世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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トラブルってのは結局向こうからぶつかってくるもんだ

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明日は明日の風が吹く。
かの有名な『風と共に去りぬ』でスカーレット・オハラが言った言葉ではあるが、意味としては明日は今日とは違う日になるのだからくよくよしても意味がない、…まあ大体そんな感じだ。確か。

忙しさから人手を増やしておきながら、忙しくなくなったせいで新しいことに手を出して再び忙しさに追われる。
そんな日を迎えると、自然と明日はもっと暇になる様にと経営者としてはあるまじき考えに支配されることが多々あった。

さて、びっくりアンディに新メニューとして加わったハンバーガーだが、俺の予想を超えて口コミの威力が効きすぎたようで、ヘスニルの街で爆発的に流行り出していた。
なにせ今までは店の混雑のせいで食べることを躊躇うほどだったハンバーグが、持ち帰りという形で気軽に食べることが出来るようになったのだ。
新作披露の初日故に余裕を持って用意していた食材があっと言う間に底を尽いてしまい、ハンバーガーのおかげでこの日の売り上げは過去最高を叩き出してしまった。

そんなわけで再びムーブメントを巻き起こした俺の料理だったが、現在はだいぶ下火になっていた。
何故なら、以前ハンバーグの作り方を教えたロメウスがついに独自のアレンジを加えたハンバーグを完成させ、そして比較的簡単に真似できるハンバーガーをも最近になって売り出したからだ。
とはいえこれらを売る時にはちゃんと俺の所にあいさつに訪れて、以前のような無断でハンバーグを売るということをしなかったという点では仁義を通したと言える。

現在ロメウスの元にはハンバーグの作り方を学んでいる弟子が何人かいるようで、ヘスニルの街でハンバーグを出す店はもっと増えていくに違いない。
ロメウスの店ではウチとは違ったテイストのハンバーグを作っているので、客が好みで味を選ぶことでお互いの客を奪い合うことなく、うまくいい関係を維持して競争できている。
ポジティブな意味でお互いを商売敵として捉え、工夫を重ねることでサービスの質は向上していき、俺達のアイディアを他の店が真似する事すらあった。
その内の一つである、注文を受けて指定された時間・場所へと料理を運ぶ出前のシステムは、すっかりこの街の日常の一部と化していた。





「まいどー、びっくりアンディです。ハンバーガーセット8人分をお持ちしました。イムルさーん?」
「あぁ待ってたよ。こっちこっち」
人がごった返す冒険者ギルドで、フードコートで目当ての人物の名前を上げると、テーブルの一つでイムルが手を挙げて俺に居場所を伝えてきた。
既にランチ時を過ぎているため、フードコートでは食事を摂る人はほとんどおらず、遅い昼食を摂るのにギルドの職員が何組かテーブルを使っているだけだ。
イムルの方へと歩いて行き、頼まれていた料理が詰まったバスケットをテーブルに置く。
テーブルには女性が5人座っており、その誰もが冒険者ギルドの受付嬢として見たことがある顔だった。

「ありがとうね、わざわざ運んでもらっちゃって。はいこれ、お金よ。…誰かこっちの3つを持ってってあげて」
「私がいくわ。ついでにお茶も貰ってくるからカップの用意しといてね」
イムルから代金を受け取り、手渡された硬貨の枚数を数えている傍で受付嬢の一人がバスケットからハンバーガーとポテトのセットを3つ取り出し、どこかへと早歩きで向かった。
ここにいない人の分を持っていったのだろう。

「…はい、確かに丁度頂きました。…イムルさんはこのところ出前が多いですね。たまには店の方にも来てくださいよ。ミルタが会いたがってましたし」
常連客であるイムルは俺達と一番長く触れ合っている客の一人で、その中でもミルタと一番仲が良く、まるで姉妹のような仲の良さを見せつけられている。
「ごめんね~。最近忙しくてなかなか店に顔出せないのよ。もう少ししたら落ち着くと思うから、その時にまた店に行くわね。ミルタちゃんにもそう言っておいてくれる?」
「承りましょう。では失礼します」
イムルに別れを告げ、ハンバーガーの味の談義を始めたテーブルを離れ、少しだけ依頼の張られた掲示板を流し見てからギルドを後にする。

