世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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二つのラーノ族

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 俺達が遭遇したラーノ族の部隊は、ディースラが予想したとおりにこちらとの対話を望んでおり、最初にこちらへやってきた青年がそのまま代表として話し合いの席へと着くこととなった。
 席と言っても馬の上でのことになるが。

 対応するのは、俺達の方のトップであるニリバワとディースラなのだが、そこには俺とパーラも加わっている。
 これはディースラの世話役を任されている以上、彼女が立ち会う場には自動的におまけとして付いていってしまうせいだ。
 この会談も特に重要さを見出していないのか、ニリバワとディースラは俺達を遠ざけることもしない。
 おかげで鮮度のいい情報が聞けそうなので、とりあえず俺の方から異を唱えることはしないでおこう。

「まずはこうして対話の機会を頂いたことに感謝を。そして名乗らせていただこう。僕はグルジェ、ラーノ族は大駆けのダルジを父に、風追いのテアを母に持つ者」

 そう名乗った青年は、それまで被っていたフードを取り払い、その下にあった顔を明らかにした。
 声の感じからして若いとは思っていた通り、見た目では恐らく二十代だろうと思われる。
 クリンとした目にはどこか愛嬌を感じるが、先程十人の兵士を瞬く間に打ち倒した人間だと思えば、油断はできない。

 ラーノ族がそういうタイプなのか、普人種ではあるのだが顔立ちはどこかアジア系のようであり、浅黒い肌はスワラッドの人間と同様だが、若干彫りの深い顔立ちのニリバワと比べてみれば、人種が違っても見える。

「丁寧な名乗り、痛み入る。私はスワラッド商国よりこの隊を預かっているニリバワ・サーラームだ。また、先程は当方の兵士がご無礼致した。功を焦った愚か者を御せなかったこちらの不手際も詫びよう」

 普通なら侵攻してきた他国の者を目の前にして、先に詫びを口にするのは弱腰と見られかねないのだが、相手が礼儀正しく名乗るのなら相応の答え方をするのも偉い人の態度というものだ。
 ラーノ族もそうかはわからないが、両親の名前を出しての名乗りというのは誇りを持って行うものであるため、確かな礼節を示したと判断していいだろう。

「いや、こちらも他国の領内にいては不審な集団と思われるのは覚悟の上のこと。誰何もなく襲い掛かられるのも…まぁ予想はしていた」

 機動力に優れているとはいえ、少数で他国へやってきた以上、自分達が被る被害の一つとして許容すると口にはするが、それでも流石にいきなり襲い掛かられたことに対して何も思わないわけではないようだ。

「それよりも、僕が倒してしまった彼らだが、早く手当をしてやってほしい。生憎、まともな治療の術を持った者がこちらにはいない。可能な限り手加減はしたが、何かないとも限らない」

「ぬ、あれで手加減と…いや、わかった。おい!あの馬鹿どもを拾って来い!それと、適当にでいい、手当てもしてやれ!」

『はっ!』

 遠目では見抜けなかったグルジェの槍捌きが、手加減されたものだったという所にニリバワが息をのみながら馬首を巡らし、今まで誰も近寄ることなく放置されていた兵士達の回収を周りに命じた。
 すぐに何人かが馬を走らせていくのを見送ると、ニリバワがグルジェへと向き直る。

「さてグルジェ殿、次はこちらの方の紹介をさせていただこう。ディースラ様、ご自分で名乗られますか?」

 そう言って、ニリバワが自分の隣にいたディースラを手で指し示す。
 この場での本当の最上位者を抜きにして話を進めるのが躊躇われたか、あるいはグルジェの戦闘能力の高さを警戒してか、ディースラの存在を明らかにするべきと判断したようだ。

「うむ、我から話そう。グルジェと言ったな。既に我の名はニリバワが口にしていようが、我こそがディ―スラである。この名に心当たりがなければ、スワラッドと盟約を結ぶ竜と言えばわかるか?」

 落ち着いた口調ではあるが、堂々とした姿から感じられる力は、多少相手の強さを読み取れる実力者をたじろがせるには十分なものがある。
 そこそこ長く付き合って慣れているはずの俺でも、思わず歯を食いしばってしまうほどの圧力だ。
 初対面のグルジェには、果たしてどれだけの威圧感が与えられていることやら。

「な、なんと…あ、これはとんだご無礼を!」

 一瞬恐怖が滲んだ表情を見せたグルジェは、馬上で話すことが不敬であると判断したようで、ヒラリと馬の背から地面へ降りるとすぐさま膝をついて頭を下げた体勢へと移ってしまった。

