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パクられたハンバーグ、略してパクリバーグ
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季節が進み、春から夏になる頃にはミルタとローキスの2人は仕事にも慣れ、店の一員として立派にやれようになっていた。
それぞれの適正もはっきりして、ミルタは給仕として、ローキスは厨房で俺と一緒に料理を作る体制が出来上がっており、このまま順調に店の経営が出来ると思われた。
だがそういう時にこそ問題というもの起こるもので、それはここ最近の客足の減少によって気付かされるものだった。
「暇だね…」
カウンターに寄りかかりながら呟いたパーラの言葉は、客の全くいない店内に思いの外響いていく。
ここ数日は客が殆ど訪れず、今までの忙しさが嘘のように客足は目に見えて減ってしまっていた。
イムルやタッドといった常連客で変わらず通ってくれている人もにいるのだが、それでもその数は多くなく、最近は余った食材の処分に困っている。
客が減った理由は分からないが、この変化はほんの数日の間に起きていることから、あくまでも新しい何かに客が取られたということになる。
「そう言えばミルタはどうした?さっきまで一緒にいたはずだが…」
室内を見回しても、ミルタの姿は見当たらない。
ローキスは厨房にいるのが見えるので、ミルタが一人だけいないことになる。
一緒にいたはずのパーラにその行方を尋ねてみる。
「ミルタならこの暇な状況の原因を探ってくるって飛び出してったよ。…あ、もちろん私は止めたよ?一応仕事中だし、お客さんがいつくるかわからないって」
「あぁいいって、いいって。どうせ客は来そうにないし。それに原因が分かるならそれに越したことは無いさ」
ミルタが抜けだしたのを止められなかったことを弁明するようなパーラを宥め、ミルタが何か情報を持ち帰ってくるのを待つことにした。
しばらく暇な時間を過ごしていると、店のドアをけたたましく開けながら駆け込んできたミルタが、俺達の前まで来ると、息を整えながら重要な情報をもたらしてくれた。
「お客さんが来なくなった理由が分かったよ!ハンバーグが真似されてる!」
「やっぱりか…」
「アンディ、気付いてたの?」
「なんとなくそうなんじゃないかって思ってた。んで、味はどうだったんだ?」
「え?」
なぜかキョトンとした顔をするミルタだが、その真似されたハンバーグをミルタが食べてきたのは既に分かっている。
「味だよ。食ってきたんだろ?口元にソースが付いてるぞ」
「ほら、こっち向いて」
汚れた口元を指摘されたミルタが少し恥ずかし気に視線を逸らすのと同時に、パーラが身に着けていたエプロンの端でミルタの口元を拭う。
早速ミルタから話を聞くと、街で情報を集めるうちに、ある食堂でハンバーグがランチとして提供されていることを知る。
ミルタがその食堂に向かうと、多くの人でごった返した店内では、確かにハンバーグが出されていた。
その時点でわかる俺達のハンバーグと違う点が一つあった。
「すっごく大きいのよ。ウチのハンバーグの倍はあったわ。そのくせ値段は同じなんだからそりゃあ客も集まるわよ」
「量で勝負して来たか…。俺達の店よりも材料を大量に仕入れて、しかもそれを調理しきれる人手もある。ウチじゃ真似できないわなぁ」
「感心してる場合じゃないでしょ」
大手らしいそのやり方に感心してしまう俺だったが、パーラは少し不機嫌だ。
「ハンバーグはアンディが作ったものなんだよ。それをこんなやり方で真似するなんて…。これじゃあ喧嘩売られたみたいなものなんだから」
「いやまぁ、そうかもしれないけどさ……でも、材料と作り方はそんなに難しい物じゃないんだし、いつかは真似されたって」
実際俺がどんな肉を買ってるのかは店の人間に聞けば普通にわかることなので、材料と完成形を知っていればその内真似はされるだろうとは覚悟していた。
とはいえ、どこまで忠実に再現されているのか気になり、実際に食べたミルタに感想を聞いてみる。
「もうパッサパサ。アンディが作ったのみたいなジュワって感じがほとんど無いね。量だけはあるからお腹はいっぱいになるけど、それでも味はいまいちだから、私はやっぱりこっちの方がいいよ」
「ふーむ……そうか。なら大丈夫か」
