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次は~帝都~、帝都~
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ルガツェン帝国領の中央北寄り、古い時代に深い森のあった地を切り開き作られた広大な土地に、この国の首都がある。
都の正式名称は『エルド・シエル・ヴァルネシア』といい、意味は古い言葉で『光に導かれた者達の故郷』というそうだが、国民の大半はこの長い名称を面倒がり、単に帝都と呼ぶことが多い。
かつてあった皇帝の住む城を西に置き、そこを起点として楕円を描くように外壁が建つその内側に街が存在する、この世界ではよく見られる様式の城塞都市だ。
街へ出入りするには通常、東側の門からしかできず、それ以外では北側に門はあるが、そちらは国軍だけが使うことを許されたもので、平時では閉ざされているため、一般人が街へ入るにはやはり東門を使うしかない。
またこの国では現在、帝都でも通門の際にはギルドカードの提示を要求されることはない。
なぜなら冒険者ギルドや商人ギルドなどが機能していないため、ギルドカードの照会での身元保証が実質的に不可能であるからだ。
二十年ほど前の反乱が起きた際、職員や組合員が国外へ軒並み退避した後、国境が閉鎖されて帝国へ戻ることができず、各ギルドが施設ごと封鎖・凍結されたまま今日に至る。
そのため、門を通る際には各町村が発行する人別証が最も有効な身分証明書となっており、それによって帝都へと入る人間が調べられているそうだ。
「…と、聞いてはいたんですが、実際の身元確認はかなりおざなりなようですね。顔を見せただけで通過している人間が多い」
帝都から少し離れた場所にある木の枝に座り、そこでスコープ越しに見る帝都の門では、門番と軽く挨拶をしただけで街へ入っていく人間がよく見られ、たまに止められる人間も人別証らしき物を提示すればあっさりと通過できていた。
門番がちゃんと仕事をしているようには見えるが、それも最低限といった感じで、やる気に満ちているとは言えない。
なんとなく聞いていた話では、帝都の門は厳重に人の通過を管理していそうな気がしていたのだが、実際に見た感想としては、よく言えば平和を謳歌している、悪く言えば腑抜けているといった雰囲気だ。
「明らかにそうと分かる犯罪者なら流石に止めると思うが、それ以外は特に通門を妨げないのだろう。犯罪歴やら指名手配やらと、人別証だけでどこまで判別できるかは分らんがね。外壁の上はどうなってる?見張りぐらいはいるはずだが」
所有するスコープの数の都合で、ロイドには地上で装備のチェックを頼んでいる。
俺とパーラが目にしているものはロイドとも口頭で共有しており、これから侵入することになる街の外壁にいる見張りが気になるらしい。
「いるにはいるけど…数は多くないね。見える数だと十人ぐらい。見えてないところにはもっといると思うけど、帝都の守りと考えるとそれでも少ないかも。あとやっぱり気が抜けてる。欠伸をこぼしてる奴なんて一人二人じゃないよ」
俺も外壁の上の見張りを見てみると、パーラの言う通りどいつもこいつもかみ殺すことなく盛大に欠伸をしているぐらいで、あれで首都の防衛の一端を担っていると言えるのか、見ているこっちがなぜか不安になりそうだ。
「反乱軍側も大物は捕まるか倒されるかして、今や帝都を攻める敵はいない。せいぜい時々暴れる魔物ぐらいか。見張りの仕事が退屈なものに成り下がるのも仕方がない。それでも兵士の仕事なら食いはぐれることはないし、退屈だろうと辞めるやつはいないさ。それで、俺達が侵入するのによさそうなところはありそうか?」
「ちょっと待ってください……一箇所、見張りが薄い所があります。一瞬でも注意を逸らせば、通り抜けることは不可能ではないかと」
「あえて作られている警備の隙じゃなきゃいいけど」
見張りの注意は基本的に帝都の外側に向いている。
そこから多少左右にも視線は動かせるが、外壁の形は湾曲しているため、どうしても視界から外れる場所はあるものだ。
普通はそれを補うために見張りの数を増やすのだが、平和ボケの代償かそれも不十分となり、俺達にとってはありがたい穴となってくれている。
もっとも、パーラの言うことも一理ある。
その穴が意図して作られた侵入者ホイホイの可能性もゼロではないが、とはいえあの警備の緩みようからして大丈夫だとは思う。
「怖いこと言わないでくれよ。他にないならそこで決めよう。隙を作るのは俺がやる。忍び込むのは昼に差し掛かる前ぐらいにしよう」
今は朝をだいぶ過ぎた頃で、時計で見れば十時を少し過ぎるぐらいといったところか。
人間の集中力の持続性を考えれば、ロイドの言う昼の少し前というのは日中に訪れる最初の油断大敵ポイントだと言っていい。
そこを狙うのは当然の判断だ。
時間になり、装備を整えた俺達は噴射装置で一気に飛び上がる。
少し遅れて、俺達とロープでつながっているロイドも、吊り下げられる形で共に飛んでいく。
その際、チラリと地上を見て、ここから飛空艇に施した隠蔽も確認しておく。
人が踏み入れそうにない場所を選んで着陸していた上に、機体の色が雪景色に溶け込む白だったこともあって、こうして離れて見ている限りでは誰かに発見される心配もなさそうだと一応安心できる。
もっとも、仮に見つかったとしても鍵はかけてあるので、盗まれる心配はまずしていない。
一直線に飛んでいく俺達は最短距離を進み、あっという間に外壁のそばまでやってきた。
普通なら空を移動してくる三人の人間となれば見張りも気付きそうなものだが、外壁の近くには木が生い茂るちょっとした林があるため、そこを見張の視線の間に挟みながら移動すれば、見つかることなくある程度まで近付ける。
外壁の近くにある木など、外から潜入する足場になりうるので普通は切り倒すものなのだが、管理が行き届いていないのか、あるいはあまり背が高くない木だから見逃されているのか、おかげで俺達はそれを目隠しに使えて大助かりだ。
あと何秒もせずに外壁へ張り付くという距離まで来たところで、吊り下げられていたロイドに目で合図を送る。
