世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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再会姉弟

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 無口な俺達の息は白く、松明の明かりに手を引かれるようにして、昼でも明かりが届かない暗い通路を進む。
 もうずいぶん使われていなかったようだが、昔は水路かそれに近い機能を持った通路だったのだろう。
 大人が屈んで歩くのが精一杯という大きさしかなく、冬の冷たい空気が容赦なく俺達を襲ってくる。

「…城にはこういった抜け道はつきものだとはわかるんですが、よくロイドさんはこんなのを知ってましたね。この手のものは普通、探してもそうそう見つかるもんじゃないってのに」

 同じ姿勢で長いこと歩いているせいで、腰がかなりつらくなってきたのを紛らわせるためにも、先頭を歩くロイドにそう投げかける。

『いい考えがある』というロイドの案に乗り、帝都の外へ向かった俺達はある丘に隠されていた洞穴へ入った。
 半ば土で埋まっていたのを俺の土魔術で掘り起こしたのだが、動物が出入りした痕跡はみられるものの、少なくとも十年は人が踏み込んでいないとはパーラの見立てだ。

 これは城へ繋がる秘密の通路だそうだが、長年放置されただけあって荒れ方は正直侵入をためらうレベルだ。
 正直、生臭さと腐敗臭がひどいもので、寒い季節でこれなら、夏はもっとひどかったのかと恐ろしくなる。

 しかもこの隠し通路、そうと知っていなければ見つけることもできない隠匿具合からして、明らかに皇族専用としか思えず、これを知っているロイドが何者なのかが気になるところだ。

「ずっと昔にここを通ったことがあってね。今も残っていたのには驚きだが、ここまで狭かったのは予想外だ。俺の体が昔より大人になったからかな」

「ってことは子供の時に通ったってこと?それって何年前?」

「さてね、ざっと二十年近く前になるかな。姉さんに手を引かれて、外に逃げた覚えがある」

 サラっとそう言うが、二十年前で城の抜け道を使ったとなると、自動的に当時のソニアとロイドが何者か想像できてしまう。

 反乱が発生したのが二十年前、城が焼け落ちたのもその頃で、抜け道を使って逃げたとなると、少なくともソニア達は城にいたということになる。
 当時の二人の年齢を考えると、ソニアはともかくロイドは使用人ではあり得ないため、子供連れで城に上がれるレベルの貴族の血縁か、もしかすると皇族という線もないことはない。

「…前から気にはなっていたんですが、元はロイドさん達も貴族の家柄ですよね?色々あって国を出たってことは、少なくとも反乱軍についてはいなかったと思いますが」

「そうだな、貴族といえば貴族だ。もっとも、君ほどにもなると、うすうす気づいていたんじゃないか?」

「予想はしてました。ただ、そうと決めてかかる材料は持ってないので、断定はできませんでしたが」

 普段の立ち居振る舞いも、平民にしてはマナーも教養もあるといった程度だが、それで貴族かと問われればまだ疑問ではある。
 ただ、ここまでのロイドを見て推測するとなれば、元貴族というのがしっくりくるのも事実。

「俺達が貴族の血を引いているのは確かだ。ここまで手助けをしてもらっておいてなんだが、こう言うしかないこちらの事情も察してくれ。姉さんに言い含められていることもある。俺一人の判断で、何もかも明かすことはできないんだ」

「その言い方だけで十分ですよ。それに、知ったところで他に言いふらすようなことはしません。たとえ、ロイドさん達が皇族だったとしても」

「…勘の鋭い奴だよ、君は」

 既に俺が勘付いていると分かったうえで釘を刺すあたり、本人もここまでの言動に匂わせが過ぎた自覚はあるようだ。
 この様子だと皇族としての身分にこだわることはなく、ソニアを救出したら帝国を離れるのに未練はないように思える。

 ほぼ一本道ながら、緩やかなカーブと上り下りを何度か通過していくうちに、通路が徐々に広くなっていく。
 最初は屈んでいたのが、今では少し首をすくめる程度の高さと、両手を広げられるだけの幅にまで広くなった通路は、歩くだけなら入り口から感じていた辛さはだいぶ和らいでいた。