「ディースラ様のご尊名はかねがね…こうして御身より溢れ出るお力に触れ、己の矮小さに身を震わせております」

「かっかっか、随分謙った口を利くものよ。まぁそう固くなるな。今は我ではなく、こっちのニリバワと話をせい。ほれ、まずは馬に戻らんか」

 ディ―スラを前にすると大抵が畏まるので、グルジェのこの姿はおかしいものではないが、スワラッドに進行しているラーノ族がこうして跪いているのはなんだか奇妙に見える。
 いっそ太々しいとすら言えるほど電撃的に進行してきていながら、ディ―スラの力を感じて迷いなく膝を屈するのはあまりにも小心者で身勝手だ。

 強い相手にはそういう態度を躊躇いなく取れるなら、ディ―スラと関係の深いスワラッドに最初から手を出すんじゃないと言ってやりたい。

「はっ、しかし…」

「対等の話し合いとは、目線を同じ高さにした者同士でしかできん。今のお主はニリバワ、ひいてはスワラッドに全てを擲って慈悲でも乞うつもりか?もう一度言うぞ。馬上に戻れ、グルジェ」

 口調は強いものだが、諭すような言いようには聞いている者を動かす何かがある。
 対話を求めてきた以上、ディースラの力に触れて縮こまっているだけでなく、ニリバワと話し合うべきというのはグルジェにも十分届いたようだ。

「…仰せのままに」

 グルジェが面を上げると、先程の動きを逆になぞるようにして馬の上へと戻っていく。
 俺は馬の扱いの妙を見抜く眼力はそれほどでもないが、その俺が見ても今のグルジェの動きは、知る限りの誰よりも洗練されたものだった。
 槍の妙手であると同時に馬術の才も見せるこの若者が、もしも敵に回ることを想像するとなんとも恐ろしい。

「では改めてグルジェ殿、貴殿が我らとの対話を求めた目的を聞かせてくれ。貴殿らがスワラッドに攻め込んできた以上、今更友好を改めようというわけでもあるまい?」

 鞍の上で腰を落ち着けたグルジェに、ニリバワが冷めた声をかける。
 平静な態度で接してはいるが、目の前の人間が祖国へ侵攻してきたラーノ族と知っている以上、笑顔でシェイクハンドを交わしてというわけにはいかないだろう。

「私が聞いた話では、百騎のラーノ族が侵攻してきたということだが、貴殿らは見たところ十騎かそこらだ。よもや兵を分けたのか?だとしたら他の仲間はどうした?まさか、今頃どこかの村を襲っているなど言ってくれるなよ?」

 今この時にも、グルジェ達と別行動をしているラーノ族がスワラッドの村を襲っている可能性を口にするニリバワは、険しい顔のまま自分の馬に括り付けてある剣の柄を撫でた。
 対話には応じるが、内容次第では白刃が走ることになるという脅しが伝わってくる。

「待ってほしい、ニリバワ殿。まず貴公らがしている勘違いから正させてくれ」

「ほう、勘違いとはどういうことか?」

「スワラッドに侵攻した騎馬集団は僕も知っている。あれは確かに僕と同じラーノ族だが、僕を含めたここにいる十人はあれらとは違うのだ」

「…それはどういうことだ?」

「僕達はあれらを止めるために、国境を越えてやってきた。今回のスワラッドへの侵攻は、一部の人間の暴走によって起きたものであり、ラーノ族の総意ではないということを分かってほしい」

 突然告げられた言葉に俺も眉をひそめてしまうが、ニリバワを真摯に見据えるグルジェの様子から嘘を言っているようには思えず、新しい可能性として妙に胸に落ちてくる。
 なにより先程こちらの兵士の暴走が起きている以上、ニリバワもあり得ないことだと否定するのも空しい。

 詳しく聞いてみると、先の侵攻とグルジェ達がやってきたそれぞれの経緯から、ラーノ族も一枚岩ではないという事実が明らかになってきた。

 まずスワラッドに突如侵攻して来て村を二つを襲ったラーノ族と、今俺達の目の前にいる礼儀正しい若者が率いる十騎の集団は、既に袂を別ったと言っていい。
 ラーノ族は最近、一族を率いるトップが年齢を理由に引退したことにより、新しい部族長の誕生で部族内での派閥のパワーバランスにも変化が起き、一部の人間達が待遇の変化に不満を覚え、少々きな臭さが漂っていたらしい。

