし」
後輩たちがどんな活動をしているのか、覗いてみたかった。だが知人もいないところに顔を出すのは気がひける。どうしたものかと思いながらカフェテリアのそばまでいくと、ギターの弾き語りが聞こえてきた。流れているのは、オーバー・ザ・レインボウの曲だ。
アコースティックギターを弾きながら歌っているのは、男子二人組だった。一人が演奏し、一人が歌っている。自分の作った曲を目の前で演奏されて、哲哉は気恥ずかしいような、それでいて誇らしげな気持ちになっていた。学園祭にむけて、CMをかねたゲリラライブをしているのだろう。
二人は本当に楽しそうだ。演奏することも楽しければ、聞いてもらうことも楽しい。
アマチュア時代の自分も、あんなふうに音楽を楽しんでいた。もちろん今だって、曲を作ることも歌うことも楽しい。でも疑問を感じることもある。
スケジュールにあわせて無理やりひねり出す曲作りが、本当に楽しいだろうか。自分の求める世界と、ファンの聴きたいものはあっているだろうか。作りたいものをおさえ、うけそうなものに走ってはいないか。
わいてくるネガティブな考えにとりつかれ、ここ半月はアイディアも浮かんでいなかった。
そんなとき悠からハロウィン・パーティーのことを聞かされ、気分転換になればいいなと引き受けた。期待どおりの結果が得られる保証はないが。
哲哉は観衆の輪に加わり、後輩の演奏に耳を傾けた。この曲はファーストアルバムに入っている。
哲哉たちも、昔はしょっちゅうゲリラライブをしていた。教授たちはなにも言わずに聴いてくれるが、学生課にみつかると、必ず注意される。あのときの職員はどうしているだろう。叱られてばかりだったけど、デビューが決まったことを報告すると、だれよりも喜んでくれた。卒業式にはわざわざ顔を見せてくれて、
「きみたちの曲が生で聴けなくなるのが寂しいよ」
と言ってくれた。学生時代の甘酸っぱい思い出だ。
「そこのドラキュラさーん。きみも音楽やってるんですか?」
曲が終わったところで、ボーカルの学生が哲哉に声をかけた。気づかずにいると、
「おまえのことだぞ」
悠に小声で教えられて、自分が呼ばれていることに気がついた。ドラキュラの衣装を着ていることをすっかり忘れていた。
「こっちに来て、一曲演奏してくださいよぉ」
「おれが?」
ゲリラライブに観衆をひっぱりだすのは、ロック研の伝統だ。バンド経験のありそうな人を見つけたら、声をかけて演奏させる。共通の話題を作って、あわよくばサークルに入れてしまおうという作戦だ。哲哉が在籍してたころには、既に伝統になっていた。
ギターを抱えて立っている哲哉は、格好の標的だった。
降ってわいた予想外の申し出に、哲哉は困ってしまった。ばれて、シークレットが台なしになるのはごめんだ。
「メイクの腕を信用しろって。第一、得能哲哉がここにいるなんて、だれも思わないよ」
「でも歌ったら、ばれないか?」
「大丈夫、なんとかなるんじゃないかい」
悠に背中を押されて、哲哉は後輩たちの横に立った。
「えっと、お名前は?」
「匿名希望のドラキュラ伯爵です」
「わお、なりきってますね」
観衆の視線が自分に集まっている。この中に気づいた人はいるだろうか。ざっと見まわすが、ばれてるようすはない。
「好きな曲やってもらっていいんだけど、迷うようだったら参考にしてください」
渡された楽譜の中に『ブルーライト・ムーンナイト』があった。ロック研でがんばっていたころに作った曲だ。当時のことを思い出して、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
この場で演奏するのに、これ以上の曲はない。歌詞が確実に頭に残っているか心配だったが、楽譜があるのでなんとかなるだろう。哲哉はギターを取り出し、肩にかけた。
キャンパスのメインストリートに植えられた銀杏の木は、まだ色づいていない。今年は夏が長かったためか、気温が平年並みになっただけで、急に季節が進んだような気になる。
学内は、まもなく開催される学園祭にむけて、どこもにぎやかだった。個性的な立て看板がところ狭しと並んでいる。クラス単位の企画もあれば、サークル単位の企画もある。派手なものから地味なものまでバラエティーに富み、見ているだけでも楽しい。
「高遠監督の最新作は、学園祭に間に合いそう?」
「学生たちと一緒に、必死で作ってるところだよ。今は編集作業をやらせてるんだ」
悠は映画サークルのOBで、今は顧問をしている。
「上映日までに完成しそうか?」
「なんとかなるよ。できなかったときは、笑ってごまかす予定にしてんだ」
「そんなことしたら、学生がレポート遅れても、叱れなくなるぜ」
「げ、それはヤバい」