「何が大丈夫なの?勝手に真似されてるんだよ?」
ボソリとつぶやく俺の言葉を拾ったパーラが問い詰めてくる。
どうにもハンバーグを真似されたことに俺が怒っていないのが納得いかないようだ。
パーラの心境を推し量るとすると、勝手に真似されただけでなく、味を落としたものを客に出して金をとっていることが許せない、そんなところか。
「そんなに怒るなよ、パーラ。大丈夫だって、客は近いうちにまたもどってくるからさ」
「…なんでそんなことが言えるの?」
「人は結局旨いものを求めるんだよ。さて……ローキス、在庫はどれぐらい出そうだー?」
パーラとミルタを残して、俺は厨房にいるローキスの元へと向かう。
頬を膨らまして不満げなパーラだが、そう遠くない内に俺の言ったことの意味が分かるだろうから、フォローはミルタに丸投げしよう。
今のパーラは怖いので…。
パクリのハンバーグ、パクリバーグの存在発覚の日から数日、俺達の店には徐々に客足が戻り始めており、また忙しい日が続いていた。
漏れ聞こえてくる客の会話によると、どうやら他の店のハンバーグを食べて、結局オリジナルである俺達の店に戻って来たというのがほとんどのようだ。
「本当にアンディの言ったとおりになったね」
客の注文をさばき終え、手が空いたパーラがカウンター越しに話しかけてくる。
「ん?あぁ、そうだな。向こうは質より量で勝負をかけたんだろうが、人間てのは飽きる生き物だ。同じ物を食べ続けると、それに飽きてしまう。旨いものを適度に食べるのが一番いいんだよ」
恐らくハンバーグを真似たやつは、今街で話題になっている食べ物を自分なら再現できるという料理人の驕りもあったのだろう。
確かに材料と完成形を知っていればある程度の形にはできる。
だが俺が作るハンバーグは工夫を重ねてきた先人の知恵が詰まっているものだ。
一つ一つの工程にちゃんと意味のある工夫が織り交ぜられて完成するハンバーグだからこそ食べた人がおいしいと言ってくれる。
そういうものだからこそ俺は店で出せると思っている。
「アンディ、ちょっと…」
カウンターを覗き込むパーラに並ぶように顔をのぞかせたミルタが、警戒心が滲んだ声色で話しかけてきた。
何事かと厨房を出て、不自然にならないように話を聞くためにミルタの隣に立つと、俺にだけ聞こえる声で話し出した。
「3番テーブルの客、この前言ったハンバーグを真似てた店の店主だよ。料理もあの人が作ってたから見覚えがあったの」
ミルタに言われて件の人物を見ると、そこには大柄な男性が座ってハンバーグを食べながら、時折眉間に皺をよせて唸ったり、頷く仕草と首を振る仕草とを交互に繰り返したりと、傍目には妙な客であるとしか感じないだろう。
だがその人物の正体がハンバーグをパクった張本人だとすると、その仕草に説明が付きやすい。
「……何してるんだろ」
「…多分自分のとこで出してるハンバーグとの違いを解明しようとしてるんだ」
「えぇ…?それってダメじゃない。真似されちゃうよ?」
「その真似が出来ないからああして悩んでるんだろ」
恐らく食べてみて味の再現を頭の中で行っているのだと思われるが、調理の過程で重要な部分を知らない人間にそう簡単に完全な模倣はできないはずだ。
これをスパイ行為だと糾弾するのは簡単だが、俺が気付いていなかっただけで今までもいろんな店の人間がハンバーグを真似ようと店に来ていたのだとすれば、この男だけを咎めるのはなんだか器が小さいやり方のような気になってしまう。
とはいえそんな俺の心境を知らないパーラとミルタは、今にもその男をとっちめようといわんばかりに睨んでおり、このままだといつ飛び掛かっていくのかわかったもんじゃない。
「二人とも、そんな目でお客を見るんじゃない。俺達は商売をしてるんだぞ。他のお客にそんなところを見られたら、また暇な店に戻っちまうぞ」
俺の言葉で数日前の日まで暇でしょうがなかった日々を思い出したのか、パーラとミルタはウッと息を呑んで背負っていた剣呑な気配が散っていく。
「だってさぁ…」
「……こっそり魔術で痛い目に遭わせれば―」
「ダメだ。二人とも、この件は俺に任せてくれよ。ちょっと思い付いたこともあるんだ」
ミルタは渋々ながら分かってくれたのだが、パーラは意外と頑固なところがあり、なまじ風魔術に長けているのもあって力の行使にも比較的ハードルが低いのが問題だな。
