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6:1で胴元が儲ける世界
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カジノといえばラスベガスやマカオ、モナコといった有名どころしか俺は知らないが、それでもカジノ内にはどんな種類のゲームがあるかは大体分かる。
スロットマシンにルーレット、ポーカー、ブラックジャック、バカラにシックボーといった、カジノといえばこれと名が上がるゲームなら、ルールぐらいは把握している。
これらのゲームのいいところは、誰もが知っている有名なものであるがゆえに、国が変われどどこでも同じように楽しめるというところだろう。
言葉も風習も関係なく、統一されたルールの中で運と才覚を武器に戦うギャンブルは、国境のない交流・戦争と評してもいい。
だがそれらのゲームも、流石に異世界までには名が及んでいなかった。
こちらの世界だと、先に上げたゲームと似てはいるが全く同じというものはなく、ローカルルールの縛りのような違いが多々見られる。
過去にいたと思われる地球からの転移者も、トランプは普及させたくせにカジノのゲームにはあまり関与していなかったのだろうか。
ファルダイフにいくつかある大手のカジノは、どこもギルドカードなどを使った身分証明さえできれば簡単に入場できる。
特にドレスコードなどもなく、よっぽどおかしな格好でもしていなければ、さほど敷居も高くない。
ただし、中でゲームを遊ぶには一定額以上のお金をカジノ側に預ける必要があり、その預けたお金がチップに変換されてプレイヤーへ渡り、カジノ内のギャンブルで使うというわけだ。
俺とパーラもまずは試しにと手持ちの金をいくらかチップに変えてカジノに足を踏み入れてみたが、盛況な店内にいくつもあるテーブルは悲喜こもごも、様々な客で賑わっている。
地球でよく知るゲームと完全同一のものは何一つとして見られず、よく似てはいるが非なるゲームばかりというのは、違和感と共に新鮮さも覚えてなかなか興味深い。
その中のテーブルの一つに注目すると、そこではバカラと似ているゲームが行われていた。
鼻息の荒い客達と冷静なディーラーの間にトランプとチップが置かれた光景は、一見するとまさにバカラそのものだ。
ただ、テーブルの上には見知らぬ道具が置かれており、プレイヤーが時折をそれを使って何やらしているところが俺の知るバカラとの違いだろうか。
さらに、俺が知るカジノの様子とは大きく違うのが、ディーラーとプレイヤー以外に二人ほど、ゲームが行われているテーブルの傍に鋭い目をして立つ者がいるところだ。
そこらを歩いていた店の人間に尋ねてみたところ、あれは単なる無神経な観客などではなく、イカサマが行われていないかを見張るために、カジノ側の用意した人間だそうだ。
地球のカジノでも、客にはそれと分かりにくいようにイカサマを監視する人員を用意しているらしいが、ああもあからさまに監視してますと言わんばかりに見られるのはいかがなものか。
俺なら気になってゲームに集中できない気がする。
もっとも、客は監視など気にもせずにゲームを楽しんでいるようだし、こっちの世界ではあれが当たり前というわけだ。
魔術という超常の力が存在する世界だけに、こういった場所では魔術を使ったイカサマを警戒するのは当然で、ああして監視する人間は魔力の流れなどを察知する特殊な能力を持っているのだろう。
なにせついさっきも、魔術でイカサマを仕掛けたバカな客が、厳つい男達に連れられてどこかへ連行されていったばかりだ。
滅多にないとはいえそういうバカをやる人間は絶えることはないので、各テーブルはしっかりと監視されているとのこと。
これは俺もイカサマは絶対にやれないな、危ない危ない。
「お、アンディ、あっちで嘘つきの利き手やってるよ!」
あちこちを見ながらテーブルの間を歩き回っていた俺達は、他のエリアから一段高くなっているスペースで見覚えのあるゲームが行われているのを見つけた。
パーラが言ったように、嘘つきの利き手だ。
いくつかのテーブルで各グループがそれぞれプレイしているのを、周りに集まっている客が見て楽しむという、地球のカジノでは稀によくある光景だ。
俺達もその群れの中の一つに加わり、たった今ラウンドが始まったゲームを見学する。
この嘘つきの利き手は、基本的なルールさえ守れれば使う道具は自由という大雑把さが大衆に受けているのだが、流石はカジノだけあって専用の道具が使われているのはスタイリッシュで見ていて気持ちがいい。
まずゲームの初めで場に置かれた山札から無作為にカードを四枚ひき、それを伏せた状態でゲームスタート。
ディーラー一人に客が五人、トランプとは違う様式で数字の書かれたカードと、形がそれぞれ異なる石を手にし、カードの交換やチップのベットを忙しなく行う。
ここでプレイヤーは、交換の際に場に捨てた他人のカードを自分のものと入れ替えることもできる。
手札が四枚という数を越えさえしなければこれはどのタイミングでやってもいい。
ただし、手札を交換できるのは一度だけなので、捨て札と山札のどちらから引くかはプレイヤーの判断次第。
同じ札を狙うプレイヤーと被った場合は、自分が持つ石の形により、捨て札の数字と照らし合わせて優先権が変わる。
他のプレイヤーがどの数字を狙っているのかはこれで分かるため、手札の役を推測されるか誤認させるかの駆け引きも醍醐味の一つだ。
こうして見ると、麻雀とテキサスホールデムが混ざっているように思えるのは、ギャンブルの発展は似た方向になるからか。
「これにて手札の交換は終了です。では皆さま、手元の札を開示してください」
手札に満足がいかなかった何人かがゲームを降り、参加料と上乗せ分のチップがテーブルに出されたところで、プレイヤーの手札が一斉にオープンとなる。
テキサスホールデムと異なる点は、先にプレイヤーの手札がオープンされてから、場の伏せ札が一枚ずつ開かれていくというところだ。
一枚伏せ札が捲られるたび、どういう役が作られているのか分かり、感嘆の声と悲鳴が上がる。
最終的には特にブタではったりを利かせるなどといったこともなく、無難な役のプレイヤーが勝って終わった。
「周りのお客様でどなたか、参加する方はいますか?」
ここでプレイヤーが何人か、手元の資金が尽きたのかテーブルを離れたため、ディーラーが周囲に集まっている客に声をかけて途中参加を勧めてきた。
人数が少なくてもプレイには問題はないが、あまりにも少ないと盛り上がりに欠けるからだ。
「参加する方ーだって。どうする?アンディ」
こちらへ対応を投げかけるようなことを口にしているが、パーラの目はゲームに参加する気満々で、俺の答えがどうだろうとテーブルに着くことはもう決めているに違いない。
つい最近ハマったゲームだけに、目の前で他人がやっているのを見てパーラがうずうずしていたのは、隣に立つ俺には十分伝わっていた。
「まぁせっかく来たんだし、ちょっとやってくか」
「そうこなくっちゃ。はいはーい!二人参加するよ!」
俺とパーラの参加をディーラーに告げ、二人で空いている椅子に腰かけるとすぐに手札が配られ、ゲームが開始された。
賭け金は俺とパーラが最初のラウンドということもあって、まずは控えめな額で様子見といきたいところだ。
手札は…うん、悪くない。
というか、かなりいい。
他のプレイヤーの捨て札次第では、スタートダッシュもできそうだ。
まず最初に流れを引き寄せ、心の余裕をもって後のラウンドを乗り切る。
となると、レイズも少し強気にして、周りにプレッシャーをかけるのも手か。
果たしてどう攻めるのがいいのか、悩ましくもあるが楽しくもある。
やり始める前はそうでもなかったが、いざスタートするとこうも気分が高まるとは。
なんだかワクワクしてくっぞ!