他愛のない会話を交わしながら、キャンパスのメインストリートを歩く。魔法使いや妖精、海賊に映画キャラなどの衣装を着た人たちをときどき見かけた。
「ESSと映画サークルの合同企画で、ハロウィン・パーティーやるんだとさ。南グラウンドでな。学園祭の一環なんだ。最近は何でもありだよ」
学生時代にそんな企画があったら、無理やり仮装させられて、悠にひっぱっていかれたかもしれない。
「最近のロック研は、映画サークルとの連携やってる?」
哲哉と悠が知り合ったのも、映画のテーマソングの作成を依頼されたことがきっかけだ。
「その辺は学生たちにまかせてるからなあ。哲哉は顔を出してないのか?」
「そうなんだ。卒業して数年も経つと、知り合いもいないし」
後輩たちがどんな活動をしているのか、覗いてみたかった。だが知人もいないところに顔を出すのは気がひける。どうしたものかと思いながらカフェテリアのそばまでいくと、ギターの弾き語りが聞こえてきた。流れているのは、オーバー・ザ・レインボウの曲だ。
アコースティックギターを弾きながら歌っているのは、男子二人組だった。一人が演奏し、一人が歌っている。自分の作った曲を目の前で演奏されて、哲哉は気恥ずかしいような、それでいて誇らしげな気持ちになっていた。学園祭にむけて、CMをかねたゲリラライブをしているのだろう。
二人は本当に楽しそうだ。演奏することも楽しければ、聞いてもらうことも楽しい。
アマチュア時代の自分も、あんなふうに音楽を楽しんでいた。もちろん今だって、曲を作ることも歌うことも楽しい。でも疑問を感じることもある。
スケジュールにあわせて無理やりひねり出す曲作りが、本当に楽しいだろうか。自分の求める世界と、ファンの聴きたいものはあっているだろうか。作りたいものをおさえ、うけそうなものに走ってはいないか。
わいてくるネガティブな考えにとりつかれ、ここ半月はアイディアも浮かんでいなかった。
そんなとき悠からハロウィン・パーティーのことを聞かされ、気分転換になればいいなと引き受けた。期待どおりの結果が得られる保証はないが。
哲哉は観衆の輪に加わり、後輩の演奏に耳を傾けた。この曲はファーストアルバムに入っている。
哲哉たちも、昔はしょっちゅうゲリラライブをしていた。教授たちはなにも言わずに聴いてくれるが、学生課にみつかると、必ず注意される。あのときの職員はどうしているだろう。叱られてばかりだったけど、デビューが決まったことを報告すると、だれよりも喜んでくれた。卒業式にはわざわざ顔を見せてくれて、
「きみたちの曲が生で聴けなくなるのが寂しいよ」
と言ってくれた。学生時代の甘酸っぱい思い出だ。
「そこのドラキュラさーん。きみも音楽やってるんですか?」
曲が終わったところで、ボーカルの学生が哲哉に声をかけた。気づかずにいると、
「おまえのことだぞ」
悠に小声で教えられて、自分が呼ばれていることに気がついた。ドラキュラの衣装を着ていることをすっかり忘れていた。
「こっちに来て、一曲演奏してくださいよぉ」
「おれが?」
ゲリラライブに観衆をひっぱりだすのは、ロック研の伝統だ。バンド経験のありそうな人を見つけたら、声をかけて演奏させる。共通の話題を作って、あわよくばサークルに入れてしまおうという作戦だ。哲哉が在籍してたころには、既に伝統になっていた。
ギターを抱えて立っている哲哉は、格好の標的だった。
降ってわいた予想外の申し出に、哲哉は困ってしまった。ばれて、シークレットが台なしになるのはごめんだ。
「メイクの腕を信用しろって。第一、得能哲哉がここにいるなんて、だれも思わないよ」
「でも歌ったら、ばれないか?」
「大丈夫、なんとかなるんじゃないかい」
悠に背中を押されて、哲哉は後輩たちの横に立った。
「えっと、お名前は?」
「匿名希望のドラキュラ伯爵です」
「わお、なりきってますね」
観衆の視線が自分に集まっている。この中に気づいた人はいるだろうか。ざっと見まわすが、ばれてるようすはない。
「好きな曲やってもらっていいんだけど、迷うようだったら参考にしてください」
渡された楽譜の中に『ブルーライト・ムーンナイト』があった。ロック研でがんばっていたころに作った曲だ。当時のことを思い出して、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
この場で演奏するのに、これ以上の曲はない。歌詞が確実に頭に残っているか心配だったが、楽譜があるのでなんとかなるだろう。哲哉はギターを取り出し、肩にかけた。
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