するとロイドは手にしていた弓を引き、前方斜め上を左右に分かれるように何かを射ちだした。
その何かの正体は細い木の枝で、それが外壁の上にいる見張りから少し離れた場所に落ち、小さな音を立てる。
弓は弦で弾けさえすれば矢以外も発射はできるが、安定した飛距離と方向で打ち出すのは容易ではなく、狙った所へ木の枝を落としたロイドの技量はやはりかなりのものだ。
腑抜けているとはいえ腐っても兵士、不審な音にはすぐに反応してそちらへ顔を向ける。
そしてその隙に見張りの意識から外れたわずかな隙間へ、縫うようにして飛び込んで街の方へと落ちていく。
ロイドはロープの弛みの分だけ少し危なかったが、黄級の冒険者は体さばきも伊達ではないので、外壁の一部を掴むと勢いを載せて体を捻り、無事に俺達に続いて街側へとその身を踊り出させる。
外壁の高さは十メートルかそこら、それなりに経験の積んだ冒険者なら着地に苦労はしないが、今の俺たちは不法侵入者だ。
噴射装置での減速は使わず、可能な限り音を立てずに地面へ降りると、すぐにその場から移動する。
民家の軒先へ滑り込むようにして身を潜ませ、外壁の上にいる見張りが着地時の何かに気付いていないかを確かめる。
先ほどロイドが放った木の枝を拾って首をかしげている姿が見えるだけで、街に入り込んだ俺たちには気付いていないようだ。
「…バレずに入り込めましたね」
「そのようだ。一応聞くが、二人とも、怪我はないな?」
「平気平気、あれぐらいの高さならなんてことないよ」
「俺も大丈夫です」
「よし、それじゃあ早速情報集めだ。なにせ敵地といえる場所だ。いざという時に逃げやすいよう、まずはまとまって動くぞ」
手早く行動の指針をまとめ、フードを深く被って歩き出すロイドの後に、俺とパーラも同じように顔を隠しながらついていく。
潜入しながらの情報収集などと、ずいぶん久しぶりの仕事だ。
少ないながら経験もあるが、勝手がすべて同じとは限らない。
ここからはロイドのやり方に任せるとしよう。
民家の隙間を通り抜け、帝都の大通りへと出る。
一国の首都だけあって、大通りは立派なものだが、見た限りでは賑わっているとはいいがたい。
冬とはいえ人の往来もあるし、荷馬車だって通っている。
だがその数は決して多いとは言えない。
これだけの都市なら、冬でももう少し人は出歩いているものだ。
その中でも独特な模様の布が使われた外套を纏うのは、比較的裕福な平民か商人といったところで、中には粗末なローブ姿で歩く人も見られるが、いずれも浮かべている表情は明るくない。
沿道には帝国独自の建築様式で作られた店舗があり、門戸は開かれて営業中だという印も出ている。
それでも、人の営みは希薄に感じてしまう。
または活気がないとも。
露天商がいないのは季節柄おかしいことではないが、だとしても店舗での商いにはそれなりに人がくるものだ。
正午も近いと考えれば、たまたま今だけ人がいないのかとも思うが、チラリと見た店の人間の様子からは、暇な時間がかなり長かったように見える。
そんな少し寂しさのある道を歩いていくと、ふと目線を上げてみれば、この道の行きつく先にある城が目に付いた。
かつて反乱軍によって焼かれた城も、今ではかなり修復されたようで、まだ城壁の崩れと焦げ跡はいくらか見られるが、それを含めても十分立派な佇まいは政治機能を持たせるに相応しい威厳がある。
パーシンプス侯爵をはじめとした現在の帝国を動かしている重鎮達も、恐らくあの城にいるのだろう。
寒さ避けを装ってフードで顔を隠しながら、周囲の様子も窺ってみると、とある店舗で買い物をしている人間の手元に視線が吸い寄せられる。
軽く一抱えする包みを受け取り、代価としてお金を差し出すという、何てことのない光景なのだが、俺の興味を引いたのは支払いに使われた貨幣そのものだ。
見えたのは銅貨だったのだが、本来の色味とは違う上に、縁には欠けがいくらか刻まれた、随分と摩耗した貨幣のように見える。
色が変わっているのは錆か何かだとは思うが、あからさまに重さに変化が出るレベルの傷が付けられた貨幣がそのまま使われるのは妙だ。
この世界ではどこの国でも貨幣は統一されており、その価値は各国の協定と商人ギルドの統率によって保たれている。
独自通貨を持つ国もあるが、供給量の安定と外との交易での利便性から、共通の貨幣での取引は普通にどこの国でも許されていた。
そのため、多少の錆や傷ならともかく、欠けるほどの傷がついた貨幣は商人ギルドが回収しており、店側もそれに協力して悪銭を流通から排除することで、一定の品質とともに信用が保たれている。
だがこの国では、その回収するレベルの状態になった銅貨でも普通に買い物に使えており、店側も特に嫌がる素振りも見せていないことから、流通している貨幣の質はかなり悪いように思えてしまう。
反乱も長く続き、商人ギルドも撤退したせいで外部から貨幣が新たに持ち込まれることが減ったのが効いているようで、この国の貨幣の流通事情はなかなか厳しいように思える。
それでも帝国に残った商人はそれなりにいるためか、かろうじて貨幣経済が成立する量の貨幣は国内に回っているようだ。
しかしこの分だと、俺達が持っている良銭レベルのお金で買い物すると、逆に目立ってしまわないか心配だ。
「ロイドさん、どうもこの国だと出回ってる貨幣の質が悪いようです」
「む?…あぁ、そういえばそんなことも聞いたことはあるな。商人ギルドがないから、そのあたりの管理が弱いんだろう。それがどうか―いや、そうか」
「私らが持ってるお金ね?」
この先、この街で買い物をする機会があれば、この貨幣の質の差で俺達が厄介ごとを引き起こす可能性も考えられる。そのあたりの危惧をそれとなく口にしてみると、ロイドの言葉に乗っかるようにパーラも同調して答えた。
「そういうこと。……一つの可能性として、貨幣の質で俺達が他国の者だとバレることも考えられます。まぁ街の中で見慣れない顔が聞き込みなんかすれば時間の問題かもしれませんが。聞き込みをする際には、お金を使わないか、最悪でも質の低い貨幣で支払うようにすべきかと」
俺達の手持ちの貨幣も品質には差があり、全て新品ピカピカの硬貨というわけではない。
辛うじて回収を免れている程度に傷みのある硬貨も探せばあるだろう。
