飛脚の涙

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第二話

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 そんなこんなで久衛門ははるばる飛騨から江戸まで上がって来たわけです。

 彼の前途は洋々としていたことでしょう。目に見えるものすべてが新鮮で、そのいちいちに感動していました。何よりも犬猫の類が多いこと多いこと。時の将軍はあの綱吉です。先輩、何かピンときませんか? ですよね、そうです。あの有名な生類憐みの令ですよ。動物を大事に扱えってね。彼にとって犬が堂々と道の真ん中を歩いている様子というのは、故郷では考えられないことです。地方ではあまり順守されていなかったのが現実の様ですね。
 都会の猥雑さ、それでいてどこか洗練されている雰囲気は久衛門を魅了しました。彼は改めてここで生活して行く意思を固めました。

 江戸奉公人として彼が任されたのは警護の仕事です。これは中々大変なことです。有象無象の輩が跋扈する江戸の町を守るのは簡単ではありません。しかしそういった立ちはだかる困難は久衛門を滾(たぎ)らせはしても、決して怖気づかせることはありませんでした。
 当初、足の頑丈さと俊敏さを買われて夜間の見回り部隊に入れらたということもあり、だから任命を受けて以来、彼は自分の足に気を使った生活を送りました。湯に入る時も丁寧に揉みほぐしながら、いつかくる大捕物劇に思いを馳せていたのです。しかしその日は一度もやってきませんでした。

 夜の見回りは、通常三四人の班を組みます。右手に十手、これは官給品です。そして、左手には行燈、どちらにも「御用」の文字があります。ただこういった姿で連れだって練り歩く行為というのは、抑止力になりはしても、目の前で犯罪者を捕まえられるというものではありませんでした。何せ見回りの際には、妙な節の音頭を取りながら歩いているのですから、相手に逃げろと忠告しているのと同じことなのです。
 話が違う! いえ先輩ちがいますよ。そうじゃありません、久衛門です。久衛門が「話が違う!」って怒ってるんです。彼が夜の見回り部隊に配属されたのは彼の足を買われて、とはさっき言いましたよね。それは真実なんですけどもね、他にも理由があったんですよ。

 江戸の警護に当たる人たちはもちろん全員武士です。そのなかでも位の差は当然あります。ただ、これはあまり重視されなかったんですね。なぜかと言いますと、彼らの様な下級武士というのは、お上から見ればみんないっしょ。その中で俺の方が先の戦で、とか、いやいや父方は昔何千石の、とか言ったってどこにも通用しなかったんです。庶民から見れば話の内容がまず理解できない。ただ偉そうにしているから偉いんだろうなと解釈されているに過ぎません。卑小な張り合いで勝敗を感じていたのは、せいぜい自分達と同じ境遇の者との間でだけ。
だから出世のためには手柄を上げる以外に方法がなかったんです。

「夜の警護は危険だけど、その分、名をあげる機会も多い」
久衛門は最初そのように聞いていましたが、それは嘘だったということです。いつものように田舎から出てきた下級武士の子息を、今回の場合はそれが久衛門だったわけですが、彼をまんまと蚊帳の外へと追っ払うことに成功した張本人たちは、策略と計略を巡らして、その詳細については省きますが、勧善懲悪物によく使われている前振り部分を思い描いて下されば結構です。
とにかく汚いやり方で、彼らが実績と小金を着実に増やしていることにも、久衛門はやがて気がつきました。どうやら、岡っ引きと呼ばれる半民半官の輩を上手く利用しているようなのです。自分たちの詰め所によく出入りしている岡っ引きを久衛門も見たことがあります。そこらへんにいる悪党よりもよっぽど悪どい顔をしていたのをよく覚えています。そしてその岡っ引きにも、手籠の駒が市中にいるというのですから世も末です。

