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ハンバーガー爆誕
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SIDE: ロメウス
俺はヘスニルの街でそこそこの大きさの食堂を構えている。
今でこそ一端の料理人を名乗っちゃいるが、元は田舎の農村の三男坊で、一旗揚げようとヘスニルに乗り込んできた口だ。
冒険者として働くには腕っぷしも中途半端、商人になるには頭と口が悪いとくれば、俺が就ける仕事は限られる。
荷運びや街の清掃なんかを請け負って日銭を稼いでいたが、当時のこの街には同じ境遇の人間が多く存在しており、仕事は取り合いになることもあって、食うに困る日も珍しくなかった。
そんな中で俺を拾ってくれた師匠には感謝してもしきれない。
切っ掛けはある食堂へ荷物を届ける仕事を請け負ったことだった。
その時の俺は金もなく数日間食事を摂る事も出来ず、フラフラの状態で荷物を届けたと同時に空腹で倒れた俺を見かねて食堂の主人が食事を出してくれたのだが、それを貪るように食べる俺に境遇を聞いた主人が自分の店で働くことを提案して来た。
すぐにその提案に飛び付き、俺はその食堂の主人を師匠と仰いで料理の作り方から接客の仕方までを徹底的に仕込まれた。
料理人としての師匠の教えは厳しいもので、涙と嗚咽の絶える日はほとんど無かったほどだ。
だが今、独立して食堂を切り盛りする立場になると、師匠の教えは余すことなく俺を支える力となっている。
安くて量があって味もいい、そんな評判で客の入りもまずまずの俺の店だが、ある日常連客の一人がこんなことを言い出した。
『新しく出来た食堂でとんでもなく旨い肉料理を出す。この店でも同じようなのは出せないか?』
正直、俺は自分の作った料理にそこそこの自信があり、この客が言うほどに味に差があるとは思えず、せいぜいがいい肉を使ってソースに工夫と手間を駆けた料理、というぐらいの認識だった。
とはいえ実際にどんなものか知らずに自分の手で作れるほど自惚れてはおらず、それならばと直接その店に食べに行くことにした。
昼時は忙しいので、朝方に一旦店を閉じて向かうことにしたのだが、てっきり通りに面したところにあるのかと思いきや、職人区との境にある住宅地の一角にひっそりと建つその店に驚きを隠せなかった。
その店で出されたハンバーグに俺はさらに驚かされた。
どんな肉料理でも味わったことがない柔らかさと肉汁溢れる味わいに、俺は完全に参ってしまった。
店に戻ってからはハンバーグを自分の手で再現しようと夢中になり、あらゆる手段で情報を集め、材料だけは何とか目星がついたが、どうやったらあの味になるのかが分からなかった。
それでも料理人としての意地で試行錯誤を続け、ようやくそれらしいものが出来上がった。
だがそれでも満足の行く出来とは言えない。
本家であるびっくりアンディのハンバーグと比べると、柔らかさは確かに再現できているが、切った瞬間に溢れる肉汁の感じが全くと言っていいほどない。
店で出してはみたが、やはり聞こえてくる声はびっくりアンディには劣るというものばかり。
漏れ聞こえる客の声が聞こえるたびに、俺の料理人としての誇りは傷つけられ、その悔しさをハンバーグの完成度を上げることへの原動力にし、俺はびっくりアンディに通いつめてハンバーグの味の秘密を探っていた。
そんな俺に、遂に裁きの日が訪れた。
「お客様。少々よろしいでしょうか?」
いつものようにハンバーグの秘密を暴こうと皿に向かっていた時だ。
不意に後ろからそんな言葉が掛けられ、若干不機嫌になりながら振り向くと、少年が立っていた。
まだ子供のあどけなさが残る顔立ちながら、目だけは老成されたような油断のない鋭さを宿すという、どこかちぐはぐな様子が印象的だった。
その少年が誰かはこの街に住んでいる人間で知らない者はいない。
少年の名はアンディ、かつて街を壊滅の危機から救った英雄たちの一人、子供の身でありながら冒険者たちの指揮を執って巨大な魔物を倒した百謀の策士、僅か数日で街の外に村を一つ作り上げた稀代の魔術師、冒険者でありながら新しい料理をもたらす料理人、俺が知るだけでもこれだけの肩書を持つ。