「で、二人して有り金全部持っていかれたってわけ?呆れるわねぇ」
「ぐっ」
俺達のギャンブルの結果を聞き、夕食を摂る手を止めないままジトリとした目を向けてくるチコニア。
結局カジノでは負けに負け、財布の中を空にして去るしかなかった俺達は、そうチコニアに言われては返す言葉もない。
「途中まではよかったんだけどねぇ。私もアンディも何回か掛け金上乗せで勝ってさ、まぁそこで止めとけばよかったんだけど…」
「勝てたもんだから調子に乗って別のに手を出して、勝ち分が一気に消えたんでしょ?この街じゃよく聞く話だわ」
実は嘘つきの利き手に限れば、俺とパーラはそこそこ稼いでゲームを終えることができていた。
そこでカジノを去れば、小金が入った懐の暖かさに満足したのだが、人間、勝ちを覚えると気が大きくなるもので、その後にいくつかやった別のゲームでは悉く負けてしまい、結局財布を空にしてカジノを後にする結果となってしまった。
チコニアとの夕食の約束があったから引き上げたが、もしもそれがなければ今頃は口座の金をもっとつぎ込んでいたかもしれない。
自分は自制心がある人間だと思ったが、カジノのあの空気に触発されて財布の中身をすべて吐き出したのには、今思うとゾッとしてしまう。
カジノという場の恐ろしさの片鱗を味わった今日この頃。
「賭博ってのは大体、最終的に胴元が勝つようになってるものなのよ。それを知った上で、自分がどこまで賭けるかを見極めなきゃ一生負けたままね」
「…詳しいね、チコニアさん。結構やってる?」
妙に実感の籠ったチコニアの言葉に、パーラは料理を突いていた手を止めて胡乱気な目を向ける。
ついさっきはギャンブルで有り金をスった俺達に呆れていたチコニアが、実体験を伴っているとしか思えないことを口にしたのが気になったのだろう。
「ま、私もこの街は初めてじゃないからね。痛い目だって何度か見てるし、おいしい思いをしたこともあるもの」
チコニアもこれで人生経験豊富だし、ギャンブルで一喜一憂した過去はあっても不思議ではない。
今でこそ黄一級で稼ぎもいいチコニアだが、その何度か見た痛い目ではどんな目にあったのだろう。
鉄骨渡りとかか?
「ところであなた達、賭博場から泣いて帰って来たわけだけど」
「いや、別に泣いてませんでしたが」
大負けして落ち込んでカジノを離れたのは確かだが、泣いてなどはしていなかった。
仮にそうだったとしても、その時目から出ていたのはきっと心の汗だ。
「細かいことはいいのよ。ともかく、有り金を全部賭博で失ったんなら、お金が必要でしょ?ならファルダイフにいる間、私の仕事を手伝わない?知り合いから頼まれた仕事があるんだけど、ちょっと人手が欲しいのよ」
「仕事、ですか」
どうやらチコニアは俺達がギルドで全財産を失ったと思い、仕事を斡旋しようとしているらしい。
カジノで素寒貧になった自業自得の人間に手を差し伸べるとは、何という優しさか。
ただ、少し前の俺達なら膝を着いて感謝していただろうが、今の俺達は口座にアホみたいな額の蓄えがあるため、今の手持ちがなくなってもすぐに生活が苦しくはならない。
チコニアのこの申し出は正直、ファルダイフへ遊びに来ている身としてはあまり気が乗らない。
知り合いが苦境に喘いでいるのなら手を差し伸べるは吝かではないが、このチコニアの言い様だと、多少困ってはいるが切羽詰まっているというほどではなさそうだ。
ここはちゃんと口座に蓄えがあることを伝え、誘いを断りたい。
「その仕事ってさ、昼間チコニアさんが騒いでたのと関係あるやつ?」
だが俺が断りの言葉を口にするよりも早く、パーラが前のめりでチコニアの話しに食いついてしまった。
「おいパーラ、まだ受けるとは―」
「いいじゃん、話ぐらいは聞こうよ。チコニアさんも困ってるみたいだし」
報酬がどうのというよりも、チコニアが困っているから心が動かされたらしく、どうにもパーラは手伝いに乗り気のようだ。
別に俺達の経済事情なら、今日カジノでスった金額は微々たるものだというのに。
「そりゃ困ってるのは分かるけどよ、俺達はここに仕事しに来たんじゃないだろ。賭けで多少金は減ったけど、大したもんでもないだろ」
「まぁそうだけど、でもチコニアさんが人手欲しいって言うからさぁ」
「…ひょっとしてあなた達、賭博で持ち金がなくなってもあんまり困らない?」
今の俺達のやり取りが分かりやすかったのか、そこまで金銭的に困っていないのを察したチコニアがバツの悪そうな顔を見せる。
金に困った知り合いを助けようとしたのが、実際は必要のない親切だったと気付いた人の顔というのはこんな感じか。
「うん、私らちょっと前に大きく稼いでてさ。あ、でもちゃんと冒険者として仕事はしてるよ?労働は尊いって、アンディも言ってたし」
「ええ、働くことは大事よね。はぁ…てっきり明日の宿代もないくらいお金に困ってるかもって仕事に誘ったのに、余計なお世話だったわけね」
「そんなことないって。私らを心配して誘ってくれたのは素直に嬉しいもの。だから、チコニアさんが困ってるなら手伝わせてよ。人手が必要なのは本当なんだよね?」
「それはそうだけど…いいの?ここには遊びに来たんでしょう?」
「いいのいいの。私、賭博とかやっぱり得意じゃないし、今日ので懲りたもん」
