世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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マルスベーラ入場(真っ当)

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 世には数多の称号がある。
 有名所では『勇者』や『賢者』、『英雄』といったものが、個人の功績に対して贈られる最上級の称号として知られている。

 これらの称号は国や団体などから与えられるものであり、勝手に名乗るのは許されていない。
 もしも称号を騙って悪事を働いたり不当に利益を得たりすれば、土地によっては極刑は免れないほどだとか。
 飲みの席でその場限りのおふざけに名乗るのならグレーとして見逃されるが、それを鵜呑みにしてあちこちで吹聴して回った酔っ払いの末路は笑い話にもできない。

 よく勘違いされているが、称号とはあくまでも称号であり、職業を指すものではない。
 特殊な職に付随する称号というのもなくはないが、職業を名乗る際に『勇者』や『英雄』と大っぴらに名乗ると笑われてしまう。
 なにせそれらの称号というのは、大抵が死後、偉業を成した個人へ与えられることが多いからだ。

 特に勇者などと生きているうちに自ら名乗りでもしたら、痛い子を見る世間の目を避けることはまずできないだろう。
 そもそも魔王あっての勇者であり、ちょっと腕っぷしがいい二枚目がハーレムを築いた末の勇者認定など、虚飾も過ぎて白けてしまう。

 ただ、生きている間に称号を手にする例も確かに存在する。
『賢者』や『聖女』といった、謂わば特殊な分野での象徴に祭り上げられるケースがこれに当たる。
 学問や技術の進歩に大きく貢献した人間を賢者と呼ぶことはままあって、分かりやすいのだとペルケティア教国にいる十七賢人がまさにそうだ。

 ちなみに、世界各国には賢者と呼ぶに相応しい人間はそこそこいるそうだが、国が公に認めて称号まで与えているレベルとなればそう多くはないらしい。
 賢者がそこかしこに粗製乱造されては、人類全体の知識の質も下がりかねないので、この世界の偉い人達は分別があると言える。
 間違っても賢者がチートを笠に着て暴れまわるような世界はあり得ないだろう。

 このように老若男女問わず、功績には等しく報いて称号が与えられる中で、聖女だけは他にはない唯一の条件が存在している。
 それは、女性にのみ限定されている点だ。

 常識的に考えれば当たり前の話だが、聖女と言うからには女性を指すものであり、男性には決して与えられることのない称号だ。
 そもそもヤゼス教が提唱する聖女の定義が、『主ヤゼスの寵愛を受けた果てに、奇跡の術をその身に宿した女性』とだけしか公表されておらず、宗教組織の厚いベールに包まれた未知の存在と言っても過言ではない。

 そんな謎多き聖女だが、癒しの奇跡を宿しているという謳い文句は知れ渡っており、法術士ですら匙を投げる大病大怪我を治せる最後の砦として、一般には認知されている。
 法術の治療を受けるのすら特権階級の独占となっているのに、上位互換である聖女の治療となると、それこそ一国の王クラスにしか権利はないのかもしれない。

 それほどの存在となれば一般人程度では聖女に会うどころか、言葉を交わすことすら普通は不可能なのだが、ここで特殊なコネがあれば話は変わってくる。
 コネと言っても、ちょっとした貴族や聖職者では到底足りない。
 必要なのは、ヤゼス教の司教への直通で話を通せる立場か、聖鈴騎士の序列上位者との繋がりだ。

 どちらも本来なら一般人が手にすることは難しいコネだが、幸いと言うべきか聖鈴騎士の序列上位者に敵対と友好の両方の関係に至った経緯が俺達にはある。

 序列二位のグロウズとは命の取り合いもしたし、巨人相手に共闘もした仲だ。
 こちらは現状だと、色々とあったプラスマイナスでフラットな関係性だと言っていい。
 だが序列六位のキャシーに関しては、俺達と良好な関係を築けていたので、もしも何かを頼るとすればやはり彼女にこそだろう。