そんな人物が俺に何の用があるのか。決まっている。
自分の店のレシピの秘密を探ろうとしている俺を排除しようとしているのだ。
アンディは俺を厨房へと連れて行こうとするが、そこへ行ったらいったいどんな目に遭わされるかと思うと、とても素直について行くことは出来ない。
渋っていると丁寧でありながら一際強い口調で促され、目の前の少年が強力な魔術師であることを思い出すと、抵抗する意思が薄れていき、重い足を引きずるようにして厨房へと向かった。
これから俺はどんな目に遭わされるのか、もしかしたらもう二度と生きて帰ることは出来ないのではないか、そんなことを考えて頭が白くなっていた俺は、気が付くとなぜか料理を作っていた。
何を言っているのかわからないと思うが俺もわからない。
SIDE:END
「あんまり細かくし過ぎると、肉の食感が薄れますから、適度に粗さを残してミンチにして下さい」
厨房では今、俺の指導の下で一人の男性がハンバーグを作っている。
男性の名前はロメウスといい、ハンバーグをパクって自分の食堂で出していた料理人で、今日もハンバーグの秘密を探りに来ていた所を捕まえたのだが、少し考えがあってこうしてハンバーグを作らせている。
「そうしたら次は肉だねを捏ねますが、温度には特に気を付けて下さい。肉の脂は手の温度でも簡単に溶けてしまいますから、手と肉だねを入れる容器は冷水でしっかりと冷やしてから捏ねる作業に移って下さい」
「なるほど、俺の作り方だと脂の溶ける温度のことは全く考えていなかったから、パッサリとしたものになってたわけだ…。となると、焼くときは表面を強火で焼いてから、中は弱火でじっくり火を通すのか」
「ええ、その通りです。うちは窯を使えますから、表面をサッと焼いたら窯に移して中を焼くんですがね」
ロメウスは流石は料理人だけあって、ハンバーグの調理法の理をしっかりと理解できるようで、話が早くて助かる。
しっかりと形を整え、表面を焼いたハンバーグを窯に入れると、ようやく手が空いたロメウスが俺の方へと向き直り、自分のうちにあった疑問を口にした。
「……なあ、なんで俺にここまで教える?俺はお前のレシピを盗もうとしてたんだぞ。普通こんなことををするか?」
「まあこっちも色々と考えてるんですよ。ただ、あなたが真似したハンバーグはどうにも完璧じゃないようでしたので、どうせならちゃんとしたものを世に広めてもらいたいんですよ。なので、もし誰かに作り方を聞かれたらロメウスさんの一存で教えても構いませんから」
「正気か?普通こういうのはその店の秘伝みたいなものだろ。ほいほいと人に教えちまってもいいのか?」
「いいんですよ。中途半端なものを出されるよりは、ちゃんとしたものを色んな人に食べて欲しいというのが、このハンバーグを生み出した俺の気持ちですよ」
確かにレシピを拡散させることで客は他の店に散っていくだろう。
だが俺はこのハンバーグのオリジナル、元祖であるというのを看板に掲げるだけで他の店とは差別化が図れる。
他の店で食べたらおいしかった、なら元祖はどうなんだろう、という人間の好奇心がある限り、俺の店は充分営業していけるだろう。
更に俺はこの店のメニューの拡充を図るので、このハンバーグ一択の今の状況では終わらず、どんどんと新しいものを生み出していくのだから、まだまだ客の入りは期待できるはずだ。
つまり、こうしてロメウスにレシピを教えるのは、俺の店の宣伝を見越しているからだ。
とはいえ、これを馬鹿正直にロメウスに話すことはせず、あくまでも俺は善意でレシピの提供をしていると印象付ける。
その方が恩を感じてくれるからな。
実際、ロメウスはそんな俺の言葉を聞いて感じるものがあったようで、神妙な顔で頷いている。
一頻りハンバーグの作り方を覚えたロメウスは、俺に何度も礼を言って店を後にする。
「本当にあれでよかったの?もしかしたら僕らの店に来るはずだった客があっちにいっちゃうかもよ?」
ロメウスが店を出ていったのと同時に、今まで厨房で黙々と作業をしていたローキスがそんなことを言い出す。