実際の所、ギャンブルというのはビギナーズラックで儲けられるチャンスは意外と少ない。
単純に最初に上手く勝った人間の声がでかいだけで、幸運に恵まれた数自体は多くないのだ。
初めて手を出したギャンブルでいい目を見れずに、そのままフェードアウトというのも珍しくない。
パーラも俺もその例に漏れず、恐らくカジノにまた行く機会はないと思える。
予定としてファルダイフに滞在する期間はまだ長く、カジノ以外だと何か祭り的なイベントを楽しむつもりだが、それも毎日あるわけではないので、どうしても暇な時間というのはできてしまう。
ならばその暇な時ぐらい、チコニアを手伝うのもいいとパーラは考えたのだろう。
「アンディはどうなの?パーラはこう言ってくれたけど、できればあなたにも手伝ってほしいわね。無理強いはしないけど」
「…まぁパーラがこの調子なんで、俺だけ街で遊ぶって気にはなりませんからね。一応、話を聞かせてもらってからの判断でもいいですか?」
もうパーラはチコニアと仕事をする気満々なので、そこはどうしようもない。
ここでパーラを放って俺だけファルダイフをエンジョイするのはなんだか後ろめたい。
チコニアの話次第では、仕事を手伝うのも一つの選択肢になるだろう。
「ええ、構わないわ。じゃあまずは…この街の状況から教えたほうがいいかしらね。あなた達、今ファルダイフで二つの勢力が水面下で争ってるってのは知ってるかしら?」
「二つの勢力ですか。街の権力者と破落戸の対立ぐらいなら、どこにでもありそうですけど」
よっぽどガチガチに取り締まってもいない限り、どの街にもスラムというのは作られるもので、大抵そういうところを仕切っているのは、所謂裏社会の連中だ。
カジノというどこかグレー臭の漂う遊戯をメインとしているだけあって、ファルダイフにもマフィアのような勢力はいてもおかしくはない。
一日で動く金の額を考えると、カジノを資金源としているマフィアはこの街にもそれなりにいそうだ。
実際、今日俺達が行ったカジノには、店側の人間に明らかに堅気ではないと分かるのもいたため、恐らく大手のカジノにはそういう人種が経営をしているのも多いのだろう。
そうなると、チコニアの言う二つの勢力の対立もこういったものが関わっているのかもしれない。
「そんな単純なのだったら、どっちを叩けばいいのか分かりやすいから楽なんだけどねぇ。揉めてるのはどっちも裏の連中なのよ。片方は昔からファルダイフに根付いてる連中で、もう片方は最近勢力を伸ばしてる連中。後者の方は他所から来たらしいんだけど、やり口がちょっとひどくて、一般の人間にも被害が出てるわね」
表と裏の争いかと思っていたら、マフィア同士の抗争だったか。
昔からいる組織に、新しく勢力を伸ばしてきた組織がちょっかいを出し、それが大きくなっていって一般人にも被害が出るまでになっているのだろう。
しかし、法を守ると言えない人種が集団で対立して、しかも堅気にまで被害を出すほどの規模で争っているとなると、本来ならファルダイフを預かる代官か領主が掃討に動くレベルだ。
「そこまでとなると、領主とかが鎮圧に動くのでは?」
「本来ならそうなんだけど、ファルダイフは色々な利権やら貴族の思惑やらでゴチャゴチャしてるもんだから、迂闊にどこまで討伐の対象にするのか難しいのよ。大きい声じゃ言えないけど、どこぞの貴族が裏の連中とズブズブの関係ってのはよくあるらしいわ」
政治家や金持ちは絶対にヤクザと手を結んでいるというのは、どこの世界も同じだな。
下手に権力者と繋がりのある場所にまで被害を出すと、損をした貴族が騒ぐか、さらに別の勢力を引き込んでもっと面倒な事態になるかしかねない。
それに、どうせこの世界のマフィアも無駄に仲間意識はしっかりしてそうだし、復讐されるのを危惧すると簡単に手を出すのも躊躇われる。
「ちょっと待って。チコニアさんがその話をするってことは、もしかして私らに手伝ってほしいのってその裏の連中の争いに絡んでる?そういうの私嫌なんだけど」
ここまで話を聞き、顔をしかめたパーラがチコニアに釘を刺す。
その話しぶりからして、チコニアの頼みにはマフィア同士の抗争が少なからず関わっているのは何となく推測できる。
冒険者という仕事柄、完全に潔癖ではいられないのだが、それにしてもこちらから積極的にマフィアに近付いていくのは気が進まないものだ。
「そう思うのは分かるけど、実際はちょっと違うわね。私に仕事を頼んできてるのは天地会なのよ。で、その天地会自体は真っ当な商会なんだけど、実は運営の一部じゃ裏の連中と付き合いもあってね」
天地会は俺達が泊まる宿の運営にはじまり、この街でも様々な業種と繋がりのある大手の商会だと聞く。
商人ギルドにもちゃんと登録しており、提携する商人もかなりの数となるため、ファルダイフでは筆頭の地位にある商会と言っていい。
それだけに、街の暗部とも付き合いがあるのはおかしいことではなく、あれだけの規模で商売をやれている現状で潔白だと言われると逆に怪しく感じてしまう。
「さっきも言った、元からファルダイフで根付いてる裏の人間ってのが天地会とつながりがあって、そこからの依頼が私にまで来たってわけね。依頼自体は天地会を通してるけど、大元は裏の組織ってことだから、この点が嫌なら断ってくれていいわ。どう?」