 ヤゼス教における聖鈴騎士全体の数はさほど多くはないらしいが、それでも確固たる地位が築かれている役職の中での序列六位だ。
 一位の聖女には相当近い地位であるのは間違いない。

 急に押しかけてきて無茶な頼みをするとなれば、キャシーには迷惑をかけることになるが、俺達には他に手がないのだ。

 礼儀としては先に手紙などで近況を伝えて、協力を取り付けるための返事を待つのが正しい手順だが、その時間すら惜しんだ俺達は、急遽ソーマルガを飛び立ってペルケティアへと向かった。
 ソーマルガに預けていた俺達本来の飛空艇もその際に無事に引き渡されたため、最高速での空の旅の果てに、ペルケティア教国主都マルスベーラ近郊までごく短い日数で来ることができた。






 ペルケティア教国の国土には、峻険な山々が多くみられる。
 国境線を兼ねる山々は、まるで国を守るように領土を囲んでおり、また土地ごとに標高もバラつきが多いせいで、国内の各地域では気候風土に際立った差異も多くみられる。

 街や村は平地に作られることは多いが、比較的山間地の多い中で限られた土地を活用するために、山肌の斜面を利用した所謂棚田のような耕作地があちこちに見られるのも、ペルケティアでは特徴的な景観の一つだ。

 平地が絶望的に不足しているというわけではなく、あくまでも有効利用としての斜面の耕作地ではあるが、そこで作られる果物は普通よりも出来がいいそうで、その果実で作られる酒は他国にまで銘酒として知られている。

 その酒は『時の涙』と名付けられており、その年の初物がマルスベーラへと運ばれ、権力者達へと献上されるという。
 今は季節は夏を過ぎて秋になろうかといったあたりで、マルスベーラ周辺では夏の終わりの風物詩とまでなっている、献上品の酒を運ぶ商隊が主都へと通じる街道を進んでいた。

 献上品の輸送だけあって商隊にはかなりの護衛がついており、物々しさでは高位貴族の移動風景にも負けておらず、寄らば大樹の陰とばかりに旅人達も安心しきった顔で同道していた。
 ペルケティアの夏は比較的涼しいとされるが、今年は残暑もそれなりのものだそうで、照り付ける太陽の下でのは旅人達も汗を拭いながら歩いている。
 そんな旅人達に混ざり、俺達もまた街道を歩いてマルスベーラを目指す。

「どうだ、パーラ。疲れてないか?」

 隣を歩くパーラの様子を窺いながら、疲労を気遣う言葉をかける。
 灼熱のソーマルガから先日やって来たばかりの俺達にとって、ペルケティアの晩夏に暑いという感覚は縁遠く、吹き抜ける風に心地よさを覚えるほどだ。

 体力的にも身体強度的にも、本来なら徒歩での旅程度で早々疲れることはない俺達だが、現在のパーラは重りにしかなっていない腕を庇って歩くせいで体力を余計に消耗している。

 時折こうして疲労の度合いを見ておかねば、途中でダウンしかねない。
 落ち着いて休憩できるまでは、パーラの体調にしっかりと注意を払っておかねば。

「大丈夫だって。これぐらいの速さで歩くぐらいなら、全然疲れなんてないね。何だったら今から走ってもいいぐらいだよ」

 だが当のパーラと言えば、平然とした顔で疲労の色などまったく見せず、それどころか小走りするようなステップすら踏んで見せるほどに元気だ。
 元々体力的には常人などとっくに飛び越えているし、足には怪我など一切ないので、パーラにしてもこれぐらいの徒歩での旅では不安などないのだろう。

「でもさ、どうせならバイクでマルスベーラまで一気に行きたかったけどね。こんなゆっくりしてたんじゃ、その内歩きながら寝ちゃいそうだよ」

 ただ、パーラが不満を覚えているのは移動手段にバイクも飛空艇も使えないことのようだ。
 運んでいる荷物が荷物だけに、商隊の進みはかなりゆっくりとしたもので、それに合わせて移動する俺達は退屈で欠伸が連続している。