「ああ、いいんだよ。下手にハンバーグの料理としての評判が落ちるより、旨いものだと知れ渡った方が本家である俺達の店に客がくるようになって利益になる。味付けだって店ごとに変わるんだし、色んなとこでハンバーグが出される様になれば、多彩な味を楽しめるようになていくかもな。そうなった時に俺がハンバーグを使った新しいものを投入すれば、客は一気に飛び付くって寸法さ」
「へぇ、新しいものって?」
俺達の会話に割り込むようにしてパーラが声をかけてきた。
見るとパーラとミルタがカウンター越しにこちらを覗いており、新メニューと聞いて期待で目を輝かせている。
ミルタとパーラ、共に食い意地が張っているのもあり、薄らと口の端に涎が浮かび始めていた。
もう少し女の子としての振る舞いに気を付けて欲しいものだが。
「完全な新作ってわけじゃないんだ。ただ今ハンバーグってテーブルについて食べてるだろ?」
「そりゃそうでしょ。あんなの立って食べれるわけないじゃん」
「そう。ミルタの言うとおりだ。鉄板皿の重さもあるし、何よりもナイフとフォークで食べるから、どうしても気軽さに欠ける。そこで考えたのは、ハンバーグを薄くして焼いたものをパンに挟んで食べるやり方だ」
要はハンバーガーである。
「なるほど…。それなら手で持って食べれるからテーブルを使わなくても食べられるね。おまけに店が混んでても買って帰れる分だけ客は多く捌けるし」
ハンバーガーを売ることの利点に最初に気付いたのはパーラで、流石に商人としての経験がある分、こういうことに関する頭の回転は中々のもので、言葉にはしていないが客の回転率に思い至っての言葉だった。
パーラの言葉を聞いてその利点にローキスは唸るが、ミルタはまだ深い意味までは分からないようで、顔には疑問符が浮かんだままだが、ローキスが分かりやすく説明してくれるだろう。
ともかく新しいメニューとして名称もハンバーガーとして賛成を得たので、早速試作品を作ってみる。
材料は既に手配してあったので、すぐに調理に入った。
ハンバーガーを作るにあたって必要なのは、丸いバンズとハンバーグと一緒に挟む野菜類とケチャップやマヨネーズといった調味料類である。
このうちバンズは既に店で使っているパンがそのまま使えるし、ケチャップはトマトソースを煮詰めた物を代用品として用意してある。
マヨネーズに関しては手作りで用意するしかないので、今日の所は使わないでおく。
野菜類は葉物を何種類か市場で購入済みであり、更におもしろいものも見つけていた。
以前ランクアップ試験の手紙運搬依頼で行ったプアロの街で手に入れたことのあるメジヤだ。
摘果、つまり他の果実に栄養を行きわたらせるために間引いたものを売っていたのだが、まだ青い上に甘さもほとんどないため、あまり売れていはいないようだったが、試食してみるとハンバーガーに挟むピクルス替わりに使えると判断し、並んでいたものを買い占めてきた。
朝のうちに酢に漬け込んでいたのでいい具合に出来上がっている。
薄切りにすると、小気味よい手応えが返ってきて、歯応えに期待出来そうだ。
このピクルスに関しては何故か他の面々は怪訝そうな顔をしている。
ピクルスもこの世界では普通に存在するのだが、初めて見たメジヤという果物のピクルスには流石に警戒心を抱かずにはいられないようだ。
だが俺はピクルスのないハンバーガーをハンバーガーとは認めない。
絶対にだ。
焼きあがったハンバーグとこれらの野菜類をパンで挟んで完成した、まさに異世界ハンバーガーと言えるそれを全員に手渡していく。
一応この世界にもサンドイッチとしての文化はあるのだが、どちらかというとホットドッグのような長いパンにはさむスタイルが多いため、こういった丸い形は珍しいようで、3人ともしげしげと眺めている。
その中で最初に齧り付いたのはやはりパーラであった。
食い意地以上に、俺が作った物に対する絶大なる信頼があるようで、全くの躊躇がないその様は潔いというか清々しいというか…。
「パーラちゃん、どう?」
やはりピクルスに対する不信感がぬぐい切れないようで、パーラに感想を尋ねるミルタは、少し心配そうだ。
「ハンバーグッチャクッチャ、よりもジュルル……食べやすいムグン」
ミルタの質問に答えようとするパーラだが、食べ物を食べながら喋るので、一々言葉に色んな音が混ざって聞き取りにくいことこの上ない。
「口に物を入れて喋るな。食べるか喋るかどっちかにしろ」