「ここだな」

 そう言って立ち止まったロイドの肩から先のほうを覗いてみると、その先にちょっとした空間が広がっていた。
 これまで通ってきた通路と違い、明らかに何かあるとわかる場所で、50cmほどの正方形で作られた石材を周囲に積み重ねて作られた部屋のようだ。

「ほとんど覚えてはいないが、姉さんとここから外へ出たんだ。多分、どこかが開くようになっているはずだが……流石に分かりやすくはないか」

 一見すると50cmのタイルが張られているようにしか見えないこの場所は、当然だがどこかが開閉できると分かるような印はついていないし、ドアノブどころか開閉機構に相当する装置など見える範囲には存在していない。

「前にロイドさん達が使った時ってどんな感じだったの?」

「俺達が使ったときは、もう開いていたのをくぐっただけだったはずだ。特別な操作をしたところは見てないし、見てたとしてもこっち側からどうにかできるとは思えんな」

 当たり前の話で、城からの脱出に使う通路なら城内から開けるものだ。
 外側から操作できる開閉装置があっては、防衛上の大きな問題となるため、普通はこちら側から城内へつながる扉を開けるようにはなっていない。

 抜け道から城へ潜入することは決定したが、こうした出入りのための扉が封鎖されている場合が問題だった。
 ただ、そこからは行ってから考えようという結論になっていたため、ある意味ではこの状況も予定通りともいえる。

「土魔術で壊すってのも…だめか、魔術の干渉が弾かれる」

「皇帝の住む城だったからな。築城の段階から魔術対策は施しているさ」

 対魔術の建材といえば阻導石が最も優れているが、グレードは多少落ちても魔術を防ぐ素材は他にも多くある。
 この城では阻導石ではなく、別の対魔術の石材を使っているようだが、これだけの大きさで組んでいれば効果は十分だ。

 壁に手を触れて土魔術を発動してみたが、表面から浸透していく感触が一切返ってこず、人ひとりが通れる穴を作るのも難しそうだ。
 時間をかければできそうな気もするが、悠長に魔術で開けた穴を広げる作業をしているところを見つかるのも面倒だ。
 ここは別のアプローチで扉を開けるとしよう。

「パーラ、頼む」

「はいはい、二人とも下がってて。あと、なるべく動かないでね」

 俺とロイドを下がらせ、パーラが壁に掌を向けて魔術を発動させる。
 すると辺りには風の流れが生まれ、俺達を撫でた風が通路の外へと向かっていくのを感じた。

 しばらくの間、狭い空間を風がうねるように動き回っていたが、それが止むとパーラが俺を手招きする。

「アンディ、ここ。隙間があるよ」

 パーラが指さした壁の一点を見るが、俺の目には隙間があるようには見えない。
 ただ、地面の埃がかすかに動いていることから、ここから空気が出入りしているのはわかる。

 対魔術の建材に魔術はほぼ通じないが、風魔術で操作された風の動き自体は妨げられることはなく、隠されていた扉の隙間はこうやって見つけることができたわけだ。

「かなり小さいが…まぁなんとかなるだろう。じゃあパーラ、今度はお前が下がってろ。あと、静かにしとけよ」

「はーい」

 釘を刺してパーラ達を遠ざけたら、腰に下げていた水筒を取り出し、中の水をその場に蒔く。
 ちょっとした水たまりとなったそれに触れて魔力を流して操作すると、先ほど見つけた壁の隙間へ細く糸のようにして徐々に送り出していく。
 ここで水魔術が阻害されていないのは、水と俺が有線接続のように繋がっているおかげだ。

 体感で10分ほどかけて水を全て送り込んだところで、意識を集中させて壁の向こうの水を一塊にしたものを、壁に沿って移動させて向こう側の様子を探っていく。

 今使っているのは、水精の魔手と呼ばれている詠唱魔術で、水を術者の手のように離れた場所で操るものなのだが、これを俺は魔力マシマシ質カタメに改造することで、精密性と術者へのフィードバックの精度を上げている。
 おかげで壁の向こう側は目には見えなくとも、水で触れた物は大体の感触が俺に伝達されるという仕上がりだ。

