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復讐は唐辛子の味
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SIDE:ドナ・スケア・サニエリ
今朝方、私の屋敷の庭に彫像が運び込まれてきた。
以前から支援をしていた彫刻家による新作で、暗い灰色の石で作られたそれは、あまりにも大きいために四つに分解して運ばれ、庭で組み立て直される。
『果物を売る少年とそれを見る貴婦人』
そう題名が付けられたそれは、色とりどりの花を植えられている庭の中心に据えられた。
様々な色に囲まれることで、灰色だけで構成される彫像は逆にその存在感を増し、まるで歌劇の一幕を切り取ったかのような景色が作り出されている。
少し離れた場所に用意させた椅子に腰かけ、目の前に広がる光景を見ると思わず感嘆のため息が零れた。
私の唯一といっていい趣味である美術品鑑賞だが、こうして自分の庭を使って楽しめるのは何よりの贅沢だ。
司教としての権威と財力で作らせたこの作品は、これまで手に入れてきた美術品の中でも随一と言っていい。
この景色を楽しめる点だけは、司教になってよかったと思える。
ヤゼス教への思いは一信者だったころと変わりはないが、偉くなった分だけ面倒事も抱え込んだ私にとって、これだけが唯一の癒しだ。
なにより、先日の枢機卿会議で謹慎を言い渡されたこの身にとっては、こうして日がな一日過ごすことしかできない。
ふと思い出すのは、急遽開かれた予定外の枢機卿会議に呼び出された私へ、ハリジャニアが抗議文を突きつけた時のことだ。
枢機卿会議に何故評議員がいるのかという疑問は、その抗議文に書き連ねられた各国の重鎮の名前から納得できた。
魔道具関連の技術と今噂の飛空艇で、大国の呼び名をほしいままにするソーマルガ皇国からは、宰相であるトーラル・ゴウン・ハリム。
賢王の再来と噂されるダルカン王子が次代に控えるチャスリウスはダルカン王子が直々に。
先だってペルケティアと友好条約を締結したばかりのアシャドル王国は王位継承権一位と二位の両王子が揃ってと、どれか一つだけでも評議会が騒ぐのに十分な相手だ。
特にチャスリウスからの文書は、ダルカン王子の怒りをそのまま書き付けたような厳しい内容で、宣戦布告の文字を探してしまうほどのものだった。
人類最強の騎士との呼び声高い、ルネイ・アロ・ユーイを送り込む用意があると書かれた一文には、思わず顔が引きつるのを覚えた。
それらが揃って正式な文書で猛抗議してきたというのだから、評議会は勿論、枢機卿会議にも話は回って私が召喚されたとういわけだ。
文書には、私が大分前にロスチャー監獄に幽閉したアンディを即刻解放するようにと、かなり強い言葉で書かれていた。
幽閉自体は私個人の職権で実行したため、評議会や枢機卿に報告すらしていないものであったが、この文書によって調査が始まり、幽閉に至った経緯が詳らかにされる。
そして、死者復活に関しての質疑応答が暫くなされたが、結論としてアンディを幽閉しておく理由はないとされ、ただちにロスチャー監獄へと囚人釈放の手続きが進められた。
同時に、私がしたこともまた問題視され、司教という地位によって身の保証はされたが、期間を設けない謹慎処分が下され、今に至る。
正直、あれの幽閉に関してはあまり深く考えずにやったことだが、たかが冒険者に三つの国の王族が動くだけの伝手があったとは、誰が想像できたというのか。
聞いた話では、今から十日ほど前には監獄から出ているそうだが、今頃は国外に脱出していることだろう。
今も評議会が派遣してきた修道騎士が屋敷の門を固め、身の回りには監視役の神官が配置されていることから、恐らく私の司教としての人生はもう長くはない。
夫には随分前に先立たれ、娘夫婦も私の庇護下になくともやっていけてる今日この頃、司教の地位を返上しろと言われるのなら、それもまたいいと思い始めている。
今更政敵とやり合うほどの若さもないし、今回の一件で名も落とした。
この先、司教どころか、司祭として生きることすら望まず、地位も名誉も何もかも捨てて、趣味に没頭できる時間を手に出来るのならそう悪くない。
とはいえ、今日明日にでも罷免ということではない。
私の後任も選出しなくてはならないし、今は謹慎中で滞っているが、手掛けている仕事も山ほどある。
司教の地位を返上するにも早くて一年、遅ければ四年はかかるし、前任者は新しい司教の相談役として補佐の職に就くのが慣例であることも考えれば、まだまだ先のことだ。
屋敷から出ることが許されない生活は窮屈だが、今しばらくは芸術鑑賞を楽しむとしよう。
しかし何度見てもこの彫像はよく出来ている。
作者にはあまり期待していなかったが、完成してみるとなかなかどうして、見る者に訴えかけるなにかがあった。
既に庭との一体感はあるが、この先時間が経ってコケや変色などで更に馴染んでいくのを想像すると、楽しみが増えそうだ。
そんなことを考えていると、突然私の目の前に光の柱が降り立つ。
正確には先の方にある彫像に降りているのだが、まるで何か尋常ではない存在が降臨するかのような様子に息を呑む。
だがそれもほんの一瞬のことで、すぐさま轟音と共に激しい何かが体を襲い、世界が掻き混ぜられたような光景を最後に、視界を暗闇が支配していった。
―…ま!―…っかり!…ナ様!