初夏を迎えたこの季節は、日増しに日差しが強まっているような印象を覚える。
イムルが忙しいと言っていたのも当然で、今の時期は森や山深い地で子育てを終えた魔物が活発に動き回る時期でもあり、特に冬眠明けで飢餓状態の魔物などは危険極まりなく、討伐のために冒険者ギルドの仕事は徐々に忙しくなっていく。

今も道を歩いている俺の横を馬が曳く荷車に載せられた小象ほどの大きさがある魔物の死体がギルドの方へと走っていった。
馬車から少し遅れて冒険者と思われる集団が追従しているが、その誰もが無傷とは言えず、中には肩を貸してもらって歩いている人もいる。
ただその状態でも彼らが笑顔でいるのは、大物を仕留めた達成感と報酬への期待感があるからだろう。

ここのところ店にかかり切りで冒険者としての活動はほとんどしていなかったが、こういう光景を見ると改めて冒険者というのは命をチップにしたギャンブルのようなものだと痛感させられる。
神経が焼けつくようなスリルの果てに報酬を得るハイリスクハイリターンの冒険者か、日々コツコツと生きるのに足る分だけ稼げばそれでいい生き方では一体どちらが幸せなのか。

俺としては断然後者が幸福だと思うのだが、若いうちは大きく一発で稼ごうと冒険者を目指すというパターンが多いようで、そしてその大半はそのまま命を落とすか、現実の厳しさに挫折して妥協した生き方を選ぶ。
そんな中で今目の前を通っていった冒険者たちは怪我こそすれ命を失ってないのだから、十分に有望株だと言えるのかもしれない。
もしかしたらランクを上げて行けば将来的には国中に名前が知れ渡る冒険者となる可能性もあるかもね?

久々に冒険者の在り方について考え直しながら店へと戻ると、客もまばらな店内にパーラとミルタがテーブルの一角に集まっており、二人の間からマースの顔ものぞいている。
給仕の仕事をせずにマースと一緒にテーブルについている2人に一言言ってやろうと声を掛けながら近づいて行く。
「なんだなんだ2人とも。マースが来てるからって仕事を放り……誰?」
テーブルに近付くと、そこには3人のほかに初めて見る顔が一つあった。

パーラとミルタの対面にマースと隣り合って座っているのは俺達よりも年上の男性で、だがまだ二十歳を超えてはいないだろうというのだけはわかり、やや長めの銀髪を垂らすようにして項垂れている姿は、何があったのか随分と落ち込んでいるように思える。
身なりは完全に一般人ではあるが、少しくたびれた様子の服からは、あまり金銭的に余裕のある人間には見えない。

「あ、おかえりアンディ。丁度よかった。今マースちゃんから相談を受けてたんだけど、ちょっとアンディにも聞いてもらいたいの」
俺の声に応えたのはミルタで、パーラはというと腕を組んで難しそうな顔をして唸っている。
「相談ってなんの?あんまし無理っぽいのは勘弁な」
少しずれて俺の座るスペースを空けてくれたミルタの隣に座り、対面にいる2人に目を向ける。

ミルタはマースからの相談とは言ったが、どちらかというとマースよりも、もう一人の方に関連して問題が起きているのではないかと推測する。
そんな風に考えていると、マースが口を開く。
「んじゃアンディも聞いてよ。こっちのはディルバって言うんだけど、ちょっと色々あって今は人に追われてるの」
そんな奴をウチにつれてくるなよ、巻き込まれるだろとは本人の前では流石に言えず、言いたかった言葉を飲み込んで目で先を促す。

マースとディルバは幼馴染で、家同士も家族ぐるみの付き合いもあったことから本人達の仲も悪くなかった。
ディルバの家は家具屋をしているのだが、ディルバの姉が婿を貰ったのを機に、ディルバは長年の夢であった家具職人に弟子入りして、一人前になるベく修行の日々を送っていた。
ところがある日、兄弟子の一人に連れて行かれた賭場で人生初めてのギャンブルに大勝ちし、それ以来賭け事にはまってしまったディルバは、給料の大半をつぎ込んでは勝ったり負けたりを繰り返し、遂には借金をしてしまう。