するとパーラは食べる方を選択したようで、無言で食べ進める速度を上げたことでミルタとローキスも唾を飲み込んで手に持ったハンバーガーへと齧り付いた。
2人もお気に召したようで、暫く静寂の中でハンバーガーを食べる時間が過ぎていく。
俺も食べてみたが、非常に完成度の高いものが出来てしまった。
正直、前世で食べたものを大きく凌駕する旨さだ。
食材がいいからなのか、それとも久しぶりに食べたからなのかはわからないが、これならハンバーグと並んで人気になるのは確信できる。
いや、むしろハンバーグの人気を上回る可能性も十分にある。
それだけのポテンシャルを秘めた逸品だった。
「これ美味しいよアンディ。幾らでも食べれそう」
真っ先に食べた分だけ早く食べ終わったパーラがそんな感想をこぼし、ミルタとローキスがハンバーガーを食べながら頷いて同意する。
「そりゃよかった。けどお替わりはダメだぞ。夕食もあるんだからな」
「……そんなこと、思ってないよ?」
ツイっと視線を逸らすパーラ。
そういうことは俺の目を見て言ってごらん。
こうして我が店に新しいメニューが加わることになった。
ハンバーガー単品で銅貨7枚、サイドメニューとしてフライドポテトを付けたセットが大銅貨1枚に設定された。
このフライドポテトもまだまだ満足の行く出来ではないが、ハンバーガーと言ったらポテトは欠かせないので試作したところ、揚げ物特有の珍しい食感と塩だけのシンプルな味わいでパーラ達はいたく気に入ったようで、結局単品のメニューとして店の壁に掲げられている。
一応常連客には新メニューが出来たことを伝えて回り、ローキスにハンバーガーの作り方を覚えさせて明日に備える。
かなりの人数に宣伝して回ったので、口コミでの広まりを考えると明日の忙しさはかなりのものになるかもしれない。
ヘスニルに浸透しているハンバーグの新しい形は、この街に一体どんな波紋をもたらすのか。
俺はヘスニルの街でそこそこの大きさの食堂を構えている。
今でこそ一端の料理人を名乗っちゃいるが、元は田舎の農村の三男坊で、一旗揚げようとヘスニルに乗り込んできた口だ。
冒険者として働くには腕っぷしも中途半端、商人になるには頭と口が悪いとくれば、俺が就ける仕事は限られる。
荷運びや街の清掃なんかを請け負って日銭を稼いでいたが、当時のこの街には同じ境遇の人間が多く存在しており、仕事は取り合いになることもあって、食うに困る日も珍しくなかった。
そんな中で俺を拾ってくれた師匠には感謝してもしきれない。
切っ掛けはある食堂へ荷物を届ける仕事を請け負ったことだった。
その時の俺は金もなく数日間食事を摂る事も出来ず、フラフラの状態で荷物を届けたと同時に空腹で倒れた俺を見かねて食堂の主人が食事を出してくれたのだが、それを貪るように食べる俺に境遇を聞いた主人が自分の店で働くことを提案して来た。
すぐにその提案に飛び付き、俺はその食堂の主人を師匠と仰いで料理の作り方から接客の仕方までを徹底的に仕込まれた。
料理人としての師匠の教えは厳しいもので、涙と嗚咽の絶える日はほとんど無かったほどだ。
だが今、独立して食堂を切り盛りする立場になると、師匠の教えは余すことなく俺を支える力となっている。
安くて量があって味もいい、そんな評判で客の入りもまずまずの俺の店だが、ある日常連客の一人がこんなことを言い出した。
『新しく出来た食堂でとんでもなく旨い肉料理を出す。この店でも同じようなのは出せないか?』
正直、俺は自分の作った料理にそこそこの自信があり、この客が言うほどに味に差があるとは思えず、せいぜいがいい肉を使ってソースに工夫と手間を駆けた料理、というぐらいの認識だった。
とはいえ実際にどんなものか知らずに自分の手で作れるほど自惚れてはおらず、それならばと直接その店に食べに行くことにした。
昼時は忙しいので、朝方に一旦店を閉じて向かうことにしたのだが、てっきり通りに面したところにあるのかと思いきや、職人区との境にある住宅地の一角にひっそりと建つその店に驚きを隠せなかった。
その店で出されたハンバーグに俺はさらに驚かされた。
どんな肉料理でも味わったことがない柔らかさと肉汁溢れる味わいに、俺は完全に参ってしまった。
店に戻ってからはハンバーグを自分の手で再現しようと夢中になり、あらゆる手段で情報を集め、材料だけは何とか目星がついたが、どうやったらあの味になるのかが分からなかった。