「ドナ様!」
「う…」
名前を呼ばれ、意識が覚醒していく。
いつの間にそうされたのか、石畳の上で横たわる私を心配そうにのぞき込んでいるのは、用人頭のミリアだ。
長年の付き合いでも初めて見せるその悲壮な顔に、先程起きた光と衝撃で私が気を失っていたのだと気付く。
「あぁっよかった…。ドナ様、お怪我などはありませんか?どこか痛いところなど」
身を起こそうとすると、ミリアが背中を支えてきた。
「痛いところなら、全身満遍なくだよ…。一体何があったんだい?」
指先を動かすだけで全身に走るような痛みと体の怠さは、これまでの人生で味わったことのないほどに強烈なものだ。
体を見下ろし、出血や骨折がないことは確認したが、この身に何が起きたのかはまるで分らない。
「…ドナ様、どうかお気を確かに。あちらを」
ミリアが硬い表情と低く落とした声で指差す先は、ついさっきまで彫像を鑑賞していた場所だ。
そこには変わらぬ庭があるものと思い込んでいた私は、全く様変わりしてしまった光景が目に飛び込んできたことへ対して、思わず自分の正気を疑ってしまった。
季節の花々が咲き乱れる美しい庭は、まるで大火事でもあったかのような焼け野原と化しており、設置したばかりの彫像があったあたりは地面が深い陥没痕だけが残っていた。
私の記憶にある庭とは何もかもが違い過ぎている。
「これは……どういうことなの。だってここは、私の庭でっ、さっきまで見ていたのよ!」
「ドナ様!気をお静めに!」
「落ち着いていられるか!私の彫像は!?今日来たばかりの!」
「どうか!どうか落ち着かれますよう!」
私を掻き抱くようにしたミリアのおかげで少しだけ落ち着き、何があったのかを彼女に尋ねた。
「私も詳しいことまでは分かりません。ただ、いつものように仕事をしていましたら、庭の方から大きな音が鳴り、それに合わせて屋敷全体も激しく揺れたのです。何事かあったと思い、ここへ駆けつけてみたところ、気を失っているドナ様とこの惨状が目に入った次第です」
あの時、私の目の前で起きた光輝く何かが、辺りに破壊を撒き散らしたのだろう。
発生源は庭で間違いないとは思うが、すぐ近くにいた私がこうして生きているということは、実際の致命的な被害はそう広くない範囲に収まっているようだ。
「そう。屋敷の方に被害は?」
「窓ガラスがほとんど壊れた以外、目立つほどに壊れた場所などは見られませんでした。怪我人はいますが、大事ありません。飛び散ったガラスを片付ける際に少し切っただけですので」
建ててから随分経っている屋敷だが、窓ガラス以外に被害がないのは幸いだ。
もっとも、その窓ガラスが高級品である以上、金額的な被害はかなりのものにありそうではあるが。
「…彫像はもう跡形もないね」
立ち上がり、今日置いたばかりの彫像があった場所へと近付いていく。
足下が少しふらついたが、ミリアが支えとなってくれた。
彼女がいなければ、この場で崩れ落ちていたほどに、強烈な喪失感を覚えていた。
あの彫像は今日来たばかりであったが、もう既に命より大事に思い始めていたのだ。
陥没している場所には修道騎士達が集まっており、なにやら調べている。
彼らには私の監視任務が与えられていることもあって、庭で起きたことを調べるのも重要な仕事だ。
「これは猊下。お体の方はよろしいので?」
その場を代表して壮年の男がそう尋ねてくる。
彼はここに詰める修道騎士を率いる者で、名前は確か…。
「…ゴラウン殿です」
耳元に寄せられているミリアの口から、今私が知りたかった名前が告げられる。
そうそう、確かそんな名前だったね。
目通りしたのはほんの少し前だってのに、もう忘れるとは歳はとりたくないもんだよ。
そして、ミリアが一緒にいて助かった。
「大丈夫だ、問題ない。少し気を失っていただけさね。それよりゴラウン、庭をここまでにした原因は何か分かったかい?」
「は。今魔眼を持つ者が現場を見ているところですが、どうも何者かの放った魔術によってこの惨状は作られたようです」
「魔術?ということは魔術師がこれを?」
「ええ、かなりの腕前の魔術師の仕業でしょう。極狭い範囲に威力を集約して放つ魔術だろうと見立てていますが、余計な破壊を生み出していない。凄いものです」
何を感心しているのか、被害に遭ったのは私の大事な美術品だということを忘れていやしないだろうね。
どれだけ優れた魔術であろうと、やったことは到底許しがたいものだ。
「それと、陥没の跡に見られる歪みから、高所から撃ちおろされた魔術であろうとのことです。念のため、近場にある高台や鐘楼などを探らせています。それと、ここには彫像があったそうですね?恐らく、狙いはその彫像だったのではないかと」
そう言われると、確かにこの現状を見れば見るほど、彫像だけを狙った魔術のように思えてくる。
しかし一体誰が?
「…猊下、無礼とは思いますがお尋ねします。誰か、下手人たる魔術師に心当たりはございませんか?これほどのことをしでかすとは、よほどの恨みがあったものと推測します。率直に申し上げれば、ペルケティア国内でこれをやれる魔術師となると限られます。ゆえに国外の何者かと私は考えますが」
「国外の魔術師、それもかなりの腕、ね…。さて、心当たりなぞ―」
ないと言おうとして、頭をよぎったのは一人の人物だ。
我が国が誇る聖鈴騎士の序列二位に実力を認められるほどの腕前の魔術師で、さらには最近まで幽閉されていたことで私に対して恨みもある者。
アンディだ。
十日ほど前に釈放されているが、それより以前から私への復讐を計画していたとしたら、今実行に移ったとしても不思議ではない。
あくまでもやったのがアンディだとして、私を殺せたのに殺さず、彫像を壊したのみで済ませたのは、幽閉したことへの意趣返しだと納得も出来る。
誰から聞いたのか、唯一の趣味である美術品を壊すことは、私への復讐としてこの上なく効果はあったと言えよう。
今では命の次に大事にしていると言っていい美術品に手を出され、沸々とした怒りを覚える。
「ゴラウン、あんたは私が今こういう立場になってる経緯は知ってるのかい?」
「は。おおよそではありますが」
「そうかい。ならアンディという名前は?」
「その名前なら知っております。猊下が不当に投獄した者とか」
一瞬、ゴラウンの顔には嫌悪感が滲みだすが、すぐに元の無表情に変わる。
清廉を旨とする騎士にとって、この反応は妥当なものだろう。
「多分だが、これをやったのはそのアンディだよ。ヒューイットが言うには相当優秀な魔術師だそうだ。直近で私に恨みを持つ魔術師となると、それ以外に心当たりはないしね」
「ヒューイット…グロウズ卿ですか。なるほど、彼がそう評するならよほどなのでしょうな」
「ああ。だから早いとこアンディを捕まえるよう、騎士団を動かして―」
「いえ、それには及びません」
「…なに?」
「必要ないと言っています。確かに猊下の屋敷に魔術を打ち込むなど重罪ですが、幸いにして被害は彫像のみ。無論、彼の者は探しますが、今は詳細な被害状況の把握と」
「悠長なっ…」