一応こちらに判断を委ねてはいるが、チコニアからどこか縋る様な目を向けられ、俺とパーラは一度顔を見合わせ、小さく頷いた。
「…チコニアさんにそんな顔されたら断れないよ。でもその裏の奴らは私らになにをさせようってのさ?敵対してるのを潰すための兵隊になれってんじゃあないよね?」
「そこは大丈夫よ。私に来てる依頼は、天地会系列の店への護衛任務だから。どうも天地会が抗争の黒幕みたいに連中には思われてるらしくてね。最近は直接関係ないはずの店の方にまで来て暴れるのも増えてるのよ。だから、昼間みたいに襲撃して来たら撃退はしてもらうけど、こちらから打って出ることはしなくていいわ」
マフィア同士の抗争というのは、表立ってドンパチやることは多くない。
そんなのは基本、どちらの勢力もが事態が極まってからだ。
それまでは、相手の縄張りへチクチク嫌がらせをして敵のリアクションとタイミングを計るぐらいに留まる。
基本的に天地会の運営する店は堅気だが、だからこそソフトターゲットとして狙いやすいと判断し、そこを襲おうとも考えるわけだ。
当然、天地会も黙って見ているわけもなく、護衛を雇って正当防衛を果たそうとしているのだろう。
もっとも、昔気質のマフィア側としても、裏切りやスパイの可能性も考え、多少腕が立っても部外者をいきなり自分達の抗争のど真ん中には引き込みはしないはずだ。
「まぁそれぐらいならいいかな。じゃあ私ら三人でどこかの店の護衛に立つって感じ?」
「流石に魔術師三人をまとめて一軒の店舗の護衛に着かせるのは勿体ないわね。私らは魔術師として単独でもそこそこやれるから、それぞれ別の店に回されるでしょうね」
単体で高い戦闘能力を持つ魔術師は、一人いるだけで実戦闘でも抑止力としても十分に役には立つ。
新興勢力の方は頭の悪い襲撃を繰り返しそうな印象だし、魔術師が店舗の護衛についていると連中も知ればしりごみし、護衛任務も楽になるかもしれない。
「あなた達二人がどの店に回されるか、私の方でも多少は口出しできるけど、希望とかある?」
「希望と言っても、俺達は天地会がどういう店を運営してるか知りませんし」
「うんうん。だからチコニアさんの判断で振り分けちゃっていいよ」
「私の判断って…そう言うのが一番困るのよねぇ。…あ、でもアンディにはぜひ行って欲しいところがあるわね。多分、あそこの護衛は男のあなたが適任だから」
今日の夕食を決める母親の気分で悩ましそうにしたチコニアだったが、俺の顔を見て何か閃いたような表情をする。
「俺が適任って…変な店じゃないでしょうね?」
一般に抑止力の観点からも護衛の仕事は男が向いているそうだが、この口ぶりから特定の店舗に俺を行かせたいチコニアの狙いはなんなのか。
面倒な場所は正直お断りだ。
そもそも、俺はパーラほどチコニアのこの頼みに前向きには―
「大丈夫、ちゃんとした店よ。東の通りにある『愛のサーク』って娼館なんだけど」
「行きましょう」
「判断が早い」
思わず即答してしまい、チコニアが若干引いてしまったがそんなことはどうでもいい。
いまいちやる気が起きなかったが、娼館が仕事場となると事情が変わる。
なにせ、この世界での性サービスの代表と言える娼館は、男にとっての憧れ、聖域と言ってもいい。
ピンキリだが利用には決して安くない金がかかることから、言動のおかしな人間が内部で働くことはできないため、護衛としての仕事すらあまり外部に委託しないと聞く。
そこに潜り込めるとは、なんと幸運なことか。
実は前々から、娼館には興味があった。
俺も男だし、金があるのなら一度ぐらいは利用しようとも思ったのだが、あまり衛生観念のよろしくない世界でそういう仕事に着く女性とアレしてもいいのかという不安もある。
それに、何故か俺が娼館へ行こうとすると、勘のいいパーラがそれとなく邪魔して悉く機会を逸していた。
『一度でいいから行ってみたい、男のエロい夢をかなえる場、歌〇です』
そんなスローガンの下、チコニアの依頼という大義名分を手に出来るのなら、喜んで仕事に臨みたい。
娼館の護衛ともなれば、キャストの女性達から頼られてキャッキャウフフもないこともないと思う。
夢が広がってたまらんな。
「…アンディ、なんかいやらしいこと考えてるでしょ」
先に控えている輝かしい未来を想像して拳を握る俺の背中に、氷柱が滑り込むような寒気が走る。
その寒気の原因は、テーブルに置かれている肉塊にナイフをズドンと突き立てたパーラだ。
こちらへ向けられる目には殺気すら籠っている。
「おお俺がいつそんな、いやらしいことなんて!バカお前!お前…バカ野郎ぅっ!」
いやらしいことならまさに今考えていたわけだが、それを言えばこの目の据わった化け物女がどんなことをしてくるか分かったものではないので、ここは冷静に諭す。
完璧なとぼけ方だ、俺じゃなきゃ気付かれちゃうね。
「こうまで分かりやすいほどに動揺するとは。ねぇチコニアさん、その娼館の護衛って私も行かせてよ。アンディ一人で行かせるのは不安だし」
「え」
夢の職場だと思ったら、パーラの監視付きで男の夢が潰える可能性を感じて、思わず間抜けな声が漏れた。
こいつはさも俺を案じているようなことを言ってその実、娼館での桃色の楽しみを阻止しようとしてるのは明らかだ。
なんて悪い奴だ、蛇め…蛇め蛇め蛇め蛇め!