それでも料理人としての意地で試行錯誤を続け、ようやくそれらしいものが出来上がった。
だがそれでも満足の行く出来とは言えない。
本家であるびっくりアンディのハンバーグと比べると、柔らかさは確かに再現できているが、切った瞬間に溢れる肉汁の感じが全くと言っていいほどない。
店で出してはみたが、やはり聞こえてくる声はびっくりアンディには劣るというものばかり。
漏れ聞こえる客の声が聞こえるたびに、俺の料理人としての誇りは傷つけられ、その悔しさをハンバーグの完成度を上げることへの原動力にし、俺はびっくりアンディに通いつめてハンバーグの味の秘密を探っていた。
そんな俺に、遂に裁きの日が訪れた。
「お客様。少々よろしいでしょうか?」
いつものようにハンバーグの秘密を暴こうと皿に向かっていた時だ。
不意に後ろからそんな言葉が掛けられ、若干不機嫌になりながら振り向くと、少年が立っていた。
まだ子供のあどけなさが残る顔立ちながら、目だけは老成されたような油断のない鋭さを宿すという、どこかちぐはぐな様子が印象的だった。
その少年が誰かはこの街に住んでいる人間で知らない者はいない。
少年の名はアンディ、かつて街を壊滅の危機から救った英雄たちの一人、子供の身でありながら冒険者たちの指揮を執って巨大な魔物を倒した百謀の策士、僅か数日で街の外に村を一つ作り上げた稀代の魔術師、冒険者でありながら新しい料理をもたらす料理人、俺が知るだけでもこれだけの肩書を持つ。
そんな人物が俺に何の用があるのか。決まっている。
自分の店のレシピの秘密を探ろうとしている俺を排除しようとしているのだ。
アンディは俺を厨房へと連れて行こうとするが、そこへ行ったらいったいどんな目に遭わされるかと思うと、とても素直について行くことは出来ない。
渋っていると丁寧でありながら一際強い口調で促され、目の前の少年が強力な魔術師であることを思い出すと、抵抗する意思が薄れていき、重い足を引きずるようにして厨房へと向かった。
これから俺はどんな目に遭わされるのか、もしかしたらもう二度と生きて帰ることは出来ないのではないか、そんなことを考えて頭が白くなっていた俺は、気が付くとなぜか料理を作っていた。
何を言っているのかわからないと思うが俺もわからない。
SIDE:END
「あんまり細かくし過ぎると、肉の食感が薄れますから、適度に粗さを残してミンチにして下さい」
厨房では今、俺の指導の下で一人の男性がハンバーグを作っている。
男性の名前はロメウスといい、ハンバーグをパクって自分の食堂で出していた料理人で、今日もハンバーグの秘密を探りに来ていた所を捕まえたのだが、少し考えがあってこうしてハンバーグを作らせている。
「そうしたら次は肉だねを捏ねますが、温度には特に気を付けて下さい。肉の脂は手の温度でも簡単に溶けてしまいますから、手と肉だねを入れる容器は冷水でしっかりと冷やしてから捏ねる作業に移って下さい」
「なるほど、俺の作り方だと脂の溶ける温度のことは全く考えていなかったから、パッサリとしたものになってたわけだ…。となると、焼くときは表面を強火で焼いてから、中は弱火でじっくり火を通すのか」
「ええ、その通りです。うちは窯を使えますから、表面をサッと焼いたら窯に移して中を焼くんですがね」
ロメウスは流石は料理人だけあって、ハンバーグの調理法の理をしっかりと理解できるようで、話が早くて助かる。
しっかりと形を整え、表面を焼いたハンバーグを窯に入れると、ようやく手が空いたロメウスが俺の方へと向き直り、自分のうちにあった疑問を口にした。
「……なあ、なんで俺にここまで教える?俺はお前のレシピを盗もうとしてたんだぞ。普通こんなことををするか?」
「まあこっちも色々と考えてるんですよ。ただ、あなたが真似したハンバーグはどうにも完璧じゃないようでしたので、どうせならちゃんとしたものを世に広めてもらいたいんですよ。なので、もし誰かに作り方を聞かれたらロメウスさんの一存で教えても構いませんから」
「正気か?普通こういうのはその店の秘伝みたいなものだろ。ほいほいと人に教えちまってもいいのか?」
