【完結】あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて

須賀マサキ(まー)

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第一章

一. 吹き始めた木枯らし(二)

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 沙樹の午後の仕事は、十五時からの生番組だ。三十分前から入るリクエストやメッセージをチェックして、面白そうなものをピックアップする。基本的になんでもOKの帯番組なので幅広い年齢からのリクエストが集まる。今日のDJ槙原まきはらななこはかっこ良くてかわいいものが好きなので、沙樹は彼女の好みに沿うようなメッセージを選ぶ。リスナーの熱い想いが伝わるメッセージを読むのは、沙樹の楽しみでもあった。
 だが今日はワタルの件が気がかりで、お便りの内容が頭に入らない。
 さっきはスタッフに渡す飲み物を準備し忘れるわ、台本をデスクに置き忘れるわで、普段ならやらないミスを重ねている。放送事故につながらなかったのが、不幸中の幸いだ。
 自分の失敗で自己嫌悪におちいっているというのに、間の悪いことにオンエア中の曲は浅倉梢の歌で、作詞作曲は北島ワタルというおまけつきだ。
「なにが熱愛報道よ」
「なんだって?」
 心の叫びが口をついて出てしまい、沙樹は和泉のいぶかしげな視線を浴びた。
「な、なんでもないです。和泉さんが気にするようなことじゃありませんってば」
 沙樹は右手をふり、作り笑顔でごまかす。
「おまえさん、今日はなんだか変だぞ。ミスも多いし。何かあったか?」
「そうよ。具合悪いんじゃない?」
 曲の途中でDJブースにいるななこにまで声をかけられた。
「大丈夫、なんでもないです。ほら、こんなに元気ですよ」
 沙樹は腕まくりして力こぶを作るポーズをとる。無理して笑っているのが自分でもよく解った。
 何か言いたげな和泉を無視し、PCで季節にあうようなメッセージをチェックしていると、続いて流れてきた曲のイントロに沙樹の口元が歪んだ。
『次はメールで頂いたリクエストです。曲はオーバー・ザ・レインボウの……』
 熱愛報道に影響されたスタッフが、意図的に二つの曲を連続させたのかと思った。ひねくれた発想に自己嫌悪を覚えさらに気分が沈んだ。
 PCの横には写真週刊誌が広げられている。裕美が放置していったので、仕方なく持ってきたものだ。
「西田が女性週刊誌とは。小川みたいだな」
 和泉が珍しそうにページを覗き込んだ。
「北島くんと浅倉さんの件か。写真週刊誌にスポーツ新聞、芸能部門のトップニュースになっているそうだぞ」
「本当ですか?」
 芸能ニュースに興味のない沙樹は、テレビやネットで流れていても真剣に見ることがない。
「一誌のスクープじゃなくて、スポーツ紙や週刊誌が一斉に報道しているから、リークがあったんじゃねえかな」
 和泉は腕組みをし、沙樹の横に座った。
「おまえさん、彼らの番組を担当してたな。身近なミュージシャンが報道されて気になるかもしれないが、本人に真相を訊くなんて真似は慎めよ。いや、西田がそんなことしないのは解っているさ。おれたちの仕事は音楽を届けることで、芸能ネタを報道することじゃない。仕事とプライベートは別もの。どうでもいいんだよ」
 和泉はゴミ箱に週刊誌を放り込んだ。
「ただし、本当にめでたいときは祝福することも忘れずにな」
「祝福……ですか」
 もちろん和泉も沙樹とワタルのことを知らない。悪意がないだけに、最後の言葉はかなり堪えた。
「沙樹ちゃん、CMあけたらこのメッセージから入るね。曲はクロスロードの……」
 ななこの指示に沙樹は元気よく返事をし、曲の準備を始めた。仕事に没頭することで嫌な報道を忘れようと努めた。

   ☆   ☆   ☆

 帰宅ラッシュも過ぎた時間だが、相変わらず電車は混んでいる。沙樹は吊り革につかまり、流れる景色をぼんやりと眺めていた。
 途中に見える高層マンションにワタルの部屋がある。ようすを見に行こうと考えたが、浅倉梢とワタルが一緒にいるところに鉢合わせしそうで足がすくんだ。
 いつもの最寄り駅を降り、コンビニで週刊誌とスポーツ新聞を買った。部屋に帰って広げると、どこもワタルと浅倉梢の記事を大きく扱っている。見出しを見るのが精一杯で、記事は読めない。沙樹は震える手でそれらを古新聞に挟み、ひもで縛った。
 和泉の言うようにだれかのリークなのだろうか。双方の事務所が出したコメントまでは読めていない。
 シャワーあとに髪を乾かしながらテレビをつけた。ニュースキャスターが穏やかな表情で終わりのあいさつをしている。そろそろ日付の変わる時刻だ。沙樹はスマートフォンをチェックしたが、通知は一件もなかった。
 オーバー・ザ・レインボウがアマチュアだったころ、沙樹は彼らの活動の手伝いをしていた。メンバーとも親しかったが、恋愛関係に発展することはなかった。
 ワタルとつきあい始めたのは、プロになるかならないかという時期だった。知名度が上がっているときだったので、目立つ行動を避けるつもりでつきあいを内密にした。仲間や事務所にまで隠すつもりはなかったが、機会もないまま今日まで来てしまった。そのため沙樹とワタルのことを知るものはほとんどいない。
 沙樹から連絡するときは、まずメッセージを送る。都合のよいときはワタルから電話がかかってくる。慎重の上にも慎重を重ねて行動してきたおかげで、人気の割には週刊誌にキャッチされることは一度もなかった。
 
 それなのにワタルは、別の女性と大々的に報道されるとは。
 
 仕事に追われるふたりなので、デートをするチャンスもめったにない。電話不精に筆不精のワタルは頻繁に連絡してくることもないが、つきあい始めたころならいざ知らず、今ではそれを普通のことと受け止めていた。
「ワタルさんったら、めったに電話もかけてくれないんだもん」
 三日前の深夜にワタルから電話が入ったのが逆に珍しいくらいだ。思わぬときに声が聞けて気持ちが弾む一方で、違和感を覚えたことを思い出した。あれはワタルからの無言のメッセージだったのかもしれない。何かを言おうとして連絡してきたのに、沙樹はそこまで深刻に考えなかった。
 状況が全く把握できない。ワタルの口から直接聞きたくて何度も連絡を入れるが、電話は電源が切られたままだ。
「まさか、浅倉さんと一緒にいるんじゃ……」
 何気なくつぶやいたあとで、沙樹は頭をふって自分の考えを追い出した。
「やだ。あたし、何考えてるんだろ」
 沙樹は力なくドライヤーをテーブルに置いた。本棚におかれた写真立てを横目で見る。
「最近は、仕事以外で会う時間が減っちゃったね」
 ラジオ番組がなければワタルと顔を合わせることもない。
 それでも沙樹は平気だった。あのような記事を見せられるまでは。
 連絡が途切れるのは仕事のせいではなく、ほかに理由があった。そんなことに思いも至らない自分が情けない。仕事と恋愛を天秤にかけたつもりはなかったが、無意識のうちに仕事を優先させていた。その結果がこれだ。
「気持ちがつながっているなんて、ただの錯覚だったのかな」
 部屋の明かりを消してベッドに寝転がり、沙樹はもう一度メッセージを書いた。
――深夜でも早朝でもいいから、時間ができたら連絡して。
画面をじっと見つめ返信を待つ。
 一分、二分、五分……時間は過ぎるが着信音は鳴らない。待ちくたびれた沙樹は、いつの間にか眠りに落ちた。



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