「それは駄目。さっき言ったでしょ。男のアンディだから任せるって。パーラ、あなた娼館がどういう所だか知ってる?」
おや?なにやら雲行きがよくなってきたぞ。
チコニアのこの言い様、これは俺に対する追い風になるかもしれん。
いいぞ、もっとやれ。
「それぐらい知ってるよ。女の人が男の人とやらしいことするところでしょ」
ざっくりしてるな。
間違ってないが。
「まぁその認識でもいいけど、そう言う場所だから、体を売らない女がいると却って興味を引いて面倒な誘いが増えるもんなのよ。だから、私やあんたはそっちにはいけないの」
チコニアは経験があるのか、実に嫌そうな顔で理由を話してくれたが、確かにそれならパーラは行かせられないな。
男というのは下半身で生きているため、たとえ娼婦でなかろうと、そういう目的で訪れた場では娼婦以外の女とも繋がろうとするアホで汚い生き物なのだ。
護衛だと言い張っても、粉をかけてくる男は少なくないだろう。
チコニアの忠告には理解を示しはしたが、それでも頬を膨らませて不機嫌そうなパーラが俺を見てくる。
そんな顔をしたところで、どうしようもない。
ここは俺を信じて、娼館へと送りだしてもらいたい。
俺だって決して不純な目的ではなく、仕事で行くのだ。
いやらしいなどと、心外な。
きちんと護衛としての任を果たし、チコニアへの義理を果たすことは約束しよう。
ぐへへへ。
スロットマシンにルーレット、ポーカー、ブラックジャック、バカラにシックボーといった、カジノといえばこれと名が上がるゲームなら、ルールぐらいは把握している。
これらのゲームのいいところは、誰もが知っている有名なものであるがゆえに、国が変われどどこでも同じように楽しめるというところだろう。
言葉も風習も関係なく、統一されたルールの中で運と才覚を武器に戦うギャンブルは、国境のない交流・戦争と評してもいい。
だがそれらのゲームも、流石に異世界までには名が及んでいなかった。
こちらの世界だと、先に上げたゲームと似てはいるが全く同じというものはなく、ローカルルールの縛りのような違いが多々見られる。
過去にいたと思われる地球からの転移者も、トランプは普及させたくせにカジノのゲームにはあまり関与していなかったのだろうか。
ファルダイフにいくつかある大手のカジノは、どこもギルドカードなどを使った身分証明さえできれば簡単に入場できる。
特にドレスコードなどもなく、よっぽどおかしな格好でもしていなければ、さほど敷居も高くない。
ただし、中でゲームを遊ぶには一定額以上のお金をカジノ側に預ける必要があり、その預けたお金がチップに変換されてプレイヤーへ渡り、カジノ内のギャンブルで使うというわけだ。
俺とパーラもまずは試しにと手持ちの金をいくらかチップに変えてカジノに足を踏み入れてみたが、盛況な店内にいくつもあるテーブルは悲喜こもごも、様々な客で賑わっている。
地球でよく知るゲームと完全同一のものは何一つとして見られず、よく似てはいるが非なるゲームばかりというのは、違和感と共に新鮮さも覚えてなかなか興味深い。
その中のテーブルの一つに注目すると、そこではバカラと似ているゲームが行われていた。
鼻息の荒い客達と冷静なディーラーの間にトランプとチップが置かれた光景は、一見するとまさにバカラそのものだ。
ただ、テーブルの上には見知らぬ道具が置かれており、プレイヤーが時折をそれを使って何やらしているところが俺の知るバカラとの違いだろうか。
さらに、俺が知るカジノの様子とは大きく違うのが、ディーラーとプレイヤー以外に二人ほど、ゲームが行われているテーブルの傍に鋭い目をして立つ者がいるところだ。
そこらを歩いていた店の人間に尋ねてみたところ、あれは単なる無神経な観客などではなく、イカサマが行われていないかを見張るために、カジノ側の用意した人間だそうだ。
地球のカジノでも、客にはそれと分かりにくいようにイカサマを監視する人員を用意しているらしいが、ああもあからさまに監視してますと言わんばかりに見られるのはいかがなものか。
俺なら気になってゲームに集中できない気がする。
もっとも、客は監視など気にもせずにゲームを楽しんでいるようだし、こっちの世界ではあれが当たり前というわけだ。
魔術という超常の力が存在する世界だけに、こういった場所では魔術を使ったイカサマを警戒するのは当然で、ああして監視する人間は魔力の流れなどを察知する特殊な能力を持っているのだろう。
なにせついさっきも、魔術でイカサマを仕掛けたバカな客が、厳つい男達に連れられてどこかへ連行されていったばかりだ。
滅多にないとはいえそういうバカをやる人間は絶えることはないので、各テーブルはしっかりと監視されているとのこと。
これは俺もイカサマは絶対にやれないな、危ない危ない。
「お、アンディ、あっちで嘘つきの利き手やってるよ!」
あちこちを見ながらテーブルの間を歩き回っていた俺達は、他のエリアから一段高くなっているスペースで見覚えのあるゲームが行われているのを見つけた。
パーラが言ったように、嘘つきの利き手だ。
いくつかのテーブルで各グループがそれぞれプレイしているのを、周りに集まっている客が見て楽しむという、地球のカジノでは稀によくある光景だ。
俺達もその群れの中の一つに加わり、たった今ラウンドが始まったゲームを見学する。
この嘘つきの利き手は、基本的なルールさえ守れれば使う道具は自由という大雑把さが大衆に受けているのだが、流石はカジノだけあって専用の道具が使われているのはスタイリッシュで見ていて気持ちがいい。
まずゲームの初めで場に置かれた山札から無作為にカードを四枚ひき、それを伏せた状態でゲームスタート。
ディーラー一人に客が五人、トランプとは違う様式で数字の書かれたカードと、形がそれぞれ異なる石を手にし、カードの交換やチップのベットを忙しなく行う。
ここでプレイヤーは、交換の際に場に捨てた他人のカードを自分のものと入れ替えることもできる。
手札が四枚という数を越えさえしなければこれはどのタイミングでやってもいい。
ただし、手札を交換できるのは一度だけなので、捨て札と山札のどちらから引くかはプレイヤーの判断次第。
同じ札を狙うプレイヤーと被った場合は、自分が持つ石の形により、捨て札の数字と照らし合わせて優先権が変わる。
他のプレイヤーがどの数字を狙っているのかはこれで分かるため、手札の役を推測されるか誤認させるかの駆け引きも醍醐味の一つだ。
こうして見ると、麻雀とテキサスホールデムが混ざっているように思えるのは、ギャンブルの発展は似た方向になるからか。
「これにて手札の交換は終了です。では皆さま、手元の札を開示してください」
手札に満足がいかなかった何人かがゲームを降り、参加料と上乗せ分のチップがテーブルに出されたところで、プレイヤーの手札が一斉にオープンとなる。
テキサスホールデムと異なる点は、先にプレイヤーの手札がオープンされてから、場の伏せ札が一枚ずつ開かれていくというところだ。
一枚伏せ札が捲られるたび、どういう役が作られているのか分かり、感嘆の声と悲鳴が上がる。
最終的には特にブタではったりを利かせるなどといったこともなく、無難な役のプレイヤーが勝って終わった。
「周りのお客様でどなたか、参加する方はいますか?」
ここでプレイヤーが何人か、手元の資金が尽きたのかテーブルを離れたため、ディーラーが周囲に集まっている客に声をかけて途中参加を勧めてきた。
人数が少なくてもプレイには問題はないが、あまりにも少ないと盛り上がりに欠けるからだ。
「参加する方ーだって。どうする?アンディ」
こちらへ対応を投げかけるようなことを口にしているが、パーラの目はゲームに参加する気満々で、俺の答えがどうだろうとテーブルに着くことはもう決めているに違いない。
つい最近ハマったゲームだけに、目の前で他人がやっているのを見てパーラがうずうずしていたのは、隣に立つ俺には十分伝わっていた。
「まぁせっかく来たんだし、ちょっとやってくか」
「そうこなくっちゃ。はいはーい!二人参加するよ!」
俺とパーラの参加をディーラーに告げ、二人で空いている椅子に腰かけるとすぐに手札が配られ、ゲームが開始された。
賭け金は俺とパーラが最初のラウンドということもあって、まずは控えめな額で様子見といきたいところだ。
手札は…うん、悪くない。
というか、かなりいい。
他のプレイヤーの捨て札次第では、スタートダッシュもできそうだ。
まず最初に流れを引き寄せ、心の余裕をもって後のラウンドを乗り切る。
となると、レイズも少し強気にして、周りにプレッシャーをかけるのも手か。
果たしてどう攻めるのがいいのか、悩ましくもあるが楽しくもある。
やり始める前はそうでもなかったが、いざスタートするとこうも気分が高まるとは。
なんだかワクワクしてくっぞ!