「仕方ないだろ。俺は前にここのお偉いさんに喧嘩売っちまってるんだ。飛空艇やらバイクやらで主都に乗り込んでみろ、速攻で取り囲まれて監獄送りもないとも言えん」

「分かってるよ。だからこうして大人しく歩いてんでしょ」

 もう何度目かになるパーラの不満に、これまた何度目かになるかわからない同じ答えを返す。
 飛空艇やバイクという便利な乗り物を持っているのに、こうして徒歩で主都へ向かっているのは、この国のとある偉い人といざこざを起こした過去があるからだ。

 死者蘇生にまつわる教会のゴタゴタに巻き込まれ、不当に投獄された俺は正直、この国とヤゼス教の人間にはあまりいい思いは抱いていない。
 その結果として当時の一司教の居館に砲撃を加えたのは事実で、ある意味ではヤゼス教に喧嘩を売ったという見方も出来る。
 宗教と国が一体となっていると言っていいペルケティアなら、俺はとっくに指名手配にかけられていてもおかしくはない。

 幸いにして、その問題も組織の内々で処理されたとキャシーやグロウズなどから聞いているので、今は俺がマルスベーラに足を踏み入れた途端に即逮捕とはならないはずだ。

 とはいえ、ヤゼス教というのはあまりにも巨大な組織だ。
 俺を面白く思わない人間や、サニエリ元司教に肩入れする誰かが逆恨みで手を出してくるのも十分考えられる。

 最短で聖女まで辿り着きたい俺達としては、そういう煩わしいのを避けるためにも主都入りまではなるべく目立ちたくない。
 特に飛空艇やバイクなどといった、俺達を連想できそうな乗り物は避けるべきと判断し、こうして徒歩での移動を選択したわけだ。

 本当ならこの商隊の護衛として主都入りなんぞを狙いたかったところだが、流石に護衛の数は足りていたようで依頼は出されておらず、一旅人として同行する道しか俺達には残されていなかった。
 もっとも、怪しまれずに主都へ向かうという目的にはなんら支障はない。

 退屈に耐えながらひたすらに歩いていた俺達は、昼の小休止を経てマルスベーラを間近に臨むところまで辿り着く。
 ペルケティア教国の主都であり、ヤゼス教の総本山でもあるマルスベーラは、それに見合うだけの巨大な都市だ。

 街を丸ごと囲む長大な城壁でその内側は見えないはずなのだが、俺にはその景色を容易に思い描くことが出来る。
 なにせ以前、復讐のためにマルスベーラへと忍び込むべく、街の造りを調べた過去があるからだ。

 一度は半ば罪人然としたもの、さらにその後には司教とグロウズへ復讐するための潜入という、正直まともな訪れ方をしていないマルスベーラだが、今回は前の二度に比べれば大分穏やかに街へ入ることができる。
 これでヤゼス教が俺を指名手配でもしていれば、街に入る際の身元チェックで騒ぎも起きようものだが、キャシー達の言葉を信じるならその心配も今はない。

「身分を証明できるものは?」

 献上品を運んできた商隊はほとんどノーチェックで門をくぐれるのに対し、ただの冒険者として訪れた俺達は当然ながら街の入り口で身元を検められる。
 門衛にギルドカードを渡すと、通り一辺倒のチェックだけでギルドカードは返却され、ギルドカードの偽造や犯罪歴などない俺達はトラブルもなく門を通過した。

 実を言うとギルドカードを確認された時点で門で止められる可能性もゼロではなかったため、かなりドキドキが止まらない状態だったのだが、無事に通門できたので一安心だ。
 おかげで前へと進むために踏み出す一歩にも自信がつくというもの。