念のため大通りから逸れた脇道へ入り、それぞれの財布の中から一番質の悪い硬貨を持ち寄ってみる。
結果、怪しまれない基準に適ったのは、銀貨二枚に銅貨十一枚だけだった。
「…少ないね。これじゃあ宿にも泊まれないんじゃない?」
「宿には泊まらねぇんだから別にいいだろ」
ずいぶん目減りした形となった所持金を見て口を尖らせるパーラだが、俺達は別に帝都に一泊などするつもりはないので、こんなものでも十分だ。
「アンディの言う通り、長居はしないんだ。姉さんに関する情報のための買い物に使うだけあればいい」
この国の物価次第ではあるが、恐らく大した買い物はできないだろう。
ただ、情報収集のための飲み食いなら数回はできそうなので、ロイドの言う通り、この金額でまずは適当な店で買い物をしつつソニアに関する情報を集めるとしよう。
とは言っても、入る店は選ぶ必要がある。
ソニアは帝国の外から来たのだから、関所を通過した後を目撃する可能性が高いのは、やはり行商人だろうか。
人伝にそれらしい話を聞いた人間でも見つかれば御の字、ソニアらしき人物を直に見た人間が帝都にいるかは怪しいところだが、果たして…。
「あぁ、そういやそんなのが大鳥でやってきたのを見たって奴がいたっけ。今時じゃあ珍しいよな」
目撃情報の持ち主が、普通にあっさりと見つかる。
とりあえず大通りに立つ店の中で、穀物を扱う一つの店舗の軒先で暇そうにしていた店主と思われる男に何気なく尋ねてみたのだが、拍子抜けするほど簡単にソニアらしき人物の目撃情報を聞けてしまった。
「本当か!?いつだ!どこに行った!?」
「ちょっとロイドさん!?落ち着いて!」
不意打ち気味にソニアの情報を聞いたせいで、発火するように感情を昂ぶらせたロイドが、店主に掴みかかろうとしたのをパーラが寸でのところで押さえる。
ここまでの道のりで冷静さを見せてはいたが、姉の情報を耳にした途端にこれとは、実はかなり焦っていたのかもしれない。
「どうもすいません、この人も色々あったもので。それで、ソニ―…赤髪の女性ですが、どこに行ったかわかりませんか?目撃したのがいつかも」
豹変したロイドに驚いた店主の不審を拭うため、立ち位置を代わって俺が話を聞く。
「お、おう。まぁ見たのは俺の知り合いだがよ、十日…いやもっとだったか?そんぐらい前に、城へ入ってく連中の中にそんな女の姿を見たそうだ。そいつが言うには、見目もよい上に、守られるみたいにして連れられてたから、お偉いさんの血縁かなんかと思ったらしい」
店主の知り合いが見た女の特徴は、俺達が伝えた髪と肌の色、それと年齢がソニアのものとだいたい一致している。
見目がいいというのも、俺から見てもソニアは美人と言えるレベルなので、主観の差はあるとしても一応判断材料にしていい。
「城ですか。当然、あの城ですよね?」
「そりゃあそうだろ。他にねぇよ」
念のため大通りの先にある城を指さして尋ねるが、呆れ顔で頷かれた。
できればもう少し控えめな、別のところにある小さな城にソニアが連れていかれたという答えが欲しかったのだが、世の中はそう甘くないらしい。
まさか首都にある城に連れていかれたとはな。
可能性としては十分考えられたが、実際にそうとなると奪還の難易度は一気に跳ね上がってしまい、テンションが下がる。
「ですよねぇ。はぁ……色々と教えていただき、ありがとうございます。あぁ、それともう一つ、さっき言ってた大鳥で来たというのは?今だと珍しいんですか?」
「そのままさ。城の少し手前に厩舎があるだろ?帝都に入ってくる大鳥は、大抵そこの馬場に降りるんだ。若いのは知らないだろうが、昔はよく帝都の空を舞う大鳥が見られたんだ。けど反乱が起きてからは、長いこと大鳥を管理する余裕もなかったらしい」
「なるほど。その大鳥は人が何人ぐらい乗れるもんなんですか?」
「さてなぁ。正確なところはあまり知らないが、大人なら二・三人はいけるんじゃないか?それぐらいの大きさはあったはずだ」
大人が二・三人乗れる鳥でソニアがやってきたとなると、恐らく誘拐犯が帝国の外からここまでくるのに使ったのだろう。
ロイドが二カ月ほどかかった道のりも、空を飛べればもっと短い時間で来られる。
ただ、帝国の北にある山脈には飛行タイプの魔物も見られたし、場所によっては飛竜の縄張りもあったはず。
それらを避けての移動となれば、一直線で帝国へ来られたとも思えず、時間にして十日かそこら程度しか俺達に先行できていないのも納得だ。
店主に情報料として少しばかり金を払ってその場を離れると、再び通りを外れて路地裏へと入る。
「さて、思ったよりも簡単にソニアさんの居場所はわかったわけだが…この後はどうします?」
「決まってる。姉さんを助けに行く!」
「…まぁそう言うのはわかってましたけど」
ほぼ悩む時間ゼロで城にかち込もうとするロイドの覚悟は清々しいが、それを簡単に実行するには情報も人手も、まだまだ足りていないのが現状だ。
「そもそも城のどこにいるかはわかってないでしょ?今忍びこむにしても、私らはどこを目指すのさ」
「む…それは、そうだが」
大まかにいるとわかってはいても、広い城の中から一人の人間をピンポイントで拾い上げて脱出するというのは、綿密な計画を必要とする非常にシビアなミッションだ。
叶うならC4とフラッシュバンをダース単位で揃えて挑みたいぐらいに。
「あの言いようだとソニアさんも丁重に扱われてるみたいだし、当初の予定通りもう少し情報を集めようよ。何も今すぐに取って食われるってわけでもないだろうしさ」
「…わかった。だが姉さんの居場所が突き止められたら、すぐに救出したい。そのための準備も並行して進めよう」
「それは構いませんが、具体的にはどのような?」
「俺にいい考えがある」
これはまたなんとも微妙に不安になる言い方だ。
ただそれだけを言って歩き出したロイドに、俺とパーラは一度だけ顔を見合わせ、何も言わずにロイドを追いかける。
今のロイドには若干の焦りも見える。
心情を考えれば仕方ないとは思うが、まずはそのいい考えとやらを聞き出しつつ、俺達で有用かを判断するとしよう。
救出まで、ソニアにはもう少しだけ我慢してもらわねば。
SIDE:ソニア
ーお前が守るんだ。いいな?