 久衛門は、自分が最も軽蔑する行為を嬉々として行う人間の多さに、怒りよりも悲しみを覚えました。

 今も昔も人がやることは一緒ですね。小権力が小狡い小偉力でもってして、彼らの小世界上で小金を回しているんですよ。まだ汚れを知らない大志を胸に持つ久衛門には、そのことがどうしても我慢ならなかった。

 先輩ならどうしますこういう時。理不尽な力が働いて、そのせいで自分が正当に評価されない。だってそうですよ。久衛門にしてみれば平和を守ってるのは夜を警護する自分たちなわけですからね。犯罪が起こる前にそれを防いでるんですからね。手柄が無いのは平和な証拠でしょう。それが無能呼ばわりされるんですからたまったものじゃありません。
それからしばらくして、彼は警護人を辞めました。

 え、何ですか? これだから最近の若い者はって? 何言ってんですか、先輩だってまだ若者の部類ですよ。三年内離職ですか? そんな言葉は当時にはありませんよ。そんなね、簡単に辞めれるわけがないんですよ。そりゃ今だって仕事を辞めるってのは大事だと思いますけどね、やっぱり江戸時代の奉公人がその世界を辞めるってのとは話が違いますよ。まず家同士の繋がりがありますよね。それに身分階級ってのもあるわけですから、再就職だって中々……地方はどうか知りませんけどね、江戸に限って言えばそう簡単ではありません。どちらにせよ、久衛門は一旦浮浪者になる必要がありました。実家には帰れません。もしかしたら自分の身勝手のせいで何かしらの被害が及んでるかもしれないんですからね。

 彼は自分の誇りである足を武器にすることに決めました。「久衛門屋」を屋号とし、飛脚の真似事を始めたのです。

 しかしそんな簡単に上手く事が運ぶほど甘くはありませんでした。
まず仕事の依頼が無い。仕事の依頼がないのですから、当然、自身が持つ力を発揮することもできません。いくら久衛門が飛脚の看板を掲げて、迅速丁寧を叫んでも一向に依頼がないのです。興味をもって話しかけてきた町人がいても、決まっていつも、話が纏まりかけてきたところで、御破算になってしまいました。なぜか。それは信用の一言に尽きます。

 その当時から組合と言いますか、飛脚寄り合いみたいなものがあったわけです。今で言うところの運送会社みたいなものですね。荷物を届けたいって人がそっちに頼むのは自然な流れですよね。どこぞの馬の骨ともわからない男に大事な荷物を預ける物好きなんていませんよ。実際に盗人飛脚なる輩もいたわけですからね。知ってます? 飛脚の料金ってのは高かったそうですよ。手紙一通出すのに、今で言うと一万円ぐらいしたらしいんです。だからお客さんはどうしても慎重になるわけです。久衛門は一人で動く気楽さで、料金も相場よりぐっと安く設定していました。だから興味を持つお客さんはいたんですが、やっぱり最後にはいいやとなってしまうわけです。荷物を盗まれるんじゃないかと心配するんですね。

 久衛門はこの予期せぬ事態に焦りました。自分の走りっぷりを一度でも見てくれたなら信用は勝ち取れるはずなのに、その最初の一歩目がどうしても出せない。お客さんが信用してくれないのは苦々しく感じていました。しかし一方で、それも当然かなどとも考えていました。
 江戸の町人が金のやり取りに聡いことは、久衛門もよく知るところだったのです。そして身を表す徴が重要視されることも。
やはり浮浪者の身となってしまうと、社会のサイクルにどうしても組み込めないのです。久衛門は、かつて自分が持っていた下級武士という称号を捨ててしまった過去を、不本意ながら少し後悔していました。ただこういった状況にならず、あのまま下級武士の奉公人として理不尽で狭小な権力の中で生き続けていたならば、きっと社会のサイクルがどうとかいうことに思い馳せることもなかったはずだと、無理やりに自分を納得させて、そんなことより何か善後策をとそちらの方へ考えを向けました。