 流石にクーデターとまでは至らなかったが、それでも不満の種というのは完全に消えずにいた。
 そんな時に、ラーノ族が抱える聖地とされている泉が枯れるという事件が起きる。
 普通なら異変に対して部族全体で対処するところだが、この時ばかりは間が悪いことに、部族長が交代したばかりのタイミングだったことが災いした。

 普段から不満を覚えていた連中はここぞとばかりに、『泉が枯れたのは天が長を認めていない証拠だ』と声高に叫び始め、それに対して新部族長を支持する者は激しく反発し、ラーノ族の内部であからさまな対立が生まれていく。

 一方は長の正統性を真っ向から主張し、天ではなくただ人の営みによって聖域は枯れたと言い、いつか復活するその時までただ待つのみとした。

 もう一方は天が長を認めないがゆえに自分達から聖域を召し上げたのだと嘆き、ただちに次の新しい長を決めるべきと言い出した。

 これら二つの主張は激しくぶつかりはしたが、それでも武力衝突にまで至らなかったのは、偏に今の部族長の頑張りがあったからとのこと。
 硬軟織り交ぜて、双方の言い分をしっかりと聞きだして暴発を防いだのは、その時の状況にしてはよくやった方だとグルジェは言う。

 結果として同族での殺し合いは回避されたが、一方で過激な考えの者の暴走を完全には止めることができなかった。
 部族長の交代は諦めたが、聖域は諦めきれないとして、一部のラーノ族が隣国へ新しい聖域を求めて飛び出していってしまった。
 それが今回、国境を騒がせたラーノ族というわけだ。

「その者達が、先日の侵攻してきたラーノ族というわけか。なんとも迷惑な話だが、ディースラ様の言ったこととも符合するな」

「ほう、流石はディースラ様。こちらの事情を読んでいたか」

 ニリバワの言葉にグルジェは眉を跳ね上げながら、視線をディースラの方へと向けると、つられて俺とパーラも目の前の存在へと目が行く。
 ここまで説明を聞いて、新しくわかったことも多いが、それでも動機の部分に関してはディースラから伝えられたものと一致する部分が多いため、人目がなければ彼女に拍手を送っていたところだ。

「聖域のことは、亜精霊から聞いたまで。我とて丸っと全てお見通しとはいかぬわ。それよりも、お主らとそのラーノ族のはねっ返り共だが、本当に別なのだろうな?なにかの企みでそう偽っているという可能性もあり得るが」

 ディースラの言葉には、俺も内心で同意していた。
 確かにグルジェの話は真に迫ったものがあったし、一見すると矛盾するようなところもなく、そのまま信じてもいいと思わされた。

 だがそれは、彼が本当のことを話しているという前提でのことだ。
 もし仮にグルジェ達が今侵攻してきているラーノ族の一部だということを偽り、ここで俺達を前にそれを明かすことが何かの謀だとすれば、まんまと向こうの術中にはまったことを警戒しなくてはならない。

 もっとも、聖域の泉が枯れたというのは本当だろうが。

「なるほど、危惧されることは分かります。ですが、これは偽りのない真のことと、両親の名にかけて誓いましょう」

 疑われることなどはなから承知だと言わんばかりに、堂々とした態度のグルジェには、俺達も鼻白む。
 先程の名乗りからして、親の名を重く見ているであろうグルジェがそう言うのなら、嘘はないと信じていいかもしれない。

「この度のことは、ラーノ族としても強く問題視しているのです。こうしてここにいるのも、連中をスワラッドの人間よりも先に討つという意図があってのこと。決してあの者達と同じ道を歩むことはありません」

 色々と騒動があって混乱している今のラーノ族が、急遽選出した兵をスワラッド側へ秘かに送り込んでの火消しを目論んだ。
 万が一ワイディワ侯爵側にグルジェ達の存在が露呈した際に、国の関係がこじれるのを最小限にするために十騎編成としたらしい。
 逆に言えば、この集団はラーノ族の精鋭でもあるのだろう。

「…とのことだが、どうだ?ニリバワよ」

「は、ディースラ様のお言葉もご尤もなれど、この者の言もまた信じる気にさせるものでした。であるならば、全てを頭から信じはせずとも、ある程度は信じるのもよろしいかと。…グルジェ殿、私はスワラッド商国の人間として、今回のラーノ族の侵攻には怒りと失望を覚えている」