呑気なことを言いだすゴラウンに、一瞬怒りが言葉となって口から飛び出しかけるが、同時に今の自分は司教の地位を貶めたのだと思いだし、グッと堪えた。
恐らく、ゴラウンにはアンディの気持ちもある程度理解できるようで、物的被害だけで収まっていることも、軽視されている要因だろう。
今すぐ怒鳴り散らかしてゴラウンをアンディの捜索に行かせたいが、この様子だとそれも無理だ。
彫像をあそこまでされた怒りはまだ消えないが、怒りを飲み込んでこの場は引き下がるとしよう。
謹慎処分となっていなければ、ヒューイットに命じてアンディをまた捕まえに行かせたものを…。
そう考えた時、はたと気付く。
アンディの復讐する相手が、もう一人いるのだということに。
直接捕縛に向かい、一戦を交えたヒューイットもまた、私と同様に復讐の対象になるのではないだろうか。
ヒューイットも私の一件で謹慎処分が出され、自分の屋敷に籠っているはず。
アンディには一度勝っているし、命を狙われても逆に討ち取るだろうとは思うが、私のように直接的な攻撃でないとしたら、また別の被害もあり得る。
そう思い、ヒューイットの安否を確かめに行かせたところ、戻ってきた使者の報告によると、どうやら一歩遅かったらしい。
何者かに毒を盛られたか、食事中にヒューイットが意識を失って治療院へと担ぎ込まれたそうだ。
誰がやったかなど今更考えるまでもない。
偉くなると恨まれるなどよくあることで、命を狙われたことも何度かある。
しかし、こうも鮮やかで的確な方法を使われるのは初めてだ。
私とヒューイットだけに的を絞っているようだが、それゆえに恐ろしい。
ああいう手合いは手懐けておくべきだったと後悔しているが、今更だ。
本心ではすぐにでもアンディを捕縛か殺害する刺客を送りたいところだが、流石に今の身でそれは許されないだろう。
あれで復讐心が治まってくれればいいが、まだ次があると考えてしまうと身震いを覚える。
念のため、警備の増員を打診しておこう。
謹慎中とはいえ、司教の要請だ。
無下にはされないと思おう。
SIDE:END
ペルケティアの主都マルスベーラの上空約800メートル。
そこに飛空艇を滞空させ、解放した貨物室のハッチから身を乗り出し、眼下にある街並みへをスコープを向ける。
見つめる先はサニエリの屋敷がある区画で、そこで起きている騒動をバレないこの距離からジッと見つめる。
手にしているスコープの倍率では人の顔までは判別できないが、服装や体格などは見分けられるため、修道騎士と思しき武装した人間が屋敷の周りを固めるのを見て、騒ぎの拡大は想像以上に早かったと分かる。
「あら~、案の定人が集まってきてるね。アンディ、やっぱ派手にやり過ぎなんじゃないの?」
同じく、スコープを手にして俺の隣で下を見ているパーラが、呆れた調子で呟く。
「いいんだよ。派手にやるのが目的だったんだから。というか、本人の目の前で彫像を壊すのが目的だったんだし、コッソリやれるわけがねぇよ」
庭に出来ているクレーターを見て、今日までかかった準備の集大成があれかと、達成感と共に妙な虚しさも覚えていた。
達成感の方は、先程から使用人に抑えられながら荒ぶっているサニエリの様子に、虚しさは老婆と言って差し支えない相手をああまで吠えさせた自分の所業に対してだ。
監獄を出てすぐ、俺はパーラとサニエリへの復讐計画を立てた。
相手は宗教組織のトップに近い立場の人間だし、あまり大袈裟にするのはまずいとわかっていたため、命は狙わず怪我もなるべく負わせずという方針で決める。
ガイバが手配してくれた協力者の手も借り、四日ほどかけて調べ上げたことによれば、サニエリとグロウズ、他数名の神官が自宅謹慎となったことが分かった。
俺を幽閉したことがペルケティアの偉い人らにバレての処分とのこと。
司教ともなれば、冒険者一人幽閉したところで問題にはならなかったが、今回は俺を釈放しようといくつかの国が抗議をしたため、行動を無視できないと責任を取らされたというわけだ。
そうして自分の屋敷でそれぞれ謹慎生活を送っているサニエリとグロウズだが、監視のために屋敷の周りは警備が厳しく、人の出入りもかなり制限されていた。
これで外部の人間である俺達が仕掛けるのも難しくなるかと思いきや、むしろやりやすくなったと俺は考えている。
何せ、サニエリもグロウズも教会内での地位はかなり高く、仕事であちこち移動することも多い。
謹慎処分で居場所が屋敷に固定されたのは、今後仕掛ける側としては手間が省けて助かるというもの。
では実際に何をしようかと考えたところ、二人の趣味からアプローチしてみることにした。
協力者から提供された情報では、サニエリの趣味が美術品鑑賞、グロウズが食に熱心だというのがわかっている。
そして、サニエリが今日、屋敷の庭に新しい彫像を設置するという情報を掴んだ。
サニエリが昔から支援していた彫刻家の手によるもので、屋敷に引きこもってからは美術品鑑賞に耽っていることもあって、かなり楽しみにしている様子だったとか。
これはもう、ターゲットにするならその彫像以外考えられない。
庭に設置され、サニエリが満足気に眺めているところをレールガンモドキで吹っ飛ばすことで、かなりの精神的なダメージを与えられる。
サニエリの美術品への傾倒ぶりを聞くに、下手をするとショック死してしまうかもしれないが、その時はそういう運命だったと思おう。
流石に屋敷に忍び込むのは面倒なので、噴射装置か飛空艇で庭の上空へ飛び、眼下目指して撃ちおろす予定だ。
決行は彫刻が運び込まれてからだが、いつ来るのか分からないため、先にグロウズを片付けることにした。
グロウズの方はサニエリと違い、やることは単純だ。
食道楽を是としている節のあるグロウズだが、実は辛い物が苦手という弱点がある。
それ自体は悪い事ではなく、人によって辛さへの耐性もそれぞれだ。
だが味覚への攻撃と考えれば、そこは非常に攻めやすい。
食事に辛さのある香辛料を混ぜるという、子供の悪戯程度の嫌がらせではあるが、、謹慎中は食事だけが楽しみだと思うので、意外と効くと俺は思っている。
サニエリと違ってグロウズの屋敷は警備があまり手厚くないようで、忍び込むのはさほど難しくなかった。
これはグロウズ本人が強いこともあって、外から誰かが攻めてきても本人が撃退できるし、逆に暴れられると監視の名目で置かれている人員では抑えきれないという一種の諦めもあっての警備の薄さだろう。
おかげで厨房へは簡単に入りこめ、いくつか出来上がっていた料理を皿ごと拝借し、香辛料を大量に仕込んでいく。
俺が手にした料理は一口大のロールキャベツのようなもので、臭いや見た目で警戒される前に口へ放り込めるこのサイズは実に都合がいい。
解剖するように葉野菜を丁寧に剥がし、現れた芋団子っぽいものに唐辛子の粉末をねじ込む。
丁度飛空艇にはソーマルガで仕入れた、キャロライン・リーパー並みに辛さの強い唐辛子があったので、今回はそれを使ってみる。
乾燥させて粉末にしたそれは、扱いも慎重にしなくてはならない。
少し前、試しにと一口舐めたパーラが絶叫と泣き声を一辺に吐き出したほどに強烈なもので、目に入りなどしたら目玉ごと抉り出したくなること請け合い。