「ちょっとアンディ、動揺しすぎだって」

「あ?なにがだ?」

「手と足。一緒に前に出ちゃってる」

 隣を歩いていたパーラが、突然そんなことを言うものだから自分の体を見下ろしてみれば、なんと右手と右足がセットになって前へと送りだされているのが見えるではないか。
 あまりにもベタな仕草に、顔が熱を持ってしまう。

「これはお前…あれだ、これからのことに対する決意で体に震えがだな」

「決意からの震えってもそうはならないでしょ。…まぁ気持ちはわかるけどね。門で捕まっちゃうってのも、一応想定してたし」

 俺の身に起きたことを知っているパーラとしても、やはり街中へ入る際のひと悶着は覚悟していたようで、街中へ入ったところで右手にはめていた可変籠手をやっと外したぐらいだ。
 片腕が不自由ながら、いざがあれば可変籠手を振るって戦う意志を秘めていたほど、パーラにも相応の覚悟を強いていたらしい。

「しかし、久しぶりに来たがこの街も変わらねぇな」

 少し白々しいが、話題を変えようとマルスベーラの様子を口にしてみる。
 以前来た時は、心の余裕がなかったせいかどこか色あせて見えていた街並みも、今なら平常心で曇りなく見ることが出来た。
 前に来た時は、グロウズとサニエリ司教の屋敷とそこに至るルートやら逃走経路などを探っていたため、ろくに街中を観光する暇もなかった。

「なぁに街の人間ぶっちゃってんのさ。あの時から一年か二年ぐらいでしょ?そう大きく変わるもんじゃないって」

「そりゃそうだ」

 ともすれば古臭いと言えそうな街並みも、街を歩く人々の活気の中では歴史深いという印象に変わるのだから面白い。
 宗教国家の首都とはいっても、住む人間全てが厳格な信者然として暮らしているわけではない。
 人の営みは他と変わるものではなく、大通りを行き交う人達は日常を謳歌しており、時折聞こえてくる客寄せの声も他の国と似たものだ。

「いつもなら街をぶらついて見て回りたいところだが、そうはいかないな」

「少しぶらつくぐらいなら、私はいいと思うけど?」

「ダメだ。こういうのはな、さっさと話を進めるに限るんだ。早いとこガイバさんに繋ぎをつけるぞ」

 目標は聖女だが、そこに至るまでの長い道のりの第一歩に、まずはガイバを目指さねばならない。

「繋ぎをつけるって言うけどさ、そのガイバさんはどこにいるの?あの人って、あれでも聖鈴騎士でしょ?そこらの建物にいきなり乗り込んでも、そうそう見つかるもんじゃなくない?」

 パーラの懸念はもっともだ。
 聖鈴騎士というのは、その知名度の割りに個人情報はほとんど明らかにはされていない。
 序列上位者なら名前を公表されているが、それ以外は普通の人間には名前どころか所在地すら知ることはできないほどだ。

 これは聖鈴騎士の任務が秘匿性を帯びることが多く、敵にも味方にも正体がバレないよう活動するのには必要な処置だからだ。
 教会関係者ですら、聖鈴騎士の正確な情報を手にしているのは上層部ぐらいで、それを他国の人間、それも一冒険者という立場の俺達がいきなり尋ねたところで教えてくれるはずがない。

 ただ、ガイバに関しては、仕事柄名前を国内外にも知る人間はそれなりにいる。
 なにせ彼は、聖鈴騎士の立場にありながら商売や外務といった仕事もこなすという、他と比べて露出が多い聖鈴騎士と言える。

 本来は秘密の多い聖鈴騎士ではあるが、その中でも少し毛色が違うガイバであれば、教会側も多少はガードが緩いと予想している。

「知ってる人間がいそうなところに行けばいい。ここはヤゼス教の本拠地だぞ。というかパーラよ、お前は前にガイバさんとマルスベーラで連絡とったことあるだろ。その時と同じ手を使おうぜ」