「いいんですよ。中途半端なものを出されるよりは、ちゃんとしたものを色んな人に食べて欲しいというのが、このハンバーグを生み出した俺の気持ちですよ」
確かにレシピを拡散させることで客は他の店に散っていくだろう。
だが俺はこのハンバーグのオリジナル、元祖であるというのを看板に掲げるだけで他の店とは差別化が図れる。
他の店で食べたらおいしかった、なら元祖はどうなんだろう、という人間の好奇心がある限り、俺の店は充分営業していけるだろう。
更に俺はこの店のメニューの拡充を図るので、このハンバーグ一択の今の状況では終わらず、どんどんと新しいものを生み出していくのだから、まだまだ客の入りは期待できるはずだ。
つまり、こうしてロメウスにレシピを教えるのは、俺の店の宣伝を見越しているからだ。
とはいえ、これを馬鹿正直にロメウスに話すことはせず、あくまでも俺は善意でレシピの提供をしていると印象付ける。
その方が恩を感じてくれるからな。
実際、ロメウスはそんな俺の言葉を聞いて感じるものがあったようで、神妙な顔で頷いている。
一頻りハンバーグの作り方を覚えたロメウスは、俺に何度も礼を言って店を後にする。
「本当にあれでよかったの?もしかしたら僕らの店に来るはずだった客があっちにいっちゃうかもよ?」
ロメウスが店を出ていったのと同時に、今まで厨房で黙々と作業をしていたローキスがそんなことを言い出す。
「ああ、いいんだよ。下手にハンバーグの料理としての評判が落ちるより、旨いものだと知れ渡った方が本家である俺達の店に客がくるようになって利益になる。味付けだって店ごとに変わるんだし、色んなとこでハンバーグが出される様になれば、多彩な味を楽しめるようになていくかもな。そうなった時に俺がハンバーグを使った新しいものを投入すれば、客は一気に飛び付くって寸法さ」
「へぇ、新しいものって?」
俺達の会話に割り込むようにしてパーラが声をかけてきた。
見るとパーラとミルタがカウンター越しにこちらを覗いており、新メニューと聞いて期待で目を輝かせている。
ミルタとパーラ、共に食い意地が張っているのもあり、薄らと口の端に涎が浮かび始めていた。
もう少し女の子としての振る舞いに気を付けて欲しいものだが。
「完全な新作ってわけじゃないんだ。ただ今ハンバーグってテーブルについて食べてるだろ?」
「そりゃそうでしょ。あんなの立って食べれるわけないじゃん」
「そう。ミルタの言うとおりだ。鉄板皿の重さもあるし、何よりもナイフとフォークで食べるから、どうしても気軽さに欠ける。そこで考えたのは、ハンバーグを薄くして焼いたものをパンに挟んで食べるやり方だ」
要はハンバーガーである。
「なるほど…。それなら手で持って食べれるからテーブルを使わなくても食べられるね。おまけに店が混んでても買って帰れる分だけ客は多く捌けるし」
ハンバーガーを売ることの利点に最初に気付いたのはパーラで、流石に商人としての経験がある分、こういうことに関する頭の回転は中々のもので、言葉にはしていないが客の回転率に思い至っての言葉だった。
パーラの言葉を聞いてその利点にローキスは唸るが、ミルタはまだ深い意味までは分からないようで、顔には疑問符が浮かんだままだが、ローキスが分かりやすく説明してくれるだろう。
ともかく新しいメニューとして名称もハンバーガーとして賛成を得たので、早速試作品を作ってみる。
材料は既に手配してあったので、すぐに調理に入った。
ハンバーガーを作るにあたって必要なのは、丸いバンズとハンバーグと一緒に挟む野菜類とケチャップやマヨネーズといった調味料類である。
このうちバンズは既に店で使っているパンがそのまま使えるし、ケチャップはトマトソースを煮詰めた物を代用品として用意してある。
マヨネーズに関しては手作りで用意するしかないので、今日の所は使わないでおく。
野菜類は葉物を何種類か市場で購入済みであり、更におもしろいものも見つけていた。
以前ランクアップ試験の手紙運搬依頼で行ったプアロの街で手に入れたことのあるメジヤだ。
摘果、つまり他の果実に栄養を行きわたらせるために間引いたものを売っていたのだが、まだ青い上に甘さもほとんどないため、あまり売れていはいないようだったが、試食してみるとハンバーガーに挟むピクルス替わりに使えると判断し、並んでいたものを買い占めてきた。