仕込み終えたらまた料理を元の形に復元し、皿を厨房へと戻す。
その際、臭いや見た目を確認してみたが、辛さを警戒させる情報は全くない、完璧に隠蔽された唐辛子爆弾がそこにはあった。
我ながら恐ろしいものを作ってしまったと戦慄を覚えたが、同時に舌と喉を焼かれるグロウズの姿を想像して、暗く確かな愉悦も禁じ得なかった。
特に不審がられることなく給仕が皿を持って行くのを見送ると同時に、パーラからの合図が聞こえた。
パーラにはサニエリの屋敷へ通じる一番大きい道を監視させていたが、どうやらサニエリのところに彫像が到着したようだ。
実際にグロウズが炎を吐くところを見られないのは残念だが、食べるところは確認せずにサニエリの屋敷へと向かう。
―ピィィイ…
屋敷から少し離れたところにあった古びた鐘楼のてっぺんから、パーラが指笛で呼びかけてきた。
予定していた潜伏場所とは違うが、そこは臨機応変に変えていくのがプロなので気にしない。
人目を避けて鐘楼を目指し、塔の足元まで来たところで噴射装置を使って上を目指す。
「ようパーラ。どんな感じだ」
四方が開けている場所に寝そべるパーラに声を掛け、状況を確認する。
「ちょうどさっき彫像が運び込まれてきたとこ。今、庭に置いてるとこだよ。はいこれ」
そう言って差し出されたスコープを覗き込む。
距離的には肉眼でも確認出来るが、スコープで見ると細かく様子を探れて楽だ。
視線の先では大勢の人間が彫像の設置を行っており、奥まったところでは監督でもしているのか、サニエリの姿もあった。
彫像の方は俺達のいる場所からだと背中しか見えないのでよく分からないが、こうして見た感じでも特に心惹かれるものを覚えない。
「いいよね、あの彫像。躍動感とかは完全に捨てて、生きた感情をそのまま切り取って形にしたって感じがするよ。もっと小さかったら、飛空艇に置きたいくらい」
「まじか」
俺には分からない何かをパーラは感じ取っているのか、あの彫像をかなり評価している。
流石に飛空艇に積めるサイズ感ではないのでしょうがないが、あれでもしもう少し小さかったら壊さずに持ち帰ろうと提案されていたかもしれない。
「あ、でも飛空艇じゃなくてテルテアド号になら置けるかも?」
「勘弁してくれ。あれを持ってくのにどんだけ手間がかかるんだよ」
高さは2メートルほどだが、幅と奥行きは共に5メートルぐらいありそうなそれは、もし仮に持って行くとしたら飛空艇で吊っていくしかない。
そんな無茶をやれるほど俺達も偉くは無いので、そこのところは諦めてもらおう。
どうせ壊すんだし、未練は捨てろ。
そんなことを話していると、彫像の設置が終わったようで、サニエリ以外の人間は庭から姿を消していた。
サニエリは彫像を見て何やら満足気に頷いているし、頃合いだろう。
「潮時だな。んじゃちょっくら行ってくるわ」
「…ねぇアンディ。やっぱりあの彫刻壊さないでさ―」
「噴射装置はアンディで行く!パーラ!お前は飛空艇に戻ってろ!」
「あ、ちょっと!」
危惧していたことを言いだしかけたパーラを無視し、この後の行動だけを告げて噴射装置を一気に吹かして飛び出す。
うーわ、危ねぇ。
あいつ、あの後絶対彫像を持ち帰るって言いだしてたわ。
彫像を見て物欲しそうな顔をずっとしていたから、まさかという思いはあった。
しかし本当に言いだすとは、パーラの感性を否定はしないが、もっと現実的な考えをして欲しいものだ。
ある程度の高度を保ちつつ、庭を見下ろす位置までやってきた。
噴射装置でホバリングしながら、サニエリと彫像の位置を確認する。
俺の狙いはあくまでも彫像で、サニエリには怪我をさせないように心掛ける必要がある。
ただ、手段が手段だし、全くの無傷とはいかないだろうから、多少の怪我は目をつむるとしよう。
彫像から大分離れた場所に藤っぽい植物で編まれたような椅子があり、そこにサニエリが腰かけているようだが、何か考え事をしているのか心ここにあらずといった様子だ。
この感じだと上空を見上げそうにもないので、一発撃ってすぐ逃げれば見つからないで済みそうだ。
片手で噴射装置を操りながら、ポケットから鉄貨を三枚ほど取り出し、纏めて電気を通して励起状態へと移行させる。
微かな重低音を響かせ、光を放ち始めた硬貨を握る手を足元へ向けると、彫像目がけて一気に発射した。
太い光の柱となった硬貨は、轟音を響かせて彫像の一部を融解させながら破壊し、庭に巨大なクレーターを作り出した。
相変わらず発生した衝撃波は凄いもので、芝が波打つことで広がりを可視化させ、波が建物まで届いたと同時に、ガラスの割れる音が耳に届いた。
司教の屋敷ともなると窓にもガラスをふんだんに使っているのか、連続して聞こえる甲高い音に、金銭的な被害は相当なものになると推測する。
レールガンは範囲を絞って撃ったおかげで、威力の割にはかなり破壊痕は小さく、彫像といくつかの草花以外、庭に大きな被害は出していない。
衝撃波で芝と花弁が舞っている光景は中々雅なものだが、罪のない植物に被害を出したことには少なからず胸を痛める。
ふとサニエリの姿を探して椅子のあった場所を見てみると、椅子はひっくり返ってしまっていて、サニエリの姿が見えない。
視線を少し彷徨わせると、どうやら吹き飛ばされたのか、椅子から離れた場所で横たわっているのを見つけた。
まさか死んだか?と少し焦ったが、手足が微かに痙攣しているのが見えたので、とりあえず生きてはいるようだ。
そのことに安堵したが、庭に人が集まる気配を感じ取り、その場を離れるべく動いた。
目的は果たしたし、長居は無用。
噴射装置の空気残量を一気に使い、その場から文字通りすっ飛んでいく。
パーラは先に飛空艇に行かせたため、俺もそちらへ向かう。
この後は、飛空艇でまたここに戻ってきて、屋敷の様子を窺う。
念のため、この後どうなったのかを知っておきたい。
飛空艇なら長時間滞空できるから、バレないで探れるだろう。
「―と、そう言うことがあって今に至るわけだ」
「え、なに?急に」
「なんでもない。説明が終わっただけだ」
「説明って誰に?」
「だからなんでもないって。気にすんな」
少し世界の真理を突いたことを言ったせいで、パーラから不審な目を向けられたが、必要なことなのでそこは流してもらおう。
しかしこうして屋敷を監視して暫く経つが、俺達の企みはほぼ完璧に達成されたと見ていいだろう。
サニエリは多少怪我は見られるが重傷ではないし、彫像は完膚なきまでに破壊できた。
恐らく命と同じくらい大事に思っていたであろう彫像を壊され、気が狂ったように怒った姿も見えたし、胸がすく思いも味わえた。
やったのが俺とバレるかどうかは分からないが、それは大きな問題ではない。
要は俺の気が晴れたのだから、それでいいのだ。
命は失えばそれまでだが、大事なものを奪われた人間は生ある限り悔しさと怒りを忘れない。
あの姿を見れば、ただ殺すより効果はバツグンだと思える。
「さて、それじゃあそろそろ行くか」
「もういいの?なんか確認したかったんじゃないの?」
