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第四話 ライブ喫茶ジャスティ
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「最強のメークアップアーティストがいてね。さっきキャンパスで歌ったけど、だれも気がつかなかったんだぜ」
「後輩には『得能さんに似すぎて、個性が感じられません』なんて言われたんだよな」
三人は最後のセッティングをしながら、ゲリラライブのことを話していた。
「ロック研なら、今日も来るよ。彼らも歌ってくれることになってるんだ」
「あの子たちには、ドラキュラ伯爵の正体を話さないでくださいね。得能哲哉本人にアドバイスしたって知ったら、あまりのショックで寝込んでしまうかもしれないから」
「そんなに繊細じゃないけどな。でも高遠くんがそういうなら、黙っておくよ」
準備も終わり、ちょうど開場時刻となった。モンスターに魔法使い、オバケなど、いろいろな仮装を施した人たちが集まった。簡単なオードブルとドリンクのバフェで楽しめるとあって、学生も大勢訪れている。
「そろそろ開演時刻だな」
まずはロック研のメンバーによるライブ。ゲリラライブしていた二人以外にも、三人組のバンドが二つ。今日はすべて、アンプラグドだ。
海賊の衣装を着たバンド、魔法使いとピエロによるパントマイムを交えたバンド、そしてさっきのデュオは、何かのキャラの格好でアニメソングを歌っていた。ハロウィンの仮装とコスプレを混同しているような気もしたが、それが新鮮だったようで、会場の拍手に包まれていた。
アマチュアのライブを見ると、哲哉はいつも彼らの持つエネルギーに圧倒される。もちろん技術はプロに及ばない。でもそれ以上に、はちきれそうな情熱を感じる。彼らが純粋に音楽を楽しんでいるからだろう。
うれしいことに今日は、自分もアマチュアのひとりになれた。
オーバー・ザ・レインボウの看板を外すのは難しい。だが仮装のおかげで、得能哲哉の影から抜け出せる。ここにいるのはだれでもない、ロックを愛する一人の青年だ。歌うことを純粋に楽しめる。
「哲哉、次頼むよ」
マスターに声をかけられた。いよいよだ。
本番前の緊張感は、ステージの大きさとは関係ない。あがって失敗しないかという心配と、最高に素敵なライブを見せるという自信が交差する。
呼吸を整えて緊張をうまくコントロールしていると、さっきの二人組がステージからおりてきた。
「今日は得能哲哉の物まねでいくよ。似てるって言われたから、たまにはその線でやってみる」
「それなら完璧です。本人が歌ってるのかって思ったくらい似てました」
後輩の後ろで笑いを堪えているマスターに、ばらさないでよ、と目で合図をする。
哲哉はみんなの前に立った。見なれた会場。抑えた照明の中で、ステージだけが明るく浮かぶ。手を伸ばせば観客に届きそうな距離感が、ひどく懐かしい。
「ドラキュラ伯爵は、オーバー・ザ・レインボウの物まねが得意だからね。本人が歌ってるって思うくらいそっくりだから、どぎもを抜かれないように」
マスターが紹介してくれた。用意された椅子に座り、終わったばかりのツアーのオープニング曲から入る。どんなステージでも、全力投球を忘れない。サラッと流すような演奏はごめんだ。だからこの曲で、自分のテンションをあげる。
冒頭部分を歌っただけで、ギャラリーから歓声が上がった。物まねのできを伺っていた人だって、一気に惹きつける。あとはこっちのもの。曲にあわせて、楽しい気分にも切ない気分にも浸ってもらう。この時間をリードするのは、自分の歌声だ。
マスターと打ち合わせていたのは五曲。ほかにどうしても歌いたい曲がある。キャンパスでも歌った『ブルーライト・ムーンナイト』だ。切ないバラードは、メンバーの一人が自分の思いを込めて書いた。何度も何度も書き直して完成させ、学園祭で初披露した。人気のあるこの曲は、初期のライブで必ず歌っていた。
懐かしい場所で、懐かしい曲を演奏する。そして自分自身が、まず楽しむ。
音楽って楽しいんだよ。ロックって力強くてやさしい。とっても繊細で、気持ちのいいものなんだよ。熱い想いを、音とリズムに乗せて、全身で表現する。それが哲哉の楽しみ方だった。