はい、お父様…。
―こんな道を強いることしかできぬ父を恨め。お前は決して私のようになるな。さあ、行きなさい。
お父様……待って、まだ私…。
閉じていた瞼を、光が通り抜けて私の覚醒を促す。
窓から差し込む明かりは、もうとっくに朝を告げており、この身を包む上質な寝具の向こうにある冷たい空気を感じて、私の体が一度だけ大きく震える。
もうずいぶん見ていなかった、あの日父と言葉を交わした時のことを久しぶりに夢に見た。
この国に戻ってきたことで、私の中の何かが刺激されて昔の記憶が蘇ったのか?
懐かしさと寂しさ、そして少しの喜びが混ざり合う温かな何かを胸に感じ、ゆっくりと目を開いていく。
少し寝すぎたかと身を起こし、冬の冷たい空気で満たされた部屋の中へと立ち上がる。
私のために用意されたこの部屋は、調度品は最上級のもので揃えられており、本来なら居心地の良さを誇るのだろうが、食事も用足しもこの中で済ますことを強いられている以上、今の私には牢獄とさして変わらない。
この城に来てもうどれほど経つか。
私をここまで連れてきたあの男、名前をイゴールと言ったが、城に入った初日以降、顔を見ていない。
逃げることはできないのだと、この部屋に放り込まれてすぐに、ロイドのことを念押ししてきたのが最後だ。
一日中、この部屋の中に閉じ込められ、無為に過ぎていく時間を数える気にもならず、考えることといえばロイドのことだけだ。
あの子の性格だと、私の行き先を突き止めて、この国にまで追いかけてきそうな気もするが、国境を超えるのは簡単なことではない。
ずっと昔に使った秘密の道なら可能性はあるが、それも今でも残っているか怪しい。
私のことなど忘れて平穏に過ごしてくれていればいいが、果たして…。
窓の外を見つめながら物思いにふけっていると、部屋の扉が控えめに叩かれる。
私が入室の許可など出すまでもなく、使用人が扉を開けて入ってきた。
いつも私の身の回りの世話をしている年かさの女だ。
窓によりかかるようにして立つ私を見つけると、使用人が自分の喉を右手で撫でるようにして胸元で手を止め、膝を二度に分けて折ると頭を下げる。
これはこの国における最上級の礼だ。
囚われの身に過ぎない私に、この使用人は入室の度にこの礼を行う。
「お目覚めとは存じず、遅れましたことをお許しください、殿下」
「私はそんな呼ばれ方をする人間じゃないわ。人違いよ。何度も言ってるでしょ」
しかも私を殿下と呼ぶ始末だ。
毎回否定はするのだが、それも聞き入れられることはなく、皇女として扱おうという礼節を欠かさない。
部屋に監禁されている王族なぞいるものかと文句を言いたいところだが、ただの使用人にそれを言ってもしかたがない。
「侯爵閣下がお呼びでございます。殿下を呼び立てる無礼は承知なれば、お会いしてまずは非礼を詫びたいと仰せです。ご足労いただきたく、伏してお願い申し上げます」
「…わかったわ。案内して」
ここにきてようやく私を連れてきた黒幕から面会を頼まれ、今日までため込んでいた文句をぶつけるいい機会だと思い、使用人の案内で部屋をあとにする。
私がいた部屋は今でこそ監禁部屋だが、もとは貴人にあてがわれる客室の一つだそうで、今歩くこの廊下も格式にあったつくりをしている。
反乱で焼け落ちてからしばらく放置され、パーシンプス侯爵の指揮で少し前にようやく修復が終わったというのに、まるであの頃のままだ。
「私はここまででございます。この先は殿下のみお通しせよと」
しばらく歩き、無言だった使用人が口を開いたのは、暗い赤一色の大きな扉の前に着いた時だった。
この扉の先はグラナヴェルの間、昔は皇帝の謁見のための部屋だったのが、今はパーシンプス侯爵が待ち構えているとは。
本来なら扉の両脇に近衛兵が控えるのが常だとは思うが、今誰もいないのは私への配慮のつもりか。
使用人が下がり、扉の前に残された私は、一度大きく息を吐き、取っ手を押して部屋の中へと入っていく。
謁見の間は初めて入ったが、なるほど、その呼び名に相応しい絢爛さはあるものの、惜しむらくは玉座が修復中らしく、布がかけられている。
ただ、その隣には窓から差す光を背にして堂々と立つ、一人の男の姿がある。
逆光で顔はまだ見えないが、背丈は私より少し高いくらいか。
かつて帝国の高位貴族が好んで身に着けていた、左右で長さの違うマントを纏う姿から、あれが私をここに呼んだ張本人とみていいだろう。
他に人もいないし。
そうと分かれば、まずは一発殴るくらいの気持ちで話を聞いてみるとしようじゃないの。
一応相手は貴族だし、とりあえず命はまだとらないでやる。
ただ、話次第では私の拳が光って唸る。
よもやここまでのことをしておいて、恨まれていないなどとは思うまいね?