朝のうちに酢に漬け込んでいたのでいい具合に出来上がっている。
薄切りにすると、小気味よい手応えが返ってきて、歯応えに期待出来そうだ。
このピクルスに関しては何故か他の面々は怪訝そうな顔をしている。
ピクルスもこの世界では普通に存在するのだが、初めて見たメジヤという果物のピクルスには流石に警戒心を抱かずにはいられないようだ。
だが俺はピクルスのないハンバーガーをハンバーガーとは認めない。
絶対にだ。
焼きあがったハンバーグとこれらの野菜類をパンで挟んで完成した、まさに異世界ハンバーガーと言えるそれを全員に手渡していく。
一応この世界にもサンドイッチとしての文化はあるのだが、どちらかというとホットドッグのような長いパンにはさむスタイルが多いため、こういった丸い形は珍しいようで、3人ともしげしげと眺めている。
その中で最初に齧り付いたのはやはりパーラであった。
食い意地以上に、俺が作った物に対する絶大なる信頼があるようで、全くの躊躇がないその様は潔いというか清々しいというか…。
「パーラちゃん、どう?」
やはりピクルスに対する不信感がぬぐい切れないようで、パーラに感想を尋ねるミルタは、少し心配そうだ。
「ハンバーグッチャクッチャ、よりもジュルル……食べやすいムグン」
ミルタの質問に答えようとするパーラだが、食べ物を食べながら喋るので、一々言葉に色んな音が混ざって聞き取りにくいことこの上ない。
「口に物を入れて喋るな。食べるか喋るかどっちかにしろ」
するとパーラは食べる方を選択したようで、無言で食べ進める速度を上げたことでミルタとローキスも唾を飲み込んで手に持ったハンバーガーへと齧り付いた。
2人もお気に召したようで、暫く静寂の中でハンバーガーを食べる時間が過ぎていく。
俺も食べてみたが、非常に完成度の高いものが出来てしまった。
正直、前世で食べたものを大きく凌駕する旨さだ。
食材がいいからなのか、それとも久しぶりに食べたからなのかはわからないが、これならハンバーグと並んで人気になるのは確信できる。
いや、むしろハンバーグの人気を上回る可能性も十分にある。
それだけのポテンシャルを秘めた逸品だった。
「これ美味しいよアンディ。幾らでも食べれそう」
真っ先に食べた分だけ早く食べ終わったパーラがそんな感想をこぼし、ミルタとローキスがハンバーガーを食べながら頷いて同意する。
「そりゃよかった。けどお替わりはダメだぞ。夕食もあるんだからな」
「……そんなこと、思ってないよ?」
ツイっと視線を逸らすパーラ。
そういうことは俺の目を見て言ってごらん。
こうして我が店に新しいメニューが加わることになった。
ハンバーガー単品で銅貨7枚、サイドメニューとしてフライドポテトを付けたセットが大銅貨1枚に設定された。
このフライドポテトもまだまだ満足の行く出来ではないが、ハンバーガーと言ったらポテトは欠かせないので試作したところ、揚げ物特有の珍しい食感と塩だけのシンプルな味わいでパーラ達はいたく気に入ったようで、結局単品のメニューとして店の壁に掲げられている。
一応常連客には新メニューが出来たことを伝えて回り、ローキスにハンバーガーの作り方を覚えさせて明日に備える。
かなりの人数に宣伝して回ったので、口コミでの広まりを考えると明日の忙しさはかなりのものになるかもしれない。
ヘスニルに浸透しているハンバーグの新しい形は、この街に一体どんな波紋をもたらすのか。
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犬社護
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ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。
享年は25歳。
周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。
25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
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