「で、二人して有り金全部持っていかれたってわけ?呆れるわねぇ」
「ぐっ」
俺達のギャンブルの結果を聞き、夕食を摂る手を止めないままジトリとした目を向けてくるチコニア。
結局カジノでは負けに負け、財布の中を空にして去るしかなかった俺達は、そうチコニアに言われては返す言葉もない。
「途中まではよかったんだけどねぇ。私もアンディも何回か掛け金上乗せで勝ってさ、まぁそこで止めとけばよかったんだけど…」
「勝てたもんだから調子に乗って別のに手を出して、勝ち分が一気に消えたんでしょ?この街じゃよく聞く話だわ」
実は嘘つきの利き手に限れば、俺とパーラはそこそこ稼いでゲームを終えることができていた。
そこでカジノを去れば、小金が入った懐の暖かさに満足したのだが、人間、勝ちを覚えると気が大きくなるもので、その後にいくつかやった別のゲームでは悉く負けてしまい、結局財布を空にしてカジノを後にする結果となってしまった。
チコニアとの夕食の約束があったから引き上げたが、もしもそれがなければ今頃は口座の金をもっとつぎ込んでいたかもしれない。
自分は自制心がある人間だと思ったが、カジノのあの空気に触発されて財布の中身をすべて吐き出したのには、今思うとゾッとしてしまう。
カジノという場の恐ろしさの片鱗を味わった今日この頃。
「賭博ってのは大体、最終的に胴元が勝つようになってるものなのよ。それを知った上で、自分がどこまで賭けるかを見極めなきゃ一生負けたままね」
「…詳しいね、チコニアさん。結構やってる?」
妙に実感の籠ったチコニアの言葉に、パーラは料理を突いていた手を止めて胡乱気な目を向ける。
ついさっきはギャンブルで有り金をスった俺達に呆れていたチコニアが、実体験を伴っているとしか思えないことを口にしたのが気になったのだろう。
「ま、私もこの街は初めてじゃないからね。痛い目だって何度か見てるし、おいしい思いをしたこともあるもの」
チコニアもこれで人生経験豊富だし、ギャンブルで一喜一憂した過去はあっても不思議ではない。
今でこそ黄一級で稼ぎもいいチコニアだが、その何度か見た痛い目ではどんな目にあったのだろう。
鉄骨渡りとかか?
「ところであなた達、賭博場から泣いて帰って来たわけだけど」
「いや、別に泣いてませんでしたが」
大負けして落ち込んでカジノを離れたのは確かだが、泣いてなどはしていなかった。
仮にそうだったとしても、その時目から出ていたのはきっと心の汗だ。
「細かいことはいいのよ。ともかく、有り金を全部賭博で失ったんなら、お金が必要でしょ?ならファルダイフにいる間、私の仕事を手伝わない?知り合いから頼まれた仕事があるんだけど、ちょっと人手が欲しいのよ」
「仕事、ですか」
どうやらチコニアは俺達がギルドで全財産を失ったと思い、仕事を斡旋しようとしているらしい。
カジノで素寒貧になった自業自得の人間に手を差し伸べるとは、何という優しさか。
ただ、少し前の俺達なら膝を着いて感謝していただろうが、今の俺達は口座にアホみたいな額の蓄えがあるため、今の手持ちがなくなってもすぐに生活が苦しくはならない。
チコニアのこの申し出は正直、ファルダイフへ遊びに来ている身としてはあまり気が乗らない。
知り合いが苦境に喘いでいるのなら手を差し伸べるは吝かではないが、このチコニアの言い様だと、多少困ってはいるが切羽詰まっているというほどではなさそうだ。
ここはちゃんと口座に蓄えがあることを伝え、誘いを断りたい。
「その仕事ってさ、昼間チコニアさんが騒いでたのと関係あるやつ?」
だが俺が断りの言葉を口にするよりも早く、パーラが前のめりでチコニアの話しに食いついてしまった。
「おいパーラ、まだ受けるとは―」
「いいじゃん、話ぐらいは聞こうよ。チコニアさんも困ってるみたいだし」
報酬がどうのというよりも、チコニアが困っているから心が動かされたらしく、どうにもパーラは手伝いに乗り気のようだ。
別に俺達の経済事情なら、今日カジノでスった金額は微々たるものだというのに。
「そりゃ困ってるのは分かるけどよ、俺達はここに仕事しに来たんじゃないだろ。賭けで多少金は減ったけど、大したもんでもないだろ」
「まぁそうだけど、でもチコニアさんが人手欲しいって言うからさぁ」
「…ひょっとしてあなた達、賭博で持ち金がなくなってもあんまり困らない?」
今の俺達のやり取りが分かりやすかったのか、そこまで金銭的に困っていないのを察したチコニアがバツの悪そうな顔を見せる。
金に困った知り合いを助けようとしたのが、実際は必要のない親切だったと気付いた人の顔というのはこんな感じか。
「うん、私らちょっと前に大きく稼いでてさ。あ、でもちゃんと冒険者として仕事はしてるよ?労働は尊いって、アンディも言ってたし」
「ええ、働くことは大事よね。はぁ…てっきり明日の宿代もないくらいお金に困ってるかもって仕事に誘ったのに、余計なお世話だったわけね」
「そんなことないって。私らを心配して誘ってくれたのは素直に嬉しいもの。だから、チコニアさんが困ってるなら手伝わせてよ。人手が必要なのは本当なんだよね?」
「それはそうだけど…いいの?ここには遊びに来たんでしょう?」
「いいのいいの。私、賭博とかやっぱり得意じゃないし、今日ので懲りたもん」
実際の所、ギャンブルというのはビギナーズラックで儲けられるチャンスは意外と少ない。
単純に最初に上手く勝った人間の声がでかいだけで、幸運に恵まれた数自体は多くないのだ。
初めて手を出したギャンブルでいい目を見れずに、そのままフェードアウトというのも珍しくない。
パーラも俺もその例に漏れず、恐らくカジノにまた行く機会はないと思える。
予定としてファルダイフに滞在する期間はまだ長く、カジノ以外だと何か祭り的なイベントを楽しむつもりだが、それも毎日あるわけではないので、どうしても暇な時間というのはできてしまう。