 信用を得る為に自分ができることを考えたわけです。とにかくお客さんに安心してもらわなければなりません。荷物がなくならないだろうか。相手にちゃんと届くだろうか。それらお客さんの持つ心配を打ち消すようなものが自分にないかどうかを考えました。そして閃いたのです。え、トントン拍子に進み過ぎてる? そんなこと言われても困りますよ。文句なら久衛門に言って下さい。

 いいですか、先輩。久衛門が閃いたもの。それはあの官給品の十手です。まだ持っていたんですね、彼。だからぼくはそのあたりからもちょっと考えてしまうんですけどもね。やっぱり久衛門ってやつは貴賎を嫌いながら、自分では意識してない所で、それを誇りに思ってる部分があると思うんですよ。それを認めたくないが為の反発。という風には考えられませんかね。違いますか……なるほど、久衛門はあくまでも良いやつなんですね。先輩もすっかりファンですね。はは。まあとにかく久衛門はその十手を、市場に出回らない希少性だけでなく、権力という目に見えない力の象徴としての官給品を上手いこと利用したわけです。

 具体的にどう利用したかの説明ですか。黄門様みたいな使い方ではありませんよ。違います違います。幕府の威光ではありません。

 まずお客さんから荷物を受けるでしょ。手紙なり小包なり、それに合わせた料金を、駄賃と言うんでしょうかね、相応のお金も一緒に、久衛門は受け取るわけです。たださっき言った通り、この時点でお客さんは不安を感じるわけですね。荷物も渡した、金も渡した。だから圧倒的に不利なわけですよ。そこで久衛門が懐からあの十手を取り出します。ああ、そうか……いえ、こういうやり方も久衛門にとってはお上への当てつけだったのかもしれないなと思ったんですよ。つまりどういうことかと言いますと、久衛門はその十手を担保として、お客さんに預けるわけです。もし俺がトンズラこいてもこの十手が残れば文句ないだろう、というわけです。町人からすれば、これは十分納得できる条件です。警護人が持つ十手が自分の手の内にあるのですから。武士になったような気になってしまうのも無理ありません。町人からすれば警護人でも武士は武士ですからね。「切り捨て御免」で許される武士ですから、そりゃあもう万能感といったらすごいものですよ。一般人からすればその中での位の差なんてものにはてんで疎いものですから。

 久衛門はさぞ愉快だったでしょうね。仕事を手に入れることができた。それから、かつて自分が忌み嫌った身分を、商売の信用を得る為の道具に使ってやったんですから。

 えっ、久衛門をそんな風に言うなって? 何でそんな興奮してるんですか、先輩。別にぼくは悪く言ってるつもりなんてありませんよ。ただね、昔話の解釈をする際の可謬(かびゅう)性って言うんですか、そこには気を付けていきたいんですよ。一つの視点だけで見るのは良くないなと日頃から思ってるんですよね。だから先輩が久衛門頑張れって思えば思うほど、ぼくはその逆を言いたがるのかもしれません。
 ただその後の久衛門はぼくの思惑なんてまったく気にしないようで、着々と売れ上げを伸ばしていきました。やはり十手の効果は大きかったようです。今だってたまにニュースになってるじゃないですか。警察官の備品が裏で売られてたとか言って。やっぱり官給品ってのはそれだけで魅力的なんですよ。しかしその大きい力が悪い方向に働くこともあります。


 その日、久衛門は訝しむ客に十手を見せてやりました。相手はこれまでの例に漏れず、過去の客と同じように驚いていました。いやそれ以上です。感激さえしてるようです。その男は、自分が飛脚に荷物を頼んでることなんてすっかり忘れた様子で、御用と書かれた十手を眺めすかしていました。その時点で久衛門は気付くべきだったのですが、彼はそのまま、いつも通り男に十手を預け、言われた届け先へと向かいました。