 なお、改造の結果として、本来の術と比べて魔力の消費が増えたのと、術の射程距離が減少するというデメリットは生まれたが、元の運用法が限定的だったため、ひとまず今は大きな問題にはならない。

 そうして壁の向こうを探り、扉を開閉するレバーなりなんなりを探していくが、やはり目視ができないと今一つ捗らない。
 この手の機構は、いざという時にも動かせるように単純さが求められるため、そう凝った装置は使っていないはずだが、それも隠されていれば見つけ出すのは容易ではない。

 何かもう一つ、ヒントでもあれば探しやすいのだが……ロイドに聞いてみるか。

「ロイドさん、前にここを使った時に、何か変わったものを見てませんか?昔の記憶なので、忘れていることもあるとは思いますが」

「さっきも言ったように、俺が見たのは既に開いていた状態なんだが…そうだな、傍らにあった彫像の向きが変わっていたような気もするが」

「彫像…一メートルぐらいのですか?」

「どうだったかな、何せ子供の目線だ。もっと大きかった気もするし、それぐらいだった気もする」

 そう聞くと同時に、扉のすぐ近くにあった一メートル弱の彫像と思しきシルエットに、水の手が触れた。
 もしもこれがロイドの言う、過去に向きの変わっていた彫像だとすれば、こいつを回転させるのが扉を開く仕掛けという可能性は大きい。

 早速像に水を張り付かせ、回転させるように力を加えていく。
 魔術で操作しているとはいえ、元が水筒一つ分程度の水だと重量物を動かすには量が心許ない。
 原則として操る水の量が、重さとイコールで力となるからな。

 少ないながらも水の手は彫像に力を加えはじめ、ゆっくりと回り始めた像がある一点に差し掛かったところで、目の前の壁がゴクという音を立てて上へとせり上がっていった。

「お、開いたね。さすがアンディ」

「大したものだ。城破りでも食っていけるんじゃないか?」

「金に困ったら検討しますよ。行きましょう」

 からかうようなロイドの言葉に俺も軽口で返すが、城に無断で侵入するリスクを考えると、そちらの方面に進むことはない。

 扉をくぐって出た先は、元は園庭の水場だったようだ。
 予想される城内の位置的に、中庭と呼ぶべきか。
 俺達が今出てきた通路も排水路を兼ねていたとしても、城の抜け道としてよりは水路の役割の方が長かったのかもしれない。

 ここも庭とは言ったが、城が再建されてからは放置されていたのか、周囲も草花の手入れが十分にされているとはいえず、今が冬だということも相まってか随分寂しい雰囲気だ。

「ここまではうまくいきましたが、あとはどうします?ソニアさんがどこにいるかがわからないと、救出も何もあったもんじゃありませんよ?」

「順当に考えれば、どこかに監禁されてるはずだが、思い当たる場所が俺の記憶通りとは限らんのが痛いところだ」

 一度焼け落ちて建て直された城だ。
 俺達が通ってきた通路のように、城の大元に関わる部分は残されていたとしても、それ以外の部分はそっくりそのまま再現されて作られたとは限らない。
 元皇族と思われるソニアを拐かしておいて下手な部屋に留め置くとは考えにくく、やはり相応の格式で調えられた場所に監禁されているとみていいはず。

 問題はロイドの記憶で当てになる部分がどこまでかというところだが、変える必要がない限りは城のレイアウトも継承するはずなので、少なくとも貴族に宛がわれる部屋ぐらいは変わっていないと思いたい。

「監禁部屋を探すとしても、城の中をあまりうろつくのはまずいですよ。せめて夜ならよかったんですが」

「仕方がないだろ。姉さんが助けを求めてるんだぞ。一瞬だって惜しいぐらいだ」

 城へ忍び込むのなら夜というのが定石なのに、ロイドは姉を思う一心で突っ走ってしまった。
 そのせいで潜入してからの捜索がしづらいのだが、今更引き返せないし、このままやるしかない。