一応俺に腹案があることを言ってパーラも引き下がってくれたが、とりあえず上手くいくかはともかくとして、いっちょ動いてみよう。
俺は件の人物の座るテーブルに近付いて行くが、男性はハンバーグの分析に集中しているようで、真横に立った俺に気付く様子はない。
「―肉は合ってるはず…。味付けも単純に塩と胡椒にハーブ類…。だがこの肉汁はどうやれば……」
ブツブツと呟く口からは、やはりハンバーグの調理法に関しての考察が漏れ出ており、拾える単語を聞く限りでは大凡の正解には辿り付いているようだ。
ただ重要な部分には辿り着けていないようで、眉間のしわが寄ったままの顔は険しさが剥き出しになっている。
「お客様。少々よろしいでしょうか?」
よほど自分の世界に集中していたのか、少し大き目な声をかけると、びくりと肩を震わせて俺と目を合わせた。
「―…何だ。俺は今忙しいんだが」
話しかけた俺の言葉に不機嫌さを隠さずに答えた男性は、視線も険しいままに俺を見てくる。
そんな態度ではハンバーグの秘密が暴けないことに苛立ってると言ってるようなものだ。
「それは失礼しました。ですが、当店のハンバーグに随分と夢中なご様子だったので、お声を掛けさせていただきました。お口に合いましたか?」
「む……ああそうだな。このハンバーグは実によく出来ている。味も悪くないが、それ以上に肉汁が中に閉じ込められているのが実にいい。普通に焼いただけでは肉の脂は溶け出てしまって中に閉じ込めるのは難しい!一体どうやっているのか気になっていたんだ!この秘密が分かれば―」
「―秘密が分かれば自分の店で出すハンバーグに生かせる、と?」
徐々に興奮状態へと移行していた男性は、自分の心の内にあったものまで口にし、それを捉えた俺の言葉を聞いて一気に顔が青ざめていく。
なにせたった今、自分がハンバーグの秘密を探っていることを俺に自白したのだ。
スパイ行為を知った俺がどんな行動に出るのかと不安になるのも仕方ない。
「い、いや違う!俺はただ―」
「お客様、少しこちらに来ていただけますか?」
「うぅ…」
他の客の目もあることから、渋る男を若干威圧して厨房へと連行する。
この街で暮らしているだけあって、俺という人間を知らないはずがなく、今この場では俺から逃げられないと分かると、抵抗らしい抵抗も無く厨房へと歩いて行く。
さて、それじゃあハンバーグの秘密を知ろうとした者に報いを与えようか。
それぞれの適正もはっきりして、ミルタは給仕として、ローキスは厨房で俺と一緒に料理を作る体制が出来上がっており、このまま順調に店の経営が出来ると思われた。
だがそういう時にこそ問題というもの起こるもので、それはここ最近の客足の減少によって気付かされるものだった。
「暇だね…」
カウンターに寄りかかりながら呟いたパーラの言葉は、客の全くいない店内に思いの外響いていく。
ここ数日は客が殆ど訪れず、今までの忙しさが嘘のように客足は目に見えて減ってしまっていた。
イムルやタッドといった常連客で変わらず通ってくれている人もにいるのだが、それでもその数は多くなく、最近は余った食材の処分に困っている。
客が減った理由は分からないが、この変化はほんの数日の間に起きていることから、あくまでも新しい何かに客が取られたということになる。
「そう言えばミルタはどうした?さっきまで一緒にいたはずだが…」
室内を見回しても、ミルタの姿は見当たらない。
ローキスは厨房にいるのが見えるので、ミルタが一人だけいないことになる。
一緒にいたはずのパーラにその行方を尋ねてみる。
「ミルタならこの暇な状況の原因を探ってくるって飛び出してったよ。…あ、もちろん私は止めたよ?一応仕事中だし、お客さんがいつくるかわからないって」
「あぁいいって、いいって。どうせ客は来そうにないし。それに原因が分かるならそれに越したことは無いさ」
ミルタが抜けだしたのを止められなかったことを弁明するようなパーラを宥め、ミルタが何か情報を持ち帰ってくるのを待つことにした。
しばらく暇な時間を過ごしていると、店のドアをけたたましく開けながら駆け込んできたミルタが、俺達の前まで来ると、息を整えながら重要な情報をもたらしてくれた。
「お客さんが来なくなった理由が分かったよ!ハンバーグが真似されてる!」
「やっぱりか…」
「アンディ、気付いてたの?」
「なんとなくそうなんじゃないかって思ってた。んで、味はどうだったんだ?」