SIDE:END
都の正式名称は『エルド・シエル・ヴァルネシア』といい、意味は古い言葉で『光に導かれた者達の故郷』というそうだが、国民の大半はこの長い名称を面倒がり、単に帝都と呼ぶことが多い。
かつてあった皇帝の住む城を西に置き、そこを起点として楕円を描くように外壁が建つその内側に街が存在する、この世界ではよく見られる様式の城塞都市だ。
街へ出入りするには通常、東側の門からしかできず、それ以外では北側に門はあるが、そちらは国軍だけが使うことを許されたもので、平時では閉ざされているため、一般人が街へ入るにはやはり東門を使うしかない。
またこの国では現在、帝都でも通門の際にはギルドカードの提示を要求されることはない。
なぜなら冒険者ギルドや商人ギルドなどが機能していないため、ギルドカードの照会での身元保証が実質的に不可能であるからだ。
二十年ほど前の反乱が起きた際、職員や組合員が国外へ軒並み退避した後、国境が閉鎖されて帝国へ戻ることができず、各ギルドが施設ごと封鎖・凍結されたまま今日に至る。
そのため、門を通る際には各町村が発行する人別証が最も有効な身分証明書となっており、それによって帝都へと入る人間が調べられているそうだ。
「…と、聞いてはいたんですが、実際の身元確認はかなりおざなりなようですね。顔を見せただけで通過している人間が多い」
帝都から少し離れた場所にある木の枝に座り、そこでスコープ越しに見る帝都の門では、門番と軽く挨拶をしただけで街へ入っていく人間がよく見られ、たまに止められる人間も人別証らしき物を提示すればあっさりと通過できていた。
門番がちゃんと仕事をしているようには見えるが、それも最低限といった感じで、やる気に満ちているとは言えない。
なんとなく聞いていた話では、帝都の門は厳重に人の通過を管理していそうな気がしていたのだが、実際に見た感想としては、よく言えば平和を謳歌している、悪く言えば腑抜けているといった雰囲気だ。
「明らかにそうと分かる犯罪者なら流石に止めると思うが、それ以外は特に通門を妨げないのだろう。犯罪歴やら指名手配やらと、人別証だけでどこまで判別できるかは分らんがね。外壁の上はどうなってる?見張りぐらいはいるはずだが」
所有するスコープの数の都合で、ロイドには地上で装備のチェックを頼んでいる。
俺とパーラが目にしているものはロイドとも口頭で共有しており、これから侵入することになる街の外壁にいる見張りが気になるらしい。
「いるにはいるけど…数は多くないね。見える数だと十人ぐらい。見えてないところにはもっといると思うけど、帝都の守りと考えるとそれでも少ないかも。あとやっぱり気が抜けてる。欠伸をこぼしてる奴なんて一人二人じゃないよ」
俺も外壁の上の見張りを見てみると、パーラの言う通りどいつもこいつもかみ殺すことなく盛大に欠伸をしているぐらいで、あれで首都の防衛の一端を担っていると言えるのか、見ているこっちがなぜか不安になりそうだ。
「反乱軍側も大物は捕まるか倒されるかして、今や帝都を攻める敵はいない。せいぜい時々暴れる魔物ぐらいか。見張りの仕事が退屈なものに成り下がるのも仕方がない。それでも兵士の仕事なら食いはぐれることはないし、退屈だろうと辞めるやつはいないさ。それで、俺達が侵入するのによさそうなところはありそうか?」
「ちょっと待ってください……一箇所、見張りが薄い所があります。一瞬でも注意を逸らせば、通り抜けることは不可能ではないかと」
「あえて作られている警備の隙じゃなきゃいいけど」
見張りの注意は基本的に帝都の外側に向いている。
そこから多少左右にも視線は動かせるが、外壁の形は湾曲しているため、どうしても視界から外れる場所はあるものだ。
普通はそれを補うために見張りの数を増やすのだが、平和ボケの代償かそれも不十分となり、俺達にとってはありがたい穴となってくれている。
もっとも、パーラの言うことも一理ある。
その穴が意図して作られた侵入者ホイホイの可能性もゼロではないが、とはいえあの警備の緩みようからして大丈夫だとは思う。
「怖いこと言わないでくれよ。他にないならそこで決めよう。隙を作るのは俺がやる。忍び込むのは昼に差し掛かる前ぐらいにしよう」
今は朝をだいぶ過ぎた頃で、時計で見れば十時を少し過ぎるぐらいといったところか。
人間の集中力の持続性を考えれば、ロイドの言う昼の少し前というのは日中に訪れる最初の油断大敵ポイントだと言っていい。
そこを狙うのは当然の判断だ。
時間になり、装備を整えた俺達は噴射装置で一気に飛び上がる。
少し遅れて、俺達とロープでつながっているロイドも、吊り下げられる形で共に飛んでいく。
その際、チラリと地上を見て、ここから飛空艇に施した隠蔽も確認しておく。
人が踏み入れそうにない場所を選んで着陸していた上に、機体の色が雪景色に溶け込む白だったこともあって、こうして離れて見ている限りでは誰かに発見される心配もなさそうだと一応安心できる。
もっとも、仮に見つかったとしても鍵はかけてあるので、盗まれる心配はまずしていない。
一直線に飛んでいく俺達は最短距離を進み、あっという間に外壁のそばまでやってきた。
普通なら空を移動してくる三人の人間となれば見張りも気付きそうなものだが、外壁の近くには木が生い茂るちょっとした林があるため、そこを見張の視線の間に挟みながら移動すれば、見つかることなくある程度まで近付ける。
外壁の近くにある木など、外から潜入する足場になりうるので普通は切り倒すものなのだが、管理が行き届いていないのか、あるいはあまり背が高くない木だから見逃されているのか、おかげで俺達はそれを目隠しに使えて大助かりだ。
あと何秒もせずに外壁へ張り付くという距離まで来たところで、吊り下げられていたロイドに目で合図を送る。
するとロイドは手にしていた弓を引き、前方斜め上を左右に分かれるように何かを射ちだした。
その何かの正体は細い木の枝で、それが外壁の上にいる見張りから少し離れた場所に落ち、小さな音を立てる。