「そのお気持ちは正当なものかと」

「ああ、こればかりは揺るがん。あの侵攻がラーノ族全体が望んだものではないとしても、今目の前にいるのは貴殿らだけだ。どうしても非難の目を向けてしまう」

「確かに同族のしたことである以上、僕には謝ることしかできないが、そうすることに意義はある。正式な謝罪をお望みか?」

 国や部族という単位で見た時、攻められた側になるニリバワの厳しい言葉に対し、攻めた側であるグルジェは淡々とした声で返す。
 自分自身は関わっていなくとも、同じ部族の人間がしたことの非難の矛先を避けようとせず、謝罪の姿勢を見せようとしたグルジェに、ニリバワが頭を振って押し留める。

「いや、それは私にではなく、しかるべき相手にするべきだ。今の私がしたのはただの真情の吐露だ。つい口にせずにはいられなかったが、貴殿を必要以上に責めるつもりはない」

 ここまで部隊を率いてきたニリバワは、その使命感から決して内心をはっきりと表に出すことはなかったが、グルジェを前にして初めて激情の欠片が漏れ出したようだ。
 国に仕える彼女にとって、守るべき民に被害が出ている今回の侵攻には人一倍憤りを覚えていたのか、直接手を下していないと思われるグルジェに対しても、強い言葉を止めることは出来なかったのだろう。

 だがそれを今言ってしまうことでニリバワも落ち着いたのか、一瞬で張り詰めた雰囲気はすぐに和らぎ、グルジェを見る目も穏やかさを取り戻している。

「話を戻そう。それで、貴殿らがラーノ族を討つためにスワラッドへ来たということは理解した。その上で、今ここでそれを口にしたとなれば、私達との共闘を望んでいると思ってよろしいか?」

「まさにその通りだ。話が早くて助かる。本来であれば僕らだけで果たすべき使命だとは思うが、何分よその土地は勝手が違いすぎる。こうして駆けずり回ってしばらく経つが、未だに彼奴等の影すら踏めていない。やはり土地勘がある者達と行動を共にしようと考えた時に、貴公らと出会ったのだ」

「ふむ?その言いようだと、私達との遭遇は偶然であり、土地勘さえあれば誰でもよかったということか?」

「偶然の遭遇なのは確かだが、行動を共にするのなら騎馬で揃えた部隊をと決めてはいた。移動の足がバラバラでは困る」

「こんなところにいるのも偶然か?馬が走るのに向く街道とは大分離れているぞ」

「あぁ、それは例の者達を探しながら、街道から大きく外れて進んできたせいだ。足跡を追っていたつもりだったが、途中からそれも見失ってな」

 俺達が進んできたルートは、本来通るはずだった街道ではなく、近道として地元民が利用する程度の、目立たない道だ。
 そこにグルジェ達がいるのは奇妙だとは思ったが、スワラッドに侵攻して行方をくらましたラーノ族を追っていたせいで、手当たり次第に探しながらこういった場所まで来たのかもしれない。

「ふぅむ…その連中は新しい聖地を求めて動いたのだったな?ならばその聖地を目指して動いていたはず。貴殿も同じラーノ族なら、その場所は知っていよう?そこへ向かえばよいではないか」

 確かに、ニリバワの言う通りだ。
 スワラッドに攻め込んできた理由から考えれば、グルジェ達も件の聖地候補の場所について知らないとは思えない。
 暴走した同族を討つことを目的としているのなら、スワラッド側の聖地へ向かえば確実に出会えるだろう。

「そうしたいところだが、その場所はワイディワ侯爵領の兵達に見張られていた。遠目に見た限りでは、ジブワ達もまだいないようだったし、僕らが下手に近付けばラーノ族だということで戦闘になってしまう。ジブワ達がいないことを確認できただけで十分とし、僕達はこうして地道に探し回っているわけだ」

「それは妙だな。奴らはまだ聖地にたどり着いていなかったというのか?侵攻してきてからもう随分経っているが、何をしているのやら……いや、それよりもジブワというのは、件のラーノ族を率いる者の名か?」

「あぁ、そう言えば言っていなかったか。そうだ、ラーノ族では最も優れた五人の戦士を『五究剣ごきゅうけん』と呼んで称えているのだが、その一人がジブワという男だ。ジブワが子飼いの兵と、冷遇されていた老兵を集めて作ったのが、此度の侵攻を行った部隊となる」

