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第三話 ゲリラライブと恩人
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「ドラキュラさんの演奏でーす。拍手ぅ!」
アウェイなので、観衆の視線は意外と冷たい。目の前の人物がどの程度のレベルか見極めてようとしている。もちろんみんながそうではないが、厳しい視線は確実に存在した。でも、路上ライブはいつもこんな感じだった。ファンに囲まれたステージばかりしていると、こんな空気さえ懐かしい。
何気なく覗いている人たちや、冷ややかに見ている人たちを、驚かせてやる。音楽の魅力を伝えてみせる。昔はいつもそんな気迫でライブをやっていた。でも最近は、尖った気持ちを忘れている。ここで歌うのは、当時の気持ちを思い出せという意味だろうか。
リズムを取って演奏を始めると、学生時代のことが頭の中を巡ってきた。この曲には、たくさんの思い出が詰まっている。まつわるエピソードも、全てが懐かしい。
観衆の表情を確認する。なんとなく聴いていた人たちも、耳を傾け始めた。
そう、この感覚。もっとたくさんの人の足をとめて、こちらをふりむかせてやる。見てろよ。みんな、おれの歌を聴け!
自分でも驚くほどに熱が入り、メドレーで三曲も演奏してしまった。
ふう、と肩で息をした。これで終わりだ。全力を出し切ったあとの、心地よい疲れを感じる。
演奏に夢中で気づかなかったが、いつの間にかギャラリーが増えていた。みんな圧倒されて、じっと哲哉を見ている。視線が集中していた。
静寂をやぶるように、パチパチと拍手の音がした。悠が会心の笑みを浮かべて、賞賛を送っている。ほかの人たちも我に返り、大きな拍手をしてくれた。
気持ちいい。全身で歌いきったあとに、みんなに受け入れられる最高のとき。音楽をやっててよかったと思える瞬間だ。
「すっげーうまい……」
背後で、ボーカルのつぶやきが聞こえた。
ぺこりと頭をさげ、哲哉は一歩下がった。観衆は余韻に浸りながら、少しずつ散り始める。やりすぎてばれてしまったかと心配になったが、だれも気づいていない。悠は哲哉を見て、得意げに親指をたてた。
「うまいですね。プロ級のボーカルだ。でも――」
ギターを弾いていた後輩が、哲哉に声をかけた。
「ギターは人並みですね。それにボーカル。すっごくうまいけど、大きな欠点がありますよ」
たしかにギターはプロ並みではない。だからレコーディングはもちろん、ライブでも披露したことがない。しかしボーカルにまでケチをつけられるとは思わなかった。
「個性が感じられないんです。声質が似てるからって、意識してません? オーバー・ザ・レインボウの得能さんを」
「そう……そうだね。よく言われるよ」
鋭い指摘に哲哉は返す言葉をなくし、あいまいな笑顔を浮かべた。
「アマチュアだったらいいんです。でもドラキュラさんは、プロ目指してるでしょ。ぼくらとは全然レベルが違うからわかるんです。もしかして、セミプロですか?」
哲哉は軽くうなずいた。人さし指でずれためがねを戻しながら、後輩が続ける。
「だったらなおさら個性は大切です。こんなにうまいのに、もったいないですよ」
本当に彼は、よく聴いている。でもさすがに、本人が歌っているとまでは見抜けなかったようだ。哲哉は頭をかきながら、苦笑した。
「生意気なこと言ってすみません。でも、本当にすばらしいです。ぜひロック研に入部してください」
「ごめん。おれは部外者なんだ。卒業生なんだよ」
「あー、それは残念です。来月の学園祭、ぼくらもライブやるから、来てくださいね」
後輩はチラシとチケットを渡してくれた。
お礼と別れの挨拶をし、悠のそばにもどったところで、後ろに立っている人と目が合った。
「げっ」
それは学生課の職員で、哲哉たちのゲリラライブをとめにきてた人だった。
「やっぱり得能くんか。まさかとは思ったけど、わたしを見てそんな顔をするところを見ると、まちがいないな」
懐かしそうにハハッと笑う。あのころとちがう態度に戸惑っていると、
「もう学生課じゃないから、とめなきゃいけない立場じゃないんだ。おかげで生演奏をじっくり聴かせてもらえたよ」
「あの当時は、本当にご迷惑をおかけました」
「いやいや。あんな立場じゃなかったら、きみらのライブをじっくり聴きたかったんだよ」
意外な言葉に、哲哉の顔がほころんだ。
「うちの娘もファンでね。一緒にアルバム聴いてるよ。次はライブに行くんだ。きみたちのおかげで、年頃の娘と出かけられる」
アマチュア時代から見てくれて、プロになっても影で応援してくれている。うれしい言葉に、哲哉は深々と頭を下げた。
「そろそろ行くか。ジャスティのマスターとも、つもる話があるだろ」
悠に促され、職員に別れを告げた。
哲哉は、アマチュア時代の、ひたむきで、純粋に音楽を楽しんでいた気持ちを少しずつ思い出していた。
正門を出てしばらく歩くと、ライブ喫茶ジャスティについた。
店は夕方からのハロウィンパーティーにむけて、最後のセッティングをしていた。哲哉が扉を開けるとマスターがふりかえる。
「まだ準備中ですよ」
マスターはドラキュラ伯爵の正体がわからなかったようだ。
「哲哉だよ。お久しぶり」
「え? なんだって?」
マスターは手をとめて出迎えてくれた。再会の喜びで、哲哉をハグする。留学経験のあるマスターは、喜びの表現もアメリカンスタイルだった。
アウェイなので、観衆の視線は意外と冷たい。目の前の人物がどの程度のレベルか見極めてようとしている。もちろんみんながそうではないが、厳しい視線は確実に存在した。でも、路上ライブはいつもこんな感じだった。ファンに囲まれたステージばかりしていると、こんな空気さえ懐かしい。
何気なく覗いている人たちや、冷ややかに見ている人たちを、驚かせてやる。音楽の魅力を伝えてみせる。昔はいつもそんな気迫でライブをやっていた。でも最近は、尖った気持ちを忘れている。ここで歌うのは、当時の気持ちを思い出せという意味だろうか。
リズムを取って演奏を始めると、学生時代のことが頭の中を巡ってきた。この曲には、たくさんの思い出が詰まっている。まつわるエピソードも、全てが懐かしい。
観衆の表情を確認する。なんとなく聴いていた人たちも、耳を傾け始めた。
そう、この感覚。もっとたくさんの人の足をとめて、こちらをふりむかせてやる。見てろよ。みんな、おれの歌を聴け!