弓は弦で弾けさえすれば矢以外も発射はできるが、安定した飛距離と方向で打ち出すのは容易ではなく、狙った所へ木の枝を落としたロイドの技量はやはりかなりのものだ。
腑抜けているとはいえ腐っても兵士、不審な音にはすぐに反応してそちらへ顔を向ける。
そしてその隙に見張りの意識から外れたわずかな隙間へ、縫うようにして飛び込んで街の方へと落ちていく。
ロイドはロープの弛みの分だけ少し危なかったが、黄級の冒険者は体さばきも伊達ではないので、外壁の一部を掴むと勢いを載せて体を捻り、無事に俺達に続いて街側へとその身を踊り出させる。
外壁の高さは十メートルかそこら、それなりに経験の積んだ冒険者なら着地に苦労はしないが、今の俺たちは不法侵入者だ。
噴射装置での減速は使わず、可能な限り音を立てずに地面へ降りると、すぐにその場から移動する。
民家の軒先へ滑り込むようにして身を潜ませ、外壁の上にいる見張りが着地時の何かに気付いていないかを確かめる。
先ほどロイドが放った木の枝を拾って首をかしげている姿が見えるだけで、街に入り込んだ俺たちには気付いていないようだ。
「…バレずに入り込めましたね」
「そのようだ。一応聞くが、二人とも、怪我はないな?」
「平気平気、あれぐらいの高さならなんてことないよ」
「俺も大丈夫です」
「よし、それじゃあ早速情報集めだ。なにせ敵地といえる場所だ。いざという時に逃げやすいよう、まずはまとまって動くぞ」
手早く行動の指針をまとめ、フードを深く被って歩き出すロイドの後に、俺とパーラも同じように顔を隠しながらついていく。
潜入しながらの情報収集などと、ずいぶん久しぶりの仕事だ。
少ないながら経験もあるが、勝手がすべて同じとは限らない。
ここからはロイドのやり方に任せるとしよう。
民家の隙間を通り抜け、帝都の大通りへと出る。
一国の首都だけあって、大通りは立派なものだが、見た限りでは賑わっているとはいいがたい。
冬とはいえ人の往来もあるし、荷馬車だって通っている。
だがその数は決して多いとは言えない。
これだけの都市なら、冬でももう少し人は出歩いているものだ。
その中でも独特な模様の布が使われた外套を纏うのは、比較的裕福な平民か商人といったところで、中には粗末なローブ姿で歩く人も見られるが、いずれも浮かべている表情は明るくない。
沿道には帝国独自の建築様式で作られた店舗があり、門戸は開かれて営業中だという印も出ている。
それでも、人の営みは希薄に感じてしまう。
または活気がないとも。
露天商がいないのは季節柄おかしいことではないが、だとしても店舗での商いにはそれなりに人がくるものだ。
正午も近いと考えれば、たまたま今だけ人がいないのかとも思うが、チラリと見た店の人間の様子からは、暇な時間がかなり長かったように見える。
そんな少し寂しさのある道を歩いていくと、ふと目線を上げてみれば、この道の行きつく先にある城が目に付いた。
かつて反乱軍によって焼かれた城も、今ではかなり修復されたようで、まだ城壁の崩れと焦げ跡はいくらか見られるが、それを含めても十分立派な佇まいは政治機能を持たせるに相応しい威厳がある。
パーシンプス侯爵をはじめとした現在の帝国を動かしている重鎮達も、恐らくあの城にいるのだろう。
寒さ避けを装ってフードで顔を隠しながら、周囲の様子も窺ってみると、とある店舗で買い物をしている人間の手元に視線が吸い寄せられる。
軽く一抱えする包みを受け取り、代価としてお金を差し出すという、何てことのない光景なのだが、俺の興味を引いたのは支払いに使われた貨幣そのものだ。
見えたのは銅貨だったのだが、本来の色味とは違う上に、縁には欠けがいくらか刻まれた、随分と摩耗した貨幣のように見える。
色が変わっているのは錆か何かだとは思うが、あからさまに重さに変化が出るレベルの傷が付けられた貨幣がそのまま使われるのは妙だ。
この世界ではどこの国でも貨幣は統一されており、その価値は各国の協定と商人ギルドの統率によって保たれている。
独自通貨を持つ国もあるが、供給量の安定と外との交易での利便性から、共通の貨幣での取引は普通にどこの国でも許されていた。
そのため、多少の錆や傷ならともかく、欠けるほどの傷がついた貨幣は商人ギルドが回収しており、店側もそれに協力して悪銭を流通から排除することで、一定の品質とともに信用が保たれている。
だがこの国では、その回収するレベルの状態になった銅貨でも普通に買い物に使えており、店側も特に嫌がる素振りも見せていないことから、流通している貨幣の質はかなり悪いように思えてしまう。
反乱も長く続き、商人ギルドも撤退したせいで外部から貨幣が新たに持ち込まれることが減ったのが効いているようで、この国の貨幣の流通事情はなかなか厳しいように思える。
それでも帝国に残った商人はそれなりにいるためか、かろうじて貨幣経済が成立する量の貨幣は国内に回っているようだ。
しかしこの分だと、俺達が持っている良銭レベルのお金で買い物すると、逆に目立ってしまわないか心配だ。
「ロイドさん、どうもこの国だと出回ってる貨幣の質が悪いようです」
「む?…あぁ、そういえばそんなことも聞いたことはあるな。商人ギルドがないから、そのあたりの管理が弱いんだろう。それがどうか―いや、そうか」
「私らが持ってるお金ね?」
この先、この街で買い物をする機会があれば、この貨幣の質の差で俺達が厄介ごとを引き起こす可能性も考えられる。そのあたりの危惧をそれとなく口にしてみると、ロイドの言葉に乗っかるようにパーラも同調して答えた。
「そういうこと。……一つの可能性として、貨幣の質で俺達が他国の者だとバレることも考えられます。まぁ街の中で見慣れない顔が聞き込みなんかすれば時間の問題かもしれませんが。聞き込みをする際には、お金を使わないか、最悪でも質の低い貨幣で支払うようにすべきかと」
俺達の手持ちの貨幣も品質には差があり、全て新品ピカピカの硬貨というわけではない。
辛うじて回収を免れている程度に傷みのある硬貨も探せばあるだろう。
念のため大通りから逸れた脇道へ入り、それぞれの財布の中から一番質の悪い硬貨を持ち寄ってみる。