 久衛門の姿が見えなくなると、男はそそくさと路地を曲がったりくねったりして、着いたころはなんと質屋です。この男、最初からそのつもりだったんです。どこかで聞いたんでしょうね。珍しい十手を担保にしてる飛脚がいるって。だから久衛門に預けた小包も、中身はただのちり紙だし、届け先の住所もでたらめです。根が真面目、というかこの場合は愚直と言った方が近いですね、彼はありもしない届け先を探して行ったり来たりを繰り返しました。住所の聞き間違いをした可能性を考えて、番地を逆から読んだり、読みの似ている地名を思い浮かべたりして、結局、騙されたかもしれないっていう考えが浮かんだのは一番最後でした。

 もうだいぶ時間が経っています。気付けば町の外れまで来ていました。確かに、騙されたと考えた方が辻褄が合う。ここは一旦あの客の下まで戻ろう。

 久衛門は来た時の倍の早さで町の中心へと駆けだしました。ただ、この時にも、久衛門の頭の中にはまだ、自分の聞き間違いかもしれないという考えが残っていました。しかしどちらにせよ一旦戻る必要があったので、久衛門の足はなお勢いを増して地面を蹴っていました。

 決して怒りからくる力ではなかったということを言っておきます。そもそも彼にとっては、もう十手の存在なんてものはとても小さなものだったのです。

 その頃には、飛脚の久衛門屋としての名が割に広く知られるようになっていたので、十手に頼る必要が無くなってきていたのでした。したがって、この時の久衛門は冷静だったということ。決して火事場の馬鹿力ではるばる江戸の端から疾走していたわけではないということを覚えておいて下さい。

 久衛門は町に戻って来て、勢いそのまま客の男を探し始めました。最初に依頼を受けた場所には当たり前のように男はいません。男に預けていた十手は、届け先で受け取るはずだった直筆入りの用紙と交換する手筈でしたが、日が暮れかかってるというのに男は現れませんでした。

 質屋に行くしかない。久衛門は決心し、細い路地を曲がったりくねったりして先へと進みました。正直な所、ほったらかしたままでも良かったようです。質屋のオヤジに事情を説明しても聞き入れてもらえないことは明らかだったわけですし、それに引き取るとしても、相応の金を要求されるわけです。久衛門はそれを払うつもりはありませんでした。値段を聞くだけでもいいやというのが真意の様です。

 久衛門は快足をようやく止めて、質屋の暖簾をくぐりました。意外な人物がいました。あの警護人詰め所によく出入りしていた人相の悪い岡っ引きがいたのです。

 質屋の主人は久衛門の姿を認めるとお待ちしてましたと言わんばかりの振る舞いで、奥の座敷を勧めました。岡っ引きの隣です。久衛門はわけがわからないながらも、物騒な雰囲気が感じられなかった為、そのまま従うことにしました。主人は暖簾を畳み始めました。

「お前その足……大丈夫か?」
 岡っ引きのその意外な口調は、またも久衛門の警戒を解きほぐしました。

十年来の友人のようなその様子は、なんら飾り気なく、心からの驚きの声でした。
言われてから久衛門は自分の足を見ました。

 久衛門は思わず声を上げてしまいました。足が通常の倍ほどに膨れ上がっているのです。全体的に紅潮していて、青く透けている血管が浮き出て脈打っているのがわかります。特に痛みは感じられませんが、熱を持っているのは確かなようです。これではまるで、

「へっ、勃起してるみてぇだ」

 その通り。岡っ引きにそう指摘されて、久衛門は初めて自覚しました。自覚したからなのか、もう足が休みたがっているのか、膨張は急速に萎んでいってしまいました。見る見るうちに努張は大人しくなり、いつもの健康的に焼けた褐色に戻ったのです。

 先輩、これがあの特殊能力です。足を勃起させることによって、長時間の走行を可能にさせるっていう。久衛門は岡っ引きに指摘されるまで、そんな自分の状態に気付かなかったのです。ただ人よりも足が速いのだと思っていただけでした。え、いやいや、先輩。それはさっき言ったはずですよ。この現象を順序立てて説明する事は出来ないって。勃起してるんですからしょうがないでしょ。先輩だって自分のあそこがそういう状態になった時、順序立てた説明ができるんですか? できないでしょう。そんなもんなんですよ。勃起に蓋然性を求めるのはやっぱりおかしいってことで、ここは一つ理解してもらえませんかね。ただ一つ、久衛門は、この時点でまだ精通を体験していなかったのは事実です。