 俺が投獄された際、パーラはガイバの助けも借りてロスチャー監獄まで忍んできていた実績がある。
 その時と同じように、ガイバに連絡をとれれば話は早いだろう。

「いや無理だよ。だってあの時ってイアソー山のところでガイバさんと会ってたんだから。そもそもガイバさんって、今マルスベーラにいるの?」

「そりゃいるだろ。イアソー山で聞いた話だと、国に帰ったって言ってたし」

「それって巨人と戦ったすぐ後の時点ででしょ?確か腰をやっちゃったんだよね。静養した期間があったとしても、とっくに主都を離れてそうだけど。あの人ってあちこち飛び回る仕事なんでしょ?」

 変わり種の聖鈴騎士であるガイバの特殊な役目としては、一つどころに留まるよりも各地で商人に似た仕事をすることが多い。
 パーラの言うとり、主都に戻ったのが静養のためだとしても、そのまま主都に居続けるというのは考えにくい。
 聖女へ繋がる伝手の最初であるガイバがマルスベーラにいないとなれば、計画が大きく狂ってしまう。

「…お前の言うことも分かる。だからと言ってガイバさんがここにいないとも限らんだろう。ひょっとしたら、なんかの仕事で主都に戻ってるって可能性も―」

「まぁその可能性もないとは言わないけど、私は限りなく低いと思うよ?」

 ある意味、自分に言い聞かせるような言葉だったが、パーラのその鋭い言い様で二の句が出てこなかった。
 分かってる、俺だってないとは分かっているんだ。
 だが、可能性がゼロじゃないなら、賭けて見たくなるのが男ってものだろう。

 俺はガイバがマルスベーラにいて、キャシーへと繋ぎをつけてくれると信じている!





「ガイバ様でしたら、シンシア地方へ出向かれておりますよ。少し前にここを発っていますので、戻ってくるのは当分先になるかと。よろしければ、用向きをお聞きしましょうか?」

「あ、いえ」

 ガーンだな。
 意気揚々と乗り込んだヤゼス教の教会施設で、早速ガイバのことを尋ねてみたのだが、返って来たのは不在という事実だった。

 聖鈴騎士の中でも外交に駆り出されることが多いガイバは、外部からやってくる人間への取次がままあるようで、教会関係者の女性も慣れた応対だ。
 黒いローブに白いレース状の襟掛けという服装から助祭だと思われるが、この地位の人間ですらガイバの行き先を知っているのだから、隠すほどの情報ではないということか。

「ほらぁ、私の言った通りじゃん。アンディっていっつもそう!全部上手くいくって思いこんで動いて、結局躓くんだから」

「ぐっ、うるせぇ…」

 鬼の首を取ったように言うパーラの言葉に、俺は弱くしか言い返せない。
 まったくもってその通りだとは分かるが、今この場で言われるのは癪に障る。
 誰のためにやってると思ってんだ、こいつは。

「ガイバさんのことは分かりました。一応聞きますが、聖女様へ面会なんかはでき…ませんよね?」

「は?…失礼ですが、聖印かそれに類するものをお持ちでしょうか?」

 こうなったらダメ元で聖女に会うことは出来ないかを尋ねてみたが、助祭からは一気に冷めた目を向けられてしまった。
 いきなり来て聖女に会いたいという俺は、さぞや不審に見えていることだろう。

「聖印というのは?」

「はぁ……その様子ではお持ちではないようですね。聖印の無い方を聖女様の下へお連れするわけにはまいりません。用がお済みでしたら、どうかお引き取りを」

 どうやら聖印とやらが聖女と会うのに必要なようで、それを持たない俺達は面会の権利をもたないらしい。
 一層冷めた目で俺達を見る助祭が出口を手で指し示し、出て行けと暗に言うプレッシャーに耐え、ならばともう一つの伝手を頼ってみる。