結果、怪しまれない基準に適ったのは、銀貨二枚に銅貨十一枚だけだった。
「…少ないね。これじゃあ宿にも泊まれないんじゃない?」
「宿には泊まらねぇんだから別にいいだろ」
ずいぶん目減りした形となった所持金を見て口を尖らせるパーラだが、俺達は別に帝都に一泊などするつもりはないので、こんなものでも十分だ。
「アンディの言う通り、長居はしないんだ。姉さんに関する情報のための買い物に使うだけあればいい」
この国の物価次第ではあるが、恐らく大した買い物はできないだろう。
ただ、情報収集のための飲み食いなら数回はできそうなので、ロイドの言う通り、この金額でまずは適当な店で買い物をしつつソニアに関する情報を集めるとしよう。
とは言っても、入る店は選ぶ必要がある。
ソニアは帝国の外から来たのだから、関所を通過した後を目撃する可能性が高いのは、やはり行商人だろうか。
人伝にそれらしい話を聞いた人間でも見つかれば御の字、ソニアらしき人物を直に見た人間が帝都にいるかは怪しいところだが、果たして…。
「あぁ、そういやそんなのが大鳥でやってきたのを見たって奴がいたっけ。今時じゃあ珍しいよな」
目撃情報の持ち主が、普通にあっさりと見つかる。
とりあえず大通りに立つ店の中で、穀物を扱う一つの店舗の軒先で暇そうにしていた店主と思われる男に何気なく尋ねてみたのだが、拍子抜けするほど簡単にソニアらしき人物の目撃情報を聞けてしまった。
「本当か!?いつだ!どこに行った!?」
「ちょっとロイドさん!?落ち着いて!」
不意打ち気味にソニアの情報を聞いたせいで、発火するように感情を昂ぶらせたロイドが、店主に掴みかかろうとしたのをパーラが寸でのところで押さえる。
ここまでの道のりで冷静さを見せてはいたが、姉の情報を耳にした途端にこれとは、実はかなり焦っていたのかもしれない。
「どうもすいません、この人も色々あったもので。それで、ソニ―…赤髪の女性ですが、どこに行ったかわかりませんか?目撃したのがいつかも」
豹変したロイドに驚いた店主の不審を拭うため、立ち位置を代わって俺が話を聞く。
「お、おう。まぁ見たのは俺の知り合いだがよ、十日…いやもっとだったか?そんぐらい前に、城へ入ってく連中の中にそんな女の姿を見たそうだ。そいつが言うには、見目もよい上に、守られるみたいにして連れられてたから、お偉いさんの血縁かなんかと思ったらしい」
店主の知り合いが見た女の特徴は、俺達が伝えた髪と肌の色、それと年齢がソニアのものとだいたい一致している。
見目がいいというのも、俺から見てもソニアは美人と言えるレベルなので、主観の差はあるとしても一応判断材料にしていい。
「城ですか。当然、あの城ですよね?」
「そりゃあそうだろ。他にねぇよ」
念のため大通りの先にある城を指さして尋ねるが、呆れ顔で頷かれた。
できればもう少し控えめな、別のところにある小さな城にソニアが連れていかれたという答えが欲しかったのだが、世の中はそう甘くないらしい。
まさか首都にある城に連れていかれたとはな。
可能性としては十分考えられたが、実際にそうとなると奪還の難易度は一気に跳ね上がってしまい、テンションが下がる。
「ですよねぇ。はぁ……色々と教えていただき、ありがとうございます。あぁ、それともう一つ、さっき言ってた大鳥で来たというのは?今だと珍しいんですか?」
「そのままさ。城の少し手前に厩舎があるだろ?帝都に入ってくる大鳥は、大抵そこの馬場に降りるんだ。若いのは知らないだろうが、昔はよく帝都の空を舞う大鳥が見られたんだ。けど反乱が起きてからは、長いこと大鳥を管理する余裕もなかったらしい」
「なるほど。その大鳥は人が何人ぐらい乗れるもんなんですか?」
「さてなぁ。正確なところはあまり知らないが、大人なら二・三人はいけるんじゃないか?それぐらいの大きさはあったはずだ」
大人が二・三人乗れる鳥でソニアがやってきたとなると、恐らく誘拐犯が帝国の外からここまでくるのに使ったのだろう。
ロイドが二カ月ほどかかった道のりも、空を飛べればもっと短い時間で来られる。
ただ、帝国の北にある山脈には飛行タイプの魔物も見られたし、場所によっては飛竜の縄張りもあったはず。
それらを避けての移動となれば、一直線で帝国へ来られたとも思えず、時間にして十日かそこら程度しか俺達に先行できていないのも納得だ。
店主に情報料として少しばかり金を払ってその場を離れると、再び通りを外れて路地裏へと入る。
「さて、思ったよりも簡単にソニアさんの居場所はわかったわけだが…この後はどうします?」
「決まってる。姉さんを助けに行く!」
「…まぁそう言うのはわかってましたけど」
ほぼ悩む時間ゼロで城にかち込もうとするロイドの覚悟は清々しいが、それを簡単に実行するには情報も人手も、まだまだ足りていないのが現状だ。
「そもそも城のどこにいるかはわかってないでしょ?今忍びこむにしても、私らはどこを目指すのさ」
「む…それは、そうだが」
大まかにいるとわかってはいても、広い城の中から一人の人間をピンポイントで拾い上げて脱出するというのは、綿密な計画を必要とする非常にシビアなミッションだ。
叶うならC4とフラッシュバンをダース単位で揃えて挑みたいぐらいに。
「あの言いようだとソニアさんも丁重に扱われてるみたいだし、当初の予定通りもう少し情報を集めようよ。何も今すぐに取って食われるってわけでもないだろうしさ」
「…わかった。だが姉さんの居場所が突き止められたら、すぐに救出したい。そのための準備も並行して進めよう」
「それは構いませんが、具体的にはどのような?」
「俺にいい考えがある」
これはまたなんとも微妙に不安になる言い方だ。
ただそれだけを言って歩き出したロイドに、俺とパーラは一度だけ顔を見合わせ、何も言わずにロイドを追いかける。
今のロイドには若干の焦りも見える。
心情を考えれば仕方ないとは思うが、まずはそのいい考えとやらを聞き出しつつ、俺達で有用かを判断するとしよう。
救出まで、ソニアにはもう少しだけ我慢してもらわねば。
SIDE:ソニア
ーお前が守るんだ。いいな?