ならばその暇な時ぐらい、チコニアを手伝うのもいいとパーラは考えたのだろう。
「アンディはどうなの?パーラはこう言ってくれたけど、できればあなたにも手伝ってほしいわね。無理強いはしないけど」
「…まぁパーラがこの調子なんで、俺だけ街で遊ぶって気にはなりませんからね。一応、話を聞かせてもらってからの判断でもいいですか?」
もうパーラはチコニアと仕事をする気満々なので、そこはどうしようもない。
ここでパーラを放って俺だけファルダイフをエンジョイするのはなんだか後ろめたい。
チコニアの話次第では、仕事を手伝うのも一つの選択肢になるだろう。
「ええ、構わないわ。じゃあまずは…この街の状況から教えたほうがいいかしらね。あなた達、今ファルダイフで二つの勢力が水面下で争ってるってのは知ってるかしら?」
「二つの勢力ですか。街の権力者と破落戸の対立ぐらいなら、どこにでもありそうですけど」
よっぽどガチガチに取り締まってもいない限り、どの街にもスラムというのは作られるもので、大抵そういうところを仕切っているのは、所謂裏社会の連中だ。
カジノというどこかグレー臭の漂う遊戯をメインとしているだけあって、ファルダイフにもマフィアのような勢力はいてもおかしくはない。
一日で動く金の額を考えると、カジノを資金源としているマフィアはこの街にもそれなりにいそうだ。
実際、今日俺達が行ったカジノには、店側の人間に明らかに堅気ではないと分かるのもいたため、恐らく大手のカジノにはそういう人種が経営をしているのも多いのだろう。
そうなると、チコニアの言う二つの勢力の対立もこういったものが関わっているのかもしれない。
「そんな単純なのだったら、どっちを叩けばいいのか分かりやすいから楽なんだけどねぇ。揉めてるのはどっちも裏の連中なのよ。片方は昔からファルダイフに根付いてる連中で、もう片方は最近勢力を伸ばしてる連中。後者の方は他所から来たらしいんだけど、やり口がちょっとひどくて、一般の人間にも被害が出てるわね」
表と裏の争いかと思っていたら、マフィア同士の抗争だったか。
昔からいる組織に、新しく勢力を伸ばしてきた組織がちょっかいを出し、それが大きくなっていって一般人にも被害が出るまでになっているのだろう。
しかし、法を守ると言えない人種が集団で対立して、しかも堅気にまで被害を出すほどの規模で争っているとなると、本来ならファルダイフを預かる代官か領主が掃討に動くレベルだ。
「そこまでとなると、領主とかが鎮圧に動くのでは?」
「本来ならそうなんだけど、ファルダイフは色々な利権やら貴族の思惑やらでゴチャゴチャしてるもんだから、迂闊にどこまで討伐の対象にするのか難しいのよ。大きい声じゃ言えないけど、どこぞの貴族が裏の連中とズブズブの関係ってのはよくあるらしいわ」
政治家や金持ちは絶対にヤクザと手を結んでいるというのは、どこの世界も同じだな。
下手に権力者と繋がりのある場所にまで被害を出すと、損をした貴族が騒ぐか、さらに別の勢力を引き込んでもっと面倒な事態になるかしかねない。
それに、どうせこの世界のマフィアも無駄に仲間意識はしっかりしてそうだし、復讐されるのを危惧すると簡単に手を出すのも躊躇われる。
「ちょっと待って。チコニアさんがその話をするってことは、もしかして私らに手伝ってほしいのってその裏の連中の争いに絡んでる?そういうの私嫌なんだけど」
ここまで話を聞き、顔をしかめたパーラがチコニアに釘を刺す。
その話しぶりからして、チコニアの頼みにはマフィア同士の抗争が少なからず関わっているのは何となく推測できる。
冒険者という仕事柄、完全に潔癖ではいられないのだが、それにしてもこちらから積極的にマフィアに近付いていくのは気が進まないものだ。
「そう思うのは分かるけど、実際はちょっと違うわね。私に仕事を頼んできてるのは天地会なのよ。で、その天地会自体は真っ当な商会なんだけど、実は運営の一部じゃ裏の連中と付き合いもあってね」
天地会は俺達が泊まる宿の運営にはじまり、この街でも様々な業種と繋がりのある大手の商会だと聞く。
商人ギルドにもちゃんと登録しており、提携する商人もかなりの数となるため、ファルダイフでは筆頭の地位にある商会と言っていい。
それだけに、街の暗部とも付き合いがあるのはおかしいことではなく、あれだけの規模で商売をやれている現状で潔白だと言われると逆に怪しく感じてしまう。
「さっきも言った、元からファルダイフで根付いてる裏の人間ってのが天地会とつながりがあって、そこからの依頼が私にまで来たってわけね。依頼自体は天地会を通してるけど、大元は裏の組織ってことだから、この点が嫌なら断ってくれていいわ。どう?」
一応こちらに判断を委ねてはいるが、チコニアからどこか縋る様な目を向けられ、俺とパーラは一度顔を見合わせ、小さく頷いた。
「…チコニアさんにそんな顔されたら断れないよ。でもその裏の奴らは私らになにをさせようってのさ?敵対してるのを潰すための兵隊になれってんじゃあないよね?」
「そこは大丈夫よ。私に来てる依頼は、天地会系列の店への護衛任務だから。どうも天地会が抗争の黒幕みたいに連中には思われてるらしくてね。最近は直接関係ないはずの店の方にまで来て暴れるのも増えてるのよ。だから、昼間みたいに襲撃して来たら撃退はしてもらうけど、こちらから打って出ることはしなくていいわ」
マフィア同士の抗争というのは、表立ってドンパチやることは多くない。
そんなのは基本、どちらの勢力もが事態が極まってからだ。
それまでは、相手の縄張りへチクチク嫌がらせをして敵のリアクションとタイミングを計るぐらいに留まる。
基本的に天地会の運営する店は堅気だが、だからこそソフトターゲットとして狙いやすいと判断し、そこを襲おうとも考えるわけだ。