「んで、その借金の取り立てにあってるところに私が通りかかって、大声を出して借金取りがひるんだ隙にここまで引っ張って来たってわけ」
なるほど、それでディルバの服装の所々が傷んでいるのか。
借金の取り立てというだけあって、恐らく乱暴な手段も使われたのだろう。
ただなぜ俺の店に引っ張ってきたのかが理解できない。
まあ多分ディルバの実家はその借金取りに見張られている可能性もあるだろうから、マースの知り合いの中で一番荒事に対処できる可能性が高い俺達を頼るしかなかったのかもしれない。

「大体は分かった。けど俺達は多分助けになれない。なんせ借金をしたなら返すのが当たり前だろう。まさか踏み倒すのに協力しろってんじゃないよな?」
「そりゃあ私だって借金したら働いて返すべきだと思うよ?でも今回は無理なんだって。なんか貸した金額以上に利息が膨れ上がってるみたいなの。それもあっという間に」
そう言ってチラリとディルバの方を見るマースだが、肝心のディルバはまだ俯いたままで、新しく話に加わった俺を見ることすらしない。

借金をした以上、利息が付くのはどの世界でも当然のことではあるが、それでも元金を超える額の利息が短期間で付くのは流石に違法なのではないか?
こっちの世界の金融系の法律などは分からないが、それでもそんなルールがまかり通っていては貸した側のボロ儲けで商人ギルドの面目は立たない。

そもそも以前商人ギルドで出店許可の申請をした際に、商人ギルドでは普通に借金の申し込みを受け付けている旨を説明されたので、借金をするならまずは商人ギルドでするべきだ。
だがマースの話を聞いた限りでは、どうやら貸主はモグリの貸金業者、つまり闇金ということになる。
多分正規の金融業者ではないことを盾に交渉すれば、無茶な金利については何とかなるとは思うが、正直俺のような子供がしゃしゃり出た所でまともな交渉が出来るとは思えない。

「……よし、潰そう」
ボソリと呟いたのは、先ほどまで腕を組んで考え事をしている風だったパーラで、今は閉じていた目も開かれ、何かを決意したような顔をしている。
潰そうといったのは恐らく闇金業者のことだろう。
「そんな悪い奴、私とアンディで潰してやろうよ」
グリンと俺の方へと向き直ったパーラは、何だけ目が爛々としている。
あの顔は久々に思いっきり魔術を使える機会が来たと思って喜んでいるに違いない。
というか、さも俺が一緒にやることを同意しているかのような物言いは止めろ。

「いやダメだろ。こっちは金を借りてるんだから、それを返せないから力でどうこうするんじゃ盗賊と変わらないぞ。相手が被害を申し出れば、俺達は衛兵に捕まって裁判にかけられるだろうな」
「なんでさ?だって悪いのは向こうじゃん」
「それが法ってやつなんだよ」
頬を膨らましてそっぽを向くパーラだが、俺の言うことは納得こそできないが分かってもらえたと思いたい。

法律というのは私情の挟まない判断をする際の物差しに使われるもので、そこには善と悪というものは存在せず、やったことへ対する賞罰を決めるのみでしかない。
そのため、今回のようなケースの場合は多少の情状酌量はあるかもしれないが、それでもしでかしたことへの罰は確実に課されることになる。
法とは、その向けられる先こそ平等ではあるが、決して善人の味方ではないのだ。

確かに武力での解決は手っ取り早いが、それ以上に俺達が逮捕される危険があるなら、迂闊な行動は控えたほうがいい。

「ディルバさん、これだけは聞いておきたいんだが、借金をするときに証文を交わしたか?」
急に話しかけられてビクッと体を震わせたが、隣にいるマースに小突かれて俺の質問に答えた。
「え…あぁ、証文ね。確かに俺の名前を書いたな。確かここに……あった。これだ」
腰に括り付けられた小物入れをゴソゴソと漁り、取り出した紙をテーブルの上に広げる。
早速それを覗き込む俺達だったが、ミルタとマースはまだほとんど文字を読めないので、パーラが読み上げた。
ここで今までの勉強の成果が出たな。