自分でも驚くほどに熱が入り、メドレーで三曲も演奏してしまった。
ふう、と肩で息をした。これで終わりだ。全力を出し切ったあとの、心地よい疲れを感じる。
演奏に夢中で気づかなかったが、いつの間にかギャラリーが増えていた。みんな圧倒されて、じっと哲哉を見ている。視線が集中していた。
静寂をやぶるように、パチパチと拍手の音がした。悠が会心の笑みを浮かべて、賞賛を送っている。ほかの人たちも我に返り、大きな拍手をしてくれた。
気持ちいい。全身で歌いきったあとに、みんなに受け入れられる最高のとき。音楽をやっててよかったと思える瞬間だ。
「すっげーうまい……」
背後で、ボーカルのつぶやきが聞こえた。
ぺこりと頭をさげ、哲哉は一歩下がった。観衆は余韻に浸りながら、少しずつ散り始める。やりすぎてばれてしまったかと心配になったが、だれも気づいていない。悠は哲哉を見て、得意げに親指をたてた。
「うまいですね。プロ級のボーカルだ。でも――」
ギターを弾いていた後輩が、哲哉に声をかけた。
「ギターは人並みですね。それにボーカル。すっごくうまいけど、大きな欠点がありますよ」
たしかにギターはプロ並みではない。だからレコーディングはもちろん、ライブでも披露したことがない。しかしボーカルにまでケチをつけられるとは思わなかった。
「個性が感じられないんです。声質が似てるからって、意識してません? オーバー・ザ・レインボウの得能さんを」
「そう……そうだね。よく言われるよ」
鋭い指摘に哲哉は返す言葉をなくし、あいまいな笑顔を浮かべた。
「アマチュアだったらいいんです。でもドラキュラさんは、プロ目指してるでしょ。ぼくらとは全然レベルが違うからわかるんです。もしかして、セミプロですか?」
哲哉は軽くうなずいた。人さし指でずれためがねを戻しながら、後輩が続ける。
「だったらなおさら個性は大切です。こんなにうまいのに、もったいないですよ」
本当に彼は、よく聴いている。でもさすがに、本人が歌っているとまでは見抜けなかったようだ。哲哉は頭をかきながら、苦笑した。
「生意気なこと言ってすみません。でも、本当にすばらしいです。ぜひロック研に入部してください」
「ごめん。おれは部外者なんだ。卒業生なんだよ」
「あー、それは残念です。来月の学園祭、ぼくらもライブやるから、来てくださいね」
後輩はチラシとチケットを渡してくれた。
お礼と別れの挨拶をし、悠のそばにもどったところで、後ろに立っている人と目が合った。
「げっ」
それは学生課の職員で、哲哉たちのゲリラライブをとめにきてた人だった。
「やっぱり得能くんか。まさかとは思ったけど、わたしを見てそんな顔をするところを見ると、まちがいないな」
懐かしそうにハハッと笑う。あのころとちがう態度に戸惑っていると、
「もう学生課じゃないから、とめなきゃいけない立場じゃないんだ。おかげで生演奏をじっくり聴かせてもらえたよ」
「あの当時は、本当にご迷惑をおかけました」
「いやいや。あんな立場じゃなかったら、きみらのライブをじっくり聴きたかったんだよ」
意外な言葉に、哲哉の顔がほころんだ。
「うちの娘もファンでね。一緒にアルバム聴いてるよ。次はライブに行くんだ。きみたちのおかげで、年頃の娘と出かけられる」
アマチュア時代から見てくれて、プロになっても影で応援してくれている。うれしい言葉に、哲哉は深々と頭を下げた。
「そろそろ行くか。ジャスティのマスターとも、つもる話があるだろ」
悠に促され、職員に別れを告げた。
哲哉は、アマチュア時代の、ひたむきで、純粋に音楽を楽しんでいた気持ちを少しずつ思い出していた。
正門を出てしばらく歩くと、ライブ喫茶ジャスティについた。
店は夕方からのハロウィンパーティーにむけて、最後のセッティングをしていた。哲哉が扉を開けるとマスターがふりかえる。
「まだ準備中ですよ」
マスターはドラキュラ伯爵の正体がわからなかったようだ。
「哲哉だよ。お久しぶり」
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マスターは手をとめて出迎えてくれた。再会の喜びで、哲哉をハグする。留学経験のあるマスターは、喜びの表現もアメリカンスタイルだった。
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