「ではキャシ―キャサリン・ダウアー殿にお取次ぎをお願いできませんか。パーラが来たと伝えていただければ通じますので」

 一応、教会関係者の前で俺の名前を言うのは何となく怖いので、パーラの名前でキャシーに取り次いでもらおう。

「…あなた達、一体何者ですか?急にやってきて、ガイバ様や夜葬花様に取り次ぎしろだなんて」

 おっと、こりゃいかんな。
 助祭の顔に出ていた不審の色が、さらに強くなっている。
 聖女に会いたいとまず言い、次に聖鈴騎士の序列六位のキャシーに取次を頼んだのは、流石に妙に思われたようだ。

 キャシーぐらいの地位の人間に連絡するのに、末端である教会にいきなりやってきて頼み込むとなれば、良からぬことを考えて誘き出そうとしていると怪しまれても仕方がない。

「いや、俺達は別に怪しい人間じゃなくて…キャシーさんとは以前、同じ仕事をした仲でして」

 疑いの視線を向けられて止むを得ず弁明するが、このもの言い自体が怪しさを増していると自覚しているだけに苦しさも覚える。
 このままだと衛兵を呼ばれかねないと、どうにか更なる手を絞り出そうとしたその時、聞き覚えのある声が俺達の背中に届いた。

「…もしかしてアンディか?」

 パーラはともかく、俺は名前を明かしていないというのに呼ばれたということは、知り合いの可能性が高い。
 そもそも背中を見てそう判断したということは、少なくとも一度だけ見た程度では俺と見抜けはしまい。

 声の主を確かめようと振り返ると、そこには一人の青年の姿があった。
 助祭と似た造りの衣服を着ているその人物は、教会関係者と見ていいだろう。
 そうであるならここにいることは何らおかしくはないのだが、俺にしてみればそうではない。
 なぜならその人物は、本来ならまだ学園都市ディケットで勉学に励んでいるはずだからだ。

「おん?お前…シペアじゃねぇか。なにしてんだ、こんなところで」

 俺達に声をかけた青年の正体は、なんとシペアだった。
 学園での制服ではなく、教会の礼服を身に着けている以上、まるで今は学生ではなく教会に身を置く聖職者のようではないか。

「あ、ほんとだ。シペアじゃん。久しぶりー」

 パーラはシペアがここにいることを妙だとは思わず、久しぶりに会った喜びから笑顔で手を振って近付いていく。

「おう、久しぶり。何してるも何も、俺は今ここで見習い修道士ってやつをしてんだよ。そういうお前らこそ、教会に何の用だ?」

「俺達はちょっと、会いたい人がいてな。ここなら繋ぎをつけられると思って頼んでたんだ」

「へぇ…その様子だと、あんまり上手く入ってなさそうだな。…ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、こいつらは俺の知り合いでして。よろしければあとのことはこちらに任せていただけませんか?」

 俺達に応対をしている助祭を見て、その表情から何かを悟ったシペアは、その役目を引き継ごうと申し出た。
 同じ組織に属している人間同士、シペアからの提案には助祭の方も少し考えこみはしても、あっさりと俺達をシペアに託してこの場から離れていった。

「お互い、色々話したいところだし、ここじゃなんだ。場所を変えて話をしよう。こっちだ」

「あ、おう」

 シペアはそう言うと顎をしゃくって教会の奥を指し、俺達を引き連れて歩き出す。
 客を出迎える部屋でもあるのか、そこで話そうという提案はこちらとしてもありがたい。
 久しぶりの再会で積もる話もあるし、シペアが教会関係者だとするなら、キャシーのところまで話が通せるかも確かめたい。

 なにより、学園を卒業するには少し早いこの時期に、シペアがなぜここにいるのかをこいつの口から聞きだしたい。
 何かトラブルがあれば力になりたいし、そうでなく栄達だとするなら祝ってもやりたい。
 果たしてどうなのか、少し怖くもあり、興味深くもあり。
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