「ん、あぁ、まぁ確認っつーか、見届けたかっただけだよ。サニエリが大事にしてるものを壊されて、どれだけ慌てふためくかを。…悪趣味だと思うか?」
「いや?全然。向こうもアンディには酷いことしたんだもん。やり返しただけでしょ。それにさ、やっぱ復讐しておくと区切りが付けやすいじゃん?」
流石、経験者の言葉は重みがあるな。
背景は大分違うが、復讐という点ではパーラは先輩にあたる。
俺のしたことにも理解を示してくれるのはそのせいだろう。
もっとも、区切りの一環としての復讐には俺も同意できるので、必要なことだったと思っている。
用事はもう済んだので、この場を離れるために飛空艇を動かす。
上空800メートルは多少目のいい人間が上を見ただけでは見つかるものではないが、全く無いわけではないので早々に退散しよう。
サニエリが俺の仕業か気付いたと仮定すると、恐らくペルケティアで指名手配される可能性もゼロではない。
暫くどこかで大人しくして、ほとぼりが冷めるのを待つべきだろう。
パーラと相談して、どこを目指すかも決めなくては。
後日、風の噂でサニエリの屋敷を襲撃した時間より少し前に、グロウズが治療院へ担ぎ込まれたことを知った。
どうやら俺の仕掛けた唐辛子爆弾が効いたようで、暫くは唇とケツの穴がえらいことになっていたとも聞いた。
キャロライン・リーパー級の唐辛子をふんだんに仕込んだので、それぐらいはあるだろうと思っていたが、想定よりもグロウズは辛さに弱かったらしく、回復した後は自分に唐辛子を盛った人間を血眼で探し回っているそうだ。
しっかりと調べたのか、部外者が厨房に忍び込んだことを突き止めたようではあるが、やったのが俺と気付いているかは定かではない。
まぁあの状況でサニエリとグロウズに手を出すとしたら、その相手は自然と絞られるだろうから、とっくに気付いてはいると思うが。
一応、俺達の居場所はグロウズ達にはまだバレていないようなので、もう少し身を潜めようと決めた。
今朝方、私の屋敷の庭に彫像が運び込まれてきた。
以前から支援をしていた彫刻家による新作で、暗い灰色の石で作られたそれは、あまりにも大きいために四つに分解して運ばれ、庭で組み立て直される。
『果物を売る少年とそれを見る貴婦人』
そう題名が付けられたそれは、色とりどりの花を植えられている庭の中心に据えられた。
様々な色に囲まれることで、灰色だけで構成される彫像は逆にその存在感を増し、まるで歌劇の一幕を切り取ったかのような景色が作り出されている。
少し離れた場所に用意させた椅子に腰かけ、目の前に広がる光景を見ると思わず感嘆のため息が零れた。
私の唯一といっていい趣味である美術品鑑賞だが、こうして自分の庭を使って楽しめるのは何よりの贅沢だ。
司教としての権威と財力で作らせたこの作品は、これまで手に入れてきた美術品の中でも随一と言っていい。
この景色を楽しめる点だけは、司教になってよかったと思える。
ヤゼス教への思いは一信者だったころと変わりはないが、偉くなった分だけ面倒事も抱え込んだ私にとって、これだけが唯一の癒しだ。
なにより、先日の枢機卿会議で謹慎を言い渡されたこの身にとっては、こうして日がな一日過ごすことしかできない。
ふと思い出すのは、急遽開かれた予定外の枢機卿会議に呼び出された私へ、ハリジャニアが抗議文を突きつけた時のことだ。
枢機卿会議に何故評議員がいるのかという疑問は、その抗議文に書き連ねられた各国の重鎮の名前から納得できた。
魔道具関連の技術と今噂の飛空艇で、大国の呼び名をほしいままにするソーマルガ皇国からは、宰相であるトーラル・ゴウン・ハリム。
賢王の再来と噂されるダルカン王子が次代に控えるチャスリウスはダルカン王子が直々に。
先だってペルケティアと友好条約を締結したばかりのアシャドル王国は王位継承権一位と二位の両王子が揃ってと、どれか一つだけでも評議会が騒ぐのに十分な相手だ。
特にチャスリウスからの文書は、ダルカン王子の怒りをそのまま書き付けたような厳しい内容で、宣戦布告の文字を探してしまうほどのものだった。
人類最強の騎士との呼び声高い、ルネイ・アロ・ユーイを送り込む用意があると書かれた一文には、思わず顔が引きつるのを覚えた。
それらが揃って正式な文書で猛抗議してきたというのだから、評議会は勿論、枢機卿会議にも話は回って私が召喚されたとういわけだ。
文書には、私が大分前にロスチャー監獄に幽閉したアンディを即刻解放するようにと、かなり強い言葉で書かれていた。
幽閉自体は私個人の職権で実行したため、評議会や枢機卿に報告すらしていないものであったが、この文書によって調査が始まり、幽閉に至った経緯が詳らかにされる。
そして、死者復活に関しての質疑応答が暫くなされたが、結論としてアンディを幽閉しておく理由はないとされ、ただちにロスチャー監獄へと囚人釈放の手続きが進められた。
同時に、私がしたこともまた問題視され、司教という地位によって身の保証はされたが、期間を設けない謹慎処分が下され、今に至る。
正直、あれの幽閉に関してはあまり深く考えずにやったことだが、たかが冒険者に三つの国の王族が動くだけの伝手があったとは、誰が想像できたというのか。
聞いた話では、今から十日ほど前には監獄から出ているそうだが、今頃は国外に脱出していることだろう。
今も評議会が派遣してきた修道騎士が屋敷の門を固め、身の回りには監視役の神官が配置されていることから、恐らく私の司教としての人生はもう長くはない。
夫には随分前に先立たれ、娘夫婦も私の庇護下になくともやっていけてる今日この頃、司教の地位を返上しろと言われるのなら、それもまたいいと思い始めている。
今更政敵とやり合うほどの若さもないし、今回の一件で名も落とした。
この先、司教どころか、司祭として生きることすら望まず、地位も名誉も何もかも捨てて、趣味に没頭できる時間を手に出来るのならそう悪くない。
とはいえ、今日明日にでも罷免ということではない。
私の後任も選出しなくてはならないし、今は謹慎中で滞っているが、手掛けている仕事も山ほどある。
司教の地位を返上するにも早くて一年、遅ければ四年はかかるし、前任者は新しい司教の相談役として補佐の職に就くのが慣例であることも考えれば、まだまだ先のことだ。
屋敷から出ることが許されない生活は窮屈だが、今しばらくは芸術鑑賞を楽しむとしよう。
しかし何度見てもこの彫像はよく出来ている。
作者にはあまり期待していなかったが、完成してみるとなかなかどうして、見る者に訴えかけるなにかがあった。
既に庭との一体感はあるが、この先時間が経ってコケや変色などで更に馴染んでいくのを想像すると、楽しみが増えそうだ。
そんなことを考えていると、突然私の目の前に光の柱が降り立つ。
正確には先の方にある彫像に降りているのだが、まるで何か尋常ではない存在が降臨するかのような様子に息を呑む。
だがそれもほんの一瞬のことで、すぐさま轟音と共に激しい何かが体を襲い、世界が掻き混ぜられたような光景を最後に、視界を暗闇が支配していった。
―…ま!―…っかり!…ナ様!