「え?」
なぜかキョトンとした顔をするミルタだが、その真似されたハンバーグをミルタが食べてきたのは既に分かっている。
「味だよ。食ってきたんだろ?口元にソースが付いてるぞ」
「ほら、こっち向いて」
汚れた口元を指摘されたミルタが少し恥ずかし気に視線を逸らすのと同時に、パーラが身に着けていたエプロンの端でミルタの口元を拭う。
早速ミルタから話を聞くと、街で情報を集めるうちに、ある食堂でハンバーグがランチとして提供されていることを知る。
ミルタがその食堂に向かうと、多くの人でごった返した店内では、確かにハンバーグが出されていた。
その時点でわかる俺達のハンバーグと違う点が一つあった。
「すっごく大きいのよ。ウチのハンバーグの倍はあったわ。そのくせ値段は同じなんだからそりゃあ客も集まるわよ」
「量で勝負して来たか…。俺達の店よりも材料を大量に仕入れて、しかもそれを調理しきれる人手もある。ウチじゃ真似できないわなぁ」
「感心してる場合じゃないでしょ」
大手らしいそのやり方に感心してしまう俺だったが、パーラは少し不機嫌だ。
「ハンバーグはアンディが作ったものなんだよ。それをこんなやり方で真似するなんて…。これじゃあ喧嘩売られたみたいなものなんだから」
「いやまぁ、そうかもしれないけどさ……でも、材料と作り方はそんなに難しい物じゃないんだし、いつかは真似されたって」
実際俺がどんな肉を買ってるのかは店の人間に聞けば普通にわかることなので、材料と完成形を知っていればその内真似はされるだろうとは覚悟していた。
とはいえ、どこまで忠実に再現されているのか気になり、実際に食べたミルタに感想を聞いてみる。
「もうパッサパサ。アンディが作ったのみたいなジュワって感じがほとんど無いね。量だけはあるからお腹はいっぱいになるけど、それでも味はいまいちだから、私はやっぱりこっちの方がいいよ」
「ふーむ……そうか。なら大丈夫か」
「何が大丈夫なの?勝手に真似されてるんだよ?」
ボソリとつぶやく俺の言葉を拾ったパーラが問い詰めてくる。
どうにもハンバーグを真似されたことに俺が怒っていないのが納得いかないようだ。
パーラの心境を推し量るとすると、勝手に真似されただけでなく、味を落としたものを客に出して金をとっていることが許せない、そんなところか。
「そんなに怒るなよ、パーラ。大丈夫だって、客は近いうちにまたもどってくるからさ」
「…なんでそんなことが言えるの?」
「人は結局旨いものを求めるんだよ。さて……ローキス、在庫はどれぐらい出そうだー?」
パーラとミルタを残して、俺は厨房にいるローキスの元へと向かう。
頬を膨らまして不満げなパーラだが、そう遠くない内に俺の言ったことの意味が分かるだろうから、フォローはミルタに丸投げしよう。
今のパーラは怖いので…。
パクリのハンバーグ、パクリバーグの存在発覚の日から数日、俺達の店には徐々に客足が戻り始めており、また忙しい日が続いていた。
漏れ聞こえてくる客の会話によると、どうやら他の店のハンバーグを食べて、結局オリジナルである俺達の店に戻って来たというのがほとんどのようだ。
「本当にアンディの言ったとおりになったね」
客の注文をさばき終え、手が空いたパーラがカウンター越しに話しかけてくる。
「ん?あぁ、そうだな。向こうは質より量で勝負をかけたんだろうが、人間てのは飽きる生き物だ。同じ物を食べ続けると、それに飽きてしまう。旨いものを適度に食べるのが一番いいんだよ」
恐らくハンバーグを真似たやつは、今街で話題になっている食べ物を自分なら再現できるという料理人の驕りもあったのだろう。
確かに材料と完成形を知っていればある程度の形にはできる。
だが俺が作るハンバーグは工夫を重ねてきた先人の知恵が詰まっているものだ。
一つ一つの工程にちゃんと意味のある工夫が織り交ぜられて完成するハンバーグだからこそ食べた人がおいしいと言ってくれる。
そういうものだからこそ俺は店で出せると思っている。
「アンディ、ちょっと…」
カウンターを覗き込むパーラに並ぶように顔をのぞかせたミルタが、警戒心が滲んだ声色で話しかけてきた。
何事かと厨房を出て、不自然にならないように話を聞くためにミルタの隣に立つと、俺にだけ聞こえる声で話し出した。
「3番テーブルの客、この前言ったハンバーグを真似てた店の店主だよ。料理もあの人が作ってたから見覚えがあったの」
