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第六章 まりなの居場所

第32話

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「おい。そこで何をしている」

 大祇は慌てて、後ろを振り向くと鬼一人とその後ろには大柄な男性……いや、さっきマシューと一緒に目撃した酒呑童子が立っていた。

「ほほう。お前がここまで来てくれるとはな。待ちわびたぞ」

 酒呑童子は、整った顔立ちをしていて、見目も麗しいが言葉はとても冷酷さを感じさせる。平安時代から男前だったと言われるだけのことはある。しかし、酒呑童子がニヤッと笑うと口元から大きな牙が見えて、大祇は恐ろしく感じる。

 酒呑童子は大きな手を振りかざしたと思ったら、大祇の頭をガシッと片手で持ち上げる。大祇の体が宙に浮きあがり、足が地を離れる。大祇は慌てて腰に下げていた、『童子切』を鞘から抜いて、酒呑童子の腕めがけて切りかかった。

「おっと、危ない」

 酒呑童子は笑みを浮かべたまま、慌てて持ち上げていた大祇の頭から手を離したので、大祇はバランスを崩して地面に振り落とされた。

 大祇の背中に痛みが走った。でも、これくらい大したことではない。

 大祇は立ち上がると刀を構える。
 マシューは酒呑童子を切らなくても触れられれば、力を削ぎ落せるだろうと言っていた。

「おい。まりなとマシューはここにいるのか」

 大祇は、刀を酒呑童子に向けたまま、彼から目を離さない。
   洞窟の外が騒がしくなったのを聞きつけて、洞窟の中にいた鬼や鬼らしき人間がゾロゾロと洞窟の外に出てくる。

「お前らは手を出すなよ。これは俺の獲物だ」
「わかりました、兄貴」

 酒呑童子は、他の鬼には一切手を出さないように、指示を出す。

「一対一で勝負するつもりなのか? 俺を甘く見ない方が身のためだぞ」

「ほほう。威勢がいいなぁ」

 内心、どうやって刀の先だけでも触れることができるだろうかと、大祇は考えをめぐらす。

「さっきも聞いたけど、マシューとまりなはここにいるのか?」

 大祇はもう一度、酒呑童子をにらみながら問う。

「ククク……あぁ、いるとも」

 酒呑童子は、チラッと洞窟の奥に一瞬目を向けて答える。

「無事なんだろうな」
「それは、お前が俺に勝って、自分の目で確かめれば良いだろう」

 二人の生死に関してはうまくはぐらかされた。でもここにあの二人がいるのなら、大祇は目の前にいる相手に負けるわけにはいかない。

「さぁ、遠慮せずにどこからでもかかってこい」

 酒呑童子は開始の合図とも受け取れる言葉を大祇に告げると、一瞬のうちに別の場所に移動している。

 大祇はこんなにも移動速度が速い鬼に追いつけるのだろうかと不安になるけれど、諦めるわけにはいかない。
 大祇は急いで、酒呑童子の後を追う。

「止まれ。どこに行くつもりだ」

 大祇がそう叫ぶと、酒呑童子は彼の横にあった直径二メートル以上ありそうな巨大な岩を片手で持ち上げて、ブンッと大祇目掛けて投げてきた。あまりの剛速球に足がすくむし、速すぎて逃げることもままならない。しかし、酒呑童子のコントロールが良くなかったのか、大祇には当たらずに近くの木に当たった。

(危なかった……)

 あんな巨大な岩が当たったら、一瞬でお陀仏だなと大祇は肝を冷やす。岩に気を取られていたが、また酒呑童子の姿が消えてしまった。


(動きも速いしどこに行ったんだ?)

 慌てて周囲を見渡すけれど、酒呑童子の異様な気配を感じることができない。身を隠しているわけでも無さそうなのにどこに行ったのだろう。かくれんぼをしているわけではないのに、広い大江山の中を移動されてしまうと大祇にはなかなか姿を捉えることができなくなる。
 
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