文章の内容は貸し付けた金額の大銀貨3枚と、一月で貸した金の1割を利息とする旨が書かれている。
「一月で1割ってどうなの?高いの?」
「さあ…?でも借りた額が額だから1割でも結構な金額になるんじゃない?」
「大銀貨3枚の1割って、えー…銀貨3枚?」
不安そうなマースの問いにパーラが所見を述べ、ミルタが指を使って計算をして利息を割り出す。
最近はミルタもパーラと一緒になって勉強しているおかげで、ある程度の計算に関してはこなせるようになっていた。
ちなみにローキスは文字は既に完璧に読める上に、計算も元からそこそこ出来ていた。
そういう点であいつは村の中で収まる器じゃなかったかもしれないな。

「銀貨3枚って…それじゃディルバは毎月銀貨3枚を支払っていかなきゃならないの!?」
額の大きさに取り乱すマースだが、それよりも気にすべき点を指摘する。
「いや、違うな。証文には利息の計算方法が元金を基にしていないから、毎月増える利息分も元金に吸収されて利息が増えていくことになる。つまり一月後には大銀貨3枚と銀貨3枚に1割の利息が掛けられる。…わかりやすく言うと、時間が経てば経つほど利息額は増え続けていくんだ」
「そんなの…詐欺じゃない!」
叫ぶように言うミルタだが、それには俺も同意する。

このやり方はまさに闇金のそれと同じだ。
考えた奴はとんでもない悪党であると同時に、頭もかなりいいように感じる。
字面だけではこの罠に気付かないようにしてあるのもさらに悪辣だ。
「そう、詐欺だ。だからこそ慎重に対処しないと、逃げられるかもしれない」

俺とディルバの接点はマースの知り合いというただ一点のみなので、普通に他人事だと切って捨てるのは容易い。
「この件を商人ギルドと領主に申し立てるといい。領主の方はともかく、非合法な金貸しがいるとなれば商人ギルドなら確実に動くだろうから、後はそっちに任せて―」
そう思って断ろうとすると、何やら俺の左半身に視線を感じる。
視線の元に目を向けると、こちらをジッと見つめるパーラとミルタの目と合ってしまった。
まるで拾ってきた子犬を飼いたいと訴える子供のような目は、俺には眩しすぎる。

助けろ、とそう目で訴えてくる2人から目を逸らそうと前を向くが、今度はマースまでもが同じ目をして俺を見ている。
「いやいや、ちょっと待て。本当に俺が関わるよりギルドなり領主なりが動く方がいいだろ。下手に手を出して法に触れるのもまずいし」
「それはそうだけど、じゃあそのギルドとかはすぐに解決してくれるの?」
「むぅ…、それは…」
時折パーラは鋭い指摘をするもので、それに思うところがある俺は言葉を詰まらせるしかできない。

前世での警察もそうだったように、公的な機関というのは大抵腰が重い。
現行犯でもないのに危害を加えられるそうだから捕まえてくれとは流石に聞き届けてくれないだろうし、こっちの世界では画像や動画といったものをそうそう用意できるものではないので尚更だ。

既にディルバが暴行を加えられたことを証拠に訴え出たとして、向こうがとぼけられでもして調査をするとなったら、今度はディルバを確実に殺しに来るかもしれない。
恐らくそういう危険性もパーラは無意識のうちに察したのかもしれない。
なにせパーラは一度、咎無く命を奪われかけたのだから。

「アンディ…」
ジッと俺を見つめる6つの瞳に苛まれ、悲しそうなパーラの声がダメ押しとなって遂には俺も折れた。
なんだかんだで俺もパーラには甘いなぁ。

「はぁ…そんな目で見るなって。…わかったよ。こうなったらとことんまで付き合うが、ことに当たるのは俺とパーラの2人だけだ。マースは普段通りに生活を送ること。ディルバさんは暫くここで匿うから、頻繁に訪ねてくるのは極力避けるように」
もし仮にここで俺が関わるのを断とうとすれば、パーラのことだから、きっと突っ走って件の借金取りを締め上げるだろう。
そうなれば衛兵に捕まって最悪の場合は死刑になるかもしれない。
大事な仲間であり、ヘクターから託された妹分のパーラをそんな目に遭わせるわけにはいかず、解決に全力を注ぐことを決めた。