はい、お父様…。
―こんな道を強いることしかできぬ父を恨め。お前は決して私のようになるな。さあ、行きなさい。
お父様……待って、まだ私…。
閉じていた瞼を、光が通り抜けて私の覚醒を促す。
窓から差し込む明かりは、もうとっくに朝を告げており、この身を包む上質な寝具の向こうにある冷たい空気を感じて、私の体が一度だけ大きく震える。
もうずいぶん見ていなかった、あの日父と言葉を交わした時のことを久しぶりに夢に見た。
この国に戻ってきたことで、私の中の何かが刺激されて昔の記憶が蘇ったのか?
懐かしさと寂しさ、そして少しの喜びが混ざり合う温かな何かを胸に感じ、ゆっくりと目を開いていく。
少し寝すぎたかと身を起こし、冬の冷たい空気で満たされた部屋の中へと立ち上がる。
私のために用意されたこの部屋は、調度品は最上級のもので揃えられており、本来なら居心地の良さを誇るのだろうが、食事も用足しもこの中で済ますことを強いられている以上、今の私には牢獄とさして変わらない。
この城に来てもうどれほど経つか。
私をここまで連れてきたあの男、名前をイゴールと言ったが、城に入った初日以降、顔を見ていない。
逃げることはできないのだと、この部屋に放り込まれてすぐに、ロイドのことを念押ししてきたのが最後だ。
一日中、この部屋の中に閉じ込められ、無為に過ぎていく時間を数える気にもならず、考えることといえばロイドのことだけだ。
あの子の性格だと、私の行き先を突き止めて、この国にまで追いかけてきそうな気もするが、国境を超えるのは簡単なことではない。
ずっと昔に使った秘密の道なら可能性はあるが、それも今でも残っているか怪しい。
私のことなど忘れて平穏に過ごしてくれていればいいが、果たして…。
窓の外を見つめながら物思いにふけっていると、部屋の扉が控えめに叩かれる。
私が入室の許可など出すまでもなく、使用人が扉を開けて入ってきた。
いつも私の身の回りの世話をしている年かさの女だ。
窓によりかかるようにして立つ私を見つけると、使用人が自分の喉を右手で撫でるようにして胸元で手を止め、膝を二度に分けて折ると頭を下げる。
これはこの国における最上級の礼だ。
囚われの身に過ぎない私に、この使用人は入室の度にこの礼を行う。
「お目覚めとは存じず、遅れましたことをお許しください、殿下」
「私はそんな呼ばれ方をする人間じゃないわ。人違いよ。何度も言ってるでしょ」
しかも私を殿下と呼ぶ始末だ。
毎回否定はするのだが、それも聞き入れられることはなく、皇女として扱おうという礼節を欠かさない。
部屋に監禁されている王族なぞいるものかと文句を言いたいところだが、ただの使用人にそれを言ってもしかたがない。
「侯爵閣下がお呼びでございます。殿下を呼び立てる無礼は承知なれば、お会いしてまずは非礼を詫びたいと仰せです。ご足労いただきたく、伏してお願い申し上げます」
「…わかったわ。案内して」
ここにきてようやく私を連れてきた黒幕から面会を頼まれ、今日までため込んでいた文句をぶつけるいい機会だと思い、使用人の案内で部屋をあとにする。
私がいた部屋は今でこそ監禁部屋だが、もとは貴人にあてがわれる客室の一つだそうで、今歩くこの廊下も格式にあったつくりをしている。
反乱で焼け落ちてからしばらく放置され、パーシンプス侯爵の指揮で少し前にようやく修復が終わったというのに、まるであの頃のままだ。
「私はここまででございます。この先は殿下のみお通しせよと」
しばらく歩き、無言だった使用人が口を開いたのは、暗い赤一色の大きな扉の前に着いた時だった。
この扉の先はグラナヴェルの間、昔は皇帝の謁見のための部屋だったのが、今はパーシンプス侯爵が待ち構えているとは。
本来なら扉の両脇に近衛兵が控えるのが常だとは思うが、今誰もいないのは私への配慮のつもりか。
使用人が下がり、扉の前に残された私は、一度大きく息を吐き、取っ手を押して部屋の中へと入っていく。
謁見の間は初めて入ったが、なるほど、その呼び名に相応しい絢爛さはあるものの、惜しむらくは玉座が修復中らしく、布がかけられている。
ただ、その隣には窓から差す光を背にして堂々と立つ、一人の男の姿がある。
逆光で顔はまだ見えないが、背丈は私より少し高いくらいか。
かつて帝国の高位貴族が好んで身に着けていた、左右で長さの違うマントを纏う姿から、あれが私をここに呼んだ張本人とみていいだろう。
他に人もいないし。
そうと分かれば、まずは一発殴るくらいの気持ちで話を聞いてみるとしようじゃないの。
一応相手は貴族だし、とりあえず命はまだとらないでやる。
ただ、話次第では私の拳が光って唸る。
よもやここまでのことをしておいて、恨まれていないなどとは思うまいね?
SIDE:END
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