当然、天地会も黙って見ているわけもなく、護衛を雇って正当防衛を果たそうとしているのだろう。
もっとも、昔気質のマフィア側としても、裏切りやスパイの可能性も考え、多少腕が立っても部外者をいきなり自分達の抗争のど真ん中には引き込みはしないはずだ。
「まぁそれぐらいならいいかな。じゃあ私ら三人でどこかの店の護衛に立つって感じ?」
「流石に魔術師三人をまとめて一軒の店舗の護衛に着かせるのは勿体ないわね。私らは魔術師として単独でもそこそこやれるから、それぞれ別の店に回されるでしょうね」
単体で高い戦闘能力を持つ魔術師は、一人いるだけで実戦闘でも抑止力としても十分に役には立つ。
新興勢力の方は頭の悪い襲撃を繰り返しそうな印象だし、魔術師が店舗の護衛についていると連中も知ればしりごみし、護衛任務も楽になるかもしれない。
「あなた達二人がどの店に回されるか、私の方でも多少は口出しできるけど、希望とかある?」
「希望と言っても、俺達は天地会がどういう店を運営してるか知りませんし」
「うんうん。だからチコニアさんの判断で振り分けちゃっていいよ」
「私の判断って…そう言うのが一番困るのよねぇ。…あ、でもアンディにはぜひ行って欲しいところがあるわね。多分、あそこの護衛は男のあなたが適任だから」
今日の夕食を決める母親の気分で悩ましそうにしたチコニアだったが、俺の顔を見て何か閃いたような表情をする。
「俺が適任って…変な店じゃないでしょうね?」
一般に抑止力の観点からも護衛の仕事は男が向いているそうだが、この口ぶりから特定の店舗に俺を行かせたいチコニアの狙いはなんなのか。
面倒な場所は正直お断りだ。
そもそも、俺はパーラほどチコニアのこの頼みに前向きには―
「大丈夫、ちゃんとした店よ。東の通りにある『愛のサーク』って娼館なんだけど」
「行きましょう」
「判断が早い」
思わず即答してしまい、チコニアが若干引いてしまったがそんなことはどうでもいい。
いまいちやる気が起きなかったが、娼館が仕事場となると事情が変わる。
なにせ、この世界での性サービスの代表と言える娼館は、男にとっての憧れ、聖域と言ってもいい。
ピンキリだが利用には決して安くない金がかかることから、言動のおかしな人間が内部で働くことはできないため、護衛としての仕事すらあまり外部に委託しないと聞く。
そこに潜り込めるとは、なんと幸運なことか。
実は前々から、娼館には興味があった。
俺も男だし、金があるのなら一度ぐらいは利用しようとも思ったのだが、あまり衛生観念のよろしくない世界でそういう仕事に着く女性とアレしてもいいのかという不安もある。
それに、何故か俺が娼館へ行こうとすると、勘のいいパーラがそれとなく邪魔して悉く機会を逸していた。
『一度でいいから行ってみたい、男のエロい夢をかなえる場、歌〇です』
そんなスローガンの下、チコニアの依頼という大義名分を手に出来るのなら、喜んで仕事に臨みたい。
娼館の護衛ともなれば、キャストの女性達から頼られてキャッキャウフフもないこともないと思う。
夢が広がってたまらんな。
「…アンディ、なんかいやらしいこと考えてるでしょ」
先に控えている輝かしい未来を想像して拳を握る俺の背中に、氷柱が滑り込むような寒気が走る。
その寒気の原因は、テーブルに置かれている肉塊にナイフをズドンと突き立てたパーラだ。
こちらへ向けられる目には殺気すら籠っている。
「おお俺がいつそんな、いやらしいことなんて!バカお前!お前…バカ野郎ぅっ!」
いやらしいことならまさに今考えていたわけだが、それを言えばこの目の据わった化け物女がどんなことをしてくるか分かったものではないので、ここは冷静に諭す。
完璧なとぼけ方だ、俺じゃなきゃ気付かれちゃうね。
「こうまで分かりやすいほどに動揺するとは。ねぇチコニアさん、その娼館の護衛って私も行かせてよ。アンディ一人で行かせるのは不安だし」
「え」
夢の職場だと思ったら、パーラの監視付きで男の夢が潰える可能性を感じて、思わず間抜けな声が漏れた。
こいつはさも俺を案じているようなことを言ってその実、娼館での桃色の楽しみを阻止しようとしてるのは明らかだ。
なんて悪い奴だ、蛇め…蛇め蛇め蛇め蛇め!
「それは駄目。さっき言ったでしょ。男のアンディだから任せるって。パーラ、あなた娼館がどういう所だか知ってる?」
おや?なにやら雲行きがよくなってきたぞ。
チコニアのこの言い様、これは俺に対する追い風になるかもしれん。
いいぞ、もっとやれ。
「それぐらい知ってるよ。女の人が男の人とやらしいことするところでしょ」
ざっくりしてるな。
間違ってないが。
「まぁその認識でもいいけど、そう言う場所だから、体を売らない女がいると却って興味を引いて面倒な誘いが増えるもんなのよ。だから、私やあんたはそっちにはいけないの」
チコニアは経験があるのか、実に嫌そうな顔で理由を話してくれたが、確かにそれならパーラは行かせられないな。
男というのは下半身で生きているため、たとえ娼婦でなかろうと、そういう目的で訪れた場では娼婦以外の女とも繋がろうとするアホで汚い生き物なのだ。
護衛だと言い張っても、粉をかけてくる男は少なくないだろう。
チコニアの忠告には理解を示しはしたが、それでも頬を膨らませて不機嫌そうなパーラが俺を見てくる。
そんな顔をしたところで、どうしようもない。
ここは俺を信じて、娼館へと送りだしてもらいたい。
俺だって決して不純な目的ではなく、仕事で行くのだ。
いやらしいなどと、心外な。
きちんと護衛としての任を果たし、チコニアへの義理を果たすことは約束しよう。
ぐへへへ。
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