ミルタに言われて件の人物を見ると、そこには大柄な男性が座ってハンバーグを食べながら、時折眉間に皺をよせて唸ったり、頷く仕草と首を振る仕草とを交互に繰り返したりと、傍目には妙な客であるとしか感じないだろう。
だがその人物の正体がハンバーグをパクった張本人だとすると、その仕草に説明が付きやすい。
「……何してるんだろ」
「…多分自分のとこで出してるハンバーグとの違いを解明しようとしてるんだ」
「えぇ…?それってダメじゃない。真似されちゃうよ?」
「その真似が出来ないからああして悩んでるんだろ」
恐らく食べてみて味の再現を頭の中で行っているのだと思われるが、調理の過程で重要な部分を知らない人間にそう簡単に完全な模倣はできないはずだ。
これをスパイ行為だと糾弾するのは簡単だが、俺が気付いていなかっただけで今までもいろんな店の人間がハンバーグを真似ようと店に来ていたのだとすれば、この男だけを咎めるのはなんだか器が小さいやり方のような気になってしまう。
とはいえそんな俺の心境を知らないパーラとミルタは、今にもその男をとっちめようといわんばかりに睨んでおり、このままだといつ飛び掛かっていくのかわかったもんじゃない。
「二人とも、そんな目でお客を見るんじゃない。俺達は商売をしてるんだぞ。他のお客にそんなところを見られたら、また暇な店に戻っちまうぞ」
俺の言葉で数日前の日まで暇でしょうがなかった日々を思い出したのか、パーラとミルタはウッと息を呑んで背負っていた剣呑な気配が散っていく。
「だってさぁ…」
「……こっそり魔術で痛い目に遭わせれば―」
「ダメだ。二人とも、この件は俺に任せてくれよ。ちょっと思い付いたこともあるんだ」
ミルタは渋々ながら分かってくれたのだが、パーラは意外と頑固なところがあり、なまじ風魔術に長けているのもあって力の行使にも比較的ハードルが低いのが問題だな。
一応俺に腹案があることを言ってパーラも引き下がってくれたが、とりあえず上手くいくかはともかくとして、いっちょ動いてみよう。
俺は件の人物の座るテーブルに近付いて行くが、男性はハンバーグの分析に集中しているようで、真横に立った俺に気付く様子はない。
「―肉は合ってるはず…。味付けも単純に塩と胡椒にハーブ類…。だがこの肉汁はどうやれば……」
ブツブツと呟く口からは、やはりハンバーグの調理法に関しての考察が漏れ出ており、拾える単語を聞く限りでは大凡の正解には辿り付いているようだ。
ただ重要な部分には辿り着けていないようで、眉間のしわが寄ったままの顔は険しさが剥き出しになっている。
「お客様。少々よろしいでしょうか?」
よほど自分の世界に集中していたのか、少し大き目な声をかけると、びくりと肩を震わせて俺と目を合わせた。
「―…何だ。俺は今忙しいんだが」
話しかけた俺の言葉に不機嫌さを隠さずに答えた男性は、視線も険しいままに俺を見てくる。
そんな態度ではハンバーグの秘密が暴けないことに苛立ってると言ってるようなものだ。
「それは失礼しました。ですが、当店のハンバーグに随分と夢中なご様子だったので、お声を掛けさせていただきました。お口に合いましたか?」
「む……ああそうだな。このハンバーグは実によく出来ている。味も悪くないが、それ以上に肉汁が中に閉じ込められているのが実にいい。普通に焼いただけでは肉の脂は溶け出てしまって中に閉じ込めるのは難しい!一体どうやっているのか気になっていたんだ!この秘密が分かれば―」
「―秘密が分かれば自分の店で出すハンバーグに生かせる、と?」
徐々に興奮状態へと移行していた男性は、自分の心の内にあったものまで口にし、それを捉えた俺の言葉を聞いて一気に顔が青ざめていく。
なにせたった今、自分がハンバーグの秘密を探っていることを俺に自白したのだ。
スパイ行為を知った俺がどんな行動に出るのかと不安になるのも仕方ない。
「い、いや違う!俺はただ―」
「お客様、少しこちらに来ていただけますか?」
「うぅ…」
他の客の目もあることから、渋る男を若干威圧して厨房へと連行する。
この街で暮らしているだけあって、俺という人間を知らないはずがなく、今この場では俺から逃げられないと分かると、抵抗らしい抵抗も無く厨房へと歩いて行く。
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