歌い終わった瞬間の、割れんばかりの歓声。それは大きなコンサートホールに勝るとも劣らない熱さで、哲哉を包んでくれた。
「後輩には『得能さんに似すぎて、個性が感じられません』なんて言われたんだよな」
三人は最後のセッティングをしながら、ゲリラライブのことを話していた。
「ロック研なら、今日も来るよ。彼らも歌ってくれることになってるんだ」
「あの子たちには、ドラキュラ伯爵の正体を話さないでくださいね。得能哲哉本人にアドバイスしたって知ったら、あまりのショックで寝込んでしまうかもしれないから」
「そんなに繊細じゃないけどな。でも高遠くんがそういうなら、黙っておくよ」
準備も終わり、ちょうど開場時刻となった。モンスターに魔法使い、オバケなど、いろいろな仮装を施した人たちが集まった。簡単なオードブルとドリンクのバフェで楽しめるとあって、学生も大勢訪れている。
「そろそろ開演時刻だな」
まずはロック研のメンバーによるライブ。ゲリラライブしていた二人以外にも、三人組のバンドが二つ。今日はすべて、アンプラグドだ。
海賊の衣装を着たバンド、魔法使いとピエロによるパントマイムを交えたバンド、そしてさっきのデュオは、何かのキャラの格好でアニメソングを歌っていた。ハロウィンの仮装とコスプレを混同しているような気もしたが、それが新鮮だったようで、会場の拍手に包まれていた。
アマチュアのライブを見ると、哲哉はいつも彼らの持つエネルギーに圧倒される。もちろん技術はプロに及ばない。でもそれ以上に、はちきれそうな情熱を感じる。彼らが純粋に音楽を楽しんでいるからだろう。
うれしいことに今日は、自分もアマチュアのひとりになれた。
オーバー・ザ・レインボウの看板を外すのは難しい。だが仮装のおかげで、得能哲哉の影から抜け出せる。ここにいるのはだれでもない、ロックを愛する一人の青年だ。歌うことを純粋に楽しめる。
「哲哉、次頼むよ」
マスターに声をかけられた。いよいよだ。
本番前の緊張感は、ステージの大きさとは関係ない。あがって失敗しないかという心配と、最高に素敵なライブを見せるという自信が交差する。
呼吸を整えて緊張をうまくコントロールしていると、さっきの二人組がステージからおりてきた。
「今日は得能哲哉の物まねでいくよ。似てるって言われたから、たまにはその線でやってみる」
「それなら完璧です。本人が歌ってるのかって思ったくらい似てました」
後輩の後ろで笑いを堪えているマスターに、ばらさないでよ、と目で合図をする。
哲哉はみんなの前に立った。見なれた会場。抑えた照明の中で、ステージだけが明るく浮かぶ。手を伸ばせば観客に届きそうな距離感が、ひどく懐かしい。
「ドラキュラ伯爵は、オーバー・ザ・レインボウの物まねが得意だからね。本人が歌ってるって思うくらいそっくりだから、どぎもを抜かれないように」
マスターが紹介してくれた。用意された椅子に座り、終わったばかりのツアーのオープニング曲から入る。どんなステージでも、全力投球を忘れない。サラッと流すような演奏はごめんだ。だからこの曲で、自分のテンションをあげる。
冒頭部分を歌っただけで、ギャラリーから歓声が上がった。物まねのできを伺っていた人だって、一気に惹きつける。あとはこっちのもの。曲にあわせて、楽しい気分にも切ない気分にも浸ってもらう。この時間をリードするのは、自分の歌声だ。
マスターと打ち合わせていたのは五曲。ほかにどうしても歌いたい曲がある。キャンパスでも歌った『ブルーライト・ムーンナイト』だ。切ないバラードは、メンバーの一人が自分の思いを込めて書いた。何度も何度も書き直して完成させ、学園祭で初披露した。人気のあるこの曲は、初期のライブで必ず歌っていた。
懐かしい場所で、懐かしい曲を演奏する。そして自分自身が、まず楽しむ。
音楽って楽しいんだよ。ロックって力強くてやさしい。とっても繊細で、気持ちのいいものなんだよ。熱い想いを、音とリズムに乗せて、全身で表現する。それが哲哉の楽しみ方だった。
歌い終わった瞬間の、割れんばかりの歓声。それは大きなコンサートホールに勝るとも劣らない熱さで、哲哉を包んでくれた。
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