「ドナ様!」
「う…」
名前を呼ばれ、意識が覚醒していく。
いつの間にそうされたのか、石畳の上で横たわる私を心配そうにのぞき込んでいるのは、用人頭のミリアだ。
長年の付き合いでも初めて見せるその悲壮な顔に、先程起きた光と衝撃で私が気を失っていたのだと気付く。
「あぁっよかった…。ドナ様、お怪我などはありませんか?どこか痛いところなど」
身を起こそうとすると、ミリアが背中を支えてきた。
「痛いところなら、全身満遍なくだよ…。一体何があったんだい?」
指先を動かすだけで全身に走るような痛みと体の怠さは、これまでの人生で味わったことのないほどに強烈なものだ。
体を見下ろし、出血や骨折がないことは確認したが、この身に何が起きたのかはまるで分らない。
「…ドナ様、どうかお気を確かに。あちらを」
ミリアが硬い表情と低く落とした声で指差す先は、ついさっきまで彫像を鑑賞していた場所だ。
そこには変わらぬ庭があるものと思い込んでいた私は、全く様変わりしてしまった光景が目に飛び込んできたことへ対して、思わず自分の正気を疑ってしまった。
季節の花々が咲き乱れる美しい庭は、まるで大火事でもあったかのような焼け野原と化しており、設置したばかりの彫像があったあたりは地面が深い陥没痕だけが残っていた。
私の記憶にある庭とは何もかもが違い過ぎている。
「これは……どういうことなの。だってここは、私の庭でっ、さっきまで見ていたのよ!」
「ドナ様!気をお静めに!」
「落ち着いていられるか!私の彫像は!?今日来たばかりの!」
「どうか!どうか落ち着かれますよう!」
私を掻き抱くようにしたミリアのおかげで少しだけ落ち着き、何があったのかを彼女に尋ねた。
「私も詳しいことまでは分かりません。ただ、いつものように仕事をしていましたら、庭の方から大きな音が鳴り、それに合わせて屋敷全体も激しく揺れたのです。何事かあったと思い、ここへ駆けつけてみたところ、気を失っているドナ様とこの惨状が目に入った次第です」
あの時、私の目の前で起きた光輝く何かが、辺りに破壊を撒き散らしたのだろう。
発生源は庭で間違いないとは思うが、すぐ近くにいた私がこうして生きているということは、実際の致命的な被害はそう広くない範囲に収まっているようだ。
「そう。屋敷の方に被害は?」
「窓ガラスがほとんど壊れた以外、目立つほどに壊れた場所などは見られませんでした。怪我人はいますが、大事ありません。飛び散ったガラスを片付ける際に少し切っただけですので」
建ててから随分経っている屋敷だが、窓ガラス以外に被害がないのは幸いだ。
もっとも、その窓ガラスが高級品である以上、金額的な被害はかなりのものにありそうではあるが。
「…彫像はもう跡形もないね」
立ち上がり、今日置いたばかりの彫像があった場所へと近付いていく。
足下が少しふらついたが、ミリアが支えとなってくれた。
彼女がいなければ、この場で崩れ落ちていたほどに、強烈な喪失感を覚えていた。
あの彫像は今日来たばかりであったが、もう既に命より大事に思い始めていたのだ。
陥没している場所には修道騎士達が集まっており、なにやら調べている。
彼らには私の監視任務が与えられていることもあって、庭で起きたことを調べるのも重要な仕事だ。
「これは猊下。お体の方はよろしいので?」
その場を代表して壮年の男がそう尋ねてくる。
彼はここに詰める修道騎士を率いる者で、名前は確か…。
「…ゴラウン殿です」
耳元に寄せられているミリアの口から、今私が知りたかった名前が告げられる。
そうそう、確かそんな名前だったね。
目通りしたのはほんの少し前だってのに、もう忘れるとは歳はとりたくないもんだよ。
そして、ミリアが一緒にいて助かった。
「大丈夫だ、問題ない。少し気を失っていただけさね。それよりゴラウン、庭をここまでにした原因は何か分かったかい?」
「は。今魔眼を持つ者が現場を見ているところですが、どうも何者かの放った魔術によってこの惨状は作られたようです」
「魔術?ということは魔術師がこれを?」
「ええ、かなりの腕前の魔術師の仕業でしょう。極狭い範囲に威力を集約して放つ魔術だろうと見立てていますが、余計な破壊を生み出していない。凄いものです」
何を感心しているのか、被害に遭ったのは私の大事な美術品だということを忘れていやしないだろうね。
どれだけ優れた魔術であろうと、やったことは到底許しがたいものだ。
「それと、陥没の跡に見られる歪みから、高所から撃ちおろされた魔術であろうとのことです。念のため、近場にある高台や鐘楼などを探らせています。それと、ここには彫像があったそうですね?恐らく、狙いはその彫像だったのではないかと」
そう言われると、確かにこの現状を見れば見るほど、彫像だけを狙った魔術のように思えてくる。
しかし一体誰が?
「…猊下、無礼とは思いますがお尋ねします。誰か、下手人たる魔術師に心当たりはございませんか?これほどのことをしでかすとは、よほどの恨みがあったものと推測します。率直に申し上げれば、ペルケティア国内でこれをやれる魔術師となると限られます。ゆえに国外の何者かと私は考えますが」
「国外の魔術師、それもかなりの腕、ね…。さて、心当たりなぞ―」
ないと言おうとして、頭をよぎったのは一人の人物だ。
我が国が誇る聖鈴騎士の序列二位に実力を認められるほどの腕前の魔術師で、さらには最近まで幽閉されていたことで私に対して恨みもある者。
アンディだ。
十日ほど前に釈放されているが、それより以前から私への復讐を計画していたとしたら、今実行に移ったとしても不思議ではない。
あくまでもやったのがアンディだとして、私を殺せたのに殺さず、彫像を壊したのみで済ませたのは、幽閉したことへの意趣返しだと納得も出来る。
誰から聞いたのか、唯一の趣味である美術品を壊すことは、私への復讐としてこの上なく効果はあったと言えよう。
今では命の次に大事にしていると言っていい美術品に手を出され、沸々とした怒りを覚える。
「ゴラウン、あんたは私が今こういう立場になってる経緯は知ってるのかい?」
「は。おおよそではありますが」
「そうかい。ならアンディという名前は?」
「その名前なら知っております。猊下が不当に投獄した者とか」
一瞬、ゴラウンの顔には嫌悪感が滲みだすが、すぐに元の無表情に変わる。
清廉を旨とする騎士にとって、この反応は妥当なものだろう。
「多分だが、これをやったのはそのアンディだよ。ヒューイットが言うには相当優秀な魔術師だそうだ。直近で私に恨みを持つ魔術師となると、それ以外に心当たりはないしね」
「ヒューイット…グロウズ卿ですか。なるほど、彼がそう評するならよほどなのでしょうな」
「ああ。だから早いとこアンディを捕まえるよう、騎士団を動かして―」
「いえ、それには及びません」
「…なに?」
「必要ないと言っています。確かに猊下の屋敷に魔術を打ち込むなど重罪ですが、幸いにして被害は彫像のみ。無論、彼の者は探しますが、今は詳細な被害状況の把握と」
「悠長なっ…」
呑気なことを言いだすゴラウンに、一瞬怒りが言葉となって口から飛び出しかけるが、同時に今の自分は司教の地位を貶めたのだと思いだし、グッと堪えた。
恐らく、ゴラウンにはアンディの気持ちもある程度理解できるようで、物的被害だけで収まっていることも、軽視されている要因だろう。
今すぐ怒鳴り散らかしてゴラウンをアンディの捜索に行かせたいが、この様子だとそれも無理だ。
彫像をあそこまでされた怒りはまだ消えないが、怒りを飲み込んでこの場は引き下がるとしよう。
謹慎処分となっていなければ、ヒューイットに命じてアンディをまた捕まえに行かせたものを…。
そう考えた時、はたと気付く。
アンディの復讐する相手が、もう一人いるのだということに。
直接捕縛に向かい、一戦を交えたヒューイットもまた、私と同様に復讐の対象になるのではないだろうか。