ところが当事者であるディルバがそんな俺の決意に水を差すようなことを言う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくらなんでも君らみたいな子供に頼るのは流石に…」
子供とは言うが、ディルバもまだ若い。
恐らくまだ二十歳には届いていないだろう。

「私達に頼る以外に助けてもらうあてがあるの?」
「…それは…いや、でも…」
「ないんでしょ。…あのねぇ、こんなこと言いたくないけど!あんたみたいな不器用な男が何とかできるならとっくになんとかなってたでしょうに。そうならなかったからアンディ達が助けてくれようとしてるんじゃない。知ってるでしょ?アンディはヘスニルの危機を救った稀代の軍師だって。だからアンディに任せるしかないの!」
もごもごと口の中に言葉が溜まっているディルバだったが、マースの辛辣な物言いにとうとう黙り込んでしまった。
心なしか、少し縮んでいる。
無論、比喩だが。

というか、アプロルダの件で広まった噂の軍師がどうのこうのってのはまだ残ってたのか。
もうとっくに消滅してたかと思ってた俺が浅はかだったよ。
本気で噂を流した元凶を締め上げることも検討したいものだ。

「それとディルバさん、あんた怪我をしているな?多分肋骨にヒビでも入っているんじゃないか?」
先程から左半身をなるべく動かさないように意識しているのが丸わかりで、それどころか呼吸も浅いものを繰り返している点から、深呼吸が出来ないような怪我、つまり肋骨に何らかの問題があると睨んだ。

「…分かるのか。…確かにさっきから深く息を吸う度に鈍い痛みがあるから、きっとそうなんだろう」
「やっぱりな。それじゃ暫くは休んでた方がいいだろう。怪我を推してでも動いてもらう時が来るかもしれないからな」
「わかった。言う通りにしよう」
そっと左脇腹に手を添えて言うディルバは眉をしかめている。
多分俺の他にはパーラぐらいしか気づかなかっただろう。
マースはそれを聞いてディルバの体調を急に気にし始め、脇腹に触れようか触れまいからオロオロとしていた。

裂傷や綺麗な骨折であれば水魔術で治すなり痛みを和らげるなり出来るのだが、急を要するわけでもなく、ひび程度であれば下手に魔術での回復を促すよりも、骨の成長を邪魔しないように自然治癒に任せたい。
安静にしているのが治癒への近道ではあるので、あまり派手な運動はできないだろうから、ディルバが実際に動くのは少ないほうがいい。
こういった点からも俺とパーラの2人だけで動くとしたのだが、この場にはもう一人、やる気に満ちたやつがいた。

「ねえねえ!私は?何か手伝うことある?」
「ミルタは俺達がいない間の店を頼む。ローキスと2人で回すことになるから大変だと思うけど、最近の客の入りを考えると大丈夫だろう」
手伝う気満々だったミルタは関わる機会を失って落ち込んだ様子を見せる。
ちなみにローキスは俺達の会話に加わることなく厨房で待機しているらしい。
なんだかローキスを一人働かせている気になって少しだけ後ろめたい。

この件の解決に動くのを俺とパーラだけとしたもう一つの理由は、万が一にも荒事へと発展することを考慮したためで、マースやミルタでは何かあった時に自分の身を守ることが出来ない。
そのため冒険者であり魔術師でもある俺達だけで動く方が都合がいいのだ。

「んじゃまずは情報を集めよう。俺は色々と準備があるから、パーラに色々と調べてもらいたい」
「わかった。何を調べればいい?」
「全部だ。相手の名前、経歴、趣味から行きつけの店に寝床にしている場所。とにかくあるだけの情報をかき集めろ」
現状で相手の情報を一番持っているのはディルバなので、まずはディルバから話を聞き、それから商人ギルドにも情報を集めに行く。
これらをパーラ一人でやるのは大変かもしれないが、あまり大勢で動いては相手に警戒される可能性も出てくる。

なるべくなら相手には俺達の存在は知られず、こちらが一方的に情報を握っている状況が望ましい。
隠密かつ迅速に準備し、そしてクリティカルな攻撃をしかける。
更に言うなら攻撃は心理的なダメージを狙ったものがいい。
これらの条件を含めると、これから俺が立てる作戦は少々ギリギリなものになりそうだ。

作戦名をあえてつけるなら『借金取り、死すべし』とでもしておこうか。
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