「まあまあ。幸い見回りの兵士も少ないみたいだし、気を付けながら行こうよ」

「…言われてみると、確かに見回りがほとんどいないな。ロイドさん、ここは巡回から外れた場所だったりしますか?」

「どうだったか…流石にそれは覚えてないな。確か、少し行けば後宮だ。巡回の兵がいてもおかしくはないはずだ。もっとも、今も後宮が使われていればの話だが」

「使われてないでしょうね。皇帝一家がいない上に、パーシンプス侯爵が帝位を固辞してますから。そう考えると、この辺りに見回りが来ないのも当然かもしれません」

 後宮はあくまでも皇帝の家族が暮らす場所であって、そこにいるべき人間がゼロであれば、使われることはない。
 パーシンプス侯爵自身も玉座を欲していないそうだし、後宮に誰もいないせいで、この中庭も放置されているのかもしれない。

「見回りを捕まえてソニアさんのことを吐かせるのも手なんですが、そもそも人がいないのは―」

「静かに。誰か来る」

 俺達では気付かない音を拾ったのか、パーラがその場で身を低くして中庭の一点を見つめていた。
 それに倣って俺とロイドも身を低くしながらパーラと同じ方向を見てみると、庭の奥にある城の中へつながる扉がゆっくりと開き、そこから兵士が姿を見せる。

 現れた兵士は庭の片隅にある石台の上の雪を払って腰掛けると、懐から何かを取り出して口へと運んだ。
 見るとそれは小さな水筒のようで、その中身を口に含んだ兵士が緩んだ顔で虚空に息を吐きだした。
 恐らくあれの中身は酒だろう。

 こんな場所に一人だけで見回りかと思ったが、どうやらサボりに来ただけのようだ。
 一見すると身なりこそ正規兵のものだが、よくよく観察してみれば、一般的に鎧の下に着こむ服は雑な着崩しが見られ、あまり規律正しい兵とは言い難い。
 だからこそこんなところで一杯ひっかけてるわけだが、その程度の人間ならしばらく行方をくらましても問題にはなるまい。

 パーラと視線を合わせ、ハンドサインで意図を伝えると、早速兵士の捕獲へと移る。
 のんきに酒を啜っている人間など油断の塊に過ぎず、あっさりと左右から挟みこんだ兵士の首にナイフを添えて低い声をかける。

「そのまま、動くな、喋るな、こっちを見るな。ゆっくり胸の前で手を組め」

 冬の空気よりも冷たい鉄の塊に喉を押さえられた兵士は、一瞬驚愕の目をした後、その顔を恐怖に歪めて俺の指示通りに動く。
 その際、手に持っていた水筒はパーラが取り上げたのだが、この状態でも酒を惜しむように見送るこの兵士は酒飲みとしては大したものだと褒めてやろう。

 こうして見ると、兵士は意外と若い男だった。
 年齢は俺より上のようだが、城に詰める兵士としてはまだまだ下っ端の部類か。

「いくつか質問する。はいには瞬きを一回、いいえには瞬き二回で答えろ。わかったか?」

 ゆっくりと瞬きが一回、イエスだ。
 勤務中に酒を飲むほど不真面目ではあるが、ちゃんと命がかかると素直になってくれるのだから可愛いものだ。

「十日かそれ以上前、城に赤毛の女が連れてこられたな?」

 またしても瞬きが一回。
 事前に情報としてソニアがいるのは知っていたが、改めて城にいる人間が保証すると安心感が違う。

「女はどこにいる?」

 今度は瞬きもせず、目が泳いでいる。
 イエスでもノーでもないその反応に一瞬眉を顰めてしまうが、理由に思い至ると納得がいく。
 この質問では答えが二択にならないか。

「女の居場所に心当たりはあるか?」

 すると何か考え込むように視線をさまよわせた後、ゆっくりイエスの反応を見せる。
 このリアクションから、正確なソニアの居場所は知らないが、いそうな場所には心当たりがあるといった様子だ。