ヒューイットも私の一件で謹慎処分が出され、自分の屋敷に籠っているはず。
アンディには一度勝っているし、命を狙われても逆に討ち取るだろうとは思うが、私のように直接的な攻撃でないとしたら、また別の被害もあり得る。
そう思い、ヒューイットの安否を確かめに行かせたところ、戻ってきた使者の報告によると、どうやら一歩遅かったらしい。
何者かに毒を盛られたか、食事中にヒューイットが意識を失って治療院へと担ぎ込まれたそうだ。
誰がやったかなど今更考えるまでもない。
偉くなると恨まれるなどよくあることで、命を狙われたことも何度かある。
しかし、こうも鮮やかで的確な方法を使われるのは初めてだ。
私とヒューイットだけに的を絞っているようだが、それゆえに恐ろしい。
ああいう手合いは手懐けておくべきだったと後悔しているが、今更だ。
本心ではすぐにでもアンディを捕縛か殺害する刺客を送りたいところだが、流石に今の身でそれは許されないだろう。
あれで復讐心が治まってくれればいいが、まだ次があると考えてしまうと身震いを覚える。
念のため、警備の増員を打診しておこう。
謹慎中とはいえ、司教の要請だ。
無下にはされないと思おう。
SIDE:END
ペルケティアの主都マルスベーラの上空約800メートル。
そこに飛空艇を滞空させ、解放した貨物室のハッチから身を乗り出し、眼下にある街並みへをスコープを向ける。
見つめる先はサニエリの屋敷がある区画で、そこで起きている騒動をバレないこの距離からジッと見つめる。
手にしているスコープの倍率では人の顔までは判別できないが、服装や体格などは見分けられるため、修道騎士と思しき武装した人間が屋敷の周りを固めるのを見て、騒ぎの拡大は想像以上に早かったと分かる。
「あら~、案の定人が集まってきてるね。アンディ、やっぱ派手にやり過ぎなんじゃないの?」
同じく、スコープを手にして俺の隣で下を見ているパーラが、呆れた調子で呟く。
「いいんだよ。派手にやるのが目的だったんだから。というか、本人の目の前で彫像を壊すのが目的だったんだし、コッソリやれるわけがねぇよ」
庭に出来ているクレーターを見て、今日までかかった準備の集大成があれかと、達成感と共に妙な虚しさも覚えていた。
達成感の方は、先程から使用人に抑えられながら荒ぶっているサニエリの様子に、虚しさは老婆と言って差し支えない相手をああまで吠えさせた自分の所業に対してだ。
監獄を出てすぐ、俺はパーラとサニエリへの復讐計画を立てた。
相手は宗教組織のトップに近い立場の人間だし、あまり大袈裟にするのはまずいとわかっていたため、命は狙わず怪我もなるべく負わせずという方針で決める。
ガイバが手配してくれた協力者の手も借り、四日ほどかけて調べ上げたことによれば、サニエリとグロウズ、他数名の神官が自宅謹慎となったことが分かった。
俺を幽閉したことがペルケティアの偉い人らにバレての処分とのこと。
司教ともなれば、冒険者一人幽閉したところで問題にはならなかったが、今回は俺を釈放しようといくつかの国が抗議をしたため、行動を無視できないと責任を取らされたというわけだ。
そうして自分の屋敷でそれぞれ謹慎生活を送っているサニエリとグロウズだが、監視のために屋敷の周りは警備が厳しく、人の出入りもかなり制限されていた。
これで外部の人間である俺達が仕掛けるのも難しくなるかと思いきや、むしろやりやすくなったと俺は考えている。
何せ、サニエリもグロウズも教会内での地位はかなり高く、仕事であちこち移動することも多い。
謹慎処分で居場所が屋敷に固定されたのは、今後仕掛ける側としては手間が省けて助かるというもの。
では実際に何をしようかと考えたところ、二人の趣味からアプローチしてみることにした。
協力者から提供された情報では、サニエリの趣味が美術品鑑賞、グロウズが食に熱心だというのがわかっている。
そして、サニエリが今日、屋敷の庭に新しい彫像を設置するという情報を掴んだ。
サニエリが昔から支援していた彫刻家の手によるもので、屋敷に引きこもってからは美術品鑑賞に耽っていることもあって、かなり楽しみにしている様子だったとか。
これはもう、ターゲットにするならその彫像以外考えられない。
庭に設置され、サニエリが満足気に眺めているところをレールガンモドキで吹っ飛ばすことで、かなりの精神的なダメージを与えられる。
サニエリの美術品への傾倒ぶりを聞くに、下手をするとショック死してしまうかもしれないが、その時はそういう運命だったと思おう。
流石に屋敷に忍び込むのは面倒なので、噴射装置か飛空艇で庭の上空へ飛び、眼下目指して撃ちおろす予定だ。
決行は彫刻が運び込まれてからだが、いつ来るのか分からないため、先にグロウズを片付けることにした。
グロウズの方はサニエリと違い、やることは単純だ。
食道楽を是としている節のあるグロウズだが、実は辛い物が苦手という弱点がある。
それ自体は悪い事ではなく、人によって辛さへの耐性もそれぞれだ。
だが味覚への攻撃と考えれば、そこは非常に攻めやすい。
食事に辛さのある香辛料を混ぜるという、子供の悪戯程度の嫌がらせではあるが、、謹慎中は食事だけが楽しみだと思うので、意外と効くと俺は思っている。
サニエリと違ってグロウズの屋敷は警備があまり手厚くないようで、忍び込むのはさほど難しくなかった。
これはグロウズ本人が強いこともあって、外から誰かが攻めてきても本人が撃退できるし、逆に暴れられると監視の名目で置かれている人員では抑えきれないという一種の諦めもあっての警備の薄さだろう。
おかげで厨房へは簡単に入りこめ、いくつか出来上がっていた料理を皿ごと拝借し、香辛料を大量に仕込んでいく。
俺が手にした料理は一口大のロールキャベツのようなもので、臭いや見た目で警戒される前に口へ放り込めるこのサイズは実に都合がいい。
解剖するように葉野菜を丁寧に剥がし、現れた芋団子っぽいものに唐辛子の粉末をねじ込む。
丁度飛空艇にはソーマルガで仕入れた、キャロライン・リーパー並みに辛さの強い唐辛子があったので、今回はそれを使ってみる。
乾燥させて粉末にしたそれは、扱いも慎重にしなくてはならない。
少し前、試しにと一口舐めたパーラが絶叫と泣き声を一辺に吐き出したほどに強烈なもので、目に入りなどしたら目玉ごと抉り出したくなること請け合い。
仕込み終えたらまた料理を元の形に復元し、皿を厨房へと戻す。
その際、臭いや見た目を確認してみたが、辛さを警戒させる情報は全くない、完璧に隠蔽された唐辛子爆弾がそこにはあった。
我ながら恐ろしいものを作ってしまったと戦慄を覚えたが、同時に舌と喉を焼かれるグロウズの姿を想像して、暗く確かな愉悦も禁じ得なかった。
特に不審がられることなく給仕が皿を持って行くのを見送ると同時に、パーラからの合図が聞こえた。
パーラにはサニエリの屋敷へ通じる一番大きい道を監視させていたが、どうやらサニエリのところに彫像が到着したようだ。
実際にグロウズが炎を吐くところを見られないのは残念だが、食べるところは確認せずにサニエリの屋敷へと向かう。
―ピィィイ…
屋敷から少し離れたところにあった古びた鐘楼のてっぺんから、パーラが指笛で呼びかけてきた。
予定していた潜伏場所とは違うが、そこは臨機応変に変えていくのがプロなので気にしない。
人目を避けて鐘楼を目指し、塔の足元まで来たところで噴射装置を使って上を目指す。
「ようパーラ。どんな感じだ」
四方が開けている場所に寝そべるパーラに声を掛け、状況を確認する。
「ちょうどさっき彫像が運び込まれてきたとこ。今、庭に置いてるとこだよ。はいこれ」
そう言って差し出されたスコープを覗き込む。
距離的には肉眼でも確認出来るが、スコープで見ると細かく様子を探れて楽だ。
視線の先では大勢の人間が彫像の設置を行っており、奥まったところでは監督でもしているのか、サニエリの姿もあった。