 ここにきてやっと敵の指揮官と目される人物の名前が明らかとなる。
 そして、そのジブワについて少しだけ語ったグルジェの表情が、一瞬だけ歪んだように見えた。
 落ち着いた物腰の中に自信が満ちた振る舞いを見せていたグルジェだが、この時の顔からは何やら複雑な思いが窺えた。

「老兵とはまた…そんな人間を使わざるを得ないのが、ラーノ族の中でジブワという人間の置かれていた状況というやつか?」

 孤立していたかはわからないがが、今回のことを考えると部族内でもかなり過激な発言はしていたのだろう。
 思想や行動で危険な人物として見られ、他の人間とは距離があったとすれば、百騎ほどの部隊構成は彼がその時に用意できる最大の戦力だったのかもしれない。

「その認識で間違っていない。付け加えるなら、スワラッドに攻め込むという動きに、若い人間が賛同しなかったからでもある」

「そう言えば、何年か前から若い世代の交流が始まっていたな。今回はそれが功を奏したか?」

「ああ、影響は決して小さくはない。僕らの部族だと、スワラッドに色々と暗い思いのある者は老人にこそ多い。だから、今回の件でもジブワには血の気の多い老人がついていったのだしな」

 国境を接している国同士、これまでも色々とあったはずだ。
 大きな武力衝突はなかったとしても、当事者にしかわからないような遺恨が残ってもいるのだろう。
 長年積み重なった恨みつらみが、聖地の喪失をきっかけにして老人達を突き動かしたといったところか。

「…国境を接する国同士、揉め事は無くならない、か。グルジェ殿、そのジブワという人物と部隊のことをもう少し詳しく教えてもらおう。ただし、場所を変えて話を聞きたい」

「ああ、それは構わないが、どこへ行く?」

「貴殿らが私達と行動を共にするのなら、会っておかねばならぬ方がいる。わかるな?」

「む、それは…いいのか?今回の件で、ラーノ族への悪感情と警戒の具合はかなりのものだ。僕らが行って会えるものだろうか?」

「普通は無理だが、私とディースラ様が同行していれば問題はないだろう。少なくとも、ラーノ族だからと言っていきなり攻撃されることはない」

「そうか…元より貴公らと同道するつもりだったのだ。是非もない」

 一瞬背後を振り返り、仲間達を眺めたグルジェだったが、小さく首をうなずかせると再びニリバワへと視線を戻して同行を決める。
 それに対し、ニリバワも大きく頷くと、周囲へ向けてよく通る声で指示を出す。

「では、ワイディワ侯爵に会いに行くとしようか。各小隊、兵と馬をまとめろ!すぐに出発するぞ!」

 ニリバワの声に慌ただしく動き出した兵士達は、部隊行動としては模範的な手早さを見せ、それから僅かな時間で出発の準備を終えると、南へ向けて馬を走らせていった。
 そこにはラーノ族も同行しているのだが、それに対してスワラッドの兵士達は戸惑わずにはいられないようだ。

 自分達の国を攻めたラーノ族が、急に共闘相手だと言われては混乱するだろうが、先程交わされたニリバワとグルジェの対話に関して、明かしていい部分だけは部隊内では共有した上で、命令として今はヤブー砦へと急ぐのを優先させている。

 ニリバワとて、グルジェ達を完全に信頼しているわけではないというのは、態度の端々から窺えるほどで、兵士達も色々と思う所はあるだろうが、この辺りのケアは各小隊のリーダーに後で何とかしてもらうしかない。
 敵は必ずしもラーノ族全てではなく、攻めてきたラーノ族だというのを説明するには、馬上というのはそれほど暇ではないのだ。

 こうして馬を走らせていくと、ふと俺はあることが気になった。
 元々俺達は、この事態が起きてからはヤブー砦に詰めているというワイディワ侯爵と合う予定だったのだが、ここにラーノ族が加わるというのは予定外のことだ。
 ヤブー砦に近付いていく騎馬の集団に、ラーノ族が混ざっているという絵は明らかに誤解されるのが決定されているようなものなのだが、ニリバワもディースラも気にした様子はない。

 果たしてこのままヤブー砦へ一直線に突っ走っていいものなのか。
 先触れでも出して、ある程度事情を伝えた方がいい気もするが、伝令役を先行させる気配もない。

 古今東西、歴史の上でも多々あった、伝達不備による味方同士の戦闘の悲惨さを知る身としては、その辺りをニリバワに進言しておいたほうがいいのだろうか。
 次の休憩の時にでも、ちょっと話してみるとしよう。
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