「よし、話せ。ただし、余計なことを言ったら殺す、大声を上げても殺す。いいな?」

 脅しの意味も込めて少しナイフを当てているところを強めに押すと、男は顔色を悪くさせて素早く瞬きを一つ返した。
 それを見てナイフに込める力を少しだけ緩めると、男は大きく一度だけ喉を鳴らして口を開いた。

「…どこにいるかは知らない。けど、少し前に警備の配置に変更があった。配置換えの時期がいつもより前倒しになったから、どこぞのお偉いさんが城に泊まってるんだろうって、仲間と話したことがある」

「変更があったのはどこだ?」

「城の三階っ…三階の奥にある貴族用の部屋だ。北東の角から二つ手前」

 期待していた情報に、少し離れたところに隠れているロイドを見ると、満足そうに頷いてくれた。

 しかし貴族と思われる人間の居場所をあっさり明かすとは、帝国の兵士もなかなか忠誠心が薄い。
 新兵だからだと言われればそれまでだが、それ以前に兵の質がこの程度で揃えるしかない現状が危うい気もする。

 まぁ帝国のことを俺が気にするのもおかしな話なので、深く考えないでおこう。

 欲しい情報は手に入ったので、あとは兵士を処分して、俺達はソニアがいる部屋へさっさと行くとしよう。
 この兵士も災難なことだが、これもサボりの代償だ。
 なるべく痛くないようにするから、許してほしい。

「よし、もういい。ありがとう、あんたは用済みだ。せめて安らかに眠ってくれ」

「待ってくっ―」

 安心させるためにも穏やかに語りかけた途端、なぜか兵士が必死の形相でこちらを向こうとしたので、素早く首に電撃を当てて気絶させた。
 せっかく穏やかに意識を刈り取るつもりだったのに、急に動かれたせいで電撃が少し強くなってしまった。

「なんだこいつ、急に動くなよな。びっくりするだろうが」

「いや言い方のせいでしょ」

 力をなくして崩れる兵士の体を支えてやると、ジトリとした目のパーラに呆れられてしまった。

 心外だな。
 俺は何一つ間違ったことは言っていないし、怖がらせる意図もなかったというのに。

「情報を聞き出せたのはいいんだけど、こいつどうする?寒空に放っておいたら死んじゃわない?」

「城の中なら大丈夫だろ。適当に見つからないところに放り込んどきゃいいさ」

 気絶している兵士を担ぎながら慎重に城内へ入ると、物置らしき部屋へ放り込んでおく。
 気休めではあるが、部屋にあったぼろ布を兵士の体にかけてやる。
 風邪をひくかどうか運次第だが、今はこれが精いっぱい。

「こんなもんだろ。さて、それじゃあソニアさんのところに行くか。ロイドさん、上階に上がる階段はどこかわかりますか?」

「ああ、それぐらいはな。ただ、そいつも言ってたが、上には見回りの兵士が確実にいるだろう?問題はどうやって目をかい潜っていくかだが…」

「片っ端から気絶させてけば?私らならいけるんじゃない?」

 城であろうと喧嘩上等の覚悟を示すとは、こいつが俺の相棒だという事実に戦慄を覚える。
 まぁいつものことと言えばそうだが。

「それはやめておこう。城の中で暴れれば、あちこちから兵士が駆けつけてくる。君達は兵士一人に対して大きく優越するが、数で攻められればいつかはやられる。戦いは数だよ、パーラ」

 そう言うロイドの言葉は俺も同意できるもので、普通に比べれば広いとはいえ、城も基本的に狭所であり、兵士に数で寄ってたかられると俺達は逃げることが難しくなる。
 この手の救出ミッションではスニーキングが基本とされるのは、敵地での大立ち回りの危険性を正しく理解していればこその選択だ。

 しかるに、俺達は引き続き人目を避けてソニアの下へ辿り着かねばならない。
 場所を考えれば、いちいち見回りを倒している手間も惜しい。

「まぁどこかで騒ぎを起こして、そっちに注目が集まってる隙にソニアさんと接触するのがいいでしょうね」

「それが妥当なところか。よし、まずは二階を目指そう。俺が先行する」

 勝手知ったるというわけではないが、この中では唯一城の構造を知るロイドに二階までの先導を任せ、俺とパーラは周囲の警戒をしながら後に続く。
 新築というほどではないが、城の中はあちこちに真新しさが感じられる一方、ルガツェン帝国ならではの意匠が目を引く伝統的な様式が興味深い。
 こんな状況でなければ、ゆっくり観光でも楽しみたいところだ。