彫像の方は俺達のいる場所からだと背中しか見えないのでよく分からないが、こうして見た感じでも特に心惹かれるものを覚えない。
「いいよね、あの彫像。躍動感とかは完全に捨てて、生きた感情をそのまま切り取って形にしたって感じがするよ。もっと小さかったら、飛空艇に置きたいくらい」
「まじか」
俺には分からない何かをパーラは感じ取っているのか、あの彫像をかなり評価している。
流石に飛空艇に積めるサイズ感ではないのでしょうがないが、あれでもしもう少し小さかったら壊さずに持ち帰ろうと提案されていたかもしれない。
「あ、でも飛空艇じゃなくてテルテアド号になら置けるかも?」
「勘弁してくれ。あれを持ってくのにどんだけ手間がかかるんだよ」
高さは2メートルほどだが、幅と奥行きは共に5メートルぐらいありそうなそれは、もし仮に持って行くとしたら飛空艇で吊っていくしかない。
そんな無茶をやれるほど俺達も偉くは無いので、そこのところは諦めてもらおう。
どうせ壊すんだし、未練は捨てろ。
そんなことを話していると、彫像の設置が終わったようで、サニエリ以外の人間は庭から姿を消していた。
サニエリは彫像を見て何やら満足気に頷いているし、頃合いだろう。
「潮時だな。んじゃちょっくら行ってくるわ」
「…ねぇアンディ。やっぱりあの彫刻壊さないでさ―」
「噴射装置はアンディで行く!パーラ!お前は飛空艇に戻ってろ!」
「あ、ちょっと!」
危惧していたことを言いだしかけたパーラを無視し、この後の行動だけを告げて噴射装置を一気に吹かして飛び出す。
うーわ、危ねぇ。
あいつ、あの後絶対彫像を持ち帰るって言いだしてたわ。
彫像を見て物欲しそうな顔をずっとしていたから、まさかという思いはあった。
しかし本当に言いだすとは、パーラの感性を否定はしないが、もっと現実的な考えをして欲しいものだ。
ある程度の高度を保ちつつ、庭を見下ろす位置までやってきた。
噴射装置でホバリングしながら、サニエリと彫像の位置を確認する。
俺の狙いはあくまでも彫像で、サニエリには怪我をさせないように心掛ける必要がある。
ただ、手段が手段だし、全くの無傷とはいかないだろうから、多少の怪我は目をつむるとしよう。
彫像から大分離れた場所に藤っぽい植物で編まれたような椅子があり、そこにサニエリが腰かけているようだが、何か考え事をしているのか心ここにあらずといった様子だ。
この感じだと上空を見上げそうにもないので、一発撃ってすぐ逃げれば見つからないで済みそうだ。
片手で噴射装置を操りながら、ポケットから鉄貨を三枚ほど取り出し、纏めて電気を通して励起状態へと移行させる。
微かな重低音を響かせ、光を放ち始めた硬貨を握る手を足元へ向けると、彫像目がけて一気に発射した。
太い光の柱となった硬貨は、轟音を響かせて彫像の一部を融解させながら破壊し、庭に巨大なクレーターを作り出した。
相変わらず発生した衝撃波は凄いもので、芝が波打つことで広がりを可視化させ、波が建物まで届いたと同時に、ガラスの割れる音が耳に届いた。
司教の屋敷ともなると窓にもガラスをふんだんに使っているのか、連続して聞こえる甲高い音に、金銭的な被害は相当なものになると推測する。
レールガンは範囲を絞って撃ったおかげで、威力の割にはかなり破壊痕は小さく、彫像といくつかの草花以外、庭に大きな被害は出していない。
衝撃波で芝と花弁が舞っている光景は中々雅なものだが、罪のない植物に被害を出したことには少なからず胸を痛める。
ふとサニエリの姿を探して椅子のあった場所を見てみると、椅子はひっくり返ってしまっていて、サニエリの姿が見えない。
視線を少し彷徨わせると、どうやら吹き飛ばされたのか、椅子から離れた場所で横たわっているのを見つけた。
まさか死んだか?と少し焦ったが、手足が微かに痙攣しているのが見えたので、とりあえず生きてはいるようだ。
そのことに安堵したが、庭に人が集まる気配を感じ取り、その場を離れるべく動いた。
目的は果たしたし、長居は無用。
噴射装置の空気残量を一気に使い、その場から文字通りすっ飛んでいく。
パーラは先に飛空艇に行かせたため、俺もそちらへ向かう。
この後は、飛空艇でまたここに戻ってきて、屋敷の様子を窺う。
念のため、この後どうなったのかを知っておきたい。
飛空艇なら長時間滞空できるから、バレないで探れるだろう。
「―と、そう言うことがあって今に至るわけだ」
「え、なに?急に」
「なんでもない。説明が終わっただけだ」
「説明って誰に?」
「だからなんでもないって。気にすんな」
少し世界の真理を突いたことを言ったせいで、パーラから不審な目を向けられたが、必要なことなのでそこは流してもらおう。
しかしこうして屋敷を監視して暫く経つが、俺達の企みはほぼ完璧に達成されたと見ていいだろう。
サニエリは多少怪我は見られるが重傷ではないし、彫像は完膚なきまでに破壊できた。
恐らく命と同じくらい大事に思っていたであろう彫像を壊され、気が狂ったように怒った姿も見えたし、胸がすく思いも味わえた。
やったのが俺とバレるかどうかは分からないが、それは大きな問題ではない。
要は俺の気が晴れたのだから、それでいいのだ。
命は失えばそれまでだが、大事なものを奪われた人間は生ある限り悔しさと怒りを忘れない。
あの姿を見れば、ただ殺すより効果はバツグンだと思える。
「さて、それじゃあそろそろ行くか」
「もういいの?なんか確認したかったんじゃないの?」
「ん、あぁ、まぁ確認っつーか、見届けたかっただけだよ。サニエリが大事にしてるものを壊されて、どれだけ慌てふためくかを。…悪趣味だと思うか?」
「いや?全然。向こうもアンディには酷いことしたんだもん。やり返しただけでしょ。それにさ、やっぱ復讐しておくと区切りが付けやすいじゃん?」
流石、経験者の言葉は重みがあるな。
背景は大分違うが、復讐という点ではパーラは先輩にあたる。
俺のしたことにも理解を示してくれるのはそのせいだろう。
もっとも、区切りの一環としての復讐には俺も同意できるので、必要なことだったと思っている。
用事はもう済んだので、この場を離れるために飛空艇を動かす。
上空800メートルは多少目のいい人間が上を見ただけでは見つかるものではないが、全く無いわけではないので早々に退散しよう。
サニエリが俺の仕業か気付いたと仮定すると、恐らくペルケティアで指名手配される可能性もゼロではない。
暫くどこかで大人しくして、ほとぼりが冷めるのを待つべきだろう。
パーラと相談して、どこを目指すかも決めなくては。
後日、風の噂でサニエリの屋敷を襲撃した時間より少し前に、グロウズが治療院へ担ぎ込まれたことを知った。
どうやら俺の仕掛けた唐辛子爆弾が効いたようで、暫くは唇とケツの穴がえらいことになっていたとも聞いた。
キャロライン・リーパー級の唐辛子をふんだんに仕込んだので、それぐらいはあるだろうと思っていたが、想定よりもグロウズは辛さに弱かったらしく、回復した後は自分に唐辛子を盛った人間を血眼で探し回っているそうだ。
しっかりと調べたのか、部外者が厨房に忍び込んだことを突き止めたようではあるが、やったのが俺と気付いているかは定かではない。
まぁあの状況でサニエリとグロウズに手を出すとしたら、その相手は自然と絞られるだろうから、とっくに気付いてはいると思うが。
一応、俺達の居場所はグロウズ達にはまだバレていないようなので、もう少し身を潜めようと決めた。
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精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
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