 えーとですね、彼が江戸に来てからかれこれ三年は経ってるわけですから、この時点で十八歳ですね。この年齢でまだってのは遅い方でしょうね。これは今も江戸時代も同じです
よ。第二次性徴が時代で違うなんてことありませんからね。だから彼のケースというのは……どうでしょうかね。不能とかインポテンツとはまた違うようにぼくには思えますけどね。実際彼はこの後、強烈なリビドーに襲われて、それが原因となって最終的に泣いてしまうわけですから、生理的には健常者だと思いますよ。朝勃ちなどの生理現象は起こっていたはずです。性的な興奮の末、射精に至るとういうことが無かったということですね。 

 そしてなんの因果か、彼の精力は足に回されたということです。おかしなことですよまったく。彼が一人でずっと生きてきたという所にも、この原因はあるかもしれません。故郷で孤独を感じてた頃は十五歳。友達同士で手淫を教え合ったりしてもいい頃合いですけども、生憎、久衛門は下級武士として扱われた為にそんな下世話な話題で友人と語らうことができなかったんでしょうね。江戸に上がってからはさっき話した通りです。警護人の中で気の合うものはおらず、そこを抜けてから素人飛脚として一人で生きてきたわけですから。久衛門にとって陰茎の屹立は、稀に起こる生理現象であり、大抵は女体を感じさせる出来事が直前にあった、その事と関連づけて、背徳によって起こる体の異常反応だと考えている節がありました。成長の割と早い小学校高学年男子が初めて射精した際に考えそうな悩みを、十八歳の逞しい青年が持っていたってのはなんとも情けないというか。同情してしまいますよね。

 ところがです。幸か不幸か、久衛門は足の勃起状態を自覚したことによって、これをコントロールすることができるようになったのです。これでは、これまで辛うじて朝立ちや、強い性的興奮の際に使われていた精力も、足の方へ優先的に回されてしまいます。その代わりと言いますか、当然の結果として、快足はさらに調子を上げました。

 あ、そうそう。どうして岡っ引きが質屋にいたかってことをまだ言ってませんでしたね。彼はね、久衛門を強請るつもりだったんですよ。

 というのも、あのお客、久衛門から十手を預かったあの客がですね、質屋に持ち込んだ所、なんともはっきりしない返事で受け入れてもらえなかったんです。質屋の主人にしても、これが珍しい官給品の十手だってことぐらいはわかってますよ。上手くすれば高値で売ることだってできました。けど主人はそうしなかったんです。トラブルを恐れたんですね。

 まず目の前の、ごく普通の男がなぜこれを持ってるかがはっきりしない。問い質しても、本当の事を言っていないのは明らかでした。質屋の人間が客に対してあれやこれや聞いたりすることって普通は考えられないんですけどね、この時に限っては黙ってるわけにはいかなかった。盗品なのは確実だったからです。しかも官給品。場合によっては自分が罪に問われる可能性だって考えられますから、金よりリスクを取ったわけです。そしてこれを良い機会だと、恩を売るために岡っ引きを呼び出したわけですね。

 岡っ引きにしても思惑はありました。小金を稼ぐためには確かな情報が欠かせません。その為には情報屋が多ければ多いほどいい。質屋の主人もそういった連中の一人です。今回の十手の持ち主がその時点で誰なのかは判明していませんでしたが、武士階級に近い者だということは予測していました。もしその人物を自分の手駒とすることができればと考えていたわけです。

 気が変わったのはやはり久衛門の足によります。日頃からいろんな種類の人間と関わっている彼にしても、このような猥褻な足を見たことがありませんでした。巨大生物の生殖器官のように見える二本の足を見て、純粋な興味が湧いたのです。
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