 城の巡回兵が少ないのか、誰とも遭遇することなく階段までやってくる。
 意外にも階段はシンプルなもので、宝〇の大階段ぐらいを想像していただけにちょっぴり拍子抜けだ。

「流石にここには見張りがいるな。二人か…倒せないことはないが。ロイドさん、他に階段は?」

 階段の前にはここまで見られなかった兵士が立っており、先ほど気絶させたやつとは違い、こちらは真面目に見張りとしての役割を果たしている。

「いくつかあるが、この分だとそっちも見張り付きだろうな。予定通り、騒ぎを起こしてそっちに行かせよう。で、なにをしでかしてくれるんだ?」

「しでかすとは人聞きの悪い。まぁ陽動の定番といえば火事でしょうね」

「火事…か。正直、あまり気分はいいものじゃないな」

「煙だけですよ。派手な火が上がるようにはなるべくしないつもりです」

 昔の記憶を思い出してか、顔をしかめるロイドの心情は理解するが、今は耐えてほしい。
 城にいる人間なら、反乱で焼け落ちたという過去を知っていれば特に敏感に反応するだろうから、これが一番おびき寄せるのに向いている。

 すぐにその場から離れ、火が起きても被害がないであろう離れた場所に火をおこし、煙が出やすいよう、先ほどの庭から持ってきていた生木を放り込む。
 期待していた通り、いい感じに煙が出てきたのを確認して火場を離れる。




 ―火事だー!

 ―早く水!

 ―だめだ!逃げろ!

 遠くから火事に慌てた人間の声が響いてきた。
 階段前の見張りにもそれは聞こえており、悩むように顔を見合わせた後、声の方へと揃って駆けていく。
 少し遅れて、上の階からも顔を見せた兵士が、煙の匂いを辿るように火元へと向かった。

「戻ったよー、どんな感じ?お、いなくなったね。よかった」

 工作を終えて戻ってきたパーラが、俺達とともに物陰から階段を覗き込み、見張りがいなくなっていることに安堵の声を漏らす。
 パーラには先ほどの火事の発生を知らせるために、あちこちに上がる声の偽装をしてもらっていた。
 こういう陽動でこいつの魔術は恐ろしいほどに効果的だ。

「ご苦労だったな、二人とも。では上を目指すぞ。引き続き慎重に行こう」

 騒動で兵士は動かしたが、全ての人間が持ち場を離れるとは限らない。
 ここからは俺達の存在に気付いた兵士を、声を上げる隙も与えずに排除していかねばならない。

 音を立てないよう、気配を消して階段を上がって二階に来たが、幸いここに見回りの兵士はおらず、いくつか並ぶ部屋の扉も固く閉ざされている。
 そのまま三階へと上がろうとしたところで、パーラが静かに声をかけてきた。

「止まって。…ソニアさんの匂いがする」

 どこか緊張した様子のパーラがスンスンと鼻を鳴らし、二階の今、目の前にある廊下の先をじっと見つめている。

「匂い?そんなもの、全くしないが」

「パーラは鼻が利くんですよ。狼の獣人の血が入ってるんで」

 本当は加護のせいではあるが、それをいちいち明かす必要はない。
 本来なら狼形態へと変化したうえで嗅覚は鋭くなるのだが、普通の状態でも一般人よりは嗅覚は鋭いので、ロイドや俺が気付かなくとも当然だ。

「ソニアさんってなんかいっつもいい匂いしてたんだよね。花の香りみたいな。その匂いがこの先からする」

「ああ、それは香房こうのふさの匂いだ」

「なんですか、それ」

「匂いのする植物や鉱石を糸できつく巻き合わせて、小さな袋に入れて持ち運ぶのをそう呼ぶんだ。暇さえあれば姉さんはよく作ってた。…攫われた時も確か持ってたはずだ」

 香り袋みたいなものか。
 ヤゼス教の人間にも持ってる奴がたまにいたな。
 なるほど、その匂いをパーラは嗅ぎ取ったわけだが、そうなるとソニアは三階から二階に移動していることになる。

 脱走したか黒幕の誰かが連れ出したか、どちらにせよ与えられた部屋には今はいないわけだ。

「パーラ、匂いは追えるか?」

「多分ね。移動した跡というより、この先のどこかから漏れてきた感じ」

「そうか。ロイドさん、この廊下の先は?」

「ここは足を踏み入れたことがないからな。廊下の先がどこにつながっているかまではわからない。けど、行くしかない」

「そりゃそうですがね…パーラ、ここらはお前が先だ。ソニアさんの匂いを追ってくれ」

 見たところ廊下は一直線のようだが、それでも見えない先で分岐しているかはわからないので、ここは鼻が使えるパーラにソニアの所まで案内してもらおう。

「了解。今のところ見回りの兵士もいないみたいだし、急いでいくよ。ついてきて」

 静かに、しかし素早く動くパーラに俺とロイドも続く。
 建物の二階にもかかわらず、横にも縦にも広い造りの廊下は移動の妨げになるものはなく、もし仮に敵と遭遇してもすぐに狭さで不利を負う心配はないのだが、廊下の長さも相応にあるため、ソニアを助けた後の逃亡に苦労しそうな不安も覚える。

 目には見えないが確かに存在するソニアにつながる糸を手繰っていくと、突き当たりに現れた階段をパーラが迷いなく上る。
 何の警戒もなしに三階へ向かうのには驚いたが、あいつの鼻なら見張りの兵士がいないことも分かるし、そのまま行けると踏んだのだろう。

 実際俺達は誰かに咎められることなく三階へ上がり、そしてさらに上がった先の廊下を奥へと進む。
 ここまで通ってきた廊下とは打って変わり、寒々しい石造りの通路を進むことしばし。
 感覚的に半階ほど下へ向かっている通路の先に、松明の明かりで照らされる空間があった。

 急に開けた場所が現れたことで一瞬警戒したが、そこにあった二つの人影を見つけた瞬間、ロイドが一段加速して俺たちを置き去りにしてしまう。
 いきなりの迂闊な行動に思わず舌打ちが出てしまったが、しかしそれも無理からぬことと思えば悪態も出ない。

「姉さん!」

 なぜなら、松明の明かりに照らされて浮かび上がった人影の一つは、ソニアその人だったのだ。
 彼女を探し求めていたロイドならば、この行動も仕方がない。

「ロイド!?なんでここに!あんた達まで!?」

 まったく意識していなかったのだろう。
 突然聞こえた弟の声に驚愕の表情を見せ、その顔をこちらへ向けたソニアが俺達の姿に気付いた瞬間、その眼はわかりやすく喜びに染まり、また見開かれた目は涙がこぼれ落ちそうなほどに潤み始めた。

 姉弟の涙の再会に水を差したくはないが、俺達にはのんびりしている暇はない。
 ロイドとともにソニアの傍へ駆け寄ると、そのままもう一つの人影へと向き直る。
 こんな怪しい場所にソニアと二人きりでいるぐらいだ。
 十中八九、こいつが一連の黒幕に違いない。

 この後の流れとして、こいつをどう扱うか考えていると、目の前の男が低い笑い声を上げて体を震わせ始めた。

「くっはっはっはっはっは!まさかもう一人がわざわざ自分からやってくるとは。手間が省ける。さてさて、どちらの皇子殿下かはわかりませんが、歓迎いたしますよ」

 丁寧な口調ではあるが、その目はロイドを捉えて離さず、狂気の片鱗すら見えそうな様子は怖さを通り越して不気味だ。
 数の上ではこちらが圧倒的に有利だというのに、この状況で平然としているのは、よっぽど自分が害されないという自信があるのか。

 不敵な男の様子に、一層強い警戒を覚えた。
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いきなり異世界って理不尽だ!

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 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
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商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

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